第三十九話:VS アービティアリィ・ハッカー
強制的に集められた廉達の縁者達は、大まかに三つに分類された。
まず一つは、少年の説明を受けた後でも状況を理解できず、現実そのものを否定するもの。とりあえずこれが大多数を占めている。
仕方の無い事ではあろう。いくら筋の通った不思議であっても、世の中には『トリック』や『質の悪い夢』といった格好の逃げ道があるのだから。
現に、今は丁度十二時を回ったばかりである。夢と断定するには最適な時間帯だ。
そしてもう一つは、少年をどこぞの気の触れた金持ちと見る者だ。自分には及びもつかないような世界がある、と思っている人間が主にこれである。
実際、ここには空も見えず時計も無い。実は一瞬で呼ばれた、所謂召喚された訳ではなく、クロロホルムなどで眠らされてここに連れてこられたのではないかと考えたのだろう。
この異常な状況も、財力にものをいわせてつくりだした得体の知れない技術を使ったと考えれば納得できなくも無い。
そして最後に一つが――。
「そんな……!?」
この戦いの片鱗をどこかで感じ取っていた故に、ありのままを理解した者達である。
その最たる例が、上山瑞樹であろう。
されど、理解するにはまだ時間が必要であった。
アームズ、金城廉、殺し合い――上山には全く縁の無かった単語が頭の中をめぐり、混乱させる。
そんな中で上山が理解できた事は一つ。
「耕作君が、死んだ……!?」
親友や恋人までは行かなくとも、上山と耕作はそれなりに馬鹿をやれる仲だった。
無論、そうではなくとも知り合いが死んだという事実は充分に人の心に突き刺さるものだろう。
涙を拭くことすら忘れ、上山は立ち尽くす。
隣では親友が『ねえ、これって夢だよね……。ほら、瑞樹、頬をつねってみてよ……』とうわ言に近い声でそう呟くが、上山に対応する余裕は無い。
玉座のほうに目をやると、少年が足を組みながら座っていた。
その傍らには二人の人間が立っているが、あまりにも距離があるために性別すら分からない。ただ、それなりの上背があるということぐらいだ。
そしてその片方が少年に顔を近寄せ、何かをすると、少年が立ちあがる。
恐らく耳打ちでもしたのだろう。少年はその手にマイクを持ち、声を張り上げる。
『さーって皆々様。僕らを楽しませてくれる選ばれし五人の勇者たちの準備が整ったようだよっ!!』
この場に廉が居れば皮肉げに『僕を楽しませる選んだ』だろうよとでも言っていただろう。
だが、何も知らない観客、特に夢だと断定した人々は夢なら楽しんでしまおうと半ば自棄に歓声を上げる。
その異様な熱気に押された上山は両手で口を抑え、あとずさる。
「ね、ねぇ……?なんで、耕作君が死ぬようなことを、やるって言うんだよ?ねぇ――どうしてなの!?」
同じように歓声を上げている親友を、上山は理解できなかった。なぜ、殺し合いを楽しめるのか、そして、そこに忍がいるというのにこのように歓声を上げられるのか。
だが、そんな上山の悲痛な叫びは誰にも届くことなく、順調に殺し合いの舞台は整えられていく。
『さあ、選手入場だっ!!』
少年がそう宣言して拳を前に突き出すと、リングの中心に光の輪が出現し、その中に四人の少女(一人だけ年齢が飛びぬけているが)現れた。
一人は四人の中でもっと低い背丈の少女で、ふわふわの猫っ毛を無理矢理ポニーテールにした少女である。
笑えば雰囲気を明るくするムードメーカーにでもなれそうだが、今は眦を吊り上げて少年を睨んでいるため、そういった要素は一切感じられない。
要は唐傘楓のことだ。
もう一人はふっくらとした体の線の少女で、大人しそうな少女である。
争いごとなど似合わなそうな風貌だが、その少女は精一杯戦意をみなぎらせようと拳を握り締めている。
要は南東子の事だ。
そして三人目は一人だけ周りと雰囲気が違う、育ちの良さを感じさせるような少女である。
すらりとしたスタイルに、着ている服はカジュアルであれど、そのまま舞踏会にでも繰り出せそうな気品を備えている。
言わなくても誰だか分かるだろう。
そして最後の一人は目立つ長身で、頭一つどころではなく飛びぬけている。
凛とした、という表現が似合うであろう毅然とした表情……を普段しているのだが、今はそんな雰囲気はなりを潜め、見た目はどう見ても成人女性であるにもかかわらず怯えた少女のような雰囲気をかもし出している。
同上。
……だが、その中に居るべき少年の姿が見当たらない。
少年の意中の人物であり、色々と彼なりに懇意にしていた少年、金城廉の姿がどこにも無いのだ。
本来なら色々と勘ぐる所だが、少年は考える事を放棄した。
『(ふふ……。彼なりに面白くしようとしてくれているんだ。その企みを阻もうとするのは無粋ってものだね)』
少年ははなから負ける事など考慮のうちに入れていない。向こうがどれほど勝つために策を練ってもそれは、少年にとって面白くするための演出に過ぎない。
いうならば、向こうが悪役のプロレスのようなものなのだから。
少年は廉以外が揃った事を見据えた後、手元にあった人形を掴み取る。
『それじゃあ競技の説明をしようと思う。まず君達には五対五のポイントマッチを数回やってもらうよ』
それを舞台の上に無造作に投げ込むと、人形は一気に膨らんでいき、六頭身ほどの人型になった。
人型になった人形は一体を舞台の上に残し、残りは東子達とは反対側に降りていく。
『まず第一戦目はこれらと戦ってもらう。……どうだい、見覚えがあるだろう?』
少年にそう言われてよく見ると、確かにそれらの人形は見覚えのあるものだった。
舞台の上にあがっているのはマネキンのような白い体を持ち、腕にはベージュの腕輪をいくつもつけている。
その顔にはナイフで表情が描かれ、アルカイックスマイルに見えなくも無い笑顔を見せている。
……そう、まるでアービティアリィ・ハッカーのようなのだ。
『それぞれ自分のアームズと戦ってもいいし、相性がいいと思った相手だけを選んでもいい。それは君達の自由さ』
後の四体を見てみると、グレーシャー・ブルーは勿論、他のアームズを彷彿とさせるような姿形の人形が並んでいた。
『第一戦はアービティアリィ・ハッカーが相手さ。基本性能はそれほど高くないが、腕だけではなく足でも能力を発現できるから――』
ドゴォン!!
少年が言いきる前に、アービティアリィ・ハッカーの立つ舞台が爆発する。
無論、少年はその程度では驚かない。半ば、予想の範囲内でもあったからだ。ただ、自分の説明が打ち切られた事に不満を覚える程度だ。
適当に溜息を吐き、右腕を振り上げながら宣言する。
『……それじゃあ、第一回戦、初めっ!!』
アービティアリィ・ハッカー――便宜的にハッカードールとでもしておこう――に人間らしい意識は無い。
それにあるのは、高度な知能と戦闘技術だけであり、驚くといった感情とは無縁であった。
爆発の副産物である砂煙に視界を遮られながらも、冷静に状況を認識していた。
まず、相手は金城廉である事。これは間違い無い。これの動体視力を凌駕する動きをあの四人が出来はしない。
故にどこかに隠れていた金城廉が奇襲をしかけていたのであろう事はすぐにわかった。
彼我の戦力差は既にインプットされており、よほど廉が成長していない限り負ける事は無いと、シュミレーションされていた。
だが、そんなものは軽くひっくり返せてしまう事も、ハッカードール、つまり少年にも分かっていた。
いくらハッカード−ルに感情が無くとも、だまされることもあれば、読み間違えることもある。ただでさえ廉はそう言った部分に長けているのだ。油断はすぐさま敗北に繋がるであろう。
――そう、ハッカードールは油断などしていなかった。戦いが面白く無くなってしまう可能性は考慮せず、全力で叩き潰すつもりでいた。
「……散々世話になった身でこんな事を言うのも気が引けるんだが、な」
砂煙の向こうに廉の影があり、向こうもこちらを認識している事も分かっている。
だが、足が動かない。
「正直、士気ががた落ちなんだよ。……ま、仕方ないとは思うけどね」
砕かれたかと腕を伸ばそうとするが、思うように動かない。
「……だから、少しかっこいい勝ち方をさせてもらうよ」
そこでようやく、ハッカードールは自分の体がどうなっているのか把握できた。。
砂塵は晴れて行き、全く状況の掴めなかったその他大勢にも廉の姿が見えていく。
『……へぇ、そうきたか』
少年は面白そうに呟く。
舞台の上には、廉が毅然とした屹立を見せ、跪くようにハッカードールが倒れている。
このドームの中に居る少年を除く全員が、思うように言葉を発することができなかった。
それもそのはず、舞台に立つ廉の姿は普通見られるものではないのだから。
そんな違和感を生み出すものは廉の両手にある――
『君は無宗教だったはずだけど?』
「はっ。何を言っているんだ?これは元々処刑道具だろう。それも、神話の神を殺したっていうあんたにはお誂え向きの武器さ」
――身の丈以上もある、鈍い金属光沢を見せる巨大な十字架であった。
一方向のみ十字架の基本形に、十字の交差点を中心とした、長さの半分程度の半径を持つ円がある。所謂ケルト十字というやつだ。
十字の交差点にボウリングの玉のような指をはめる穴があり、廉はそこに指をはめて十字架を掲げていた。
長い部分が槍のように尖ってはいるが、あまり意味は無いだろう。これほどの重量なら、どんなものでも砕いてしまうほどの威力があるだろう。
現に、ハッカードールの胴にも巨大な十字架が突き刺さり、完璧にその体を砕いていた。
さながら、墓標のように。
廉はそれを見下しながら、それが人型であることも気にせず無造作に十字架を引きぬく。
そして廉の腕の太さでは有り得ない膂力を生み出し、空高く放り投げる。
ハッカードールはその傷穴を塞ごうと両手を伸ばすが、今度はその腕が弾けとぶ。
「いつ、俺がそんな事を許した」
空いた廉の両手には銃口があり機関部が無いにもかかわらず、モンスターイータークラスの威力の弾丸を放っていた。
「(……人間、殆ど作り変えてもなんとかなるもんだな)」
その秘密は廉の体内にある。
今の廉は見た目こそ変わらないが、内部構造の殆どが金属に置き換えられていた。唯一再現できない脳はそのままだが、それ以外は全て金属であって内臓なども無い。アンドロイドかサイボーグか、詳しい内訳は知らないでの言及はしないが、ともかくそう言ったものである。拒否反応が怖かったが思った以上になじみ、今までと同じように動く事が出来た。
つまり廉の腕も全て金属であり、腕をそのままモンスターイーターに作り変える事も出来るのである。
ユーディットのアームズを傷つけるほどの威力を持つ弾丸はハッカードールの体を容易く貫き、遂には跡形も残らず砕ききった。
「――さあ、俺の勝ちを宣言しろ!!」
それを見届けた廉は銃口をしまい、少年を指差してそう叫んだ。
対して少年はおざなりに拍手しながら薄く笑い
『……流石だね。まさかそこまでアービティアリィ・ハッカーを使いこなせてるとは思わなかったよ』
そして、薄く淡く嘲った。
『――でも、僕がそんなつまらない結末を認めると思うかい?』
廉がその言葉の意図を推し量る前に、行動は起こされる。
砕けたはずのハッカードールの体が一瞬で再構築され、必殺の威力を持つ腕を廉に向かって突き出したのだ。
いくら頑強な体といえど、アービティアリィ・ハッカーの前ではただの薄皮に過ぎない。一瞬で切りとばされてしまうであろう。
そんな状況で廉は――
「……知ったことかよ」
――少年のように、薄く淡く笑った。
ガァン!!
突き出したハッカードールの腕は先ほど放り投げておいた十字架に叩き落され、次いで落ちてきたもう一つの十字架がもう一度ハッカードールの胴を貫いた。
廉は間髪入れず腕から銃口を伸ばし、先ほどの焼き増しのようにもう一度ハッカードールの頭を撃ちぬいた。
まるで演舞のように仕組まれた攻撃の応酬に、東子達は言葉を失ってしまう。
そのシンとした空気を廉は少しの間楽しみ、その後口を開く。
「――まだ、続けるのか?この、戦いとすら呼べない一方的な破壊を」
廉:ところで氷雨、お前は一体どこに行ったんだよ
氷雨:んあ?――うーん、俺が訊きたいぐらいなんだけどな。とりあえず海はわたったんだが……
廉:ちょっと待て、パスポートはどうした
氷雨:は?何いってんの。俺の能力を忘れたわけ?
廉:……まさか。歩きか?
氷雨:ご名答!海を凍らして渡ったのさ。流石に歩きはきついんでバイクを使ったけどな。
廉:お前って馬鹿は……
氷雨:なんだよ、別にいいだろ?幸い見つかんなかったしー
廉:どっちにせよ見つかった時のことなんざ考えてないだろうが
氷雨:さっすがー。俺の事を良く分かってんな
廉:はぁ……
楓:霧霜の無茶は今にはじまったこっちゃ無いでしょー?今更何驚いてんのよ
廉:ああ、そうは言うがなぁ……。下手すりゃ領海侵犯で攻撃されても仕方ないんだぞ?
楓:大丈夫だって。どーせマシンガン程度なら問題無いし、見間違いで済むわよ
氷雨:ああ、そういえば……
廉:待て、俺は聞きたくない。むしろ巻きこまれたくない
氷雨:つっまんねーのー
廉:全く……。じゃ、次回予告でもしてろ。俺は疲れたから帰る
氷雨:んじゃ、久しぶりに次回予告でもやるかな
氷雨:廉の演出された圧勝によってまともに戦えるほどにまで士気は上がり、次に舞台に上がるのは唐傘楓。対する相手とは――!?
次回『VS グレーシャーブルー』――擬似的な俺VS楓ってとこだな。
楓:――このときはまだ、氷雨の武者修業にが引き起こした大事件の事を、廉は知る由もなかったのであった
廉:嫌なナレーションを入れるんじゃないっ!!