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第三十六話:一瞬の躊躇いが招くもの

今日の一言:短編って難しいですね。



「アービティアリィ・ハッカーッ!!」


未だに戸惑うユーディットを尻目に、俺はアービティアリィ・ハッカーを構えて駆け出した。


悠長に戸惑う暇など与えるものか。……目の前にいる女は、敵なのだから。


ガッ!!


振り下ろした拳はグーラー・クィーンによって防がれるが、やはり戸惑いのせいか動きは目に見えて鈍くなっている。


対してこちらはもう迷わない。百パーセント以上の力を引き出している。……これでようやく対等だってんだから笑えないな。


「……らぁっ!!」


全身に強化を施し、その場で右足を軸に体を回して後ろ回し蹴りを放つ。


だが、流石にそんな大振りの攻撃は見切られてしまい、ユーディットは腕を交差させて防ぐ。


そこで俺は足をアービティアリィ・ハッカーで作り変え、ユーディットの腕に固定させる。


……さて、うまくいくかな?


俺が腕と繋がった左足を引くと、ユーディットは足を踏ん張って堪える。


そしてユーディットが完璧に重心を落として踏ん張ったのを見てから右足を踏み切り、右足から伸ばした槍をユーディットに向かって突き出した


ここでユーディットに本来の力があるのなら、全て薙ぎ払われてしまうのだろうが、幸いにしてそうはいかない。


なにせ、気が動転しているせいで柱の能力の存在を失念しているんだからな。


とはいえ、突き出した槍も側面を掴まれて止められてしまう。そしてユーディットは一度距離を離すためだろうか、両腕を振りまわして俺を投げ飛ばそうとした


遠心力に揺さぶられて足の筋肉に異常を感じるが、気にせずに懐から素材を取り出して拳銃を構築する。


細かい部分まで作る暇はないため、銃身を素手で掴みながら手動で弾を込め、手動で点火して発射した。


無論、サタデーナイトスペシャルもかくやな粗悪品でまともに狙いをつけられるはずもないが、それでも脅しにはなる。


弾丸はあらぬ方向へ飛んでいったが、それでもユーディットは驚き、自らバランスを崩した。


そこで左足とユーディットの腕を繋ぐものを外し、自由になった左足でユーディットの体に蹴りを叩き込んだ。


「あぐっ……!?」


揺らぐユーディットの体を蹴り飛ばして着地し、倒れこむユーディットに追い打ちをかけるべく駆け出す。


未だに気持ちの整理がついていないユーディットは俺に拳を振り上げる事は無く、自分を守るべくアームズを展開させる。


ユーディットの射程距離外から近くの瓦礫を掴み、強化した両腕で何個も投げ放ってまずユーディットからイニシアチブを奪う。


そして弾薬の材料とするつもりだった火薬をばら撒き、アービティアリィ・ハッカーで一気に点火させる。


本来銃弾に使われる火薬はそれほど煙は出ないらしいのだが、所詮これは即興で作った粗悪品であり、かつアービティアリィ・ハッカーがあれば性質を変えることくらい朝飯前だ。


煙に包まれた中で、しかしユーディットは容易く瓦礫を弾く。……いやまあ、見えないから音から推測するしかないんだけどね。


双方とも視界が奪われた状態で駆け出すのかと思いきや、一度その場から引く。


そして近くの金属を用いて再びモンスターイーターを作り出す。


攻撃の踏ん切りがつかないユーディットは煙が張れるまでアクションは起こさないだろう。その間に完成させてやる。


……あー。うん。……前言撤回だ。確かに踏ん切りがつかない限り、だな。


俺がモンスターイーターの発射機構を作り終えた辺りで、ユーディットは腕を振りまわして煙を一気に蹴散らした。


その目に迷いは無い。……ミスったかな、下手に攻撃したせいで愛想をつかされたかもしれない。


「……君はもう。あの廉君じゃないんだね?」


ここは口八丁手八丁でモンスターイーターを構築する時間を稼ぎたかった所だが、この質問に嘘はつけなかった。


「……ああ。少なくとも、お前が知っている、お前が願っているような男じゃあ……無い」


その言葉がトリガーになったのであろう。ユーディットは全盛期と変わらぬスピードでアームズを繰り出した。


全く、俺って男は真性の馬鹿だな……!!嘘吐きに徹する事も出来ない!


モンスターイーターを途中で投げ捨て、右側から来るフックを鉄鋼で包んだ素手で受けとめる。


彼我の実力差だと受けとめても腕ごと吹き飛ばされかねないため、今度は脚力も強化してしっかりと踏ん張る。


だが、それでも地面を削りながら数センチほど立ち位置をずらされてしまう。


ユーディットは自身の体で攻撃してくる事は無く、アームズだけでの、しかし恐るべき攻撃力のラッシュを繰り広げてくる。


それを俺は四つの拳でなんとか凌ぐ。……最初はシンのように片手で受け流さないかと試みてみたが、その代償に三百グラムほどの肉片を奪われてしまった。


腕を増やす事が出来ればもっと楽になるのだろうが、いかんせんまだ慣れていないためにすぐに拒否反応を起こしてしまうのだ。ぜひ、決戦までには使いこなせるようになりたいが……。


無残なまでに不利な状況だが……実の所、秘策にも等しい作戦はあるのだ。ただ、信頼性は無く、効果も疑問だ。必ず隙は出来ると踏んでいるが……それがどれほどの長さになるのかは完璧に未知数なのだ。


おまけに二度目は無いときているのだから、しりごみもしてしまう。


そして何より……。いや、もう迷わないと決めたはずだ。


……と、高慢にも思索に耽っていた俺はすぐにそのしっぺ返しを受けてしまう。


「(――ユーディットが、いない!?)」


アームズだけで殴りかかってきていたため、あまり警戒を向けていなかったユーディットの姿が消えている事に気付いた。


「ならもうここにいるのは……ただの食料だっ!」


――ゾクッ!!


背筋が凍るような悪寒と共に、背中に冷たい感触を感じた。


目の前で一歩間違えれば即地獄への片道切符を切られてしまうような攻防が繰り広げられているというのに、俺は振り向かざるを得なかった。


それゆえに無防備に食らってしまうが、ユーディットもそちらに意識を向けていなかったために致命傷にはならなかった。


振り向いた俺は驚愕に言葉を失う。


話は変わるが、俺はどんなものであっても、頭を撃ち抜かれでもしない限りそうそう死ぬ事は無い。


経験談から言わせてもらうと、心臓を破壊されても即死はしない。よく即死といわれているが、あれは出血性や痛みによるショック死である事が多い。


だが俺には痛みなんてものは端から無くて出血程度なら一瞬で、それこそ即死するまでのコンマ数秒の時間で治すことが出来る。


……だが、だが、だ。それは普通に心臓を撃ちぬかれた場合の話だ。


「――モンスターイーターだと……!?」


――流石に、至近距離で超重機関銃で腹をぶち抜かれれば、三途の川も見えてくるかもしれない。


一応発射機構は出来ていたわけだから、点火は出来るんだ。


ただ、銃身やストックが無いために、まともに真っ直ぐ飛ばす事すら難しいために俺は捨てたわけだが……。


確かに至近距離なら充分とまでは行かなくともダメージを与える事が出来る――!!


ズパァンッ!!


桁違いの火薬を搭載した銃弾は一気に点火し誘爆し、辺り一面に銃弾を撒き散らした。


とはいえ、銃弾自体は早々恐れるに足りない。銃身が無い以上爆破の勢いが十二分に弾頭に乗らず、スピードは大したことは無い。


……まあそれでも、至近距離で撃たれてしまったら流石に無視できないダメージだがな。


問題は爆破自体だ。俺の体は弾き飛ばされ、熱風で焼き尽くされる。


「くっ……!!だが、腕は無事だ!!」


心臓以上に大事な腕は全身でかばったために失われる事はなく、即座に傷を塞いでいく。


だが、傷を塞ごうとしている途中、下半身に感覚が無い事に気付く。……そう、触覚でさえ。


「ぅ、あぁっ……!?」


あまりにもグロテスクな光景に抑えきれなかった呻き声が漏れてしまう。


至近距離で小規模の枠を通り越した爆発を受けたため、上半身と下半身が泣き別れしてしまっていたのだ。


無論、内臓も無事ではなく、腸やら胃やらが血液と共に辺りに撒き散らされていた。


痛覚があったら即死どころではすまないであろう状況で、俺は比較的冷静に処置する。


体のそこかしこに刻み込んでおいた自分の生体情報をもとに、飛び散った肉片を集めなおして再構成する。


だが、アービティアリィ・ハッカーの射程外にまで飛び散ってしまったものもあるため、完全に修復することは出来ない。


その上、ユーディットが悠長に治し終えるまで待ってくれるはずも無い。なので俺は断面は無理矢理塞いで止血し、臓器は治さず、全ての生命活動をアービティアリィ・ハッカーで補うことにした。


幸い、氷雨の体で実践済みであるため、それほど労力も必要としない。


息をしないのに苦しくないというのはどこか違和感を感じる。……まあ、本来は痛みどころでは済まないんだろうが。


最早残骸となったモンスターイーターを投げ捨て、ユーディットは俺を捕まえに来る。


もうダメージを与える事に意味は無いと踏んだのだろう。トドメ――つまり食らう為に捕まえるつもりなのだ。


それから逃れるために俺は右手で地面を叩き、移動しながら伸びてくる腕を叩き落としていく。……まるでテケテケだな。


打撃で無い為、避けるのも容易い。掴まれたとしても、その部分を切り離してしまえば済むのだから。


そして移動しながら撒き散らされた内臓などを集め、出来うる限り体を再構成していく。


今の状態では柱の攻撃も避ける事は出来ない。……だが、もし柱が放たれたのなら俺は諸手を上げて喜ぶだろう。


水平に放たれたのならわざと当たりに行って距離をとる事も出来るし、打ち下ろしだとしても今度は地中に潜ることも出来る。


それがわかっているからこそユーディットは攻めあぐねているのだ。


一番怖いのは痺れを切らしたユーディットが俺を殺しにかかることだが、死体を食らう趣味は無いのかあくまで捕まえに来る。


もっとも、そうなったとしてもそう簡単に殺されてやるつもりは無い。俺は脳か腕を潰されない限り死ぬ事が無いわけだから、そこを重点的に守ればやられる事は無いだろう。


……ああ、そういえばシンもいたな。完璧に忘れてた。とはいえもう頼るつもりは無いが。


一応、アービティアリィ・ハッカーの右手を手に入れたはずだが、使う様子は無い。ま、そんな簡単に使いこなせるようなものではない事は俺が一番よく知っている。


切り札として取っている可能性もあるが……。俺は何度も死にかけても、今程度しか使いこなせていないのだ。一朝一夕で使いこなされたとあってはそれこそチートだ。


俺の頭を挟みこむようにユーディットはアームズの拳を放つ。噂をした途端殺しに来たか……別に死体であろうと食うのに頓着はしないか。


アービティアリィ・ハッカーの全力で右手のみをはたきおとし、左手の拳はわざと受けて距離を取る。一瞬触れた程度なら、ユーディットのアービティアリィ・ハッカーに干渉される心配も無いだろう。


そして一旦距離を取り、異様に執拗にねちっこく、体を治していく。


離れた距離からユーディットはグーラークイーンを向かわせ、自身はその場で高く跳び上がった。


恐らく、上下両方から攻撃を放つつもりなのだろうが……。


「(――甘いなァッ!!)」


息が出来ないためにそう叫べないのが残念だが、まあどっちにせよ警戒させないという意味で別にいいか。


体に刻んだ生体情報から足のデータをロードし、集めた肉片で足を作り出す。無論、強化済みのをだ。


そしてその一本の足だけで踏みきり、頭上から強襲してくるユーディットに向かってこちらから攻撃を仕掛けに行った。


空中ではアームズでもない限り自由は利かない。その上、俺のアービティアリィ・ハッカーを、素手で防げるとでも思っていたのか?


余った物質が無いために手そのものを刃に変え、どれも素手で防ぐのには難しい四つの攻撃を同時にユーディットに放った。


チャンスは一度、グーラークィーンが追いついてしまえばこちらが不利になってしまう。


これらの攻撃にユーディットは足を犠牲にアービティアリィ・ハッカーを思いっきり蹴り飛ばしてきた。それこそ、蹴ったほうの足がイカレる程に。


咄嗟に作った刃では傷は与えられても、アービティアリィ・ハッカーでも治せない欠損は無理……そうユーディットは考えたのだろう。


確かに、俺一人では無理だったのだろう。


ザンッ!


「あ、ぎぁっ――!?」


右手で左手を持ち、全くぶれない刃筋でユーディットの右腕を切り落とした。強化されているとはいえ、達人さながらの速度と正確さで。


俺とは違い、痛覚の消す事の出来ないユーディットは、ショック死してもおかしくないであろう激痛に女とは思えない叫び声を上げる。……聞くに堪えんな。


……残念だったなユーディット。既に、剣術の師範代クラスの技術はインストール済みなんだよ。


体が覚えるとは若干違うが、シンとの戦いの後伊集院に体を操ってもらい、刀を振るうときに動く筋肉などを全て体に刻んでおいたのだ。


とはいえ、あまりにも難しくて出来たのは上段からの振り下ろしと、突きだけだったんだけどな。


本当なら左腕も切り落としておきたかったが、一度構えなおさないとあのような芸当はもう出来ない。


だが、効果は充分。アービティアリィ・ハッカーは右手にしかないため、もう治癒する事は出来ないだろう。


一番良いのはこのまま出血多量で倒れてくれるのが一番だろうが……そうもいかないだろう。


激痛に苦しむユーディットだが、それでもグーラークィーンを操る余裕はあったのか、俺の背後から掴みかかり、地面に組み伏せてきた。


そして俺の真上に着地したユーディットは一心不乱に俺の左腕にかぶりついた。


恐らく、左腕でもアービティアリィ・ハッカーを使えるようにして傷を塞ぐ気なのだろう。……そんな事させてたまるかっ!!


腹から杭を伸ばしてグーラークィーンを突き、ひるんだ隙に顔面に向かって頭突きを放つ。


そして拘束から抜け、左腕を振りまわしてかぶりついていたユーディットを投げ飛ばす。


全く!よくそこまで血が流れているのに暴れられるもんだっ!


勢いよく噴き出す血は放物線を描いて噴出していくが、ユーディットが貧血になっていくような様子は無い。


まさかまだの能力があるのではないかと悪寒が走るが、流石にそれは無かった。


……そんなものがあるのなら、こんな事はしなかったであろう。


「ぅ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああアアアアアアアアア――――――――ッ!!!!」


ジュウッ――!!


発射時の熱のせいで未だに赤熱しているモンスターイーターに傷口を押しつけ、傷口を焼き塞いだのだ。


生半可な激痛ではないだろう。しかしユーディットは意識を失うことなくこちらに視線を向ける。


おいおい。あの頃の俺はそんなに魅力的だったってのか?単に俺の悪い所が見えてくる前に別れたってだけの話じゃないのかよ……!


……いや、むしろ今まで払ってきた代償を、もう無駄にはしたくない。……そういったところか。


過去に戻れないのなら、人を殺し食らったという事実も残る。そんなのは堪えられないだろう。


そう考えると僅かに同情も出来るが、かといって手を緩める気はさらさら無い。


「―――――――――――――――――――――――――――ッ!!」


ユーディットは声無き雄たけびを上げ、一直線に突き進んでくる。


俺は泣き別れになっていた足を拾い、神経を繋いで体裁を整える。


もう一度上段からの振り下ろしの構えになり、ユーディットが攻撃範囲内に入るのを待つ。


痛みゆえか、冷静さを失ったユーディットはフェイントも何も無く、ただ愚直に拳を振るう。


……さて、双方が双方の攻撃範囲内に入ったとき、俺はアービティアリィ・ハッカーで首から上を全て覆う。


「……酷いよユーディット――」


そう呟いた瞬間、ユーディットの動きが止まる。


それもそうだろう、何故ならこれは――


「――『僕』を殺そうってのかい?」


――再び会うために人殺しすらさせた、あの頃の俺の声と顔なのだから。


今の俺はただ成長しただけであって、面影はある。作りかえるくらい容易い事だ。


声変わり前の高いボーイソプラノで笑い、少年特有の丸い輪郭の顔の線を緩める。しかし……


「そんな君には、お仕置きをしなくちゃねっ!!」


しかしやる事は、ユーディットの左腕を切り落とすという非常に残酷な行動だ。


両腕を失ったユーディットのアームズも霧散し、ユーディットはその場に膝を突く。


それを俺は変わらぬ少年の声と顔で見おろし、いや、見くだし……


「もう一度でも、何度でも、君がその脳に刻み込むまで言ってやるよ……大嫌いだ!!」


その意識を刈り取った。



































俺は体を全て元に戻し、倒れたユーディットから離れた場所に腰を下ろした。


ユーディットはアームズを消去し、今は適当に寝かせている。いずれ起きるだろう。


……秘策とは、これだった。


言うならば当時の俺を人質に取った、卑劣な策だ。


この策を使っても悔やまない、苦しまないつもりだったが、あの時のユーディットの表情を思い出して胸が酷く痛んだ。


過去の俺を見た途端痛みすら忘れた輝く表情になり、そして拒絶したときの……絶望の表情。


「……馬鹿か俺は。もうユ−ディットがどうなった所で関係無いはずだろうが……!!」


どこまでも未練がましい、煮え切らない男だよ全く……!


無理矢理気にしないよう努め、そして一言も言葉を発さずに佇んでいたシンを見上げる。


各々にどんな感情があったとはいえ、結局はシンの思い通りになった。……腹の立つ事にな。


本当なら再びシンを捕まえたい所だが、四人がかりでようやく捕まえられたシンを、俺一人で捕まえられるとは到底思えないし、捕まえたとしてもすぐ逃げられるのなら捕まえる意味も無い。


「……一つ訊きたい」


「答える保証は無いけれど、訊くだけならばいくらでも」


予想通りの反応だ。……ま、元々答えてもらえるとは思っちゃいないがな。


「あんたにも……『人生』はあったのか?」


その体のうちにどれほど無茶苦茶な力を秘めていようと、見た目も構造もただの人間だ。


まさか試験管で生まれた人間でもあるまいし――アービティアリィ・ハッカーなんて力がある以上その可能性もありうるが――親や家族はいたはずだ。


シンの表情を覗ってみるが、微動だにしない。……まさか、本当に人工的に作られたってのか?


そのまま沈黙が長く続いたが、突然シンは口を開く。


「……さて、八月三十一日にまた会おう」


そう言って形ばかりの会釈をすると、シンはその場から『消え去った』


ザッでもシュンでもなく、適当な効果音をつけるのならまさにパッがふさわしい消え方だった。


驚いた俺はすぐにあたりを見まわすが、シンの姿は無い。


「まさに、神出鬼没だな……」


神の如き力をもち、鬼のような無慈悲を持つ奴らにはまさにふさわしいか……。


そう嘯きながら溜息を一つつき、俺はユーディットを放置して帰途につくために歩き出した。















耕作:おーっと!ヒロインダービーの最有力候補と思われた天先ユーディット、痛恨の脱落だぁー!!……さて解説の鳴神さん。この脱落の原因をどう見ます?


鳴神:……ええ、まずアピールポイントは悪くなかったとは思うんですよ。ただ、誤算はやっぱり楓ちゃんだと思います。


耕作:と、いうと?


鳴神:廉君が当時から『変わった』という自覚が無ければ、むしろ廉君は喜んだはずでしょう。廉君が拒絶したのは昔≠今であるせいであり、昔=今であれば昔の廉君を愛しているユーディットさんは今の廉君を愛している事にもなるのですから。


耕作:……なるほど。つまり楓さんは二度にわたってユーディットさんの恋路を阻んだというわけですか……。いやはや、なんとも言えませんね


鳴神:いえ、恐らくあのままでも二人は別れていたと私は考えます。


耕作:……ほう、その理由とは如何に?……と訊きたい所ですがその前に宣伝が入ります。





ユーディット:アメリカから海を渡ってやってきた!

神秘の樹海より取れたキノコをふんだんに使った特性調味料『トリゴラ2000』!!

この調味料を使えば筋張って美味しくなさそうな人でもあら不思議、まるで廉君のようにとろけるような味わいへ!

お値段は一瓶980円!今ならお値段据え置きでもう一本お付けします!

ご注文はフリーダイヤル0120-………

ご注文まってまーすっ!




耕作:そうですよね……あ、はい。宣伝が終わったようです。


耕作:さて、廉さんとユーディットさんが別れる理由とは!?


鳴神:廉君も呟いていた通り、ユーディットさんにとって廉君は美化されすぎているのです。耕作さんだって子供の頃の記憶を美化していた記憶はありませんか?


耕作:ええ……確かにそうですね。子供の頃すごく美味しいと思った料理を大人になってから食べてすごくがっかりした事があります。


鳴神:まあそれは味覚の変化もあると思いますが……。ともかく、あの年頃の少女というのは必要以上に過小評価、過大評価をしすぎるのです。そんな中でユーディットさんは手本にしていいほどに顕著だったのです。

ただでさえ廉君との付き合うきっかけになった事件のせいで、ユーディットさんの中での廉君は、まるで少女漫画の王子様のようになっていたのです。

強く優しく欠点や苦手なものなど無い、そんなふうにね。……実際の簾君って結構蛇とか爬虫類が苦手なんですよ?


耕作:なるほど、妙にリアリティがあるお話をありがとうございました。


耕作:では、ヒロインダービー実況中継、また何か動きがあったらすぐにお伝えいたします。

この放送は実況の佐藤耕作と


鳴神:解説の鳴神翼でお送りしました。

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