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第三十四話:逃亡戦


廉は極力音を出さずに地中を進み、ユーディットから逃げる事に成功した。


ただ、逃げるといっても逃げ切るつもりは無い。言うならば戦略的撤退という奴だ。


ユーディットの位置を捕捉するためにビルの上に登り、双眼鏡で辺りを見まわす。


そしてその片手では、手近にあった素材でモンスターイーターを構成していた。


無論、材料を精査して時間をかけて作り上げた本家には精度が見劣りするのは仕方ない事だが、あまり無茶は言えない。


「……見つけた」


モンスターイーターが出来あがる頃にはユーディットの位置も捕捉できた。どうやら、廉が姿をくらました位置からあまり動いていないようだ


もしかしたら、探索用の能力すら持ち合わせているのではないかという不安にかられるが、すぐに追って来ない事を見るに、あったとしても精度は低いのだろう。十二分に反撃の余地はある。


モンスターイーターを二対の両手と肩の五点で保持し、ユーディットに狙いを定める。耕作くらいのアームズなら片手で振りまわせるが、非力な廉ではそうも行かない。


もしモンスターイーターの弾丸が当たったなら、ユーディットの体は跡形も無く飛び散り、床の染みになるだろうが、廉にはそうならない確信があった。


「(俺の言うならば必殺武器が牽制にしか使えないってのも……。悲しい話だな)」


そうぼやきながらも、廉はなんの躊躇いも無く引き金を引く。


本来、遠距離狙撃というものは廉のような素人にできるものではない。


銃の性能こそ桁違いではあるが、実際の着弾点は風に流されてしまうし、標的が動くことだってある。


……だが、モンスターイーターなら問題は無い。


元々、反動のせいで狙いなどあってないようなもの。文字通り、下手な鉄砲も数撃ちゃあたるを地で行くのだ。


実際、ユーディットの位置から二メートルほど離れた所が中心点となり、そこから半径十メートルが屋上の手すり製の弾丸によって耕された。


――そして勿論、そこにユーディットの姿は無い。


ユーディットは弾丸を見切り避けながらも、発射地点を見抜いたのである。


そしてアームズだけを先行させ、自分もビルの天井を跳ねながら向かってきた。


……だが、それこそが廉の狙い。


「――知っているかユーディット。火薬の原料ってのは意外と道端に転がっているもんなんだぜ?」


アームズは空を飛べるものの、ユーディット自身は飛ぶことが出来ない。ならば足場を崩してしまえば追ってくる事は出来ない。


そして尚且つ、ユーディットがいなければアームズはただの置物と同義になる。


廉は手に持ったスイッチを握り締める。


カチ


――ゴォーン!!


廉が地中に潜ったときに仕掛けた爆弾がいっせいに爆破し、ユーディットが足場として使うであろうビルを根こそぎなぎ倒した。


それにつれてユーディットもバランスを崩し、無防備に落下していく。


落ちていくユーディットにモンスターイーターを向けて引き金を引くが、いつのまにか戻っていたアームズに弾かれる。


だが、モンスターイーターの威力はアームズといえどそうそう防げるものではない。アームズが傷つくと同時にユーディットの腕の肉が弾けとぶ。


ビルの瓦礫の中に埋もれていくユーディットを一瞥し……廉は逃げ出した。


追い討ちを放つことなく、廉は再び別のビルに姿を消したのだ。


今は未曾有のチャンスに思えるかもしれないが、実は全く違うのだ。


追い討ちをかければ確かにユーディットを無力化できるかもしれない。だが、それには相応にリスクを負う事となる。


それに比べて今逃げつづけ、遠距離からの狙撃を繰り返していけば、ノーリスクで且つ確実なリターンを得る事が出来るのである。


無論、いつまでもやられっぱなしでは無いだろうが、ハイリスクハイリターンな行動はそれが通じなくなってからで良い。


逃げる途中に仕込みは済ませ、自分は再びビルの屋上に隠れる。


そして双眼鏡でユーディットを観察する。


瓦礫を蹴散らしながらユーディットは這い出し、警戒しながら辺りを見回す。


廉が追い討ちを放ってこない事に違和感を感じているのだろう。構えを解かないまま歩き始める。


だが、そんなユーディットの目の前におかしなものが現れる。


『ここに入って来い』……とかかれた看板がビルの前に突き刺さっていたのだ。


正直言って、人を馬鹿にしている。


どんな馬鹿でも、それこそ裏の裏の裏の裏の裏の裏の裏の裏の裏を読みでもしない限り、従う奴はいないだろう。


ユーディットも例外ではなく、眉をひそめ、片手を挙げる。


ゴッ!!


するとユーディットの手の先から一本の巨大な柱が突き出て、ビルを串刺しにする。


そして、この柱の能力はそれだけではない。


ビルに突き刺さった状態から大量の銃眼が開き、コンクリートを軽く貫く威力の銃弾をばら撒いた。


これほどの事をされてしまえば、例えどこに隠れていても、それこそ金庫の中にでも隠れていない限り銃弾から逃れることは出来ないだろう。


「……よし。とりあえずは成功か」


カッ!!


その瞬間、ビルが爆発した。


無論、廉はそのビルにはいない。別のビルから様子を覗っていたのだ。


流石にあの看板に騙されるとは端から思っていない。本当は近づいてもらうだけで御の字だったのだが、色んな意味で想像を裏切られた。


廉の手元にあった起爆スイッチが用をなす事は無く、ユーディットの攻撃によってビル内の火薬が一機に起爆したのである。


爆風に煽られながらもユーディットは瓦礫を弾く為にアームズを構えるが、廉はそんな事を許さない。


弾丸を補給したモンスターイーターを向け、引き金を引く。


状況は先程の焼き直しのように似かより、このままなら再び腕にダメージを受けてしまうだろう。


ユーディットはモンスターイーターの銃声を聞き取った途端向きを変え、片手を廉に向ける。


そして照準は曖昧なまま、その手から巨大な柱を撃ち放った。


対して廉は逃げる事は無く、モンスターイーターを投げ捨てて足下にあった巨大な筒を二つ持ち上げる。


そしてそれぞれトリガーを両手で持ち、アービティアリィ・ハッカーで砲身を抑えこみながら引き金を引く。


常識の範疇内の反動と爆音と共に二つの弾頭が向かってくる柱に着弾し、爆発する。


それでも巨大な質量を持つ柱は勢いを失っただけで止まることはない。だが、それで充分だ。


パンツァーファーストを投げ捨て、廉はアービティアリィ・ハッカーの両手を組みながら腕を伸ばし、叩き落す。


そして再び廉はモンスターイーターを手に取り


「あぐっ……!!」


上に向かって連射した。


不安定な態勢で撃ったため、反動が廉の体を襲う。


痛みはないが、振動が直接内臓まで響き、吐き気を催してしまう。


だが、それによって爆風の影から強襲しようとしていたユーディットを叩き落す事に成功した。


「……本当に、楽に勝たせてはくれないな。全く……!」


そして懐からスイッチを取り出し、押し込んでユーディットが落ちた辺りのビルを爆破させた。


轟音と共にビルが崩れていくが、廉は気を抜かない。


この二回の逃亡戦だけで殆どのビルを崩してしまった。この調子で同じ事をもう一度やるのは不可能であろう。


「――さあ、どうするか……!」


だが、この戦いは今までとは違って遭遇戦ではないのだ。戦う前に策を考える時間は充分にあった。


ここは海辺、それを使わぬ道理は無い。


「アービティアリィ・ハッカーッ!!」


廉はそう叫びながらアービティアリィ・ハッカーを分解させて伸ばし、辺り一体の地面に突き刺す。


組成はいじらずに形状だけを変化させるため、それほど神経を使わないが……。目の見えるところ全てに干渉するとなるとやはり負荷がかかってしまう。


ボゴォッ!!


アービティアリィ・ハッカーの触れた地面がすべて廉の足下に集まり、どんどん足場を高くしていく。


まるで水を吸い上げるポンプのように、どんどん周りの地面を吸い上げていく。


だが、廉の目的は地面を高く上げる事ではない。意味が無いわけではないが、あくまで副次的なものである。


突然の地殻変動によって埋設されていたガス管や水道管が壊れ、辺りに水とガスを撒き散らしていく。


このガスに引火させるだけでも十二分なダメージは与えられそうだが、ダメージの調節が出来ないため、信頼性は低い。


廉は充分な深さまで至ったと見ると、アービティアリィ・ハッカーをある方向へ伸ばす。


その先とは――


「……陸で溺れるがいい」


――穏やかな波を抑えこんである、堤防。


廉が堤防に穴をあけると、廉の作った水路を通って濁流が流れ込んでくる。


ガスでは即死の危険性や逆に無傷の危険性もあるが、これなら満遍なくダメージを与える事が出来る。


もし気付かれて逃げようとしたら、そこをモンスターイーターで撃ちぬけばいい。おあつらえ向きに、廉はかなりの高台にいるのだから。


「(さあ、どう来る?)」


油断無くモンスターイーターを構えながらも、片手では新たな武装を作り出している。


ザバァッ!


流石のユーディットも肺活量は並なのか、波を蹴散らしながら姿を表し、瓦礫を渡り歩きながらこちらに向かってきた。


そこを狙ってモンスターイーターの引き金を引くが、向こうももう分かっているのか、弾こうとは思わずに近くの瓦礫を投げ上げ、それを一瞬の盾にしている間に駆け抜けた。


「――チィッ!!」


そろそろ対策を練られる頃だろうとは分かっていたが、主力が使えなくなるというのはやはり旗色が悪くなってしまう。


モンスターイーターを捨てて即席のロケットランチャーを乱射するが、今度はユーディットのアームズが投げた石に撃墜されてしまう。


「(……仕方ない。もう逃亡戦は終わりだ!)」


幸い、ユーディットの腕はかなり傷つき、戦闘能力が落ちている事は明白である。本体の異常な脚力はまだ衰えてはいないが、こちらも短時間なら追い付く事は出来る。


後は無限の回復力でごり押しするだけだ。即死と欠損さえ防げば後はどうとでもなる。


廉の立つ塔の根元まで辿り着いたユーディットは塔を崩そうとアームズを構えるが、飛び降りた廉を見て拳を止め、真っ向から駆けあがってきた。


廉は塔の側面を駆け下り、ユーディットは持ち前の脚力で無理やり駆け上ってくる。


どちらもアームズの戦いでも早々見れない高速になり、それこそわざわざ洒落た言いまわしをするのなら、刹那の間に二人は交錯する。


まず先に仕掛けたのはユーディット。ボロボロの腕を振るって二対の拳を同時に放った。


対して廉は即死の危険性かつ一撃で千切り取られる可能性のあるアームズをアービティアリィ・ハッカーで受けとめる。分割して全てを抑えきる事も出来たかもしれないが、分割したアームズではユーディットのパワーを抑えきれないと廉はふんだのだ。


そしてユーディットの素の拳は体で受けとめ、両腕に作り出した刀をユーディットの腕めがけて振り下ろす。


だがそれは目を狙ったユーディットの蹴りによって中断される。単発で視力を失うのなら怖くは無いが、まだユーディットのアームズを完璧に押さえられているわけではないのだ。


靴になにか金属でも仕込んでいたのか、刀を十字に交差させて防いだ時に甲高い金属音がなる。


そのままユーディットは廉の刀を足がかりにもう一歩を踏み出し、廉を飛び越えて後ろに回りこむ。


そして空中で体をねじり、廉の背中に蹴りをねじ込んだ。


「か、はっ……!!」


痛みは無くとも、肺の中の空気を奪われた廉は僅かに視界が明滅する。


重力加速度に更に力が追加された廉はものすごいスピードで落下していく。


対してユーディットは廉を踏んだ事によって運動エネルギーを全て使い果たし、その場に静止する。


落ちていく廉は体をねじり、アービティアリィ・ハッカーをユーディットに向けて伸ばす。


だがそのあまりにも浅はかな攻撃はユーディットに簡単に掴まれてしまう。


ユーディットはアームズの片腕を塔に突き刺し、そこを支点に廉の体を持ち上げ投げ上げた。


「ぐぅっ!?」


急速な上昇によるGが廉の体に襲いかかる。


だが、悠長に苦しんでいる暇はない。投げ上げたユーディットが追い討ちを仕掛けにアームズのみを飛ばしてくるのだから。


アームズは両手を組み合わせ、ハンマーのように廉の体を一気に地面まで叩き落した。


廉は反撃する事すら出来ず、出来たことといえば自分の下にクッションをつくって衝撃を和らげる事ぐらいだ。


ゾボォォン!!


廉の作った簡易湖の中に落下する。物凄いスピードで落下したために水ですらクッションにならない。


体の損傷を治しながら廉は歯噛みする。まさかあそこまでボロボロになっても敵わないとは思っていなかった。


だからといってもう逃げる隙は与えられないだろう。逃げた所でどうにもならないだろうが。


現にユーディットは空中からあの柱を廉を正確に狙って投下して来ている。


「やばっ……!?」


動きの鈍い水中では避けられない。廉の腹部に柱が直撃する。湖を作った事が完璧にあだになってしまった。


メキメキと骨が軋み、内臓が圧迫される感覚に廉は眉をしかめる。痛みが無くて本当に良かった。


だが、本当に恐ろしいのはこれからだ。水中だからといって弾が放たれないということは無いだろう。


柱によって湖底まで沈められたため、廉はアービティアリィ・ハッカーで地面を掘り、そこに馬って身を隠す。


だが、腹部に打撃をくらったためにそれほど長く息は続かない。すぐに地表に出るしかない。


それほど遠くまで逃げる事は出来ず、廉が地表に頭を出したとたんユーディットがこちらに駆け出してきた。


手に重火器は無く、それは咄嗟に作れるような物ではない。咄嗟に作れるのは剣や槍といった構造が単純なもののみだ。


仕方なく廉は二振りの刀を作り出して素の両腕に構えるが、正直勝てる気がしない。


そんな感情がアービティアリィ・ハッカーにも通じ、途端に動きが鈍くなる。


――ユーディットのアームズの攻撃が見切れないほどに。


「う、あ……!?」


廉が気付いた頃には、もう既に右腕が無くなっていた。


唖然とする廉が振り向くと、血が滴り落ちる右腕を眺めるユーディットがいた。


そしてさらに、ユーディットの行動に度肝を抜かれる。


「何を、しているんだ……!?」


それもそのはず、ユーディットが大きな口をあけて廉の腕にかぶりついたのだから――。















耕作:……ところで廉。一つ訊きたいんだが


廉:なんです?


耕作:君はタイマンなんて馬鹿のやる事だといったはずなのに、なんでわざわざ一人で彼女に挑んだんだ?


廉:……はぁ


耕作:なんで溜息をつくんだ


鳴神:……あの、耕作さーん?まず氷雨君は私が死んだせいで無理として、彼女と女性陣と会わせたいと思いますか?


耕作:……うーん。別に問題無いんじゃないか?


廉:俺だけで決着をつけたかったんですよ。……馬鹿みたいなプライドですけどねっ!


鳴神:そんなことより耕作さん。忍さんはどうするんです?


耕作:はぐっ!?な、なんでその話になるのさ……!!


鳴神:いえ、同じ女としてあのような死に方をされてはトラウマどころではすまないのでは?


廉:鳴神先輩がそれを言いますか……


鳴神:なにか言ったかしら?


廉:いいえなにも


耕作:そんな事言われてもなぁ……。忍さんがあんなんなったのって所謂つりばし効果って奴だろ?ほら、ホラー映画とかで最後に主人公達がくっつくって奴


鳴神:……一発殴っていいかしら?


耕作:……腰の入った拳を俺の頬にねじりこんでから聞かないでくれ


鳴神:貴方の鈍感さには本当にもう呆れてしまうわね。もう……


廉:鳴神先輩。そうはいいますが、女性経験の無い男ってのは素直に好意を向けられて信じられるもんじゃないんですよ


鳴神:だからってこれはないわよ。あれほどになってるっていうのに気付かないなんて……。有り得ないわ


忍:な、なんだこの会話は……!!


鳴神:あら、ちょうどいいじゃない。ほら忍さん。耕作さんに思いの丈をぶちまけてしまいなさいよ。


忍:ば、馬鹿者!!そんな事出来るかっ!!


鳴神:そんなこといわずに……。あの朴念仁ったら未だに信じていないんですよ?


忍:そ、そうなのか……?


耕作:………………


(耕作、逃走)


廉:あ、逃げた


鳴神:ほんっとにもう……ヘタレで朴念仁だなんて廉君より重傷じゃない


廉:……俺も早めに逃げておこうかな


鳴神:ま、いいわ。廉君のことは今度にとって置いて次回予告でもしようかしら。


鳴神:右腕を失った廉。しかし目の前で繰り広げられる光景はそんな事を忘れさせるほどに異常で異形な光景だった――。

ついにユーディットの秘密のベールが暴かれる!

次回のお話のタイトルは『喰屍姫』……これ、ネタバレじゃないの?



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