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第三十二話:この手に掴んだ勝利は誰が為に



廉の自室は重苦しい空気に包まれていた。


東子は今にも溢れ出しかねない涙を膝の上の手を精一杯握り締めながら堪え、楓も普段の活発さが幻に覚えるほどに暗く落ち込んでいた。伊集院は一番ショックが小さいが、それでも廉の身内が死んだという事で少なからずショックを受けている。


その中でも特に酷いのは忍と氷雨だ。


忍は未だに耕作の元を離れず、氷雨はぶつぶつと何事かをつぶやきながら頭をかきむしっている。


狂気を操るアームズを持つもの(後の尋問で分かった事であり、今は分かってはいないが)を捕縛し、もう一人同列の力を持つ者を仕留めたのは非常に大きな戦果だといえよう。


だが、その代償はあまりにも大きかった。


鳴神は廉が如何に手を施そうとも目を覚ます事は無く、既に失血死してしまっていた耕作も同じ道をたどった。


変化のアームズを持つ者は氷雨の八つ当たりの対象になり、半殺しの上アームズを消去された状況で放置された。


このときばかりは廉も、氷雨を止める事は出来なかった。


むしろ、アームズを消去する余裕があったほうがむしろ驚きだ。


そして尚、被害を受けたのは耕作と鳴神だけではない。


「やめてぇっ!こないでぇっ!!イヤァ――――ッ!!」


優姫、である。


体のどこにも異常は無いのだが……そう、所謂トラウマを刻まれてしまったのだ。


どんなアームズであれ視界に入るだけで絶叫し、辺りのものを投げ散らかすようになってしまった優姫を廉は別室で落ち着かせようとするが、いかんせん廉も余裕が無い故に感情的になってしまう。


乱れた精神でアームズを操る事は無いが、半狂乱になった人間ならば例え非力な少女といえど充分な脅威である。


殴られた事によって切れた唇を(アービティアリィ)・ハッカーで治し、とりあえず(アービティアリィ)・ハッカーで眠らせた後に廉は一つしかない自分のベットに横たわらせる。


そして自身は近くの椅子に座り、溜息を吐いて項垂れる。


「(……流石に、へこむ)」


鼓舞する意味も込めて軽い口調で呟いてみるが、むしろ落ち込むだけである。


耕作と鳴神に関しては、もっと落ち込み荒れる人間がいたために落ち着く事も出来たが、優姫は違う。


この中にそれほど深い付き合いの人間はいない上、優姫をこちら側に引き込んだのは廉達なのだから。


廉達が放っておけば、優姫はあっさりと耕作を殺し、いずれ戦いの中で普通に殺されていただろう。


どちらが幸福か分からないが、少なくともこれほどのトラウマを刻まれる事は無かったはずだ。


「これは、勝利と呼べるのか……?」


背もたれに持たれかかり、廉は天を仰いで呟く。


「だれか、教えてくれ……」


無論、答えは無い。当たり前だ。


廉は落ち込むと思考が馬鹿になると毒づきながら立ち上がる。


優姫を置いて部屋を出る。耕作と鳴神がそれぞれ来客用(主に楓と氷雨用)の布団に横たわり、起こせば起きてくれそうなほどに穏やかな寝息を立てている。


そしてその傍らにはそれぞれ氷雨と忍がおり、氷雨は自らの頭を抱え、忍は耕作の手を握り締めながら各々に絶望を味わっている。


見ていられなくなった廉は意図的に目を逸らし、キッチンのほうへ向かう。


それを見た東子達は立ち上がるが、廉はそれを制し、一人で向かう。


別になにか料理をするわけではない。


「……こっちがへこんでるってのに、随分な余裕だな」


広義的には料理とも呼べなくは無いが。


廉によって両手足を切り離され、所謂ダルマ状態になった女が更にロープでがんじがらめになって横たわっていた。


廉が声をかけると女は目を開け、睨むでもなく廉を見つめる。


敵意どころか感情すら感じない女の視線に廉は薄ら寒いものを感じるが、気圧されずに見つめかえす。


「――あえていっておくが、今の俺は非常に不安定だ。今すぐにでもアンタを物言わない肉片に変えかねないほどに……な」


あくまで脅しのつもりだったのだが、やはり自分で言っているとおり不安定なのか衝動的に(アービティアリィ)・ハッカーで女の首を掴みあげてしまう。


ギリギリと締め上げているのだが、やはり女は意に介さない。


それが廉の癇癪を引き起こし、思わず廉は感情のままに女を食器棚へと投げつける。


大きな音と共に食器棚のガラスや中の食器が割れ散り、女の体を切り刻む。


――だがそれでも、女の表情は揺るがない。


「こ、の、糞がァ!!」


廉は表情を一変させ、力ずくで女の胸倉を掴みあげる。


音は東子達の所にも届いているのだろうが、止めにはこない。東子達にも、充分に予想できた事だからだ。


「……随分な変わりようだな。そういうのは霧霜氷雨の役割だと思っていたが」


しかし、そこまでやっても決して揺らぐ事の無い女の冷静さに、廉も頭が冷える。


胸倉を掴んでいた手を離し、廉は吐き捨てるように言う。


「ああ自覚してるよ。……だが俺だって聖人君子ってわけじゃあない。荒れる事だってあるさ」


廉も自己嫌悪している感があるのか、苦々しい表情で近くの椅子に腰掛ける。


自分を落ち着かせるように数度深呼吸した後に女に問い掛ける。


「……さて、アンタには知りうる限りの事を喋って貰う。どんな手を使ってもな」


そう言いながら廉はメモ帳を取り出し、書く姿勢になりながらいろいろと問い掛ける。


――まず、名前を聞こう。いつまでもアンタじゃあいささか呼びにくい。


「……なんだったかな。適当にアームズの名前ででも呼んでおいてくれ」


廉は無造作に女を殴る。


――言ったはずだぞ。俺は非常に不安定なんだと


「そうはいってもな。……もう名前は捨てたんだよ。思い出せないほど前にな」


――……そうか。じゃあアームズの名前を取ってシンとでも呼ばせてもらうよ。さて、シンとやら、アンタのアームズの能力はなんだ?


「……理性を削る能力だ。金城廉が戦った天先ユーディット、伊集院百合子等は私が理性を削った」


――やはりか。その事についてもう一発殴っておきたいところだが、話が進まないんでやめとこう。ところで、同じ能力を持つものはいるのか?


「いや、私だけだ」


――と、なると……。いずれ取り返しに来る可能性も高い、か。


シンの能力はこの戦いにおいて欠かせないものであり、それを彼女しか持っていない以上重要度は高い。


取り返しにくるその時こそが、一番のピンチでありチャンスであろう。


――アンタらの組織の構成について訊かせてもらおう


「……申し訳無いが、それは話せない」


廉は咄嗟に振り上げてしまった手を寸ででとめ、理由を訊く。


「アームズなどという能力がある時点で察してくれるとは思うが、こちらにはそちらが予想もつかない力がある。それを前提とした上でもう一度言う。――申し訳無いが、話す事は出来ない」


――分かった。信じたくないが、信じよう。


嘘である可能性も高いのだが、だからといって話させる術も無い。拷問した所で話すような相手でもない。


全てを話さないわけではないので、まずはその部分から聞かせてもらおう。


……恐らく、それこそが狙いなのだろうが。


――じゃあ、質問を変えよう。……シン以上の力を持つ奴は、いるか?


「……分からない。言えない、では無く分からない、だ」


――それはどういう意味だ?その能力を持つ以上、末端という訳ではないだろうに。


「……私も、人間なんだ」


廉はシンの表情がそこでようやく曇った気がしたが、次の瞬間にはもう戻っていた。


その発言の意味をはかりかねた廉は眉をひそめ首を傾げるが、シンはなにも言わない。


――まあいい。どちらにせよ言えない事には変わりが無いのなら無駄な時間は省いておこう。


廉はそう呟き、次の質問を投げかける。


……しかし、結果的にシンから得られた情報は殆ど無いに等しかった。


得られた情報はこんな所だ。


まず、アームズはシンの主にあたる人物が作り出したものらしい。


その素性は不明。ただ、分からないと話せないがいくつか混じっていたため、多少は知っているのかもしれない。


目的は……腹立たしい事に観戦らしい。


苦労しているこちらとしてはもうちょっとまともな目的であって欲しかったが……。


今どこにいるか、については『わからない』でもなく『話せない』でもなく、『無理だ』と答えた。


それについて詳しく詰問したが、詳しくは答えてくれなかった。


かといってこれはそう簡単に諦められる事柄ではない為、後でもう一度訊くつもりだ。


それこそ、様々な手段を用いて。


訊きたい事を全て訊き終えた廉はメモ帳をしまい、立ち上がる。


「……さて、一応訊いておくが。そちらからなにか言いたい事はあるか?」


無論、まともに受け入れるつもりは無いが、シンの人となりを知るきっかけくらいにはなるだろう。ま、知ったからといってどうこうするつもりは無いだろうが。


廉の問いかけに対して、予想通りシンはなにも言わない。


「(……だろうな。下手な要望は弱みをさらけ出す事にも繋がる)」


なにか望みを出せば、それの対価を求められかねない。それは向こうも良くわかっていることだろう。


緊張の糸を幾重にも張り巡らせた尋問をかわしていため、少々痛むこめかみを抑えながら廉は退出する。


……さて、一眠りでも――


「――トイレに行かせてくれ」


思わず、廉はギャグのようにその場に転び倒れ伏した。


「(今のは、俺の聞き間違いか……!?)」


呆けた顔でシンのほうを向くが、先程の爆弾発言とは裏腹にいつも通りの鉄面皮である。


廉は気を取りなおして立ち上がり、しかし先程の発言が尾を引いているのか気を引き締める事は出来ない。


「あー……。俺の聞き間違いじゃあなければ……」


「欲を言わせてもらえば空腹も感じているのだが、これに関してそちらに必要性は無い。ただ、ここで失禁してしまった場合そちらにも色々と不具合があるだろう」


特に慌てるような様子は無く、抑揚の無い一定の声で淡々と語るその姿には、今にも失禁しかねないというようには感じられない。


別に、トイレに行かせる事自体はやぶさかではないのだが……どうやって?


一人で行かせる事は論外だ。逃げられかねない。


しかし、だからといって廉が付き添ったらそれはそれで変態である。廉にそんな趣味は無い。


東子や楓達に頼むのが一番なのだろうが……生憎、彼女らにそんな余裕は無いだろう。特に忍には。


悩む廉にシンは


「別にこの場でなにか容器でも渡してくれれば――」


「俺を変態にしたいのか?」


そんな妄言を囀るシンに廉は先程とは違う頭痛に襲われる。……まさか、わざとやっているんじゃないだろうな、と。


結局悩んだ末に(アービティアリィ)・ハッカーで膀胱内の水分を……まあ、あーしてこうした。


廉としてはあまり変わらなかったんじゃないかと手を洗いながら呟く。


詳しくは訊くな。


ただ、そういった作業に慣れていなかった――慣れたくも無いが――廉では余計なものまでいじってしまい、今シンはうつ伏せに倒れている。


……倒れている姿が妙に色っぽく感じるのは、気のせいだろうか。


「(今のを東子さんに見られてたら……)」


急に寒気を感じた廉は蛇口を閉め、手を拭く。


幸い東子には見られていないが、確証は無い。


必要以上の水分を奪ってしまったため、割としおれているシンにストローを刺したパック牛乳を渡す。


こぼしたら殴る準備は出来ている。


だが予想に反してシンは丁寧に飲み干し、軽く息を吐く。


「――ありがとう」


「――――っ!?」


そしてシンの口から発せられた思わぬ言葉に廉は呆気にとられる。


「……ふん。賞味期限を良く見ろ。もうギリギリだからやったに過ぎないんだよ」


「なるほど、これがツンデレという奴か」


「……いっぺん死んでみるか?」


遠慮しておく、とシンは目を瞑り、黙ってしまう。


廉はそのまま部屋の外に出ようとするが、そこでなぜかシンに呼びとめられる。


振りかえってみると、シンは口に一枚の紙をくわえていた。


シンが首を振るとくわえていた紙は真っ直ぐと廉のほうへとんでいく。


「なんだこれ、は、……っ!?」


受け取り、その内容に廉は驚きに目を剥く。


くしゃくしゃに紙を丸め、近くのゴミ箱に投げ捨てながら廉はシンを睨みつける。


「なんのつもりだ、これは……。」


「そのままの意味だ。嘘は無い」


訝しげに睨む廉に、シンはそう嘯く。


「……俺がそれを信じると思うのか?」


「返答はいらない。……ただ、行動で示してもらえばそれでいい」


シンのその言葉に廉は一瞬だけ脚力を強化し、シンの側頭部を蹴り飛ばす。


長期的になら伊集院や東子の援護も必要だが、一瞬だけならば問題無い。無論、すぐに調整が必要になるため実戦では使えないが。


無防備にそれを受け、決して少なくないダメージを受けたシンは小さくうめいて倒れる。


「これが答えだ。……全く、回りくどい事をするもんだよ」


そう言い残し、廉は足に調整を施しながら部屋を後にした。


廉の投げ捨てた紙にはこう書かれていた……『八月三十一日、その日を決戦とする』と――。





耕作:……なぁ。俺って本当に死んだのか?


廉:みたいですね。


耕作:……復活の予定は?


廉:ないです。


耕作:……は、はっはー。冗談きついぜ。


廉:南無


耕作:ええい俺に線香をたくな!……ってなんかおれ成仏してる!?


廉:また来世で会いましょー


廉:……さて、耕作さんはこの程度にしておくとして……


鳴神:うふふふふふふふー☆


廉:ひっ……!?


鳴神:ねぇ廉くーん?


廉:は、はい。なんでしょうか!?


鳴神:なんでかなー?本編での私の扱いがさっきのお兄さんより酷いような気がするんだけどー?


廉:そ、それはですねー……。このお話の性質のせいじゃないでしょーかー……?


鳴神:ん、詳しくきかせてくれる?


廉:基本的にこのお話ではバランスブレーカーは酷い扱いを受けるものなんです。ユーディット然り、シン然り、あのどS男然りと


鳴神:うんうん。で?


廉:鳴神先輩は……正直な所軽くユーディットどころじゃないんですよ。その、強さ的に。


廉:一応、氷雨に戦うための理由をつけるため、っていうのもあるんですが……。このお話のモットーは『制限つきの戦い』ですので、鳴神先輩みたいな汎用性に炊ける能力はそぐわないんですよ。


鳴神:……ふーん。要は、氷雨君のせいね?


廉:(何故そういう発想に!?)……はい、その通りです



(鳴神退場)



廉:氷雨、すまない……


廉:さて、と……別に五十嵐はどうでもいいか


優姫:は!?ちょっとなんでよ!


廉:次回『過去との対話』俺オンリーのお話です。

……では、次回をお楽しみに!!


優姫:話を聞きなさいよ――!!


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