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第三十話:誤算の絆


「……ずい、ぶんと、スピードが落ちてきたんじゃない……?」


「よくも、まあ……。そこまで減らず口が効けるものですね……」


最早肩で息をするほどに疲弊した楓に、女は容赦無く拳を放つ。


疲労によって反応が一拍遅れたが、それでも寸前でなんとか防ぐ事が出来た。


「……一つ訊きたい。最早そちら側に勝機は無い。何故それでも戦いつづける?」


「こっちが訊いてもだんまりだったくせに、そんなこというわけ?随分と虫の良い話ねっ!」


軽口を叩きながら楓は女の拳を弾き、顔面めがけて右の拳を放つ


それを女は右足を一歩下げ、左足を軸に体を一回転させてかわすと同時に顔面へと裏拳を放つ。


アームズの突きは特に体捌きを必要とするわけではないため、楓は後に重心を残したままの攻撃であった。


それゆえに女の裏拳も難なく左手で防ぎ、右拳を戻してもう一度同じ所を狙う。


「……それもそうだな。では、何を訊きたい?」


逆に女はアームズを使っていないため、総じて攻撃後は不安定な態勢になる。


だが、そのハンデを考慮しても、女の有利は揺るがない。


「まず、そのチート能力の原因が訊きたいわね……!!」


一瞬にして楓の視界から女の姿が消える。


だがそれは瞬間移動や、無茶苦茶な身体能力を使った高速移動ではない。ただ単に、左手を、顔の側面に守りに使ったために出来た死角へと潜り込んだのだ。


廉や氷雨のように多少喧嘩慣れしていたのなら、その事に少しは頭はいったのだろうが、自称平凡な女子高生の楓には無理な話だった。


「……なに、少々ばかり、舞台裏の力を借りているだけさ」


「『フォーミー・ザ・ワールド』!!」


だが幸いにして、守りの観点からのみで言うのなら、楓は女に勝っていた。


自分の周りに障壁と適当に出現させ、それで防げたのなら良し、防げなくても女の体のどこかに触れればいくらでも対応の使用がある。


今回も左後方に女がいる事が分かり、楓は左手を適当に薙ぎ払う。


適当に出現させた急ごしらえの障壁は基本的に脆く、女の攻撃を完全に防ぎきるには少々安心できない。


フォーミ・ザ・ワールドの振るわれた軌道上に虹色の障壁が出現し、女が放った攻撃を防ぐ。


女も最初の攻防の反省があるのか、障壁に捕まえられないようにボクシングのジャブさながらにすぐに拳を引く。


そして振り向いてすぐの不安定な姿勢のままの楓に向かって、障壁の合間を縫った軽いジャブを放つ。


「ああもう……。そういうメタなのは止めて欲しいわねぇ!」


防ぎきれないと判断した楓は咄嗟に地面を蹴り、飛びのく。


無論、アームズ並の身体能力を持つ女の拳を避けられるはずは無い。


だが、障壁の隙間から攻撃している以上女はあまり軌道の修正が出来ないため、最初の照準から身をのけることが出来ればよける事が出来るのだ。


ついでに態勢に威力が左右されないアームズによる突きを放つが、それは簡単にいなされてしまう。


常に障壁に身を包む事が出来れば、一方的に攻める事が出来るためそれなりに状況も好転するのだが、生憎そこまでの力は楓にはない。


瞬間的ならば、全身を包む事も不可能ではないが、その場合むらが出来てしまう。


気分屋な楓らしいといえばらしいが。


「さて、こちらは答えた。次はそちらの番だ」


飛び退いたために地面に倒れた楓に向かって追い討ちを放ちながらも、女は問い掛ける。


背中を地面につけた、普通なら不利な状況だが、実の所そうではない。


まず背後からの攻撃が無い事、四方八方の半分を遮断できるのは大きい。真下からの攻撃は、致命傷となる部分である頭や心臓を狙えないため、それほど脅威にはならない。


男なら金的があるが、そんなものが楓にあるはずも無い。


機動力が損なわれるというデメリットもあるが、元々この状況では生半可な機動力などなんの意味も持たない。


流石に守りに専念されてしまうと女も攻めあぐねてしまう。


その隙に楓は立ちあがり、再び女と立ち会う。


だが、女が攻めてくる様子は無い。問いかけの答えを待っているのか。


それを見た楓は視線を逸らさずに溜息をつく。


「あんたねぇ……。ま、簡単な話よ。廉はあの程度じゃあ死にゃあしないって事よ」


対して女は相変わらず感情を見せないまま重ねて問いかける。


「……何を言っているのだ?あれを受けて再び立ちあがれる人間などいない。妄言が過ぎるぞ」


「ハイ質問終わり!もっと訊きたければそっちも何か話しなさい!!」


意外な食いつきを見せたと感じた楓はそこで話を切り、要求のレートをあげる。


詳しい事情は知らないが、廉が敵対している相手の情報なら得ておいて損は無いだろう。


だが、予想に反して女は途端に口を噤む。


楓は判断を間違えたかと内心天を仰ぐが、逆に言えばそう言った情報を自分の意思で漏らせない立場だという事が推測できる。


……まあ、楓は気付けなかったが。


会話が途切れたため、二人は再び拳を交える。


攻撃に全力を出さない女と守りに専念する楓であるため、状況は拮抗したまま動く事は無い。


状況が動くとすればそれは、楓の待ち望んだ廉の復活、その時である。


「(――それまで、体力が持てばいいんだけどね……!!)」


アームズを使いこなすのに肉体的な疲労は全くないといって良いが、それでも体捌きが全くないというわけではない。


それに加えて一歩間違えば即死につながるという緊張が、楓に重石を乗せつづけていた。


「(ああもうっ!!早くしなさいよ!廉の馬鹿――ッ!!)」


楓はそう叫ぶが、そろそろ来ると感じていた。


無論、根拠は無い。言うなれば勘だが、楓には確信に近いものがあった。


「(……なら、少しでもやりやすい状況でも作っとこうかな)」


廉の場合、相手をしているのが楓なら、乱入のタイミングをはかるかもしれない。


それは楓を軽く見ているのではなく、単にそういう関係だからに過ぎない。


なら、どういうタイミングなら廉にとって有利に働くのか。


「(……思いつかない)」


この女に隙は無い。無理矢理作ろうとも、簡単に抜け出されてしまうのは既に証明済みだ。


「――ッ!?」


しかし、別の事を考えながら戦えるほど目の前の女は甘い相手ではない。一拍どころではなく遅れた反応のせいで女の拳が頬を掠る。


一度全身を障壁で覆いながら一度間合いを戻すが、再び同じ事をしたら今度は頬に走る一筋の切り傷どころの話ではないだろう。


「慣れない事はするもんじゃないわー……」


「殺し合いに慣れている人間など、そうそう居てはこちらが困る」


聞こえないように呟いたはずだが、女は耳聡く聞き取り、しかし的外れな言葉を発した。


そういう事じゃないんだけど……と楓は頭の中だけでつぶやく。勘違いしてくれるのなら、それはそれで良い。


楓はもう考えるのを諦めた。そんな事をしていて生き残れる相手ではないし、考える意味も無い。


廉の考えに反するかもしれないが、もう限界だ。


「とっとと出てこないと子供の頃の恥部を無い事無い事言いふらすわよ―――っ!!!」


一対一でこれ以上やりあうのは、無茶がある。搦め手が無理というのなら、もういい加減姿を表して欲しい。


独りというのは、意外と孤独なものだ。


女は楓の叫びを単なる妄想や現実逃避の類と軽んじていたが、すぐにその考えは改められる。


ドォッ!!


「――ッ!?」


遥か頭上から降ってくる、巨大なトラックによって。


対して女はトラックの落下地点から避けようとはせず、再び漆黒のアームズを発現させる。


だがそれは、トラックを弾き飛ばすためのものではない。


「――流石だな。あれを囮だと見ぬいたか」


全員の視線がトラックに集中した瞬間、一人の少年が女の背後に回りこんでいた。


声を聞く前から何者か女には分かった。と、いうか彼しかあり得ない。


「……信頼というものも意外と馬鹿には出来ないものだな。金城廉」


「ちょっと俺が吹き飛んでる間に、随分と饒舌になったものだなぁっ!!」


女には全く驚愕も焦燥も無かった。いくら廉がもどってきたとはいえ、元々彼には女のアームズへの対抗策がなんら無いのだから。


やる事は一つ。再びトドメを刺しなおすだけだ。


女は無造作に、しかし廉たちのとっては見る事すら敵わないであろう速度で廉に向かってアームズを放つ。


今度こそ、廉の体は生命活動を停止する――。


ガッ!


「……甘く見られたもんだな」


――はず、だった。


女はそこで始めて驚愕を表情に表す。よける事も防ぐ事も敵わぬアームズが、廉のアービティアリィ・ハッカーによって防がれていたのだから。それも右腕だけで。


アービティアリィ・ハッカーと自分のアームズでは、レベル以前の話である事は変えようの無い事実である。だが、今ここで防がれている事も事実である。


「どうした?驚くにはまだ早いぜっ!」


廉は残った左腕をアエテルヌム・シンに勝るとも劣らない速度で鳩尾めがけて放つ。


流石にそれほどの速度で放たれたものを避けるのは難しく、女はアエテルヌム・シンで迎え撃つ。


だが、そこで女は再び驚くことになる。


「……数の力を、思い知れ」


向かってくる拳は一つではないのだ。


今までならばどれほど多くても脅威には値しなかったが、今は違う。廉はアエテルヌム・シンの背中を捉え始めているのだから。


良く観察してみると、アービティアリィ・ハッカーは一つだけ、残りの二つは素の腕だった。


だが、素の腕といえどそのスピードは決して侮れるものではなく、むしろアービティアリィ・ハッカーよりも速いのではないかと思えるほどである。


とはいえ素の拳を受けたとしても、致命傷になるわけではない。警戒すべきは触れただけで戦闘能力を根こそぎ奪ってしまうアービティアリィ・ハッカーのほうだ。


アエテルヌム・シンでアービティアリィ・ハッカーを受けとめ、素の拳はこちらも素の拳で受け止める。


そして受けとめた衝撃が伝わりきるか否かの時には既に、廉の姿は女の前から消えていた。


対して女もその場からすぐに飛び去り、誰もいなくなった空間にトラックが墜落する。


その時には既に二人はトラックの残骸の上を渡り歩きながら攻防を繰り返していた。


その一部始終をなんとか見る事の出来た楓は首を傾げる。廉はあれほど強くなかったはずだ。


楓が始めてアームズを使ったのは、伊集院の手によって傀儡に囲まれたときだ。


良く考えれば廉も怪しいと思ったはずだろう。本気で排除とまで言った伊集院があの程度で済ませるはずなど無いと。


実際あの時は突然発現したアームズに戸惑いながらも自衛し、しかし拳銃の不意打ちには敵わなかった。


その音を聞きつけた氷雨が楓を助け、事無きを得た。……というのが事の真相だったのだ。


楓は廉に打ち明けようとも考えたが、恐らくこれが原因で苦しんだのであろう事と、日常を楽しむ廉の顔を見て打ち明ける事はしなかった。


ただしそれでも心配だったために後をつけたりもしたが、氷雨や東子といった仲間が増えた事で楓は心配する事を止めた。


ちなみに、東子とのピンク色の会話の一部始終を聞いている。……まあ、それゆえに後をつけるのを止めたというのもあるのだが。


その直後にあの惨劇が起きたのだから、運命というものは分からない。


だから東子のことは知っていたし、廉がどういう能力なのかも知っている。


しかしそれでも、目の前の廉はあり得ない。


知覚機能は強化されているものの、下肢や上肢の機能が強化されるわけではない。


楓は知らない事だが、自分の体を改造することも廉だけの力では無理なはずだった。


筋肉や骨格の強化は、出来なくも無い。だが、緻密なバランスで成り立っている体である以上、その状態は維持できないのだ。


そういった知識や技術があれば半永久的な強化も出来なくは無いのだろうが、所詮廉は一介の高校生なのだ。


つまり、体をいくら強化しようとも、維持だけで全力を使ってしまう。ということだ。


しかし、現に廉は女と対等の身体能力で渡り合っている。


放たれる二対の拳に同じく二対の拳をぶつけ合い、蹴り技すら使っている。


その動きも、楓が見なれた廉の戦い方ではなく、どこか、洗練された匂いを感じる。


「かっ……!」


空中でぶつかり合った二人は不安定な姿勢で地面に着地する。


だが廉は腕を有り得ない方向に曲げて無理矢理に態勢を戻し、未だに態勢を戻しきれていない女に襲いかかる。


具体的にはまだ膝立ち状態の女に対して、ミドルキック、右側頭部を狙った蹴りを放つ、


それを女は両手で受けとめ、逆に掴み返す。


そして動きを封じた廉に向かってアエテルヌム・シンの拳を放つ。


「――将棋をやった事はあるか?」


対して廉はアービティアリィ・ハッカーで受けとめる。


本来ならここで一度仕切りなおしになって双方距離を取るのだが、今は違う。


「どんなに有用な駒の飛車や角だって、それぞれが守り合う歩や金銀には一枚だけではどうにもならない」


先程狙われたのとは逆の、左即頭部を狙った回し蹴りが飛んできたのだ。


女は咄嗟に身構えるが、素手も、アームズも、全てを使い切ってしまった。


「要は数の力さ。どんなに強大な駒だって、圧倒的な数の前には無力と化す」


女の脳を、廉の蹴りが揺さぶる。……だが、そもそも前提としておかしい事がある。


元々蹴りは蹴る足と軸足の両方が必要となり、片足で立つのは基本的に踏ん張りが利かず、バランスも悪い。


手の三倍の力を持つといわれながら、基本的に乱発されないのも当たり前である。


で、廉は最初右足で蹴りを放った。ここはまだいい。


だが、その状態でどうして左足での蹴りが放てようか。軸足も無く蹴りは放てないはずなのに。


女は揺れる視界の中、その原因を見つける。


「三本目の、足だと……!?」


「ご名答。そんな貴方に面白い技をプレゼントだ」


廉の背中辺りからおざなりな形の足が一本伸び、廉の体を支えていた。むしろ形はスタンドに近い感じもするが。


きっちりと女の頭に衝撃を与えきった後、がっちりと両足で女の頭を保持しながら廉は思いっきり体を反る。


そしてバク転のように両手を地面につけ、そこを基点に女の体を両足で持ち上げ、投げ飛ばした。


そう、俗に言うフランケンシュタイナーである。規模は最早格闘ゲームの域に達してはいるが。


不意に魅せ技とも言える有り得ない技を受けた女は、受身も取れずに背中から落下する。


「一対一が駄目ならニ体一で、それでも駄目なら三体一で……。タイマンなんて、阿呆のやる事だっ!!」


ようやく見せた勝機らしい勝機を見つけた廉は畳み掛けるように女に肉迫していく。


女は咄嗟に起きあがろうとするが、虹の揺らぎに遮られる。


「――ッ!?」


楓が女の周りに障壁を作り出していたのだ。


無論それは女を守るためではない。


「やっぱり、良いタイミングだ……!!」


「伊達に、十何年も幼馴染はやってたわけじゃあないのよ」


廉の一撃を確実に当てるためだ。


ただ、距離が離れているせいかそれほど強固な障壁は作れなかった。


それを看破した女は戸惑うことなくアエテルヌム・シンを振りまわし、障壁を蹴散らす。


しかし、その時には既に廉は二対の拳を女めがけて振り上げていた。


横たわった態勢では避けきれない。女は受けとめるためにこちらも二対の拳を構える。


廉は先にアービティアリィ・ハッカーの両腕を振るい、女もアエテルヌム・シンで受けとめる。こればかりはアームズ以外で防ぐ事は出来ない。


そして次に廉は素手による攻撃を始めるのだが、女は振りかぶる廉の挙動に違和感を感じる。


頭の上で両手を合わし、今にもそのまま振り下ろそうとしているのだ。


別に、合わせた両拳をハンマーのように振り下ろす事自体はおかしい所など無い。


――ただ、その両拳の間に何かを持っているような隙間が無ければ、話だ。


危機感を覚えた女は受けとめようと握り締めていた拳を貫手に変える。


そして、振り下ろして来た廉の両拳の少し上辺りを掌で挟みこむ。


すると、まるで繋がっているかのように廉の素手の動きがピタリと止まる。


「……チッ。見えていたか」


多少横から見れば一目瞭然なのだが、真正面から見ると全く見る事が出来ない。それほどまでに薄刃の刀を廉は両手に持って振り下ろしていたのだ。


それを女は咄嗟に気付き、これまた魅せ技である真剣白刃取りを敢行したのである。


廉はアービティアリィ・ハッカーでアエテルヌム・シンを捕まえ、挟まれた刀を捨てて新たに刀を取り出す。


そしてそれを右手で逆手に持ち替え、女の胴めがけて薙ぎ払う。


アエテルヌム・シンならば刀程度受け止めるどころか折ることすらできるのだが、素手で受けるにはいささか危険過ぎる。


女は受け止める事はせずに両腕で地面を叩き、その反動で体を浮かして刃の軌道上から抜ける。


そして自らのアームズを鉄棒のように使い、再び立ちあがる。


だが、それでもまだ安心は出来ない。廉が空振りをして斬りつけた先にあった瓦礫が、バターのように真っ二つになっていたのだから。


これであの刀を受けとめるという選択肢は無くなった。それこそ、アームズ以外のものは全てなで斬りにされてしまうだろう。


ただ、それはあまりにもおかしい。


いくらすばらしい切れ味を持つ刀であろうとも、持つ者が素人であれば藁の束すら切る事が出来ないだろう。


廉はそれなりに喧嘩慣れしている少年だが、いくらなんでも刀の扱いにまで精通しているはずが無い。


多少の上流階級ならば望めばそういった技能を修得する機会もあるだろうが、廉は一人暮しの貧乏学生だ。


だが、その疑問を解くには、手持ちの材料では難しい。


女は再び廉と対峙するが、あまりにも旗色が悪い。


向こうは必殺の威力を持つ武器を三つ――二刀流なら四つだが――、こちらでそれを防げるのはアームズの二つのみ。その上、楓からの援護も有り得るのだ。


圧倒的な力の差があるのならば、数の差程度障子のように破る事は出来るのだろうが、実力が伯仲している今はそうもいかない。


……無論、負ける気は無いのだろうが。


相手がいくら多くの武器を持っていようとも、それを操るのはただの人間に過ぎない。


先程、目にもとまらぬ速さで廉が吹き飛ばされた事を、忘れてはならない。


「君は何も分かっていない。足掻く事が、幸福のみを生むものではないというのに……!!」


今度こそ、もう戻って来れぬように全力を込めて女は駆け出す。


廉は構えるが、無駄な事。体の動きは見えてもアームズの動きを見切る事は出来ない。


「……眠れ」


自分の出せる最大のスピードとパワーで、女は廉の体めがけてアエテルヌム・シンを振るう。


廉は未だに攻撃が放たれた事に気付かない。当たり前か、そもそもこの二人の間では見えてる世界が違うのだから。


光速に達するのではないかと思えるほどの速度で女はアームズを振りぬいた。


楓は未だに身構えたまま、動くことはない。


東子も、座ったまま驚く事も無い。


……それもそうだ、廉は吹き飛んでなどいないのだから。


「日本の古武術ってのは基本的に高い身体能力を持つ事を前提としてはいない」


廉はまるで他人事のように、女の耳元で囁く。


「どんなに速い攻撃だって、いつ殴るか、どこを殴るかさえ分かれば、恐るる足りない」


全力の攻撃を放ったために、女はすぐに次の行動にうつる事は出来ない。


「……全く、始めて体験したがここまでだとは思わなかったよ」


バチィッ!!


アービティアリィ・ハッカーが女の体に触れ、体の自由を奪う。


女は小さく息を吐き、崩れ落ちる。


「……助かったよ。君がいなければ俺は死んでいた」


それを見届けた廉は、奇襲として使ったトラックのほうを向き、呟く。


「礼などよしてくださいな。貴方の幸せがわたくしの幸せでもあるのですから」


すると、トラックの荷台の中から一人の少女が姿を表した。


こんな鉄火場には似合わぬ、豪奢なゴスロリファッションに身を包んだ少女は廉に向かって微笑みかける。


「わたくしの力が廉様のお力になれる。これだけでわたくしには充分過ぎるほどの見返りでございますのよ?」


口調で丸分かりなので特に引っ張りはしない。伊集院百合子だ。


廉がアエテルヌム・シンの一撃をくらったとき、廉は本当に死ぬ一歩手前だった。


アービティアリィ・ハッカーを動かす事は出来ず、治療など論外。そんな状況だった。


だが、女にとって誤算だったのはこの伊集院の存在である。


まさかあそこまでされておいて、廉に味方するとは思わなかったのだ。


隔離空間の外まで吹き飛ばされたため、現実空間は大きな騒ぎになっていた。


なにせ、人間がビルの壁をぶち抜きながら吹き飛んできたのだ。号外レベルの珍事件であり大事件である。


そして、そこまでの大事になればその情報は伊集院の耳にも入るのである。


伊集院は驚いた事だろう。自分の思い人が半死半生の状態で吹き飛んだ等という事件が起きたのだから。


伊集院のアームズは決して治療用の能力などではない。あくまで人間を操る能力である……のだが、その能力で廉を操れば、何ら問題は無い。


本来、他人のアームズを扱う事は非常に難しく、今まで他人を操るような能力の持ち主でもそこまで出来た前例は無い。


だが、それを伊集院はやってのけた。アービティアリィ・ハッカーという本人ですら持て余すほどの能力を、だ。


理由は至極簡単な事。伊集院曰く『恋する乙女の奇跡』らしい。……まあ、それほどの感情をアームズに込めれば出来なくは無いのだろうが。


伊集院によって助けられたことは廉にとってかなりの驚愕に値する出来事だったが、当時の状況では利用するべきものは全て利用しなくてはならない。それが例え純真な恋心だったとしても。


無論、伊集院の力だけで体の全身を治す事は非常に難しい事なのだが、廉の意識さえ戻れば後は簡単だ。


そして完璧に治癒した廉は近くのトラックを強奪し、この場所に駆けつけたのである。


尚余談だが、トラックを投げ飛ばしたのは伊集院だったりする。


ただ、ここまででは廉の異常なパワーアップの説明が為されていない。


前述にもあったとおり、身体機能の増強は出来なくも無い。維持するのだけで精一杯であり、戦うなど以ての外だが。


だが、思い出してもらいたい。廉は端からタイマンなどする気は無かったのだと。


維持だけで精一杯ならば、体を誰か別の人に動かしてもらえば良い。


お誂え向きの人材が、タナボタのように現れたのだから。


そう、あの女と戦っていたのは、廉などではない。伊集院百合子だったのだ。


廉は自分の体の強化や人間では有り得ない動きを行うための準備に専念し、体自体はインスタントラヴァーズの力で操った。


ちなみに、何故あのように剣術まで扱えたのかを廉は訊いてみたが、『淑女の嗜みですわ』と一言で打ちきられてしまった。……なんというか、なんというかなぁ……。


アービティアリィ・ハッカーも、振るうだけならなんの問題も無い。ただ、形状の変化といった第二段階の能力を扱うには無理があったが。


廉はここまで汚い男に真摯な愛情を向けてくる伊集院と目を合わせることが出来ず、逃げるように楓と東子の下へ向かう。


「(……俺って本当に、情けないなぁ……)」


楓と東子に労いと感謝の言葉を送り、体を治療する。


伊集院はその輪に入る事は無く、一歩離れた位置から微笑みながら佇む。


そして途中でくすねてきた肉(なんの肉だかは廉も知らない)で氷雨の体を完璧に治す。


「(これで、いずれ目を覚ますだろうな)」


廉にとっては氷雨が立ち直れるかどうか少々心配であったが、氷雨はそんな弱いやつじゃないと首を振る。


気を取りなおし、今度こそ鳴神の体を治そうと手を伸ばすが――


「まだ、終わっていない……!!」


最初の無感情だった時が幻ではなかったのかと疑うほどに、負の感情のこもった女の声が響く。


廉が振り向くと、そこにはフラフラの体を無理矢理に起こし、しかし全く弱みを見せないアエテルヌム・シンを振るう女の姿があった。


廉は思わず歯噛みする。


「(――甘かった……!!あれほどの生き物を、人間扱いするなんて……!!)」


廉があの女に施したのは、人間にとって動けなくなる程度の損傷であり、その枠を飛び越えている女にはまだ温過ぎたのである。


咄嗟にアービティアリィ・ハッカーを構えるが、女の標的は廉ではない。


「はっ――!!」


ある程度に察しの良い人なら気づくだろう。パワーアップの前後で増えているのは伊集院の存在のみ。ならば、その伊集院が何らかのキーパーソンである事を。


女は確証が無いが、それでも唯一の突破口と見て残りの力を振り絞り、伊集院に向けてアームズを放つ。


女と同程度の身体能力を持つ廉の肉体を武術に精通した伊集院が扱う事によってようやくよける事が出来たのだ。いくら弱っているとはいえ、一般人に過ぎない伊集院がその攻撃を避けられるはずが無い。


楓が障壁を展開するも間に合わない。伊集院の体が吹き飛ぶのを止める程度にしか役に立たなかった。


そして、肉体の強化が出来なくなった廉に向き直り、もう一度アームズを放つ。


これで、もう敵に値するものは、いなくなった。








「……甘いな」








無論、それぐらい予想していた廉が、なんの対策も講じないはずは無いが。


アエテルヌム・シンの拳は素手で受けとめられ、もう一度女の体をアービティアリィ・ハッカーが捕まえる。


「な、ぜ……!?」


戸惑う女の目に、あるものが入る。


――廉の体に触れ、まるで能力を発動しているかのように淡い光を放つ東子のアームズの姿を。


「クロック・レイジネス。廉の体が、強化されている時点で時を止めさせてもらったわ」


廉と東子は最高に勝ち誇った笑みを浮かべ、移動しても能力が解けないように東子を抱き寄せる。


そして、最早見えても今の女では対応できないスピードで女の背後に回りこむ。無論、東子も一緒に。


追い討ちのように楓の障壁に囲まれ、廉が防具でもつくって着させていたのか、伊集院もゆっくりと起きあがる。


「言っただろう?一対一が駄目ならニ対一で。三対一でも駄目なら……四対一だっ!!」


四面楚歌の状況で廉は締めの一言を送り、今度こそ女の意識を刈り取った。


「まだ、死なないでくれよ?一杯訊きたい事があるんだから」




廉:はい、完全勝利〜。


楓:いえーい


耕作:……君らは良いなぁ。俺なんて一人で頑張ったのにさ……


忍:だ、大丈夫だ耕作。きっと生きているさっ!


耕作:目が泳いでますよ忍さん……


伊集院:まあそう落ち込まないで。貴方が死んだとしても、それは廉様の礎になるのですから。


耕作:……この子。何気に酷い事いうな。


廉:悪意がない分よほど性質が悪いですね。……で、はい。これが次回予告の原稿です


耕作:え、俺?


廉:ええ、どうせ最後の見せ場ですし……


耕作:そんなに君は俺を殺したいのか


廉:いえいえ。そんな事ありませんってー


忍:棒読みだな


楓:棒読みね


伊集院:棒読みですわね


耕作:……いい加減泣いていいか?


廉:まあ、泣くんなら次回予告の後で


耕作:……はぁ


耕作:崩れ落ちる俺の体。忍さんは必死に声をかけるが、再び俺が目を開ける事は無かった。そんな時、あの優男が再び起きあがる――!!絶体絶命、忍さんはどうなるのかっ!!次回、『嘆きの鎮魂歌』……楽しみにできねぇ……



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