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第二十九話:優しき巨人

耕作がモンスターイーターの引き金を引いてから約三十秒、特に大きく事態が動く事は無かった。


砂煙に巻かれているため、彼がどうなっているのかを見る事は出来ないが、反撃をして来ない事を見るに効果的である事は間違いない。


……流石に、これすらも脅威に値しないという事はないだろう。


「(……照準がぶれてきたな)」


耕作はあまり重火器について知識を持っている訳ではないので知らない事だが、基本機関銃といえどそうそう長い間連射できるものではないのだ。


大体100発辺りから銃身に熱がたまり、膨張等の理由で命中精度が著しく劣化してしまう。


元々弾をばら撒くものであるため、特別な事情でもない限りそれでも暫くは使えるものなのだが、限度を越えると銃身の熱だけで弾薬が着火してしまい、引き金を引かずとも弾が発射される事態に陥ってしまう。


しかし、この事態で引き金を引かずに済むのはむしろ僥倖である。


無理矢理近くの瓦礫に固定し、固定砲台とした後に耕作は再び瓦礫を漁り始めた。


見るからに変な武器がごろごろと発掘されるが、耕作は見向きもしない。


「……あった」


そんな耕作が掘り出したのは、これまた見た目からしておかしい重火器だった。


まず、大きさがおかしい。どこぞのモビル○ーツが持っているかのような巨大な弾頭を持つロケットランチャーがそこにあった。


そして、次に数がおかしい。普通ロケットランチャーはその火力の都合上そうそう一人で連発するものじゃあない。


だがこれは、ミサイル基地においてあるような対空ミサイルのように五×五の四角い部屋で区切られていて、その中に一発ずつ弾頭が収められていた。


良く瓦礫の衝撃で爆発しなかったものだと感心できるほどだ。


それ一つだけで町一つを焦土に出来るような危険な重火器を、耕作はたった一人の人間に向け、引き金を引いた


バシュシュシュシュシュシュ――――――!!


発砲炎だけで人を殺せるのではないかと思えるぐらいに豪快に、二十五発の弾頭は次々と男が居るだろう目標点へと向かっていった。


途中モンスターイーターの弾丸でいくつか打ち落とされてしまうが、それでも二十発近くのロケットが着弾した。


そして、先程も言ったように町一つを焦土に出来るほどの火力を近距離の相手に放ったのだから、無論、爆風もすさまじいことになる。


そういった注意事項を予め廉から教えられていた耕作は放ってからすぐに忍に駆けより、アームズの無い方の腕で抱きしめてラルウァマヌスを盾のように自分達の目前に突きたてた


ゴッ――!!


爆風が辺りを舐めまわし、熱風と共に瓦礫が舞い上がる。


多少皮膚が赤く爛れかけるが、所詮今更だ。


爆風がやみ、耕作はモンスターイーターとまでは行かないが、それでも十二分にふざけた化け物ライフルを男がいるであろう場所に向けながら視界が開けるのを待った。


辺りは硝煙の匂いに包まれ、恐らく体にもその匂いが染み込んでしまっているだろう。


砂煙は風に煽られて晴れて行き、男の姿も露になる。


「――歴代の(アービティアリィ)・ハッカーで、ここまでの無茶を実現させたのはそうそういない。それは誇れる事だ」


形を保っていられるだけですごい事なのだが、男は未だに余裕の表情でそこに佇んでいたのだ。


耕作はここまでして無駄だったのかと一瞬絶望の淵に落とされかけるが、すぐあることに気付く。


「ひっ――!?」


後ろで忍が息をのむ声が聞こえる。無理も無い、目の前の光景は正視に堪えられるようなものじゃない。


直撃したら巨大な風穴を開けるほどに強力な銃弾を弾きつづけたせいか、まるで虫食いのように削り取られ、左腕に至っては最後の二十五連装ロケットランチャーによる爆風によって肘の辺りから完璧に失われている。


足下にはひしゃげた銃弾が転がり、足の踏み場も無い。


「――人間ってのは、ここまでしても生きていられるもんなのか……?」


最早驚きや恐怖を越えて呆れしか感じない男の惨状に、耕作は思わず呟く。


普通の人間ならショック死してもおかしくないであろう外傷を受けながら、それでも余裕の笑みを崩さないのはサドヒストのプライド故か。


「……油断が無かったかといえば、それはNOだ。そう、君らは一人じゃないという事を完璧に失念していた」


男はまるで傷など無いかのように右腕を耕作に向ける。


「だが……、やられっぱなしってんじゃあSの名が泣いてしまう。せめて、与えられた仕事くらいは、やりとおさないとな……!!」


瞬間、男の右腕から、アームズが発現される。


そのアームズはまるで女性のように細く、白磁のように白く滑らかで、手首までを覆う純白の手袋をつけていた。


そう、その腕はまるでシンデレラのような童話のお姫様の腕をそのまま持ってきたような腕だった。


「さあ、立ちあがれ。俺に従う近衛兵達よ。『ステルラ・レギナ』!!」


男が叫んだ瞬間、男の回りに針の先ほどの大きさの光が大量に現れた。


その光は男を守るかのようにくるくると男の周りを飛びまわり出す。


アームズを持つものの命ともいえる腕を使い物にならなくなってしまったこの状況で、それでも男は笑う。


「ああ……楽しいな。ようやく見つけた勝機の芽を、摘み取る瞬間がたまらない……!!」


進めっ!と男が叫んだ瞬間、光は急に志向性を得て耕作に向かって進み始めた。


咄嗟に忍を突き飛ばし、男に向かってライフルをフルオートで発射するが、途中で光が全て弾丸を受けとめてしまう。


一応ライフルの弾丸に衝突した光はその場で立ち消えるが、いかんせん物量の差がありすぎる。


こちらが秒間に数十発撃てるライフルでも、向こうの光は同時に数百発向かってくるのだから。


ライフルでは分が悪いと耕作がもう一度先ほどのロケットランチャーの劣化版に手を伸ばそうとする。


「――遅すぎるよ。俺らの戦いじゃあ一瞬切るカードを躊躇うだけで、即、死に繋がる」


メコッ!!


「がうっ――!?」


全身を今までの比じゃない痛みが襲う。痛覚を鈍らせた所でどうにもならない痛みの信号が神経を通りぬけて行く。


視界は明滅し、全身の感覚がおかしくなる。もう、立っているのか吹き飛ばされているのかすら分からない。


だが、耕作はあるものを見せられた。見えたのではない。重ねて言うが見せられたのだ。


それは、男が使役した光の正体だ。


ただの光に見えたそれは、男が言ったとおりれっきとした兵隊だったのだ。


針の先ほどしかない体だが、その体は全身が分厚い筋肉に包まれ、等身大ならば恐るべき脅威になっていただろう事が容易に想像できる。


その体でぶつかってきたのか、それともちゃんと殴ってきたのかは定かではないが、恐らく耕作の全身に見えない傷を負わせたのは、この兵隊らが持つ何かしらの武器だったのだろう。


体自体がもう既に見ることができないほどなのだ。その兵隊が持つ槍あたりならば見えない傷を負わされても不思議ではない。


光を発する体である事に加え、小さすぎるが故によほど近くで見ない限りただの光の玉にしか見えないだろう。


……ならば、耕作はどうしてその正体を見る事が出来たのか?答えは簡単だ。


「う、ぎゃぁぁぁぁああああああああ―――――――っ!?」


文字通り眼前に、目に向かって兵隊が突進してきたのだから。


数が集まってという前提があるものの、人間を吹き飛ばすほどの威力を持つ兵隊が無防備な目に突き刺さったのだ。目蓋や眼球など障子の壁に過ぎない。


一瞬にして視力を奪われた耕作は目を抑えながらのた打ち回る。


痛みはそれほどではないが、視力を失ったという恐怖が耕作に襲いかかってきたのである。


視力を失い、完璧に無防備になった耕作はステルラ・レギナの兵隊に蹂躙される。


視力の次は聴覚を奪おうと兵隊は鼓膜へ殺到するが、その音を聞き取った耕作に寸でのところで防がれる。


だが、それで状況が好転する訳ではない。ただ、終末を後回しにしただけだなのだ。


忍が叫ぶ声が聞こえるが、それも叫び声によって断ち切られる。


奴の手を出さないという言葉を信じれば忍は追い払われただけなのだろうが、向こうも充分にがけっぷちに立たされているこの状況で、それがどこまで信用できるかは分からない。


耕作は歯が砕かれんばかりに食いしばるが、だからどうなるわけでもない。


手当たり次第にアームズを振りまわそうとも考えるが、それが忍にあたらないという保証は無い。


「――跪け。礼を弁えろ。下賎の者がっ!!」


「がっ――!!」


メギィッ!!


恐らくトドメなのだろう。兵隊の突撃によって耕作は明らかに危機的な量の血を噴き出した。


忍の悲痛な叫び声が聞こえてくるが、耕作はもう喋る事すら出来ない。


意識はどんどん白濁していき、死神が目の前にまでやってきた。


受けてはもう戻る事は出来ない死神のベーゼに対し、耕作はあがなう術など無かった。


「ふ、ふ。ははっ。……これで、俺の役目は終わったが……、やっぱり、このままじゃあ収まりがつかないな……」


「きゃっ――!?」


だが、そんな中で聞こえた忍の悲鳴が、耕作の意識を現実までに引き戻した。


耕作は見えぬ目のまま手探りで起き上がり――実際起き上がっているかどうかも耕作にはわからないが――血で粘つく口を動かし、掠れた声を紡ぐ。


「ま、て……!!忍さんには、手を出さないんじゃなかったのか……!!」


この一言を喋るだけで耕作は全ての力を使い果たしたような虚脱感に襲われる。


「(……だが、今膝を突くわけには行かないっ!!)」


崩れ落ちそうになる体を叱咤し、忍の声の聞こえたほうを睨みつける。


対して男は飄々と、にべも無く告げる。


「ああ、そのつもりだったんだけどね。……流石にここまでやられちゃったんじゃあもう、ただ殺すだけじゃ満足できないんだよ」


そう言いながら男は忍の腕の関節を締め上げ、忍はくぅっ……!と苦悶の声をあげる。


止めろと耕作は叫ぶが、それは男のサドスティックな性癖を満足させるためのものでしかない。


「ああ、そうだ。君は確か、もう殺しちゃったんだよね?」


「―――――――ッ!?」


何気なく男はそう言って笑うが、耕作にとってそれは二度と掘り返されたくない罪だった。


無論それを忘れるつもりは無いが、耕作には改めて突付かれて喜ぶような性癖は無い。


そして尚、この場には忍がいる。


「いい事を思いついちゃったよ。自分の命を賭けて守ろうとした相手に、最後には突き放される!――どうだい?最高の結末じゃあないかっ!!」


忍は断続的に襲ってくる痛みのせいもあり、まるで状況がのみこめずにいる。


だが、それでも忍には不吉な予感を感じ取っていた。


男は忍の顔を掴み、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「さあ、見せてあげるよ。君を守っていた彼は、最低最悪の罪人なんだという事をねっ!!」


「止めろ、止めろ……!!止めてくれぇぇぇぇぇぇぇ――っ!!」


耕作は叫ぶが、事態は男の思い通りに推移した。


忍の脳内には、耕作が犯した殺人の一部始終が映し出されていた。


――腕を折られ、泣き叫ぶ少年。


――逃げる少年の背中を突き刺し、そのまま壁に投げつける。


――命乞いには耳を貸さず、丁度ステルラ・レギナの男のように狂気に染まった笑顔を浮かべながら殴る。


――殴った。殴った。どれだけ泣き叫ぼうが殴った。血が飛び取ろうとも殴った。もやは動かなくなっても殴った。


――形すら失われ、ただの路上の染みと化した少年を、耕作は殴りつづけた。笑いながら、愉しみながら、悦びながら。


――先ほどまで忍を抱きしめ、守りつづけてくれていたアームズが、骨を砕き、内臓を引きずり出し、脳髄を砕いていた。


目を逸らす事すら許されず、網膜に焼き付けられたかのような映像を忍は延々と見せつづけられる。


その表情は段々恐怖に彩れられていき、吐き気を催したのか口を抑えて蹲る。


耕作にその姿は見えないが、気配だけでどうなったのか理解できた。理解できてしまった。


もう突かないと決めた膝は容易く崩れ、体の中から力がどんどん抜けていく。


「うっ……。えぐぅ……。かはっ……!!」


忍の目からは止めど無く涙がこぼれだし、嗚咽をこぼしつづける。


それを見た男は今までで一番いい笑顔になる。


何もかもが最高だった。散々身の程も知らずに暴れまわった耕作は絶望の表情で崩れ落ち、忍は顔を上げることすら出来ない。


後は、忍の口から『人殺し』とでも言ってくれれば、最高のトドメが刺せる。


「ほうら、まだ君のやる事は終わってないんだよ……?」


男は忍の髪を掴み、無理矢理に顔を上げさせる。


忍は何度も泣きつづけたせいで目は赤くはれ上がり、化粧も落ちてしまっている。


ぐちゃぐちゃの顔の忍を見た男は満足げに笑い、力ずくで耕作のほうを向かせる。


耕作には聞こえないように、忍の耳元で小声で呟く。


「さあ、率直な意見を聞かせてくれよ……。あそこまでのことをした男を、どう思う?」


「……。……!!」


嗚咽故にまともに喋る事の出来ない忍に苛立った男は頬を殴り飛ばし、もう一度髪を掴んで顔を上げさせる。


「…………っ!」


「声が小さい……!ほら、佐藤耕作に聞かせてやれ!!大きな声で、奴に届くように!!」


それを聞いた忍は一度息を吐き、気持ちを落ち着かせる。


そして、嗚咽が収まった頃、はっきりと明瞭な声で忍は叫んだ。







「――私を甘く見るな!若造が……っ!!」







耕作は耳を疑った。これは、自分が勝手に想像した幻聴ではないかと。


耕作自身でさえ、あの光景を思い出したら吐き気を催すほどなのだ。それを、忍が耐えられるはずなど無い。


だが、忍は決して臆することなく、男の目を睨みつけながら続ける。


「私がどれほど耕作に助けられたか、貴様に分かるか?どれほど守られたか、貴様に分かるか!?」


忍は面食らっている男の胸倉を掴みあげ、宣誓するかのように叫ぶ。


「そんな男を、そんな些細な事で裏切るほど……。私は尻の軽い女ではない!!」


強気な言葉とは裏腹に、忍の目には涙が浮かび、男の胸倉を掴み挙げた手は震えている。


だが、それでも耕作にも聞こえるように、忍ははっきりとした声で叫んだのだ。


「立ち上がれ耕作!耕作の罪は私が赦し、守ってやる……!!だから、私を守れ!また新しい罪を、その身に刻まないでくれ!!」


アームズの原動力が感情というのなら、今の耕作は今までで最高といっていい。


爆発しそうな力が体中を駆け巡り、アームズ以外にまで力が充実していく。


一度崩れた膝を立てなおし、ラルウァマヌスを掲げる。


相変わらず目は見えない。だが、耕作には忍の姿が見えていた。


無粋な事を言うのなら、忍の声が聞こえた方向に男と忍がいるのだろうということなのだが、今はそんな事はどうでもいい。


アームズが感情故に動くというのなら、忍を守りたいという感情が、忍を傷つける訳は無い。


ならば、もう躊躇う事は無い。多少照準が大雑把でも、今の耕作の攻撃が外れるはずは無い。


「来い耕作!!私は、ここにいる!!」


「う、ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!!!!」


「なっ!?」


三者三様の叫びをあげ、ついにこの戦いにピリオドが打たれた。


耕作の放った、拳は男が気付いた瞬間には既に振りぬかれていた。


すぐ近くに居たはずの忍には全く掠る事すらなかった。


これは奇跡などではない。感情がアームズの原動力だというルールにのっとった、当たり前の勝利だった。


紙くずのように吹き飛んだ男は今度こそ動かなくなった。


死んでいるかもしれないが、そんな事は彼らにとってもう些細な事でしかない。


「耕作――!!」


宣言通り、自分を守ってくれた耕作に忍は駆け寄る。


その目には恐怖ゆえの涙は無く、顔が写すのは満面の笑顔のみだった。


耕作はラルウァマヌスを振りきった姿勢のまま固まっていた。


忍は耕作の体に抱きつき、頬を寄せる。


本来なら恥ずかしくてそんな事は出来ないのだろうが、極限状態に追い込まれた忍に羞恥心を気にする余裕など無かったのだろう。


「耕作、耕作……!」


そんな忍を耕作は疲れたような笑顔で見下ろし、そして――


「こう、さく……?」


















――崩れ落ちた。

















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