第十九話:悪姫来襲
*相も変わらず忍視点
……とまあ、その後紆余曲折あったがとりあえず着ていく服や装飾品は決まり、耕作の部屋の前にたどり着いた。
手には手料理を振舞うために買ってきた食材と、どうせ掃除用具は無いだろうと持ち歩ける折畳式の箒とちりとりを持ってきた。
余談だが、なぜか上山は幽体離脱が特技になったらしい。なぜだろうな。
上山は……まあ、言うならば私らしくも可愛い服を選んでくれたのだが……やはり露出が多い気がする。
調子に乗って巨乳が嫌いな人なんていませんなどといっていたから、少し吊り上げておいた。
むしろ、大きいと疲れるだけなのだがな……
「……さて、正念場だな」
来る途中上山達がつけてきたので吊り上げておいたが、耕作の住所は知っているだろうからあまり意味は無いな。……落としておけば良かったか。
手が汗で滲むのが分かる。なんだかんだいって彼の家まで押しかけた事はないのだから。
震える指を押さえながらチャイムを押すために指を伸ばす。
「……いや、ちょっと待て。落ち着くんだ」
突然来て彼は困らないだろうか。生活能力が皆無な耕作の事だ、人に見せられる格好ではないだろう。
もしかしたら下着姿ということも……。おっと鼻血が。
いかんいかん、何を考えているのだ。上山に影響され過ぎだ。
ここは迷うべき場所ではない。もしあられもない姿だったとしてもいつもの調子で一喝してやれば済む事なのだから。
「さて、メールでも送っておくか」
……いや、ほら、アポイントメントを取るのは常識だろう?親しき中にも礼儀あり、というやつだ。
まあ、別に親しくは……それはこれからの話であって……。
うん、落ち着け私。
今まで音信不通であった為に、返ってこない事もありえるが……まあその時は管理人から合鍵を借りてみるか。
にゃー。
今のは私の現実逃避の鳴き声ではないことを言っておこう。
上山に無理矢理変えられた携帯の着信音だ。曰く、『こういう細かい所で女の子らしさをアピールするんですよ』らしい。
よかった。連絡はつくのだな。
私は送られてきたメールの内容に目を通す。
……ふむ、やはりまともな部屋ではないのだな。
返信の内容は『人呼べる部屋じゃないんで少し待ってくださいお願いします。本当にお願いします』……嫌に必死だな。なにかあったのか?
まあ、ここで強行に部屋に入り込んでも嫌われるだけだろう。今更な感じもするが……。
っと、落ち込んでいる場合じゃないな。
あまり時間を空けると上山達が戻ってくる可能性があるから出来れば手短に済ましたいのだがな。
まあ、その時は落とせば済む話だがな。
……ん?メールがきた。もう終わったのか。
いや、耕作ではない。上山からだ。
『かちょー。その姿はまるで通い妻ですよー』
はぁっ!?
メキィッ!!
思わず携帯を握りつぶしかけ、顔を赤くしながら辺りを見回す。
どこだ、どこから見ているんだっ!!
大体通い妻というよりむしろ借金の取り立て……自分で言って悲しくなった。
もう一度着信だ。今度は通話だな。
「とても可愛いですよー。今ムービーで撮ってるんで後で耕作君にでも見せたいと思います」
「君の体で三途の川の水切りでもしてみようか」
今の私なら対岸まで跳ねさせられると思う。
というか、これは最早脅迫ではないのか?
……よし、見つけた。南東方向のビルの影、こちらにはまだ気づいていない。
上山がなにやら話しているのを聞き流し、足の筋肉をほぐす。
ふふ、私から逃げられると思うな……!!
よし、落とした。
どうやら無理矢理連れてこられたらしい後輩二人には悪かったが、まあ連帯責任ということにでもしておこう。
……吊るすのが楽しくなってしまったのだが、どうしようか。
後輩の内、どちらかといったら良識的な方を目覚めさせ、上山を預けた。
……彼女が熱っぽい視線を向けてきたのだが、どうしようか。
そして、一通り終えた頃には充分な時間が経っていたので再び私は耕作の部屋の前まで戻ってきた。
「……さて、どうするか」
まず、チャイムを押す。耕作の返事があろうと無かろうと、一泊の間を置いて開ける。
第一声はそうだな……。『調子はどうだ?』が丁度いいな。
そして、そして……どうしよう。
ううむ……、こういう時どうすればいいのだろうか。上山に聞いておけば良かったか。
いや、どうせ甘い言葉でも囁いたらどうですとでも言われて終わりだな。
まあいい。女は度胸。出た所勝負だ!!
ガチャッ。
一度深呼吸をして気を落ち着かせた後、私はドアノブに手をかける。
っておいっ!!チャイムを忘れてどうする!!
第一歩からつまずいてどうするんだ全く……!!
……ええい!どうせならこのまま突き進んでしまえ!!
私は努めて平静を装う必要も無くいつもの鉄面皮のまま耕作家を突き進む。
……やはり汚いな。玄関を見ただけで嫌でもそう感じてしまう。
ただでさえ狭い玄関が古新聞古雑誌や大量のビニール傘等で埋め尽くされ、文字通り足の踏み場も無い。
靴も脱ぎ散らかされて他のものに埋まっている。出かけるときにちょっとした宝捜しになるだろうな。
廊下も同じく、良く分からない荷物で埋め尽くされ、人一人通るのも困難である。
……ふむ、あそこがリビングか。
まさか、開かないということは無いだろうな。流石に……
よし開く。さて、深呼吸……
まさか市役所の入社試験よりも緊張するとはな……。全く、遅い青春だ。
私が戸を開けると、そこには休む原因など欠片も見当たらない耕作の姿があった。
よかった……。連絡が出来ないほどの病気だったわけではないのか。
「佐藤、調子は……訊くまでも無いようだな」
っと、安心している場合ではないな。私は彼の上司なのだから。
「全く、休むのなら事前に電話をいれたまえ。多少古いがホウ・レン・ソウともいうだろうに」
全くだっ!!私がどれほど心配したと思うのだっ!!
にしても汚い部屋だな……。上山ではないが、まあ、その……通い妻も、悪くないかな……。
その事について耕作にいくつか説教するが……、やはり聞いていないな。
私の説教が長いのは自覚しているが……、それは耕作に健康的な生活を歩んでもらいたいからであって……
さっきから何を考えているのだ私は!
落ち着け……落ち着くんだ私……!!
うむ、落ち着いた。……と思いこんでおこう。病は気からというしな。
さて、上山発案の耕作看病作戦だが、耕作が病気で無い以上この作戦は中止となるのだが……。まあ、掃除と料理はすべきだろう。流石にこの部屋は見ていられないからな。
……ん?そういえば先程から耕作の反応が無いようだが……。
と、意識を現実に戻してみると、そこには虚ろな目のまま立ち尽くす耕作の姿があった。
ふむ、どうやら別の所に意識を飛ばしていても説教は出来るようだな、新しい発見だ。
……すまなかった。目を覚ましてくれ耕作ーっ!!
肩を持って揺さぶるが、耕作の意識は戻らない。多少手加減無しで頬を叩いてみるがそれでもやはり反応が無い。
現実逃避をせねばならないほどに私の説教は苦行だというのか……?
にゃー。
そんな中、私の携帯にメールが送られる。
ええいこんなときにっ!と多少憤りながら内容を確認すると、なぜか先程落としたはずの上山からだった。
……チッ。まだ手緩かったか。
さて、内容はと―――ッ!?
『課長。そこは目覚めのキッス(はぁと)ですよ』
『煉獄への片道切符をただでくれてやろう。楽しみにしておきたまえ』
内容を確認した途端、私は発作の如く前述の返信を行い、そして直ちに内容を頭の中からも消去した。
……いや、出来るはずが無い。今も私の顔は茹蛸のようになってしまっているだろう。
こんな顔を耕作に見られたりでもしたら、何を犠牲にしたとしてもその記憶を奪い取ってしまうだろうな。
…………むしろ全ての記憶を奪い去って出会いを始めからやり直してしまおうか。
いやいやいやいやいやいや、何を考えているんだ私は。そんな事出来るはずも無いしやっていい事ではない。
はぁ。最近理性の箍が外れかけるときがある。全く、一体どうしたのだろうか。
心が乱れる事は今までも多くあったのだが……、最近はその度合いが大きすぎる。
「うう……」
と、再び考えに耽り始めた私の意識を現実に呼び戻すかのように耕作が意識を取り戻す。
恐らく、今彼は脳内で私に対する文句を並べているのだろうな。
上山のように無邪気な笑顔を浮かべる事が出来るのなら、耕作の反応も変わるのだろうがな。……いや、無理か。恐らく耕作は引きつった顔で土下座をするだろうな。
私は耕作を見下ろしながら、恐らく威圧的に感じられるであろう視線を耕作に向ける。
「……とりあえず、テーブルの上のゴミと床のゴミ、一通りまとめておきなさい」
言葉を続けられなかった間が本当に動揺していたためだと、耕作は気づかないだろうな。気づいてほしいと思う一方で、気づいてほしくないと思う自分がいる。
いくら文句を並べた所で、私はこの関係で満足している部分もあるのだから。
……いかんいかん。まず無いだろうが、表情に出てしまっては大変だ。変な勘違いをされかねん。
私は耕作にこれ以上表情を見られないために、背を向けてキッチンのほうへ向かっていった。
「手抜きは許さんぞ!」
……ああ、なぜ素直になれないんだ。
いや、この程度で落ち込んでどうする。耕作への思いはその程度だとでもいうのか!……自分で言って恥ずかしくなった。
気を取り直してキッチンに向かうのだが……、料理が出来るかは疑問である。
別に、私の腕は自慢ではないがそこらの主婦以上であるという自負はあるし、材料も持参している。
ただ、あの耕作がまともにキッチンを利用しているはずは無い。
下手をしなくとも洗い物だけで日が暮れかねないだろうと危惧している。
「……これは、予想外だ」
しかし、実際は私の予想を裏切ってシンクには何も無かった。
……もしや、誰か料理を振舞う女でも連れ込んでるのではっ!?
だとしたらメールを送ったときの必死な様子も納得できる。部屋のどこかに隠すか逃がしていたりでもしていたのだろう。
許さんぞっ!!私というものがありながら……って違うっ!!
ああもう私の大馬鹿者……!!
別に私と耕作はそんな関係ではない。誰を連れ込もうと自由なはずだ……!!
……はぁ。いいかげん自分の言葉で傷つくのは止めにしよう。
私は当初のここに来るまでのモチベーションの大半を失いながらもシンクまでたどり着き、調理用具を探す。
「……包丁はあった、が……?」
だが、なにかがおかしい。言葉には表せないが、本来のキッチンとしてなにかが足りない。
「……ほかに、何も無い」
何も無い、のだ。あるべき台所用品、フライパンや洗剤、スポンジといったものが。
良く見てみればシンクにも埃が積もり、埃のない部分には水垢がこびりついているという状態だ。
……なるほど、そういうことか。
辺りを見回すと、食器棚はあるが使われた形跡は無く、ゴミ箱にはインスタント食品の包装が堆く積まれている。
頭が痛くなってくる。安心した部分もあるが、それ以前にここまで耕作が堕落した生活を送っているとは流石に予想しきれなかった。
全く、どちらにせよ使えるようにするまでだいぶ時間がかかりそうだ。
私は収納を漁って一通りの調理器具を揃えた。足りないものは創意工夫で何とかしていくとして、そろそろ耕作の様子が気にかかった。
リビングに戻ると、耕作は……彼にしては機敏に掃除を続けていた。
確かに動きはかなり素早いのだが、いかんせん無駄が多い。床の雑誌を揃えた後にテーブルのものをよけ、必要なものまで適当に収納へと押し込んでしまっている。
そして、食べ残しの……つまみだろうか?スナック菓子を床にばら撒いて更に被害を大きくしている。
……まぁ、耕作にしては上出来だな。
「……耕作、掃除は終わったか?」
あっ!!なに下の名前で呼んでいるのだっ!!普段は佐藤と呼んでいるのに……!!
私は表情に出さずに慌てるが、耕作が気づいた様子は無い。……良かったのか悪かったのか。
耕作は私に気づいた途端どこぞの軍のような反応で背筋を伸ばし、叫ぶ。
「サーイェッサー!!」
……おい。
「馬鹿者!サーは男性に対して使うもの、女性にはマァムだ!」
それほど私は女らしくないとでも言いたいのかっ!!
「Aye, ma'am!」
……まあ、耕作の事だから良く意味も知らずに使っているのだろうがな。
「全く、台所が無駄にきれい過ぎて驚いたぞ。てっきり洗い物で一杯だと思ったが……皿すら使わんとはな」
私が呆れたように言うが、耕作に悪びれた様子は無い。まさか、気にしてすらいなかったのか。
「あー……。だって俺料理できませんもん」
……やはりな。まあ、出来るとは端から思っていないが。
いや、まてよ?ここで私が耕作に料理を教えれば耕作の生活力も上がるし……私との関係も深くなるし……一石二鳥ではないか。
「そういう問題ではない。まずどんな事も意思を見せる事から始めるのだ。出来ないと最初から決め付けてしまえば出来るものも出来なくなってしまう。…………君が、望むのなら私が料理を教えてやってもいいのだが……」
多少恥ずかしくもあったのだが……、これも耕作のためと自分を騙して、それでも決死の思いで私は言った。
「勘弁してください」
……………………………………………………………………
ああ予想できたさっ!!こんな事ぐらいなぁっ!!……予想できても悲しい事には変わりは無いがな……。
私が様子をうかがう暇もなく、全く戸惑う暇も躊躇う暇も無く、耕作はすぐに土下座をした。
……そんなに私が嫌いか。
もう、泣いてしまいそうだ……。こんな思いをするのなら、来なければ良かった……!!
私は耐えきれず再びキッチンのほうへ姿を消す。これ以上相対していたら、本当に泣いてしまいそうだったから。
はは、今日の料理は少々塩味がきつくなりそうだ。
こみ上げてくる涙をこらえながら、私は材料を切り分け、フライパンに油を引き、熱する。
鍋にも水を張って沸騰させる。……この姿だけなら、恋人同士にも見える、かな?
私の心は本当に現金なもので、この想像(妄想)を張り巡らせた途端涙は引き、今度は口角が上がり出した。
どうやら、一度壊れた仮面はそう簡単に直らないらしいな。
「……ふふ」
私は持参したエプロンを翻し、若妻……というには若干歳が怪しい部分もあるが、ともかくそんな気分でキッチンを動き回る。
鼻歌だって歌う。こう見えて私は結構歌はうまいんだぞ?
ふーん♪耕作だって驚いた顔で私を見ている。……少しは見なおしたかな?
……ん?
…………ん?
………………んっ!?
……………………んなぁっ!?
なななななななななななな、いまの、姿を、見られていたのか、見られていたのかぁっ!?
少し力が入ってしまい、まな板の上の大根を両断してしまう。
「……いつから見ていた?」
見ていないと言え、いや、見てないでくれ……!!
「はいついさっきですとも!!」
……本当だな。嘘だったら承知せんぞ……!!
私が念を押すようにもう一度問い詰めるが、耕作は勿論ですともと叫ぶ。
まあ、落ち着いて考えれば今の姿を見てこんな反応は返さないはずだろう。上山とまでは行かなくとも、何らかの変わった反応をよこすはずだろうからな。
落ち着け私。
それでもやはり不安な部分はあり、耕作に意識を集中させながら調理に戻る
……どう思っているのかな。変に思っていないだろうか……って今更だなそれは。
耕作は別に私を意識はしていないようだ。……それもまた悲しい気もするが。
ええい、今は調理に集中するのだ!失敗したらそれこそ目も当てられん!
……いや、無理だな。
氷雨:アームズレッド!
廉:……アームズブルー
耕作:アームズイエロー!
楓:アームズホワイト!
鳴神:アームズピンク!
全員:五人そろって
氷雨:ゴレンジャイ!!
廉:違うわ阿呆っ!
楓:……ちょっと楽しかった自分が嫌だわ
鳴神:私がピンクでいいのかしら……
氷雨:いいんですよ!俺がレッドで主人公だってーのにヒロインであるピンクが鳴神先輩じゃないなんてありえませんよっ!
楓:意義ありー
氷雨:な、なにぃっ!?
楓:レッドっていったらむしろ廉でしょ。あんたみたいな脇役が出張ってんじゃねぇっつーの
耕作:むしろ君らとは無関係の俺に関して突っ込んでほしかったよなー……
氷雨:馬鹿野郎っ!!レッドっつったら心の熱い正義漢!!俺以外にありえねぇだろうが!!
廉:ねーよ
楓:ないわね
耕作:君はお世辞にも正義漢には……
鳴神:……ごめんね?
氷雨:………………………………うわあぁんっ!!
楓:……それじゃあ廉。改めてレッドを
廉:断る




