第十六話:時の怠惰
廉は立ち尽くしていた。
両手を血に染め、目の前にはまだ僅かに暖かい少女が倒れていた。
そして、自らの手をもう一度見て、愕然とする。
「な、ぜだ……?」
一人分の血ではない、のだ
ハッと廉が振りかえると、耕作の体は無残にひしゃげ、東子も少女がつけた傷以上に頭を赤く染めている。
「俺、がやったのか……?」
疑問を連ねるが、それに答える者はいない。
時を重ねるにつれて廉は現実を理解し、体が震えていく。
そして、脳裏には怯える東子を殴り倒す光景が蘇り、廉は思わず吐き気を催す。
「う、ああ……?」
廉は血塗られた手で自分の頭を抱え、その場に膝を着く。
「嘘だ……、嘘だ、嘘だ!うそだうそだうそだっ!!!俺は絶対認めないっ!!」
まるで幼子のように目じりに涙を浮かべながら頭を振り、現実から逃れようとする。
ペタリ
そんな廉の頬に手が添えられる。
廉が呆然としたまま前を見ると、光を失った目をこちらに向けた東子がいた。
「ひ――!?う、うわぁっ!!」
廉は怯え、すぐに手を振り払おうと手を向けると、東子は幻想となって消えていく。
「げ、幻覚、か……」
幻覚を見るほどに追い詰められた廉の精神を繋ぎとめるものはもう既に無い。
「う、ぁ……?あぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――っ!!みんな、みんな死んでしまった、俺のせいでっ!!死んでしまった!!」
意味の無い言葉を調子の外れた声で叫ぶ廉。
廉は立ちあがり、血走った目を天に向ける。もう既に目の焦点は合わず、自分が何を見ているのかさえ判らない。
「はは、貴様の望み通りになったな、俺はもう終わりだ、はは、もう終わりなんだっ!」
所詮自分は何も変えられない、ただ指されるだけのチェスの駒だという事実を突き付けられた廉に、生きる望みは無かった。
アービティアリィ・ハッカーで自らの体に触れ、少しずつ体を崩していく。
「終わり、なんだ……」
目からは光が消え、体を動かす意思も折られ、廉は崩れ落ちる。
崩壊の一途をたどる廉に、奇跡は起こらない。
「―――終わり、なんかじゃないっ!!」
パシィン
呆然と漫然と、ただ消えていくだけだった廉の頬が弱々しくはたかれる。
代わりに起こったのは、強い人の意思が為せる、奇跡の真似事だった
「……え?」
拍子抜けの表情で廉が目の焦点を合わせると、そこには生きているはずの無い体の東子が、廉の頬を叩いただけで力尽きたのか、うつ伏せに倒れていた。
しかしそれでも東子は死なず、口だけを動かし、弱々しく言葉を紡ぐ
「まだ、廉なら、やり直せる、よ……。治せるじゃない、私の、ナイト様……」
東子の手には、赤の下地に白い波形の模様が描かれたアームズがだらりと伸ばされていた。
アームズが覆うのは手首だけで、射程も殆ど無いようである。東子の闘争心の無さが現れたような特徴である。
東子はふらふらと手を動かし、アービティアリィ・ハッカーの手首を掴む。
「私のアームズは『クロック・レイジネス』触れたものの時間を暫く止める力。まだ、みんな生きている。みんなを助けてあげて、廉も助かって、お願い、廉……!!」
東子のアームズによって東子は勿論、少女や耕作の体もまだ死んではいない。ただ、彼らの命の炎は東子のアームズが力を失えばすぐに消えうせてしまうほどの危ういともし火でしかない。
「お、れは……」
東子の言葉にか、はたまた単に頭が冷えただけか、廉の目にも光が戻り、思考が回復していく。
「――――――――何をやっていたんだっ!!この馬鹿野郎!!」
戒めとばかりに自分の頬を手加減無しで殴り飛ばし、そして自分の体を元に戻す。勿論、頬の傷をのぞいて。
廉はすぐに東子の体に触れるが、彼女の体はどこから手をつけていけばいいか戸惑うほどにボロボロで、自分の犯した罪の深さを改めて知る。
「だが、断罪なら後でも出来る……。今は償いをするだけだ……!」
この状況を考えればまず東子を治すのが得策なのだろうが、傷が治った拍子に気を失いかねない。そんなことになってしまっては残りの二人を助けられない。
しかし、二人を生命の危機から救うほどの時間、東子が持つという保証も無い。
償わなければいけない者は三人、しかし手は二つしかない。必ず一人はあぶれてしまう。
無論、今の廉に誰か一人を見捨てるという選択肢は無い。廉の目的は命を救うことではなく、自分の犯した罪の清算なのだから。
一人でも殺してしまったら一生償いきれない、断罪されても救われない罪を背負わなくてはなくなる。そんなのは御免だ。
一瞬の躊躇いすら惜しい状態の中、廉は笑い出す。
「ははは、はははははははっ!!」
決して廉は狂ってなどいない。彼の表情に狂気など一欠けらも無い。
廉は天に向けて叫ぶ。
「失敗だったなぁ!俺に罪を背負わせるために、いらぬ力まで与えてしまったことはっ!!」
廉が立ちあがって前傾姿勢になると、背中から先程のようなデッサン人形が現れる。
「アームズにはまだ段階があるんだな、……そう、俺はまだ強くなれる!!」
廉が叫ぶと、アービティアリィ・ハッカーの右腕が二股に分かれ、片方を耕作へ、もう片方を名も知らぬ少女に触れさせ、体を作り直していく。
そして左手は東子に触れ、傷を治す。
廉の頭の中には膨大な量の人間の生体情報が行き交うが、なぜかそれを廉は全て理解でき、正しく作り変えることが出来る。
今まで感じたことの無い冷静さに、自分でも驚くが、それでも今はそんな事を考察している暇はない。
一番重傷な耕作はともかく、残りの二人はかなり元に戻っていき、峠を越えてきている。
そこで廉はようやくため息つき、自分の体が汗でびっしょりだということに気づく。
しかし、汗をぬぐう手は無い。
「今はそんなことを考えている暇なんてないな……」
逆に言えばそれほど余裕が出てきたということなのだが。
東子や名も知らぬ少女はもう既に復元は終わり、後は耕作を残すだけなのだが、耕作の傷は他二人とは桁が違う。
それは自分がやったのだと思い知らせられるほどに特殊な怪我で、神経を残して筋繊維を寸断し、骨も粉々に砕かれている。
文字通り、正気の沙汰ではない。
本来人体の構造、ましてや筋繊維や骨の形なんて一般高校生の廉が知っているはずなんて無いのだが、半ばトランス状態の廉は寸分の狂い無く治していく。それこそ、悪い部分までをも、だ。
トランス廉でも流石に脳の構造はいじれないのだが、狂っていた廉は簡単な死で済ませるつもりは無かったらしく、首から上はまったくといっていいほど損傷はない。あるといえば地面にぶつけた事による擦過傷程度である。
本当に不幸中の幸い、という言葉を思い知らされながら廉は最後のサービスにと肝臓や肺をきれいに整えていく。
そして復元を終えた廉はフラフラとたたらをふみ、後ろに尻餅をつく。
「うぉっ……!?」
ふんばりきれなかった廉はそのまま仰向けに倒れてしまう。
慣れない力を発揮した事は廉の心身に想像以上の負担を強いていたようである。
しかし、復元を終えた三人の静かな吐息を聞くと、何とも言えない充実感が廉の心に満ちる。
この事態を招いた主犯が何を、とも思うが、廉にとってはそれ以前にまずあの光の玉の思い通りにならなかったことが何よりも廉に充実を与えていた。
いくらなんでも今回の廉の暴走はありえないといっていい。
廉は勿論即身仏や聖人君子なんて者ではない、多少淡白で冷静なだけで、喜びもするし怒りもする。ただしそれにも限度がある。
ユーディットから氷雨戦までの一件ぐらい取り乱す事なら廉も不審に思うことはなかっただろう。しかし、今回の暴走はその限度を軽く越している。
普通という基準からしてあやふやだが、廉の精神は『普通』の枠を越えていないだろう。精神病も抱えていないし、躁鬱病でもない、幻覚を見たことなんてさっきが始めてである。
そんな廉がなんの前触れも無く狂気に走り、意識すら失ってしまう。ストレスを長年積み重ねていて今回の一件で爆発したのならともかく、今まではそれなり(廉にとって)の日常を過ごしていた廉にそんな事があるはずは無い。
その事を念頭において考えてみれば納得も出来る。相手側には何らかの狂気に走らせる、理性を失わせる能力を持っている可能性が高い。
その力があれば廉達のように戦いを止めることを防ぐ事ができ、興醒めする事も無い。
ユーディットや伊集院の行動もそう考えれば納得できない事も……無い。
そこまで色々と考え事をしていた廉だが、酷使した心身が睡眠を求め始め、急激な睡眠欲が発生する。
「(……東子さんはアームズを出しっぱなしのまま気絶しているし、俺がアームズを出してれば大丈夫だろう、な)」
廉は抗うことが出来ず、睡魔から差し伸べられた手を躊躇い無く握り締めた。
そうして廉が気を失ってから十分ほど経った頃、一番傷の浅かった東子が目を覚ました。
「ここは……?ってそうだっ!!」
一瞬こんな所で倒れている状況を理解できなかったが、すぐに先程までの記憶がフラッシュバックした。
辺りを見回すと相変わらず隔離された空間内で、自分以外は倒れたまま動かない。
すぐに全員の息を確かめるが、規則正しい心音と呼吸を聞き、胸を撫で下ろす。
「よ、かった……!廉、やったんだね……」
そして東子は仰向けに倒れている廉の傍らに座る。
東子の脳裏には狂気に染まった廉が自分に向かってアービティアリィ・ハッカーを振るう姿が焼き付けられているが、東子はそれを現実と知っていながら夢だと決め付け、忘れようとする。
この一件は廉にとって忌むべき事件でもあるし、東子もそんな記憶をいつまでも持っていたくは無い。
廉の安らかな寝顔を眺めながら、東子はその寝顔から別の人間を思い浮かべさせられる。
その人はどこまでも廉とそっくりであった。顔つきや口調がというわけではない。人としてのあり方がまったくといっていいほどに同じなのだ。
彼女の父親である南仁志は非凡といえば非凡な会社員だった。
彼自身は決して優れていたわけではない。しかし、彼は自分の限界というものに気づけなかった。
軽く労基法を越える労働時間をこなし、休日には父親としての責務を果たす。外から見ればこれほど優れた父親というものはいないだろう。
おかげといっていいものか、ともかく仁志はかなりの若さで課長まで上り詰めたが、それは彼に積む重石を増やす行動に過ぎなかった。
しかし、自分の進む道が滅びへの道だという事に気づかずに走り抜けた。
彼の妻、東子の母親は夜帰ってこない日は単に飲みに行っているだけだと思っていたし、仁志自身もそう言っていた。信頼故に浮気は勿論、まさかずっと残業をしているなどとは考えもしなかった
当時まだ幼かった東子が父親の限界を知る術は無く、ただ無邪気に、故に惨く、なにも知らぬまま父親を追い詰めた。
彼が何を思っていたのかは定かではないが、人間である以上勿論限界は来る。
ある朝、いつもと変わらずに起きた仁志は笑顔で挨拶をした後、その表情のままなんの前触れも無く倒れた。
その時なってようやく、彼女らは仁志の生き様を思い知らされたのである。
それほど頑強な体ではなかった事が幸いし、精神まで崩れ去る前に肉体がサインを出したおかげで最悪の結末だけは回避する事が出来た。
しかし、彼は本当に優しすぎた。
目を覚ました仁志は青ざめた顔で笑顔を作り、あろうことか会社に出勤するなどと言い出したのである。
やり方によっては会社を訴える事すら出来る状況で、体は今すぐにでも壊れそうに震えながら、それでも彼はいつも通りに振舞おうとした。
程度の違いこそあれ、あの時の廉の笑顔は仁志の浮かべていた笑顔と同じだったのである。
同じ事は繰り返させない、何が起こっても守って見せると東子は密かに意気込み、成功したといって良いだろう。
今回の一件は全く予想外の発端だったが、なんとか守りきれた。
今浮かべている廉の寝顔を見ていると、充実感が沸いてくる。
「……女の子は父親と似た人を好きになるっていうけど、本当だったんだ……」
そう呟いてから、東子は自分の言ったことの意味に気づき、人知れず赤面する。
そして、先ほど放った言葉の意味に気づいた途端、廉の寝顔に抱く感想も変わってくる。
「まだ、目を覚まさない、よね……?」
廉の頭の側面にそれぞれ手をつき、顔を近づける。
あまり男性的ではない廉の顔をしげしげと眺め、赤面しながらも眺めるのを止めない。
呼吸のたびに半開きになる口や、気づかぬ間に荒くなった東子の吐息にくすぐったそうに悶える仕草が東子の劣情をかき立てる。
ちょっとまて、立場が逆だろう。
しかし、東子の行動はとどまる事を知らず、東子と廉の顔の距離はどんどん近づいていく。
そして遂に距離はゼロに……
「……若いって良いなぁ」
はい勿論なりませんでした。
横合いから聞こえた煤けた声に、東子はバッと態勢を戻して辺りを見回す。
するとそこには胡座を掻いてうなだれる耕作の姿があった。
その姿は見事に哀愁に満ち満ちていて、何ともいえない悲しさを感じさせる。
「俺は男子校だったし、色恋とは無縁の人生を歩んできたからなぁ……。眩し過ぎるよ」
そう呟く耕作だったが、最早目玉焼きが焦げそうな程に顔を赤く燃やしている東子の耳には届いていない。
のそのそと立ちあがった耕作は、適当にまだ目覚めていない少女を拘束した後に廉の横に立ち、見下ろす。
「……しかし、君の彼氏はすごいな。いい意味でも悪い意味でも」
耕作の意見は東子にも頷ける。あの狂気はただの人間が踏み込める域ではないし、そこから正気を取り戻してすべてを元に戻すという離れ業もやってのけているのだから。
実際は他からの介入で廉を始め耕作やいまだに名前の出ていない少女の正気はいとも簡単に崩れ去るようになっていたのだが。
ちなみに、彼氏といわれて若干東子は悦に入っている。
「体も精神も壊れかけてたのに、全部元に戻してる。……本当にあの時の俺はどうかしてたよ」
冷静になって思い浮かべれば、自分の腕を切り落とすという発想までは出ても、実行はおろか、まさかガラス如きで切り落とそうとは思わなかっただろう。
気恥ずかしそうに耕作は頭を掻き、東子に向き直る。
「……さて、俺はこれからどうするべきなんだろうね」
その声はあまりにも平坦で、東子はその問いが耕作にとっていかに重要なものか気づけなかった。
耕作の日常は既に崩れ去り、殺人を犯したという罪からは逃れられなくなった。死への逃避は廉への敬意もあってすることはできない。
だからといって、平凡な人生を歩んできた耕作は長い戦いを続ける気にもなれないし、その程度の感情で生き残れるとは思えない。
東子の返答如何で耕作の人生は決まるといっていい。
しかし、やはり東子は気づけない。
「そうですねぇ……。もう一度死んだ身なんですから、私達に全てを捧げてみるのはどうです?」
東子としては冗談のつもりだったのだろう。今後の耕作の人生を決めると知っていたら、それこそ半日は考えあぐね、それでも答えは出なかっただろう。
しかし、東子はそれに気づかないが故に、最も安全で苦しい道を耕作に示してしまった。
アームズはその戦いのルール上誰かと組むということはまず無いだろう。そんな中で三人のアームズが組めばよほど強い感情を持つアームズでない限り負ける事は無い。
したがって各個撃破でもされない限り耕作の命が危ぶまれる事は無い。
……のだが、負けない、為には勝つ事が必須となる。
今回のようなことは稀も稀、数十回やって一回の頻度くらいだろう。
再び廉や耕作が狂気に駆られないとは限らないし、その時ももう一度正気を取り戻せるとは限らない。
それでも、東子の答えが自分の進むべき道だとしか今の耕作には思えなかった。
「そうか……、そうだな。俺の命、大した値打ちは無いけど君らに預けてみるのも悪く無いかもしれない」
東子はその答えを聞いてようやく、自分が放った言葉の重みに気づいた。
「え、あ……」
戸惑う東子をよそに、耕作は片手だけのアームズを掲げ、まるで宣誓のように叫ぶ。
「俺の名前は佐藤耕作!!アームズは『ラルウァマヌス』!!この命、あんたらに捧げる!!」
言った後恥ずかしくなったのか、僅かに顔を赤くして居心地悪そうに俯く。
「……いい年こいて恥ずかしくないの?」
そこで冷静な声で突っ込みが入り、遂に耕作は蹲ってしまう。
だが、すぐにおかしいと気づく。その声は東子ではないのだから。
「っ!?」
二人がそろって振り向くと、そこには先ほど耕作が縛り付けた事によって芋虫状態になっている少女の姿があった。
耕作はすぐに身構えるが、少女は冷静そのものの声で続ける。
「……あたしも、随分と馬鹿な事をやったものね」
先ほどまでの狂気が欠片も見えない少女の様子に、二人は毒気を抜かれてしまう。
少女は倒れたまま視線を巡らし、廉のところで視線を止める
「なんか、一度死んじゃったせいか変にすっきりするのよね。アンタもそうでしょ?」
そう言って耕作を見ると、耕作も不思議そうに頷く
「ああ、どこか吹っ切れたというかな。えーっと……君の名前、そういえば知らなかったな、とりあえず君もそうなんだな」
名前がわからず、便宜上君と呼ぶ耕作に、少女はぶっきらぼうに答える。
「『五十嵐優姫』アームズは『アングイス・リリィ』」
そして優姫は文字通り七転八倒しながら起きあがり、言う。
「……で、いいかげん解いてくんない?まさか緊縛趣味あるわけじゃないんでしょ?」
耕作は東子と顔を見合わせ、大丈夫だと判断して体を縛る縄を解いた。
優姫は固まった筋肉をほぐしながら起きあがり、地面に胡座を掻く。
そして再び廉に視線を向け、一度ため息をつく。
「ったく、あたしも随分とおかしくなってたと思うけどさ……こいつはレベルが違うわ」
自分が廉と東子に岩を振り下ろした後の事を思い出して、優姫は僅かに身震いする。
「あんたらはそん時倒れてて知らないだろうけどさ、冷静になってから思い出したら本当に背筋が凍るわよ」
一体何者なのよ?と東子に尋ねるが、東子も廉がここまで暴走した理由は思いつかない。
一番は本人に訊くのがよいのだろうが、廉が目を覚ます気配は無い。
東子は多少体を揺すってみるが、反応は無い。
「……ま、瀕死の俺らを全員治したんだ。その負担は俺らの想像できるレベルじゃないだろうな」
「ふん、もともとあたしらを殺したのはそいつでしょ?自業自得ってやつよ」
優姫は廉を睨んだまま間髪いれず答えるが、耕作はなにも言わずに肩をすくめる。
「…………なによ」
別に変な意思は感じなかったのだが、なぜか耕作の反応に腹が立った優姫は耕作を睨みあげる。
しかし、勿論耕作は特に変な意味を持って肩をすくめたわけではない。
「いや?別になんでも無いが……」
「なんでもないってんなら何で半笑いなのよっ!!」
言われて初めて耕作は自分が笑顔になっている事に気づく。
笑いの源泉となっている感情は分からないが、ともかく今は癇癪を起こし始めている優姫をなだめなければいけない。
「いやいや、これほどの美少女と知り合いになれたんだ。知らず知らずのうちに頬が緩むのも仕方ない事だろう?」
……言ってから愕然とした。ほぼ口を突いて出た言葉がこれほど気障な台詞になるとは思いもよらなかった。
硬派、というほどではないが、むしろ自分は色恋とは無縁だったせいでむしろ口下手だったはずなのだが……
そんな耕作の内心を知らない優姫はあまりこういう台詞に慣れていないのか、先ほどまでの癇癪は鳴りを潜めて顔を赤くして俯いた。
その反応を見た耕作は、そんな些細な疑問なんてどうでもよくなってしまった。
「(……面白ければそれでいいっ!!)」
少年時代に読んだ漫画に出てきた気障なキャラを思いだし、耕作は演技過剰な動きで東子に手を差し伸べる。
「そう、東子さん。貴方はまさに美の権化、貴方の美しさの前ではどんな花でもただの背景と化してしまうでしょう」
「ふえぇっ!?」
「ちょっ!?」
余談だが、数年後の耕作は今の自分を思い出すたびにロープで首を吊りたい衝動に駆られる事となる。
東子は顔を赤くして驚き、美少女とは自分の事を指していたと思っていた優姫は羞恥と怒りによって顔を赤くする。
無論、その反応を予想していた耕作は半眼で優姫を見下ろす。
「生憎だけど俺は別にロリコンじゃないし、社会人が中学生に手を出したら犯罪だし。……それともなにかなぁ?君はもしかして……「アングィス・リリィ!!」
耕作が丁度言葉を切ったところで予想通りに優姫がアームズで実力行使に入った。
「はっはっはぁ、この程度で怒るなんてまだまだ子供だなぁー?」
「その減らず口、今すぐ利けなくしてやるわっ!!」
双方ともにアームズをぶつけ合うが、それはじゃれあい程度のもので、東子が危惧するほどではない。
それよりも気になるのは、自分が美少女のカテゴリに入れられた事……ではなく廉の容態である。
これほど騒がしくなっても廉が目覚めることは無い。力無く横たわり、目を瞑って肩を振るわせているだけである。
「(……え?)」
目を瞑って肩を振るわせているだけである。
目を瞑って肩を振るわせているだけである。
目を瞑って肩を振るわせているだけである。
肩を振るわせているだけである。
肩を振るわせているだけである。
肩を振るわせているだけである。
「あー、我慢できなかった。随分と面白い人達ですね東子さん」
狸寝入りを敢行していた廉はこみ上げる笑いをかみ殺しながら状態だけを起こし、傍らの東子に笑いかける。
呆然とする東子をよそに、廉はいつも通りを装う。
「雨降って地固まるって言いますけど、あの二人は……うわぁっ!?」
廉が言い終わる前に、腹部に物凄い衝撃が加わって再び地面に倒される。
その時したたかに後頭部をぶつけて廉は叫びそうになるが、それより先に腹部にダイビングタックルを敢行した東子の体が震えている事に気づく。
「よ、かった……れん、がいつも通り、で……!!」
所々しゃくりあげ、涙をこぼしながら廉の腹部にすがりつく東子に、廉は呵責にさいなまれる。
東子は不安だったのだろう。廉が立ち直った所を直接は見ていないし、息はしているが目覚める気配は無い。
目を覚ました所でいつも通りである保証はどこにも無いのだ。再び暴れ始める可能性もゼロではないのだから。
廉はまるで子供のようにしがみつく東子の頭を右腕で抱きしめ、もう片方の手で頭をなでる。
「すいません東子さん……。俺が弱くて臆病だったばかりに怖い思いをさせてしまって……」
東子は最早言葉を紡ぐことすら出来ずに、呼吸が難しくなるほどに泣きつづけている。
廉は自分が起こした事の重大さを再び胸に刻み、新たに誓いを立てる。
背中からアービティアリィ・ハッカーの上半身を顕現させ、天を見上げた。
「俺は強くなる。そして二度と狂気に引きずり込まれたりはしない!!」
「(そして、相手が誰だろうと負けはしない。たとえ何を犠牲にしたとしてもっ!!)」
二重の誓いを片方は東子に、片方は自らの心に刻み込んだ廉は東子の肩を掴み、引き離す。
東子は眼を真っ赤に泣き腫らし、そして引き離された事に何か嫌なものを感じたのか、不安げな表情となる。
東子のそんな不安を払拭するために、廉は演技ではない、故にぎこちない笑顔を向ける。
「もう泣き止んでください。貴方が笑っていないと俺は「くっっさぁぁぁぁ―――――――――っ!?」
空気読め。
いつのまにか耕作と優姫は並んでこちらを凝視し、耕作は苦笑いで、優姫は全身を鳥肌が覆っていた。
「よくもまぁんなクサイ台詞を連発できるものねー……」
寒気を押さえるように自分の体を抱きしめ、生暖かい視線で二人を見る。
その台詞で我に返った二人は瞬時に離れる(といっても、慌てていたのは東子だけだったが)。
「これは……っ!!そのっ、あうぁ……!!」
最早言葉にならない呻き声をあげながら、東子は縮こまる。
「……これを変だと思える正気を取り戻せてなによりだよ」
廉は少し嫌味を吐いて立ちあがり、二人の顔を見る。
さっきまでの浮ついた気分を持ちなおし、気分を落ち着けさせる。
「さて、双方ともに落ち着いた所でもう一度確認しておきたい事がある」
廉の真剣な顔に、つられて東子たちもまじめな顔になる。
「戦う気は、あるか?」
「もうアンタとは御免だわ」
「だな」
廉が最後まで言う前に耕作と優姫は呆れながら答える。
廉もここまですぐに答えられるとは思っていなかったらしく、鳩から五〇口径フルオート豆ライフルを突きつけられたような顔になる
「君がどこまで聞いてたか知らないが……、少なくとも俺はもう君らの……「ストラグルです」そう、ストラグルの一員にいれてもらったつもりだし、優姫ちゃんもあそこまでやられてもう一度君に喧嘩を売ろうとは思わないよ」
「……あたしも、どうせやる事は無いからストラグルに入れてもらう事になるだろうけどね」
耕作に続き、優姫も気恥ずかしそうに俯きながら参加の意を伝える。
東子たちは別にもう優姫に隔意は無い。ぶっ飛び具合で言えば廉が一番ぶっ飛んでいたのだから。
廉は東子と顔を見合わせ、笑いあう。
「記念すべき初めての新メンバー、歓迎するよ」
廉:……こんなつもりじゃなかったんだがなぁ
東子:どうしたの?
廉:いや、あの二人、特に五十嵐のほうは死ぬまでは行かなくともレギュラーにするつもりは無かったんだよ
優姫:ちょ!?なによそれっ!!
耕作:まあ、名前が出るのが遅すぎたしな……。その分俺はまだマシだったかもしれない
廉:でも、一応連載開始時にラブコメって銘うってるんだから一応ツンデレくらいは出さないとな……ってことで急遽レギュラー入りとなったのさ。……まあちゃんとツンデレになっているかどうかはさておいて
優姫:……つんでれってなによ?
耕作:君は知らないほうが身の為さ
優姫:なによ、あたしだけのけ者にするつもり?
耕作:はは、そんなつもりはないさ。ただ君の事を思ってだね……
優姫:うっさい。んな御託はいらんのよ
耕作:(黙って肩をすくめる)
優姫:……喧嘩うってんの?
廉:石油コンビナートに火をそそがないでくれ。……ほら、同じサブキャラでの東子さんが台詞を奪われてへこんでる
東子:……うん、なんかあっちのほうで氷雨君達が手招きしてるよ
廉:行っちゃ駄目ですよ?三途の川の向こうで死んだはずのおじいちゃんが手を振ってるより性質が悪いんですから
氷雨:酷い言いぐ(メキッ)
廉:ほら、五文字程度しか喋れないなんて、そんな所に東子さんを行かせるわけにはいきませんよ
優姫:いま、力ずくで黙らせなかった……?
耕作:……大人の世界にはな、言わぬが花って事もあるんだよ。あそこに行きたくなきゃあ不用意な言動は慎もう……な
耕作:さて、新キャラってことで、今日は優姫ちゃんに次回予告をしてもらおう
優姫:……うん、でも請う言うのってあんま得意じゃ……!?
鳴神:(手招き)
優姫:次回予告大好きー!!
楓:(舌打ち)
優姫:雨降って地固まるっていうけど、廉たちはちょっと警戒心が無さ過ぎだと思うのよね。いくら廉のほうがぶっ飛んでたっつってもあたしがやった事に変わりは無いし、あたしが逆恨みをしないて保証も無い。……まあ、赦される気分は、悪くないんだけどね……。
次回は今後の事を話し合うために佐藤耕作の部屋にお邪魔するんだけど……、はぁ……?なにこのタイトル。
次回『逃げる奴はアームズだ。逃げない奴はよく訓練されたアームズだ!』
廉:口でクソたれる前と後に『サー』と言え! 分かったかウジ虫ども!
耕作:Sir,Yes Sir
廉:ふざけるな!大声出せ!タマ落としたか!
耕作:Sir,Yes Sir!
東子:……なにやってるの?
廉:ハー○トマン軍曹ごっこです
耕作:それ以外の何があるってんだよ、なぁ?
東子:………………