第十七話:解錠、開かれた扉
「廉、その、ね……」
容赦無く追い討ちをかける廉の冷酷な面を目の当たりにしてしまった東子は、なんと声をかければ良いのかと戸惑いながらも声をかける。
廉のほうも自覚をしているのか、沈痛な表情で言う。
「……言いたいことはわかります。でも、こうまでしないと人は潰せないんです」
「潰す意味がどこにあるっていうの!?」
問う東子に廉は目を合わせることが出来ない。
言い訳をするつもりは無い。端からこうするつもりだったのだから。
「口だけの約束なんか吹けば飛ぶ曖昧なもの。そんなものに人の命をかけることなんて出来ません」
しかしそれでも廉の声は決然としたもので迷いは無い。それが東子を悲しくさせる。
決して揺るぎ無い瞳を真っ向に見据えながらも、悲しげな声で続ける。
「廉は……、そんなに人が信じられないの……?」
「信じてますよ。特に東子さんみたいな思想は尊敬します。……でも、それだけじゃ確実じゃないんです」
笑顔すら浮かべるが、東子にでさえ無理に作った笑顔である事が分かるほどにそれは歪でぎこちなかった。
廉も自覚しているのか東子に背を向け、表情を見せないようにする。
「人が本当にほしいものを前にしたときにどうなるか、……俺は知ってしまったんですよ」
東子は廉が話したユーディットのことを思い出す。彼女は、願いのために決して浅くない仲である廉を殺そうとしたのだ。
廉は歯を食いしばり、なんだかんだいってまだあの事がいつまでも尾を引いている事に気づく。
「それを防ぐためには、武器を、掴む為の腕をもぎ取らなければ行けません」
東子は廉に何も声をかけることが出来なくなってしまった。それは思想とかそういうレベルではない、実際に起きてしまったことなのだから。
廉はそのまま無言で歩き出し、少女のほうへ向かう。
「……はははっ。君は何もわかっちゃいないな」
と、その時、二人の背後から声が響く。
二人が振り向くと、そこには先程まで倒れていた男が上体を起こして口を開いていた。
「人は本当にほしいものを前にしたとき、腕が無くたって掴もうとするさ」
虚ろな視線を中空に漂わせ、調律のなされていない声で男は続ける。
「俺を殺そうとしたその子だって、今は戦う気を失ってるけど、目的を見つけりゃまた戦意を取り戻すよ。……それが人の長所であり、業なのさ」
喉から手が出るほど、って言うだろうと茶化しながら付け足し、ゆったりと起きあがる。
「俺の名前は『佐藤耕作』しがない市役所勤めさ」
耕作は名乗った後に片腕だけのアームズを出し、空間を維持する。
「……ならどうしろと言うのです。放っておいても戦いが終わることなんて無い!」
廉は叫ぶが、耕作は淡い笑みを浮かべるだけである。
そして危なっかしく立ちあがり、片腕だけのアームズを廉に向ける。
「はぁ……全く、若人がそんなに視野を狭くしちゃあいかんよ」
そう前置きして、耕作は続ける。
「道は一つだけじゃない。いや、道しか進める部分が無いと思う事自体が間違ってるんだよ」
険しい顔のままの廉を微笑ましくも思いながら、耕作は廉で砕かれた喫茶店の窓ガラスに近づき
「例えば……こんな方法もあるのさ」
アームズでもう片方の腕を窓ガラスに押し付けて切断した。
「―――――ッ!?」
「ひっ!?」
無論、窓ガラス程度で人の腕を切り落とすことなんて出来るはずも無いが、アームズの力で押しつけられたのなら切れないことも無い。
ぼとっと腕が地面に力無く落ち、傷口からは血が噴出す。
しかし、耕作の表情に焦りや恐怖は無い。
「舞台、から、落としちゃ、えば良い、のさ。アームズ、が無ければ……戦う必要なんて、無い」
耕作は見る見るうちに青ざめていき、終いにはその場に倒れこむ。
噴き出す血に東子は耐えられなくなり、立ちくらみのようにへたり込む。
「なんて……馬鹿なことをっ!!」
廉は叫びながら切り落とされた腕を掴んで、アービティアリィ・ハッカーで繋ごうとする。
しかし、その手は耕作の左手によって止められる。
「なにを――!?」
「やめて、くれよ……!俺に、は……もう、耐え、られないんだ。迷っちゃ、いけ、ない……。君、は……」
耕作は爽快な笑顔にすら見える狂った顔で笑う。
「この……!ふざけるなァッ!!!」
荒い息を吐きながら、ただぶつぶつとうわごとのようにつながりの無い言葉を吐き出すだけの耕作に、廉は素の手で彼の頬を思いっきり殴り飛ばす。
廉は楓ですら見たことのないような剣幕で耕作の胸倉を掴み上げる。
「どうしていつもいつも勝手なんだ、あんたらは!!こちらのことも少しは考えやがれっ!!」
そしてもう一度廉は耕作を地面に叩きつけ、もう一度頬を殴り飛ばす。
「あんたは死なせなんかしない……!!どんなに痛くても、どんなに苦しくても、完全な形に治してやる!!」
頬を殴ったときに出来た痣も、もう一度殴ったときに完璧に治される。痛みは消えてなどいないのに。
廉は傍らに落としていた耕作の腕を掴み、続ける。
「それが、どんな苦痛を生むとしてもだ……!!」
断面を合わせ、そこにアービティアリィ・ハッカーで触れ神経、骨、筋肉、血管、と治していく。
「う……!ぐぁ、があぁっ!?」
本来なら一瞬で治せるものの、廉はわざと時間をかけ、まず神経、痛覚から治していく。
「思い知れ……!!それがあんたの罪の代償だ!!」
苦しみに歪む耕作の表情を廉はただ見下ろす。
「(と、止めないと……!廉はこんなことをする人じゃないのに!)」
東子は怯えながら動こうとするが、へたり込んだ足が動くことは無い。
「動いて……!動いてよぉ!!お願い、もうやめてぇっ!!」
唯一動く口で廉に呼びかけるが、狂気に走った廉には届かない。
そんな東子の視界の端に、動くものが入る。
「(――え?)」
ここにもう動ける人はいないはずだ、自分は勿論、耕作は廉に治癒という名の拷問を受けていて動けない。そしてあの少女は動けないはず……!?
「うふ、あは、は、はははぁっ!?」
廉に負けないほどに調子の外れた笑顔を浮かべながら少女はゆらりと立ちあがる。
「れ、ん――!?」
そして、その手には彼女のような細腕でも充分に凶器となりうるバスケットボールほどの大きさの石。
廉は気づかない。後数歩で射程範囲内に入るというのに。
廉の危機に際してようやく東子の足に感覚が戻る。
すぐに立ちあがり、少女の足を止めようと駆け出す。
アームズを使う気は無いが、それでも彼女くらいならタックルするだけで充分に止められるだろう。
「――――――――――」
でも、東子はふと考えてしまった
彼女が廉を殴れば、この狂った状況に終止符が打たれるのではないか、あの優しい廉が帰ってくるのではないか、と。
東子の足から力が抜け、膝を突く。
その隙に、少女は廉までたどり着き、無防備な後頭部に石を叩きつけた。
「い、やあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――!!」
東子は自分の至った結論に、自ら驚き、絶望した
「(な、にが……!?)」
廉には何がなんだかわからなかった。それほどまでに狂っていたのだろう。
うつ伏せに倒れ、体はぴくりとも動かない。
「(じょう、だんだろ……?これじゃあ、治すことすら出来ないじゃないか)」
目の前ではまだ血管の結合が終えていない耕作の腕から、再び血が流れ出していた。素人目にも、このまま放置すれば死に至ることがわかる。
視界の端では東子が震えながら自分の体を抱きしめている。近づく少女が石を振り上げているのにも気づかない。
そして、少女の一撃によって頭から血を流して倒れる
少女は慟哭にも聞こえる笑い声を上げながら、もう一度廉に近づいてくる。トドメを刺す気なのだろう。
「(このままじゃ……、みんな、死んでしまう?俺が、俺の、せいで?)」
耕作は現代医学では治すことの出来ない傷を負っているし、東子も放っておけば死んでしまうだろう。
狂気に酔っていた廉の心が冷めていく。
「(いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだッ!!)」
最早動作不良をおこしている頭で廉は必至に策を練る。
しかし、大前提として廉が何も出来ない以上、何も行動を起こすことは出来ない。
「どうすれば……!どうすればいいんだ……っ!!」
ただ焦燥だけが募る廉、しかし現実は残酷で酷薄である。
(フフ……?)
廉に悪魔が囁く。
(彼女も、殺しちゃえばいいのよ……)
「(は―――――――)」
その言葉は乾ききった砂漠に一滴の水をたらしたように、廉の心の奥底までに染み込んでいく。
「(ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――――――――――――!!)」
廉の笑い声に呼応するかのように、アービティアリィ・ハッカーが震える。
「(なんだ……、考えれば簡単なことじゃないか、戦いを止めるには、兵を全て殺せばいい!)」
アービティアリィ・ハッカーはどんどん廉の体から浮き上がり、アームズ自体も肩から背中、頭部まで発現する。
廉の背中からはえるように出現したアービティアリィ・ハッカーはマネキンのような白い体にやはりベージュの輪が腰や首にもはめ込まれている。
そして、頭部は起伏すらないデッサン人形のような顔で、刃物で傷つけたような傷が、アルカイックスマイルのような笑顔に見えなくも無い表情を形作っている。
人型になったアービティアリィ・ハッカーは廉の頭部に触れ、傷を完璧に癒す。
「え……?」
戸惑う少女をよそに、廉はすぐさま起きあがってアービティアリィ・ハッカーを振りかぶる。
ズバァッ!!
表情は狂気でも狂喜でもない。『無』という形容が一番丁度良い表情で廉は少女の体をアービティアリィ・ハッカーの刃で袈裟懸けに切り裂く。
廉は絶対に開けてはならない、しかし存在は知っていた、故に鍵で厳重に閉じていた扉を激しく揺らしていた。
そして遂に、その扉は開かれた。
「い、や……」
『殺人』という名の扉を。
廉の意識はそこで途絶えた。
「首尾はどうなったカナ?」
丁度先程帰ってきた女性に、少年は振り返り聞く。
彼女の表情に起伏は無い。まるで何も考えていないかのように。
「ええ、成功いたしました。簡単なことです。理性を失った人間なんて如何様にも操ることが出来ますので」
彼女の言い方から、少年の意図は達せられたことがわかるが、しかしなぜか少年の表情は優れない。
「エー、なーんだ。あの程度でつぶれちゃったノ?ってことはもう終わりカァ……」
彼なら絶対に乗り越える、といった信頼ゆえの言葉ではない。嘲りが満載の、どちらかといったら大口を張っておいてこの程度か、といったものに近い。
そこで女性の表情が僅かに動く。
「……あなたは、元々そのつもりで私を向かわせたのでは……?」
少年は無邪気な笑顔を一片も揺るがさず、答える。
「うン。そうだヨ?でもサ、やっぱりそれを乗り越えるなんて展開になったら燃えるじゃナイ」
そこで女性は黙り込む。
少年は不信そうな顔になるが、それでも口は開かない。
そして暫く沈黙が続いた後、ポツリと呟く。
「それにしても君の力にはお世話になるよ。君がいなければ僕のこの遊びは企画倒れになるとこだった」
無邪気さが掻き消えた賛辞を受けたのだが、彼女の表情に喜びは無い。
「でもね、感謝の気持ちは忘れないでくれよ?僕が突然変異の君を見つけなければ存在意義なんて端から無かったのだから」
そう言って少年は身を翻し、部屋の外に出て行く。
「っ……………」
彼女は珍しく表情を僅かに歪ませ、呟く
「この力をどう喜べばよいのです……。この、狂気を呼ぶ腕を……」
廉:それだ、リーチタンヤオイーペイコードラ1……よし、頭に裏ドラがのってハネ満、楓、一万二千だ
楓:ちょ、六と九捨てといて三待ち!?ありえないわよ
廉:はっはっは……、この程度の迷彩を見ぬけないようじゃあ俺に勝つのは不可能だな
鳴神:……ごめんね、楓ちゃん。ダブロンよ
楓:えぇーっ!?
氷雨:リーチピンフメンチンイッツーイーペイコードラ1……三倍満!?
鳴神:後一枚だから来ないと思ったんだけど……恨みっこ無しよね?
廉:てか、楓は一気にハコテンだな
楓:二万五千がゼロにぃ……。でも!この唐傘楓、ここで退くようじゃ女じゃないわ!!
廉:早く俺に千二百円払え
楓:えぇっ!?いつのまにレートが十倍になってんのよ!
廉:さっきお前が言っただろう……『こんなちゃちいレートじゃ全然手に汗握れないじゃない!』ってな
鳴神:二千四百円……お願いね?
楓:………………
廉:まさか、手持ちが無いなんて言わないだろうな?
楓:ら、来月まで、待ってくれない?
廉:……………………
鳴神:別に、私は良いけど……
楓:れ、廉は?
廉:……なあ楓
楓:はいぃっ!?
廉:博打の負けは、博打で返すもんだろう?さあ、また東一局からやり直しだ
楓:む、無茶言わないでよ……!!
廉:生憎、俺はだまされないぞ?この間宝くじで十万あてたの知ってるんだからなぁ……?
鳴神:……楓ちゃん?それは聞き捨てなら無いなぁ?つまり払えるのに待ってだなんて……
楓:そ、それは……!
廉:大方、使い切ってから本当に払えないといって踏み倒すつもりなんだろうが……。俺に隠し事を出来るとは思わない事だな。
廉:それを、後数局やるだけで許してやろうってんだから……。これほどの温情は無いよなぁ?
楓:……分かりました
廉:はい、人和四暗刻単騎字一色大四喜、六倍役満だ
楓:―――――――――ッ!?
廉:えっと……三万二千の六倍だから……十九万二千、一万九千二百円だな
鳴神:……あれぇ?私も、人和国士無双十三面待ち……
ダブル役満……
楓:ちょ、絶対おかしいでしょ!!二人が人和で役満だなんて……!!特に廉、絶対イカサマしたでしょ!!
氷雨:六倍役満なんて普通見れるもんじゃねぇよなぁ……
廉:楓……?今イカサマと言ったな?
楓:そうよ!どうせアームズでも使ってすりかえたんでしょ!
廉:はっはっは。笑わせてくれるな。アヤをつけるならその時の手を掴んでから言ってもらいたいものだな。過ぎた事をぐだぐだ言われてもな
氷雨:……という夢を見たんだ
廉:ネタが無いからって収拾に困る事をするな