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第九話:王水

「し、死ぬ……」


あの後、文字通り襤褸雑巾になるまで泳がされた廉は岸に上がってすぐその場に崩れ落ちた。


寝転がりながら海のほうを振り返ると、いまだに元気な氷雨と楓、そして途中参加の鳴神がビーチバレーに励んでいた。


ちなみに、廉が力尽きたために氷雨は二人の猛攻(比喩ではなく、二人は氷雨のみを狙って当てようとしている)を凌ぐ羽目になっている。


「どこからくるんだよ……。あの無尽蔵の体力は……」


その呟きに堪える者は無く、廉はゾンビのような動きで自分の荷物のあるビニールシートの所へ向かう。


そして再び寝転がると同時に、自分の髪を止めていたゴムを外し、無造作に髪を広げる。


前髪の一房に巻き付けている紫色の紐は取らず、そのままにしておく。


自分の周りを意味も無く見まわしていた廉は、自分の携帯にメールが来ている事に気付く。


近くにあったタオルで軽く手を拭き、携帯を開くと、そこには見たことの無いアドレスからであった。


「……?」


多少不信感を覚えながらも、廉はそのメールを開く。


「sub:無題


 お前、アームズを持っているな?」


「―――ッ!?」


その内容を見た廉は思わず携帯が軋むほどに握り締めてしまう。


「な、ぜ……!?」


震える唇で呟くが、答えは出てこない。


アームズ同士の戦闘では一般人の立ち入りは禁止されているし、一般人以外の相手にアームズを使ったことは……。


「あの時かっ……!!」


いや、一度だけあった。伊集院戦前に四人のチンピラに対して使ったことが。


だが、その時周りに人影は無かったはずで、いたとしてもただの通行人がアームズと言う正式名称を知っているはずが無い。


このメールを送ってきたのは間違い無く、アームズの持ち主か、それに準ずる者である。


考えに耽る廉の携帯に、これまた見たことの無い番号からの着信が入る。


廉は一度躊躇うが、ここで切ったところで今度は奇襲されかねない。必要最低限の情報は得ておくべきだ。


「……もしもし」


『やーっとこ出やがったか。恐れを為して逃げたかと思ったぜ?』


電話越しに聞こえるのは廉と同じ十代後半ほどの少年の声で、その声は若干高圧的な口調である。


『ま、何が言いたいかは聡明な廉君なら分かると思うけどよ。俺の目的は勝負さ』


「ふざけるな。嫌に決まっているだろう」


間髪いれずに答える廉に、電話の声は噛み殺した笑い声を上げ。


『まぁまぁ落ちつけよ。もう勝負は避けられないってわかんないほど馬鹿じゃないだろう?ははっ』


電話の声に言い様の無い嫌悪感を覚えるが、奴の言っていることは正しい。


廉がメールを見たところを見計らって電話をかけてくるなんて、今の廉の姿を目視できていなければ出来ないことだ。


「……チッ」


廉が無言でいると、電話の声は了承したと判断し、話を進める。


『じゃ、その海岸沿いに北へ少し歩いてこいよ。かっけぇバイクにのって待ってるからよ』


そう言って電話は切られた。


廉はあまり力を入れずにバックに向かって自らの携帯を投げると、出来る限り表情を出さずに着替えを持って更衣室に向かう。


少しでも気を抜いたら、今の憤りが表情に出てしまい、楓達にばれてしまう。


更衣室に入ると、アービティアリィ・ハッカーで体の水滴をすべて飛ばし、すぐに着替える。


ついで、今の体力ではまともに立ち回ることすら出来ないため、アービティアリィ・ハッカーで無理矢理にからだの疲労を取り、筋肉繊維を整える。


そして、体中に金属を仕込み、武装する。


「(全く、どこまで空気の読めない奴らなんだ……!!)」




































「よーう、これまた随分と遅かったじゃねぇか」


廉が向かっていった先にいたのは、確かにカッコイイバイクと自負することだけはあり、一般的な家庭の収入では手の届かないであろうバイクに跨った少年の姿があった。


少年は廉の姿を見とめると、エンジンは切られてあり、ただ椅子として機能しているバイクの上から降りて軽く体をストレッチする。


その少年は廉と同じ位の年代で、全身にフィットするような黒のライダースーツを着こみ、色むらのある金髪を、ハンドルにつるしてあるフルフェイスのヘルメットをつける時に邪魔にならないようにと短く借り上げられている。


無駄にでかいバイクは伊達ではないということだろう。


カラーコンタクトをつけているのか、はたまたハーフであったりするのか若干目の色は青い。しかし、顔つき自体は線の細くごつい輪郭をしているわけでもない日本人である。


身長はそれなりに高く、170は越しているだろうが、廉からして見れば自分より大きいか小さいかくらいの判断くらいしか出来ない。


普段はそれなりに冷静な廉だが、休む暇も無く、空気も読まずにやってくるアームズに半ばキレかけている。


少年は先ほどの一言以降特にしゃべることも無く、向かい合う廉に対してアームズを出さずに構える。


廉としてもこんな相手と親睦を深める会話などするつもりも無い。同じようにアームズ出さずにを構える。


相手がアームズを出してこないということは――気まぐれかもしれないが――恐らく何か意味があるのだろう。廉には皆目見当もつかないが、用心に越したことは無い。どうせコンマ一秒も無く出すことが出来るものなのだから。


そのままジリジリと双方とも間合いを詰めていき、双方同時に……離れた。


「チィッ!?」


二人の間に落石が飛んできたのだ。


少年は驚いた表情で、廉は平静の表情で退くと、今度は廉の背後から木の槍が連なって少年目掛けて飛んでいった。


しかし、やはりアームズ相手に木の槍程度ではまるで意味は無い。少年は両手からアームズを繰り出して弾く。


少年のアームズは肩まで保護し、そして廉や氷雨とはまた違い、緑色でぬめぬめと光る、蛙の手を五本指にしたようなアームズだった。


「らあっ!!」


そして少年は飛んでくる木の槍の最後の一本を掴み、投げ返す。


アームズによって投げ返された木の槍は廉が放ったものよりも速く向かってくるが、二人の間にはそれなりに距離が開いてある以上簡単に防げる。


少年はアームズを消さずにそのまま向かってくるが、廉はぶつかり合おうとはせずに距離を取り続ける。


そして再び距離が開いたところで軽く地面に触れ、しつこいほどに距離を取る。


数度、少年のアームズが拳を繰り出してくるが、逃げつづける廉には当たらず、一度か二度掠めたくらいである。


追う少年に逃げる廉、あまりに不毛な繰り返しに、少年が追う足を休める。


「……さっきの奇襲といいよ、お前のアームズはそんなに遠距離専用なのかよ。それとも単に臆病なだけかぁ?」


問う少年を廉は無視し、追われていた事によって縮まっていた距離を再び取る。


流石に無言で逃げつづける廉にイライラを募らせた少年は、急に目を鋭くし肩膝を突いて地面に手を置く。


「全くよぉー、そっちから攻めてこねぇってんならよ。アームズを使わざるおえねぇじゃねぇかよぉ」


現れたアームズが地面の砂を掴み、少年は口角をあげてニヤリと笑う。


「『キングス・アックア』!!」


その瞬間、砂浜が砂浜でなくなった。


「うぁっ……!?」


自分の足場がぬかるんできたと思った瞬間、廉を支える地面がすべて底無し沼に変わったのである。


踏ん張りがつかなくなってバランスを崩した廉に、少年は地面に突き刺さり、今にも沈もうとしている木の槍を拾って投げつける。


木の槍は少年の、正確には少年の手を離れてキングス・アックアに触れた瞬間、液体となって廉に襲いかかった。


木の槍程度ならいくらバランスを崩しているとしても簡単に防げるが、液体ではそうもいかない。見た感じ物理的なダメージは無くとも、何か嫌な予感を感じた廉は出来うる限り払おうとする。


しかし、液体を簡単に払うことは出来ず、手から腕にかけてこびり付き、顔にも多少の飛沫がかかる。


咄嗟に拭き取ろうと手を伸ばすが、腕が思うように動かない。


「……なにっ!?」


手にかかった液化の木が再び個体に戻り、ギプスのように廉の両手を固定していたのである。


気がつけば底無し沼と変わっていた砂浜も、廉が沈んだ状態のまま元に戻っていた。


「お前がどんなアームズだろうとよぉ……、腕を固定しちまえば使いもんになら無くなるってことさ」


腕を固定され、足も脹脛まで沈んだ廉に、少年はアームズを構えて走ってくる。


「(恐らく奴のアームズは氷雨と似たようなものか……。アームズで触れたものを溶かし、アームズ自体を解除すればそのままの形で元に戻る)」


少年は廉のアームズを遠距離に特化したものだと判断したが、廉のアームズはそれほど遠距離に特化したものではない。


確かに、投石器やカタパルトを使って攻撃することは出来るが、あくまでそれは牽制であって廉も当てるつもりは無い。


廉の性格上あまり優れているとは言えない基本性能だが、人体に触れればその部分の組成をむちゃくちゃにすることぐらいは出来るし、切り傷や擦り傷、打撲などはすぐに治すことも出来る。


基本性能さえ高ければ、自分の傷も省みずに突き進む重戦士型のアームズとなるであろう。


今まで廉が逃げつづけていたのは、単に敵のアームズを見極めていただけなのである。


わざわざ廉の作り出した木の槍を投げてきたことから、遠距離攻撃の出来るものではない。射程も逃げる間に把握した。それほど長いわけではない、廉は多少腕から伸ばすことが出来るが、向こうは出来ないようである。


そして、肝である特殊能力も知った。もう逃げる必要は無い。


廉がアームズを使わなかったため向こうはこちらの能力をまるで知らないし、自信あらわれかか、はたまたただの馬鹿か、廉の能力を警戒する様子も無い。


アービティアリィ・ハッカーに、このような拘束などなんの意味も無いというのに。


「(このアドバンテージを活かせるのはたったの一度、何とかそこで勝負を決める!!)」


足を砂浜から抜く演技をしながら、少年との距離を測る。幸い、少年と廉では僅かに廉の方がリーチが長い。そこを活かす手は無い。


その上、少年はアームズとの戦闘に慣れた様子は無い。廉は望まなかったとはいえもう既に三つのアームズと戦闘を交えている。熟練とまでは言わないがそれなりに戦いのノウハウは知っている。


まだ届かないと思っている距離で、一気に殴り飛ばす。単純だが、効果はある。


「くらえぇっ!!」


遠距離特化のアームズだと思っているのでまだ構えることすらせず、自分の間合いまで突き進もうとしている少年が廉の間合いに入った瞬間。


「アービティアリィ・ハッカーァッ!!」


アービティアリィ・ハッカーの力で拘束を解き、スピードだけを求めたジャブを少年の喉に叩きこむ。


威力は意味を持たない、頚動脈の血の流れを少し塞いでしまえばすぐに意識を失うのだから。


首を絞めて意識を落とすようなものである。


「がふぅっ!?」


案の定、攻撃されると思っていなかった少年は無防備に喉への攻撃を受けてよろめく。


ただのジャブである以上吹き飛ぶことはなかったが、自分が向かっていった方向からの攻撃はそれなりのダメージを与えたようである。


「まだだ……!」


上手く塞げていなかった時のため、そして自分でも意識してないほど僅かに腹いせの意味をこめて、渾身のフックで頬を殴り飛ばす。


「ぐあぁっ!!」


今度こそ紙切れのように吹き飛んだ少年は、砂浜を結構な距離滑ったあとに動かなくなった。


「……まさか、本当にすぐ勝負がつくなんてな」


あまりにも手ごたえの無い相手にむしろ拍子抜けしながらも、廉は構えを解く。


流石に、血流を塞き止めたままだと後遺症を与えかねないので、多少警戒しながら少年の傍らに座り、首に触れる。


表情は何が起こったか分からない、と呆けた表情で、やはり血流を止めているせいか顔色は著しく不健康な色を表している。


アービティアリィ・ハッカーで元通りに治すと、今度こそおき上がって凝れないように首を絞め落とす。


無論、殺すつもりは無い。自分の生命の危機でも感じていない限りこの一線を越える度胸もつもりも廉には無い。


ただ、懸念すべき事項はどこまでこの少年が廉のことを知っているか、だ。


今回は向こうの油断を突いて勝ったに過ぎない。性能自体は――実際ぶつかり合ったわけではないので詳しくは分からないが――ともかくユーディットほどではないにせよ、氷雨クラスの力はあるだろう。


次に襲われて圧勝できる保証は無い。


少年のライダースーツに何かを収納する場所は、バイクに関しての素人である廉には見当がつかないし、気絶している人間の服を漁るなんて変態行為もいいとこだ。


仕方が無いので、視線をバイクに移す。


「たしか、サドル……でいいのか?を開ければそこに収納スペースがあったはずだな」


誰に聞かせるでもない呟きをしながら、聞きかじり、見ただけの知識でバイクを弄る。


下手に壊して恨みを買うのは御免なので、割と丁寧に漁っていると、少年の手帳が見つかった。


「名前は……『RYOUSHUKE SANESTNA』?……なんだこれは」


そのまま訳すと、りょうしゅけ さね……。本当になんだこれは、英語が苦手という次元ではない。


実際はかなり字が汚いために廉の見間違いである可能性もあるのだが、……りょうしゅけは間違い無くRYOUSHUKEである。しかもRYOの後のUは要らない。


見た目的にはローマ字も読めないほど子供というわけではないが……。


まあいい、と本来の目的を果たすために手帳を開き。


「―――」


すぐに閉じた。


廉はこめかみを押さえ、呟く。


「なんなんだあれは……!!」


手帳に書かれていたのは、ページを埋め尽くすほどの愛の言葉だった。


相手はわからないが、末尾にこれまたよく分からないローマ字で『IZUINYUPIK』と相手の名前が書いてあったので、恐らくその人に向けた言葉なのであろう。いずにゅぴK……最後に至っては日本語に訳すことすら出来ない。


しかしその内容は、まっとうな精神の持ち主が見たら脳をピンク色に染め上げられかねない程のものだった。


ソウトウオモワレテイテウラヤマシイナーと無理矢理に自己完結させ、ならべくそのページを見ないように他の内容に目を通していく。


どうやらこの近くにある私立高校『八尾山学園』の一年らしい。あの学校は節操も無くいろんな分野に力を入れていて、傑物から変人まで幅広く揃っている。


廉も去年、文化祭を訪れて酷い目にあっている。


「(はは……。メイド喫茶なんて本当に高校の文化祭で見る事になるなんて夢にも思わなかったぜ……)」


本当に、いろんな分野に力を入れているのである。


この少年……りょうしゅけ(仮)も恋文科にでも在籍しているのかもしれない。


ページをめくっていると、予定表の今日の部分に、『決闘の日!彼女のために必らず勝つっ!!』と赤文字で書いてあった。


どうでもいいが、必らず、では無く必ずである。


「決闘……?彼女のため……?なんの事だ、全く」


全く心当たりは無い。そもそも、廉と八尾山学園との接点はまるで無いともいっていいのだから。


しかしともかく、りょうしゅけ(仮)はアームズとの闘争に勝って願いを叶える事ではなく、この決闘に勝って彼女とやらに何かしらのアクションを起こすためだということがわかる。


だったら解決策はある。


手帳の一ページを破って、一筆書く。


『降参だ。金城廉』


こうしておけば、実際はどうであれ、りょうしゅけ(仮)は勝ったという証拠を手に入れ、満足するだろう。多少廉の願望も入っているが。


ついでに血判でも押しておこうと指を噛み切って押した後にアービティアリィ・ハッカーで治す。


それをヘルメットの頭に張りつける。


そして、タイミングを図ったかのように廉の携帯に着信が入る。


かけてきたのは楓、恐らく姿が見えない事に気付いたからだろう。


用件はわかる。だから電話には出ず、そこらの自販機で飲み物を買った後に元いた砂浜に向かって歩き出した。



りょうしゅけ(仮):俺は、チョイキャラかよーっ!!


廉:ウザい


(強制退場)


楓:ん?なんか鶏の首を絞めたような声が聞こえたんだけど


廉:気にするな。ただの囀るポルターガイストを締め上げただけだ


楓:へー


楓:ところで、廉は恨まれる覚えとかあるの?


廉:ありすぎて困るくらいだ。特に楓のせいで


楓:あははー、反省はしてるのよ?


廉:行動は伴わんがな


氷雨:べつにいーじゃねーかよ、ストレス発散にことかかねーだろ


廉:お前も俺のストレスの根源だということを忘れないでもらいたいな


鳴神:……なんか機嫌悪い?


廉:今ごろ気づいたんですか……。ここまで休み無しだと……どうも、ね


鳴神:そんなときは走ってすっきりするのが一番よっ!!というわけで――


廉:(奪って破り捨てる)


鳴神:あーっ!?


廉:……このままだとブチ切れかねないので、とっとと次回予告してください


楓:しょうがないわねぇ……

見事な噛ませイヌを演出したりょうしゅけ(仮)を撃退した廉はあたし達の所に戻ってくる

これ以上何も起こらないでくれと無駄だと知りつつ願う連の思いはコーラを飲んだらげっぷが出るくらい確実なんじゃ!!ってくら確実に裏切られる

次回『変わらぬ逃げ落ち』

……ラブコメらしく女性キャラが一人増えるらしいけど……、あたしは?



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