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その1


突然だけど、私は人付き合いが苦手だ。


人間は意思疎通のためにコミュニケーション能力を発達させたらしいけれど、どうも私にはそれが欠如しているらしい。伝えたいことを伝える以前に何を伝えるべきなのかもわからない。何を話せば正解なのかわからないのだ。


そもそも正解を探している時点でおかしいのかもしれないけれど。


だから当然、自己紹介と言うものも苦手だ。みんながみんな自分について紹介できるほど知っていると思うなよ。自分の名前と出身校ぐらいしか言うことないやつだっているんだからな。例えば私とか。


だって、これと言った趣味もないし、部活を頑張る気もない。他に何か言う事あったっけ? これからどうぞよろしくお願いしますとでも言っておけばいい?


だいたい全クラスメイトの注目を浴びながら自分について語るとかそれどんな羞恥プレイよ。これ考えたやつじつはナルシストなんじゃないの。もしくはドM。私について知りたかったら個人で聞いてください。質問に答えるならともかく自分から言うことは特にないんで。これじゃ駄目ですか?


「あー、犬飼。もうちょっとなんか言うことないのか?」


結局、何を言えばいいのか思いつかなくて名前と出身校だけ言って自己紹介を終わらせたら、担任の教師から駄目だしされた。


やっぱり駄目ですか。


ありませんと言ったら解放してくれるかな。くれないよなぁ。具体的に言ってくれないと、コミュ障の私には何を言えば良いのかなんて分らんぞ。


出席番号1番だから他の人を参考にできないし、そもそもこんなコミュ障を一番最初にして大丈夫なのか?


なぜ自分が人付き合い苦手だとか、コミュ障だとか考えているかというと、私は新入生であり、今が高校生活最初のホームルームの時間だからだ。つまり自己紹介の時間なのだ。それで若干現実逃避に入っている。


「えー。名前の水蓮すいれんは水のはすって書きます。植物の睡蓮とは漢字がちょっと違うので気を付けてください」


適当に付け足して、これで良いですかと担任に目で尋ねると、仕方ないとでも言いたげな表情で許可が下りた。


こんな自己紹介で私がどんな人物なのか分からないだろうけれど、それは他の人も同じだ。さすがに私よりはましかもしれないけれど。


早々に自分の番が終わっても気は晴れない。自己紹介やその後の交流だけで名前や顔を記憶できる人間はいいけれど、私の場合それを覚えるまでに時間がかかるのだ。たしかに私は覚える気が少ないかもしれないけれど、クラスメイト達はいつの間にかお互いの顔と名前を認識しているのだ。正直萎える。


私は誰だか分かってないのに、相手は私の顔と名前を認識しているのだ。そしてそれが当たり前のように接してくる。とても名前とか聞ける雰囲気じゃない。相手はその先を知りたがっているのだから。


小学校ではどうだったか忘れたけれど、中学のときは楽だった。なんせ学校が変わってもメンバーがほとんど変わらないからだ。うっとうしい自己紹介は担任のためにあったけれど、担任1人くらいなら私でも覚えられる。多くはないけれど小学校来の友達もいた。自己紹介を聴き流していても問題なかった。


だけど、高校はどうだろう。知り合いならともかく親しかった友人は誰もいない教室。覚えきれない新しい顔と名前。新しい友好関係を築こうと頑張るクラスメイト達。


はぁ。めんどくさい。どうせ覚えれないんだから聞く意味なくない? 知り合いならまだ面白いかもしれないけれど、知らない人の自己紹介とか笑いどころもないし、下手に笑かそうとして滑った空気とか勘弁してほしいからやめてよね。



◇ ◇ ◇



そして昼休みになった。知り合いがいる人は教室でグループを形成したり、他の教室で集まるのか出ていったりしている。知り合いがいなくても、席の近い人同士交流を図ろうと探り合いの会話がちらほら。


私はどうしようか。知り合いはいるけど、特に仲が良かったわけではない。これをきっかけに仲良くなるなんてパターンも存在するだろうか。中途半端な知り合いって逆に気まずくない?


合流するかはともかく様子を見てみると、席が近いものどうしで固まって何を話しているのか会話の花を咲かしている。私のコミュ力ではあれに入る事ができない。


ならば近くの席の人はと隣を見るとすでに空席。早えなぁ、おい。まぁ、男子だったしどうでもいいか。先ずは女の子と仲良くするべきだろう。


後ろの席はどうだろうと振り返ってみるとまたもや誰もいない。ついでにその隣もだ。


あれ? 私出遅れた? 皆行動早くない? ってか初日から教室以外のどこへ行くって言うんだよ。


まぁ、予想できたことだし1人で食べるか。しょうがない。


この学校に学食はない。昼休み限定でパンだけは売っているみたいだけど、だいたいの人は弁当を持って来ている。私も母親が作ってくれた弁当だ。


中学までは給食を決められた場所で食べていたから、どこで食べてもいいと言われても困る。私は自分の席以外思いつかないぞ。クラスメイトの席を借りて、友達同士机を合わせて食べるってのが一般的なのかな。今は友達いないけど。


でも嫌だな。犬飼なんて名字だから1番前の端っこの席だ。出入りしやすいのは良いけれど、出入りする人間が嫌でも目に入る。教室に入ってくる人みんなに弁当を見られるっていうのはちょっと恥ずかしい。いや、私が作ったわけじゃないんだけどね。早起きとか無理だし。


1人自分の席で弁当を広げていると、誰かが教室に入ってきた。そのまま通り過ぎるのならそんなに気にしなかったけれど、入り口付近、っていうか私の席の前で止まっているのだ。


何か用があるのかと視線をあげると目が合った。目つきがちょっと鋭いけれど綺麗な子だ。私より身長が高いだろうか。手入れされていないかのような長い髪が特徴的だ。見覚えはあるのでクラスメイトだろう。名前は憶えてないけど。


ばっちり目が合ったのに無視するのは流石にまずいだろうと話しかける。


「どうかしたの?」

「…席が」


口で詳しく言わず視線で答えた。相手に釣られて視線を動かすと、何人かの生徒が机をくっ付けて姦しく弁当を食べている。


なるほど。席を外していたら他の生徒に使われてしまったのか。この子も一緒に食べる人がいないのだろう。そしてあの集団に入っていくことも出来ない。つまり同類ではないか。


「よかったら一緒に食べる? 私の周り空いているみたいだし」


狙ったかのように私の周りには誰も座っていないからね。横も後ろも斜め後ろも、半径1メートルくらい空席になっている。酷いと思わない? この状況。


「いいのかしら?」

「良いと思うよ。みんな自由に使ってるみたいだし」


もし戻って来たとしても、他の席を使うだろう。他人の席を使うことをそこまで気にしなくていいはずだ。


「いえ、そうではなくて。1人が好きなのかと思いまして」

「え? ああ、べつに構わないよ。周りが空席なのはただの偶然だから」


好きで1人でいるんじゃなくて、出遅れただけだからね。一緒に食べれそうな人が居れば拒む理由がない。むしろコミュ力の低い私にとって友達を作るチャンスだ。仲良くしてください。


「じゃあ、ご一緒させてもらおうかしら」

「お昼は?」

「……? たしか1時35分までかと」

「いや時間じゃなくて」


なぜ時間を聞くのか分からないとでも言いたげだけど、私にも分からないよ? 質問の意図を理解してないのか首を傾げている。もしかしてお昼じゃ通じなかった?


「ごめん分かりづらかった? 昼ご飯何食べるの?」 

「あ、なるほど。購買でパンを買ってきましたので、これを頂こうかと」


左手を持ち上げて白いビニール袋を見せてくれる。


マジか。私はまだ購買の場所すら知らないと言うのに、この子はすでに購入済みだと! もしかして周りが空席なのも全て購買戦争に参加しているからなのでは……?


「そうだ。名前聞いていい? 自己紹介だけだとなかなか覚えられなくて」


流石に聞き流していたとは言えないので、記憶力悪いアピール。この子の名前はなんだったっけ? 見た目はまだ覚えてたんだけど、名前はそこまでインパクトあるものじゃなかったらしく忘れてしまった。


山上やまかみあおいです。あなたはえっと、犬飼水蓮さんでしたっけ?」

「おー、合ってる。やっぱみんな自己紹介だけで覚えちゃうもんなんかねぇ」


こうゆう人がいるから私のような人間は先手を取られると委縮してしまうのだ。自己紹介しといてなんだけど、なんで覚えてるの? 普通は覚えていられるものなの? やっぱ私がおかしいのか。


「いえ。わたしも全員は覚えていませんわ。一番手だったから印象に残っていたの」

「そう? 一番初めなんて最後の人が終わった頃には忘れられそうだけど。で、ヤマカミさんってお嬢様か何かなの?」


先ほどから感じていた疑問を思いきってぶつけてみた。


「違いますけど、どうして?」

「いや、なんか言葉遣いがちょっと堅いと言うか何と言うか」


会話が終わりそうだったから話題を変えようとしたっていう理由もあるけどね。


「もしかして、何か間違ってますか? おかしな言葉になっちゃってますか?」

「いや、間違えてはいないと思うよ。ただ敬語っぽいのが気になっただけだから」


クラスメイトなのに敬語を使われるというのはおかしいよね? 私は敬われるような人間じゃないし、ヤマカミさんも控えめな性格ではなさそうだ。使い慣れている言葉が敬語ってことはお嬢様なのかなって思うよね、普通。


「よかった。あまり人間と話したことなかったから不安で。慣れればもう少し砕けた口調で話せるようになるかと思います」

「あ、そうなんだ」


人間と話したことないってどんな人? 私も友達少ないし、そんなに人と話してこなかったけど、言葉遣いが不安になったことはない。目上の人相手に慣れない敬語を使うならともかく、クラスメイトとの他愛ない会話で言葉遣いに悩むようなことはなかった。


あまり深く追究してはいけなそうな話だから聞かないけれど、つまり私以上にコミュ障ってことなのかな?


じゃあお仲間さんじゃないですか。ぼっち同盟を組んで、一緒に脱ぼっちを目指そう。むしろ同盟を組むことで脱ぼっちだ。今日から私たちお友達。よろしくね!


……ちょっと虚しくなった。


っていうか会話が止まってしまった。2人して無言で昼ご飯を食べているけどこれでいいのか? でも私食べながら話すってできない。話すか食べる、どちらかに集中しちゃう。


ヤマカミさんは気にした様子もなく買ってきたパンをもそもそ食べている。あれはバターロールかな。ビニール袋の中には食パンらしきものが入っている。素材の味って感じのものが好きなのかな。


逆に私の弁当のおかずは味の濃いものが多い。から揚げ、ウィンナー、卵焼き、野菜の胡麻和え、プチトマト。そして、


「油揚げ!」


そう、油揚げ……? 誰だ叫んだの。


「ねぇねぇこれ油揚げ? 油揚げだよね! すごーい」


視線をあげるとらんらんとした瞳で油揚げを凝視している女の子が席の前に立って居た。今にも私の弁当に飛び掛かって来そうだ。


油揚げの何に興奮しているのかテンションがすごく高い。


若い子は元気だなぁ。あ、私も若かったわ。


「ちょっと莉子。はしたないわよ」


名字じゃなくて名前呼び!


どうやらヤマカミさんの知り合いらしい。


もしかしてぼっち仲間じゃなかった? 


「おー、葵。もう友達できたの? 人間と慣れ合う気はないんじゃなかったっけ?」

「べつに孤立したいわけではありませんわ。誘われたのなら理由がなければ一緒にご飯くらい食べますわよ」


どうしよう。会話に入れない。普通だったらここで会話に入って行って仲良くなるんだろうけど、私には無理だ。


「えっと、迷惑だった?」


もう1人の子にはまだうまく話しかけられないので、ヤマカミさんに向かって言う。


「あ。迷惑ではありませんわよ。ほら、莉子が変な事言うから犬飼さんに気を使わせちゃったじゃありませんか」

「あははは、ごめーん。犬飼さん、わたしも一緒に食べていい?」

「うん。いいよ」


この子も私の名前をちゃんと憶えているみたいだ。


やめてよー。名前なんだっけとか聞きにくくなるじゃん。


なんか人懐っこそうな子だなぁ。私とは正反対だ。


「ありがとー。あ、自己紹介しとくね。私は小崎おさき莉子りこ。莉子って呼んで」


しかも気が利く、だと!? 


でもいきなり名前呼びはちょっと厳しいかなぁ。


「あ、わたしも葵って呼んでくれたほうが慣れてていいわ」


なんと、ヤマカミさんまでそんなことをおっしゃる。


たしかに2人は名前呼びしてるのに、わたしだけ名字呼びはどうかと思うけど、初対面でそれはハードル高いよ。


「それでさぁ。犬飼さんのこと、下の名前で呼んでいい? なんか昔の知り合いに名前が似てて呼びたくなるの」

「い、いいけど。その人の名前って?」


思わず了承してしまった。


早いよー。まだ名前呼びするかどうか返事してないのに当然のように私のことも名前呼びする気だよこの子。とりあえず心の中で名前呼びして慣らそう。


「んーとね、スイちゃんって呼ばれてた」


幼いころの私の愛称と同じだ。一瞬、自分のことかと思ったけど、今もそう呼ぶのは母親くらいで、当時の知り合いにリコなんて名前の子はいなかったはずだからそのスイちゃんとやらはきっと他人だ。


「そういえば莉子はその子に会いてくてこの学校に来たのでしたっけ?」

「ううん。それもあるけど、それはきっかけだよ。会えるなら会いたいけどね。スイちゃん。今はどこでどうしてるのかなぁ。元気にしてるといいなぁ」


懐かしそうに目を細める。


きっと簡単に会いに行くことが出来ないのだろう。


ケンカ別れしたのか、遠くへ引っ越してしまったのか。それとも私には想像もできない別の理由か。


その横顔はちょっと寂しそうだった。


「よかったら油揚げ食べる?」


さっきはこれでテンションがあがっていた。もしかしなくても好物なのだろう。


昨日の夕飯のキツネうどん用に作ったやつの余りだろうから、だいぶ味が濃いかもしれない。白飯のおかずとして食べて。


「いいのっ!?」


物憂げな表情から一転、今にも駆け回りそうなほど喜んでいる。その様は演技だったんじゃないかと疑ったほどだ。


「もしかしてあなた......キツネなの?」

「え? うん。昨日の夕飯はキツネうどんだったよ」

「そ、そうよね。変なこと聞いてごめんなさいね」


あれ? 夕飯の話じゃなかった? もしかして弁当に油揚げ入れてたからキツネかと思われた?


そんなバカな。


ヤマカミさん、じゃなくてアオイも冗談を言うのね。


「ねーねー! 食べていいっ?」


今のリコはお預けされた犬のようだけど、ちゃんと待て出来ててえらい。


いやまぁ、人だったらできるだろうけれど。


「落ち着きなさい。それは私たちには濃すぎるわ。気持ちは分からなくもないけど、止めときなさい」


今にも油揚げに飛び掛からんとするリコをアオイは止めた。


「あっ、そうか……」


あきらかにシューンとするリコ。尻尾があったら思い切り下がってるんだろうな。


まぁ確かにこの油揚げは味が濃いめだけど、食べちゃいけないほどではないと思うんだけど。そんなものを私の母親が弁当に入れるわけないし。


何か理由があるのだろう。だけどそれはきっとデリケートなことだから聞くことはしない。


でも、ちょっとかわいそうだから。


「今度は味薄めのやつ持って来てあげるよ」


気付けばそんなこと口走っていた。リコがこれからも一緒にご飯食べるとは限らないのに。


「わー! ありがとう水蓮!」


感極まったのかいきなり抱き付かれた。いや、ただの油揚げだよね? しかもまだあげてないし。


この子スキンシップが激しいタイプだ。ふつうは初対面の人に抱き付いてこない。それくらい私でも分かる。


ってか、頬をこすりつけるな。お前はケモノか! 

これ止めなかったら顔を舐められかねない。だからケモノか!


アオイもしょうがない子を見るような目をしていないで助けてよ。あんたの知り合いでしょ、この子。


「楽しそうだね。私たちも混ぜてもらっていいかな?」


ぎゃーぎゃー騒いでいたら長身でイケメンな女子と、ちっちゃくて可愛らしい女の子が近づいてきた。この状況でよくお近づきになりたいと思ったものだ。誰でもいいから助けてくれるなら歓迎するよ。リコ側に回るなら御免こうむるけど。


クラスメイトが来たことでなんとかリコも落ち着いたようでようやく席についた。


「私は鉄砲てっぽう結梨ゆうり。で、こっちが幼馴染の」

高砂たかさ優梨愛ゆりあよ」


イケメンな方がユウリで、可愛い方がユリア。そういえば鉄砲なんて珍しい名字は漢字もそのままでインパクトが強くて、ほとんど自己紹介を聴き流していた私でもなんとなく覚えている。


こちらもそれぞれ自己紹介を返しながらお昼を食べ始める。私とアオイはすでに食べ始めていたけど、リコや後から来た2人もまだだったみたいだ。


どうやら購買に行っていたらしい。5人集まって私だけ弁当なんだけど、もしかして弁当って少数派だった?


しかし、こんなに人が集まるとは。2人以上と話すことに慣れていないからすでにほとんど会話に入れていない。なんとか相づちを返すので精いっぱいだ。


そりゃ友達は欲しいけれど、こんなに人がいると誰にどう話しかければ良いのか分からない。全体に向かって言っても誰も反応を返してくれないとかになりかねない。


ああ、人間関係ってめんどくさいなぁ。

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