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桜花恋情 恋と華

 小生、幾星霜と桜の下におりますれば、千年の時を数えましょうとも、度に春はいずれともに桜花を謳歌しますれば候。


 魑魅も魍魎とも渦巻きまする人の世は、ああ、醜き世かなとため息をつきまして、疲れますればこそ、桜の花に病んだ心中を託すものと思ってまいりました。お前様とお別れ致しまして、人の世紀を跨ぎ、諸行無常の理を切なく思っておりますれば、本日桜花に誘われし善男善女。久しく小生、感涙と冷たき心中熱く、めでたき今日を共にできたことを誠、嬉しく思い候。


 魑魅と魍魎渦巻きまする人の世を、末の世と悲観の極み胸痛くとも、ただ一つ、古今相変わらず、想いは巡り巡ってたどり着きまする。恋情とはかくも美しくももどかしく、その妙味たるは未だ小生知り得るところではございません。


 独り身たるはなんとせう!桜に小生にそう嘆いておりました男子ありますれば、善女と相まみえ、せっせと本日に備えては長椅子を置いて行きました。そこに至るまでの葛藤たるや、まさに人生の甘苦を始終なめればそこ、舌に合う幸福であろうと思うところなのです。


 それを言いますれば、善女とて同じこと、胸中穏やかに優しき婦女であれども、己に自信を持てず、鏡に映りし醜い己をのみ全てと歩き出す以前に諦めていたように思い候。


 草木を愛で、壮大なるあるがままに感嘆することのできるこの二人なれば、なんとお似合いであろう。小生はお節介者にて随分とやきもきとさせられたものであります。


 なれども、出会うべくすれば必ず出会い、女性は乙女へ、男子は紳士へ。それぞれに紛う事なき結いにて絆されておりますれば、大凡、今日と言う日を迎える事とてまた必然であろうと思い候。 



 その日、男子は一向に落ち着かぬ心中とそれに相対する軽快な両肩を胸に、善女より先に満開の桜の下へ参り、己がせっせと運んできました長椅子へ腰掛けては、放心しつつ薄桃色を見上げておりました。


 遅れて参ります乙女の手には未だ温かい弁当と、ときめく心を一つ携え、男子の隣へ座しました。


 男子は乙女の持参いたしました弁当に驚きつつも「やっぱり、この桜は綺麗ね」と至極満面に桜を見上げます乙女の横顔をやはりこっそりと、見つめてはその鼓動を早く大きく。間抜けた口元とて、斟酌してあまりあると言えるますでしょう。


 恋する乙女はいずれとも劣らず光輝なれば、とても良い香りがいたします。ゆえ、虜となってしまう男子は必定なれども、その面持ち向けられしが己が身であることに半信半疑たる男子とは、まさに小生が見守って参りました幾星霜と相も変わらず…………


 弁当を広げ、乙女が茶など忘れた旨を話しますと、男子たちまちに茶を買い求めに奔走したように見えます。けれども、小生にはわかりますとも、近づくべき時に、その時の勇気必要とされ、その活力にいたたまれあいなきに逃亡であろうと言うことが。


 ああ、もどかしいかな。もどかしいかな。


 談笑と心地よき沈黙を繰り返し、花見の一時は終わりを告げまして候。途端に黙る男子はついに来るその時を己で己に告げておりますれば、この度に勇気を振り絞ろうか機会を伺うか、その瀬戸際での煩悶は一目瞭然。


 お前様よ。男子とはとかく阿呆な生き物でありますな。そんな仕草とて、乙女の眼力にかかりますれば、わかりやすき心中など意図もたやすく見透かされてしまうことでしょう。


 事実、乙女とて自ら口にしないながら、堅実に男子醸したる沈黙の意味を噛み締め、今まさにその時を待ちわびているではありませんか。


 勇の気とは、勇ましい気概とは振り絞る時を選ばねばなりませぬ。小生は知り置いておりますれば、心得ておりますれば。男子はすでに臍を固めておりました。


 後は時を知らせる太鼓を打ち鳴らすのみ…………


 桜めよ。どうか太鼓を叩いてくだされ。小生は、優しき大樹に願い候。


 桜めは、自ら身を震わせますれば、初々しく咲いたばかりの花弁を一枚ひらりひらりと、落とします。


 二人の紡ぎしその時を振り返るようにとひらりひらり桜の花弁、粋な桜の鼓舞の一押し。はたして、花弁は二人の間にゆっくり静かに降り立ちます。


 気がつく二人の調子は同じく、伸ばしたる手もそれに同じ…………


 やがて出会い触れ合う指先は、一日千秋と待ちわびました瞬間でもあったことでしょう。


 瞬時反発します指先は、やがて引かれ合うように、花弁の上で重なり候。


 時は今ぞ。男子は小生の声が聞こえたが如く、小生を一別しましてから、ついに、


「私は夏目さんのことが好きです。私の大切な人に……恋人になってください」と硬直の際、至極回らぬ舌にて告白するのでありました。


 一方乙女、頬に薄紅可愛らしく、眼に一杯「はい」「はい」頷きて二度短く言葉。こぼれ出でますは、温かくも水にあらず。



 小生は胸熱く、久々に快哉であると、天晴れ!と勝算をしてやります。


 咲いて満開千年桜。散らすに早く刻に似合わず、されども桜、花弁を吹雪に二人を祝福いたし候。


 まっこと粋な桜でございます。



 恋情とはまさにこの季節に似合い候。いいえ、桜花にこそ秀でて似合うのでしょう。


 これにて、二人のお話は一時休幕とあいなり候。


 不肖なれども小生の一詩別れに、またいずれ、いずこかでお会い致しましょう。


 必ずや 必ずや






淡き愛 言葉で出会いに咲いた花 


 時を重ね季節巡りて桜花の園は


 密やかなその花 愛されているのが幸せなら、幸せ永久に


 息吹新たに 優しさの 契り紳士の誠なりけり 


 古今可憐と乙女の華頂 花と似たりの蓮華草 

 

 風に追いかけ追いかけ 花弁の吹雪


 千代に八千代に ただ二人 


 新春桜花に誓ったままは 賛美たること今花盛りなり 





                        おわり

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