千年桜と世迷い言
儚き愛 言葉で迎えに行くよ待っていて
時を重ね季節が巡ってもまだ信じて待っています
密やかなその花 愛されているのが幸せなら、明日も幸せのはず
生きる価値を確かめるなら 優しさの契れ端をすてたのは夜闇の夢のままで
遠の日に消えた可憐の花と満月を 大人になっても山茶花は
雪の空に追いかけ追いかけ
ただ一人
風もなく夕暮れに誓ったまま、あなたこのことを待っています
人を好きになる。と言う気持ちをすっかり忘れてしまったと言えば、それは嘘になってしまう。だって私はそんな気持ちになったことがないから。
誰かに憧れたこともあれば、顔を合わせる度に、《もしも》な幸せを巡らせてみたこともあった。そんな気持ちをどこかに忘れてきてしまったのか、それともそんな余裕すらないのか…………
とにかく、職場と家を行き来する忙殺された日常に、『それ』を見いだす余力は残されていないと思いたい。
積極的ではなかったし、今でも、自分から声を掛けるなんてできない、だって、それが女の子だと思っていたから。
お父さんが兄によく言っていた。「女に惚れられようと思うな」と、お酒の席だったから冗談半分の言葉だったのかもしれない。何せお母さんは苦笑していたし…………けれど、私は少なからず、女は男性から好きになってもらうものだと思いこんだ。
だからと言い訳をするのはいつものこと、誰かに好意はもつ、けれどそのままずっと片思いのまま、いつの間にか疎遠になって、その人には私以外の女の子が寄り沿い、そして私の恋は終わりを告げる。
ずっと少女のままなら、片思いも甘酸っぱい想い出てでそれで良い。でも、そろそろ大人としても成りつつある今、私がそれを語ったところで聞いた人間は、一様に苦笑を浮かべると思う。
もしかしたら、そんなことは私の思い過ごしかもしれないけれど、一人で暮らし始めて、いつか、この部屋で男の人と一時過ごす日もくるのかな。と初春を巡らせていたあの頃は、きっときっと全てが美談で、周りも微笑みで共感してくれたのかもしれない。
そんなたわいもないことに胸を熱くできたあの頃に戻りたい…………
背は低く、肌は白い方だと思う。化粧はほとんどしないけど、そこそこ童顔。だから、ごまかさなくても、勝手に年を下に見られることが多い私。
でも、自分では随分と老けていると思ってしまうのは、一人でラーメン店に入れるようになったり、一人で旅行することが楽しく思えて来たからかもしれない。
疑心暗鬼に似ていて、自分自身で老け込んでいるわけだ。
決して前向きなけでもなければ、嫌な事も言う、性格が偏屈と言えばそれが正しいし、メールはとにかく苦手で、いつも異性から返信をもらえることは少ない。
そんなくせに、胸の中はいつまでも乙女のままで、映画や恋愛小説のような恋愛に憧れて、お見合い結婚であった両親の出会いに眉をひそめたし、恋愛結婚をした友人には少し嫉妬もしたりして…………運命的な出会いや、赤い糸を感じる恋をして、そして、その人と結ばれたなら、これ以上の幸せはないとも想っていた。
待ち合わせをして、あるいは長電話をして、時には行き先も決めずにただ歩きながらお喋りをして…………手をつないだり腕を組んだり。
内心では映画や小説のような劇的で深い、そんな恋愛でなくても良いと納得している。だた、そう言う存在がほしいだけ。
いつかできるだろう。そう想っていた学生時代。
一人暮らしをはじめて、寂しさから、そんな存在が欲しいと想うようになった。同姓の友人はいるのに、どうして、異性を求めるのかはわからない。
だから、休日出勤の帰り、電車内で頭をもたれさせ合って眠っている二人を見ると、うらやましい気持ちよりも、とても虚しく感じる。そしてトンネルに入ると窓に写る疲れたスーツ姿の自分に切ない気持ちがこみ上げてきて泣きたくなってしまう。
それは弱さなのかな? 彼氏のいる友人には「一人は気楽で良いよ」と強がったから、今更相談なんてできないし…………
私はいつから、こんなに弱くなってしまったのだろう。
○
乙女の肌とは、乙女の手とはとにかく柔らかい。厳密に言えば、手は触れたことがないから、肌は柔らかいと言うことだけは確実である。
そう言っても、調子の良い女性の肩をペヘっと叩いた程度の感触であり、きっと胸のあたりにある小山はそれ以上に無類なき軟度を誇り、触れればたちまちつきたてのお餅のようにとろとろと、とろけてしまうに違いない。
そんな邪な視線で女性を見ているつもりはない。けれど、見ていないと断言しろと言われれば、私は胸を張ってこれを拒否するだろう。つもりはなくとも、私が明確な男子である以上は、自然と眼が移ろってしまうのは致し方がないのである。
私は乙女が好きであって、決して女性全てが好きなわけではない。見ている分にはお乳が大きく、張りのあるお尻。加えて言うなら艶めかしい髪とぷっくりとした唇であればなおのこと良い。
だが、前言のとおり、私は乙女が好きなのであ。慎ましく素直でいて、真善美がにじみ出ている。そんな女性が良いのだ。細身であれば文句はないが、それ以外はどうであっても問題はないつもりである。
これだけ語ってしまってなんだが、これでは私の変態性のみを煌々と自慢しているかのように聞こえるかもしれない。正直に言って、私は慎ましい男であって、心をときめかせたとしても、遠のきからそっと見守り、大凡その人の警戒周囲には近寄らない男なのである。
良く言えば、シャイボーイであり、悪く言えば意気地なしであろう。
元を正せば、『男子たるは誠実と優しさを第一に紳士たれ』と勝手なスローガンを掲げてしまったことが、そもそもの過ちであったと今では深く反省すると共に後悔の念しかありはしない。
世の男女を見回してみれば、いずれも、紳士淑女の一片も持ち合わせてなどいない、そんな女性に、私が紳士らしいと想う行動をとろうものならば、あからさまに生臭い表情をされてしまう。そして、髪の色鮮やかに、チャラリチャラリとしている男の元へと去って行くのだ。
これは、僻みや嫉妬ではない。これが事実であり、世の中の奇妙なところなのである。根本的に『誠実や優しさ』などと言うものを熱烈な信者のように、信じて疑わない私自体が浮世離れしているともかぎらないが、それを信じて疑わずに生きてきた私が、自分自身でそれを否定してしまったなら、私は明日から何を信じて生きて行けばよいのだ…………一端木綿のようにふわふわと漂っていても何もはじまるまい。
学生の身分であればこそ、今のうちに、恋に遊びにと花を咲かせ、今まさに学生時代を謳歌させたいと思うのは誰しも同じであろう。社会に飛び出せば、きっと忙殺された毎日にて、乙女と出会うことも面白可笑しく日々を過ごすことなど叶うまい。私のことである、きっと、そのまま歳だけを重ね、休日などは出勤にのみ家から出かけ、その帰りなどに、今日一日の想い出を楽しそうに話し合うカップルに睨みをきかせ、それは心をささくれ立たせ、その後に津波のような虚無感にさいなまれることだろう。
そしていつの間にか、桃色本の中で微笑む女性にのみ、熱い視線を注ぐようになるのであろう…………考えれば考えるほどに、お先は真っ暗である
だからこそ、今のうちに乙女と並んで歩いたり、食事をしたり遊びに行ったりしたいと望むわけだ。
今時流行るまいが、歩きながら語らうのに丁度良い道がある。川沿いの地道で、その途中には一本だけ威風堂々とたたずんでいる桜の巨木がある。この桜は千年桜と呼ばれている。
私は大学生になるにあたり、一人暮らしの地へやってきた。初めて訪れる地に心踊らせ、まずは土地勘を養ってやろうと、下宿先の近所を徘徊している時に、偶然見つけたのだが、一目にてその魅力に魅了されてしまった私は、この地に来て四度目の桜花をとても楽しみにしている。
艶やかでありながら慎ましく、儚い薄桃色の花の下。満開のその下を乙女と歩くことが私の密かなる夢であり、そんな風情を楽しめる感性を備えた乙女との出会いを求めてやまないわけであるが、私の性分も手伝いつつ、そんな乙女との出会いの『お』の字も見あたらないままなのが切なくもやりきれない。
きっと、この夢は夢のまま、叶いもしなければ叶えることもしないのだろう。
そうだ、私はこのままずっと一人きりで寂しい男のままで四度目の桜を見上げて涙するのだろう!
○
寂しさを紛らわすために、私は携帯でSNSをはじめてみた。簡単なプロフィールを書いて、趣味の合った人とメッセージを交換したり、日記を書いたりするありきたりなサイト。
写真をプロフィールに載せられたから、お気に入りの桜の写真を設定しておいた。川沿いにある、誰が呼んだか千年桜と言う桜の大樹、春になればとても綺麗な花を毎年楽しませてくれる想い出のある桜の樹。
大凡の個人情報は非公開にしておいて、とりあえず、女性として登録。すると、次の日にはメッセージが数通届いていて、驚いたけれど。全て男性からだったから、なんとなく納得できた。落胆したし、SNSの洗礼を受けた面持ちとなってもしまった。出会い系のようなサイトではないと聞いて登録したのだけれど、結局は使う人間の良識の問題と言うことも良くわかった。
数週間ほど経つと、私も随分と使い勝手に慣れてきて、ネット上での友人も少数だけれどできて、日記にコメントを入れたりメッセージを交換したりと、寂しさを誤魔化せるようになってきた。ちなみに友人は全て女性ばかり。相変わらず滞ることのない男性からのメッセージは即削除している。
確認はするけど、どれも同じような文面ばかり、まだ一度もメッセージの交換もしていないのに、「会いたい」だとか「メアド交換しよう」だとか…………
はたして、こんなメッセージに返信をする女の子はいるのかな?
はじめた頃から比べると気分を害することもなくなり、メッセージを『削除』することが日課になりつつあった私は、すっかり慣れっこになってしまっていた。それもそれで悲しいけれど、いちいち相手にはしていられないものね。
だから、珍しく『お初にお目にかかります』と言う件名のメッセージが目にとまった時は少し嬉しかった。
男性からと言うことに嬉しかったわけではなくって、男性登録者の中にもまともな人がいることがわかったから。と言うのが正しいと思う。
文面は、私のプロフィールの写真を褒める内容だった。
内容自体はとてもありきたりで、別段返信する必要もなかったのだけれど、優しくも知的、まるで女性のような言葉遣いに私は少し興味をくすぐられて、思わず。返信をしてしまった。