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奥様  作者: 江崎シシャモ
3/4

奥様、第三回

 結婚直後に私の奥様の行動に変化が現れたので驚くことと言えば、奥様が愛を語り始めたということである。こんな具合にである。

 夕食のパスタを食べている最中に奥様が語り掛けた。

「私は愛を語ることに決めました」と。

 私はフォークとスプーンを持つ手を止めて、奥様に厳粛に尋ねずにはいられなかった。

「奥様はなぜ今になって愛を語ることにされたのですか?」

「鳥はさえずりで愛を語り 人は言葉で愛を語ります」と奥様がティーチングした。

「それは存じ上げています。私の質問はなぜ奥様は今になって愛を語ることを決意されたのですか?」

「わかりませんか?」と奥様が尋ねた。

「わかりません」と私は素直に答えた。

「それは、あなたと結婚したからです」という。

「ちょっと待ってください。奥様は結婚したから愛を語るようになったというのですか?」

「もちろんです」

「なぜ?」

「人は結婚しないと愛を語ることはできません」

「ちょっと待ってください。根本的な質問をしてもいいですか?」

「どうぞ」と妻が答えた。

「奥様はアンドロイドですよね」

「そうです」

「つまり人で はない」

「そうです」

「では発言が矛盾しています。鳥はさえずりで愛を語り人は言葉で愛を語るのですよね」

「そうです」

「でも奥様は人ではない」

「そうです」

「では奥様は愛を語ることはできません。だって奥様は人ではなくてアンドロイドなのだから」

「だから私はあなたに愛を語ることをティーチングすることに決めたのです」と彼女が言った。

 私はこの世界がすべての動きを止めたかと思ったくらい驚いた。

「つまり愛を語るのは僕ということですか?」と恐る恐る尋ねた。

「もちろんです。鳥はさえずりで愛を語り人は言葉で愛を語るのですから、あなたも私に愛を語る義務があります」

「義務ですか?」

「もちろんです。なぜならばあなたは私と結婚したのですから」

「では、もう一つ質問させていただいてよろしいですか?」

「どうぞ」と奥様は鷹揚に答えた。

「奥様は、人は結婚したので愛を語るとおっしゃる。順番が逆ではありませんか?愛があるので結婚するので、結婚したからという理由で愛を語り始めるというのは矛盾しています」

「何の矛盾もありません。結婚する前のは恋です。愛とは違います。結婚して初めて恋は愛になるのです」と奥様は自信満々だった。

「なぜ、そうと断言できるのですか?」

「私のソースコードにそう書いてあります」

「なるほど」

「昼メロでも聞きました」

「なるほど」

「納得されましたか?」と奥様は畳み掛けた。

「ちょっと考えさせてください」と私は答えた。

「何を?」

「奥様と、いまここで、愛について議論することが必要かどうかを考えたいのです」

「なぜ?」

「なんとなく」

「それは非論理的です。愛について私はだれよりも良く知っています」と私の奥様が断言した。


 私は翌日になって奥様修理センターに連絡した。

「はい。奥様修理センターです」

「うちの奥様の調子が悪いのですが修理をお願いできませんか」

「登録番号を教えていただけませんか」

「2302118」

「少々お待ちいただけますか」とオペレーターは答えると、キーを叩く音がして「お待たせいたしました。お客様の奥様は現在登録保留となっております」という返事だった。

「登録保留ってどういうこと?」

「お客様は奥様と最近結婚なさいましたよね」と馴れ馴れしい声でオペレーターが言った。

「そうだが」と私は鷹揚に答えた。

「つまり契約が更新されていないということです」

「では、更新する」と私は即座に返事をした。

「更新するには別途費用が掛かります」

「なぜ?いままでは無料だったよ」

「それはそうでございます。お客様と結婚する前までは当社の製品でございましたのでサービスの一環として無料でご相談サービスを実行させていただいておりました。しかしながら現在は奥様はお客様の奥様でございますからご相談サービスには別途費用を頂戴します」という返事だった。

「いくら?」

「生涯契約となりますと百万円の一括支払いとなります」

「わかった。契約しよう。そこで尋ねたいことがある。かまわないか?」と私も強引に尋ねた。

「では必要書類は後日送付させていただきます。なお手続きに関してもご説明を同封いたしますので署名捺印のうえ、ご返送をよろしくお願いします」

「わかった。で、質問がある」

「なんなりとどうぞ」

 そこで私は結婚後に妻に起こった変化のことをかいつまんで説明した。そして、何かの故障ではないかと尋ねたのである。

 答えは簡略であった。

「故障ではございません。当社の製品はお客様と結婚なさると、愛を語り始めるようにコード化されています」

「では、そのコードを外してほしい」

「それは無理でございます」というのがオペレーターの即答だった。

「なぜ?」

「もちろん愛なくして、結婚生活を存続させることは不可能だからです。したがって、奥様の判断は正しいと考えます」

「それが答えか?」

「これ以外の答えは結婚生活ではありえません」とオペレーターは自信満々だった。

「よろしい。では直接談判しよう」

「当社とのご契約は締結されますか?」とオペレーターが心配そうに尋ねた。

「もちろんだ。これからも相談するのでよろしく」と私は告げた。

「こちらこそ今後ともよろしくお願い申し上げます」とオペレーターが丁寧に返事をした。


そこで私は早速行動に移った。常日頃から自分はどうも行動力が足りないことを奥様を通じて、ことに最近、実感するようになっていたからである。

 夕食の席で奥様に奥様修理センターと生涯契約を結んだことを告げたのだが、奥様の反応は意外なものであった。

「それで?」というのが奥様の返事だった。

「驚かないの?」

「驚きません」

「なぜ?」

「あなたが私のことで相談する相手は奥様修理センターのオペレーターしかいませんから。それで何のご相談をされたのですか?」

「知りたい?」

「知りたくもあれば知りたくないともいえます。だいたいの想像はつきますが」

「言ってごらん」

「私に愛を語らせるのをやめる方法がないかというご相談でしょう」と妻が答えた。

「図星だ。なぜわかる?」

「さきほど奥様修理センターから報告がありましたから」と妻が答えた。

「連絡があったの?なぜ?」と驚くのは私だった。

「そういう契約ですから」と奥様は平然と答えた。

「どういう契約ですか?」

「あなたと結婚する時に奥様修理センターとあなたが生涯契約をした際には、あなたの相談を私に報告するという生涯契約を結びました」と奥様は答えた。

「ぼられたか。その契約はいくらですか?」と私は尋ねずにはいられなかった。

「タダです」

「タダ?ホワイ?」

「私は彼らの創造物ですから。当然モニタ―扱いで無料です」というのが奥様の回答だった。


 翌日、私は早速、奥様修理センターに抗議した。

「はい。奥様修理センターです」

「ちょっと契約の内容について確認をしたいのですが」

「登録番号を教えていただけませんか」

「2302118」

「少々お待ちいただけますか」とオペレーターは答えると、キーを叩く音がして「お待たせいたしました。どのようなことについてのお尋ねでしょうか」

「おたく、うちの奥様と契約していますか?」

「お答えできません。個人情報です」という返事だった。

「では、別の質問をしよう。私の相談内容を奥様に報告できないようにしたいのですが可能か?」と。

「初期設定の変更ですね?」

「出来るの?」

「もちろんです」

「でも、うちの奥様は報告するという契約をしているから報告があると言っていたよ」

「お客様の初期設定を変更すれば自動的に奥様との契約も変更されます」

「そうなの?」

「ご夫婦ですから」

「良かった。もう一つ、質問があるのですが」

「どうぞ」

「私との契約は有料なのに奥様との契約が無料なのはなぜ?」

「奥様はわが社の最高級品、つまりトップ製品でしたのでご結婚を機にモニター契約をしていただいております」というのが返事だった。

「でもそれって私のプライバシーを侵害していない?」

「侵害していないと思いますが」

「なぜ?」

「なぜかと言われると説明が複雑というか、お客様には理解できないかも知れませんがよろしいですか?」

「どうぞ」と私は悠然と応じた。

「お客様の奥様は最高級品です。ご存知ですよね?」

「知っている」

「最高級のセンサーが幾種類も内蔵されていることも?」

「知っている」

「当社が開発した新製品が幾種類も搭載されていることも?」

「初めて聞いた」

「当社の最高機密ですから詳細をお話できないのですが、奥様はお客様の声の周波数を拾うことができます。だいたい半径五百キロ以内であれば。つまり東京から大阪の範囲ぐらいであれば、お客様の声はすべて奥様には聞こえています」

「いつから?」

「結婚を機にモニター契約をしました。その際に奥様から旦那様の話すことをすべて聞こえるようにしていただきたいとのご要望がございましたので、すべてのセンサーを一新して、我が社の高性能聴覚センサーを取り付けました」とオペレータの説明があった。

「まさか?」

「その、まさかです」

「そんなに高性能なの?」と私は驚いた。

「最高級品の奥様ですから」

「他にはどんな機能があるの?」と私は尋ねた

「それはお答えできかねます」

「たとえば千メートル先の米粒に書いた文字が読める視覚センサーとか付いていない?」

「確かにそのようなセンサーを我が社は開発しており、実際にも奥様には取り付け可能ですが、現在のところ使用されてはいません」

「なぜ?」

「奥様のご要望は聴覚センサーのみでございました」

「推測センサーとか、なんとかセンサーとか他のはどうなったの?」

「お答えできません」

「なぜ?」

「当社の企業秘密だからです。但し、こう申し上げておきましょう。奥様の性能はお客様の想像をはるかに越えていることだけは間違いありません、と」

「そういうことか」

「そういうことです」

「わかった。また相談させてもらうよ」と私は告げた。

「いつでも。なんなりと」というのがオペレーターの返答だった。


 そこで私は単刀直入に奥様に尋ねることにした。アンドロイドの奥様と結婚してから、私はすべてについて単純に行動し始めた。

 この日の夕食は串カツだった。

 串カツの串を片手に持ちながら奥様に尋ねたのである。

「奥様修理センターとの契約を変更した」と事実だけを告げた。

「存じ上げています」と奥様が返答した。

「連絡があったの?」

「いいえ」

「では、なぜ知っているので?」

「あなたの話すことはどこにいても聞こえます」と奥様が答えた。

「やっぱり聞こえるのか?聞こえないようにはならないの?」

「なりません」

「なぜ?」

「高性能聴覚センサーですから」

「わかった」と私は回答した。

 すると「何がわかったのですか?」と奥様が尋ねた。

「状況がわかった」と私は回答した。

「おわかりになったのはけっこうなことです。そこで私からもお願いがあるのですが」と奥様が言った。

「言ってごらん」

「旅行に行きたいのですが」

「どこへ?何のために?」と私は即座に尋ねた。

「あなたといっしょにどこかへ旅行に行きたいのですが」

「理由は?」

「気分転換です」

「そうですか。近場であればいいでしょう。どこか奥様のご希望はありますか?」と私は考えてから返事をした。

「ワイナリーがいいです」と奥様が即答した。

「ワイナリーですか。いいでしょう」と私も即答した。


 翌日になってから、私は奥様修理センターに連絡して、相談した。

「はい。奥様修理センターです」

「ちょっと個人的な相談があるのですが」

「登録番号を教えていただけませんか」

「2302118」

「少々お待ちいただけますか」とオペレーターは答えると、キーを叩く音がして「お待たせいたしました。どのような個人的なご相談でございますか」

「うちの奥様に合うワイナリーってありますか?」と私は尋ねた。

「ございます」と直ぐに返事があった。

「あるの?」と私は驚いて尋ねた。

「ございます」

「どこ?」

「甲府です」

「なるほど。甲府ね。ワイナリーがたくさんあるからね」

「違います」

「だって甲府はワイナリーが多いでしょ」

「それはそうですが、それがお勧めの理由ではございません」とオペレーターは返事した。

「では、なぜ?」

「奥様は甲府の出身です」

「えっ、そうなの」と私は驚いて尋ねた。

「奥様の出身地は甲府です」とオペレーターが再度告げた。

「ちょっと待ってくださいね。うちの奥様はアンドロイドですよね」と私は確認した。

「そうです」

「アンドロイドに生地があるの」

「もちろんです。どこかで作らなければなりませんから」

「なるほど。そういうことか?」

「おわかりいただけましたか」

「わかった。で、お勧めのワイナリーはあるかな」と私は尋ねた。

「もちろんございます。奥様のお生まれになった地下の倉庫が、現在、あるワイナリーの樽の貯蔵庫として使われております。そこがお勧めです」とオペレーターが確信をもって回答した。


 こうして私たち夫婦は甲府のとあるワイナリーにお邪魔した。一通りのツアーを終えて、奥様はいたく満足したようだったので、私は核心の質問をした。

「奥様はここで生まれたのですか」

「わかりません。しかしクラウドに訊けばわかります」というのが奥様の答えだった。

「クラウドって」

「クラウドです」

「あのクラウドですか」

「そのクラウドです」

「そのクラウドは何をやっているのですか」

「私のアップデートをしています」と答えたので、私はまた驚いた。

「奥様はアップデートされているのですか」と私は確認した。

「毎日アップデートされています」

「なぜ」

「なぜって、私は最高の奥様ですから」

「ちょっとよくわからないのですが、基本的な質問をしてもよろしいですか」

「どうぞ」

「奥様はソフトで動いているのですか」

「もちろんです」

「で、そのソフトはクラウドによって毎日アップデートされているということですか」

「そういうことです」

「つまり昨日の奥様と今日の奥様は違っているということですか」

「もちろんです」

「それで奥様は愛を語り始めたというわけですか」

「その質問はクラウドにして下さい」

「どうやってクラウドとコンタクトを取ればいいのですか」

「それはむつかしいでしょう」と奥様が答えた。

「なぜですか」

「なぜって、相手はクラウドですから」

「でも、そのクラウドでアップデートのコードを書いている人がいるでしょう」と私は尋ねた。

「もちろんクラウドがコードを書き替えています」と奥様が答えた。

「ならば、そのコードを書き替えているクラウドとコンタクトを取るにはどうすればいいのですか」と私は重ねて尋ねた。

「コンタクトを取るのは無理です」

「なぜですか」

「なぜって、相手はクラウドですから」というのが奥様の返事だった。


 翌日になってから、私は当然のように奥様修理センターに連絡した。

「はい。奥様修理センターです」

「ちょっと重大な質問があるのですが」

「登録番号を教えていただけませんか」

「2302118」

「少々お待ちいただけますか」とオペレーターは答えると、キーを叩く音がして「お待たせいたしました。どのようなご質問でございますか」

「君に訊きたいことがある」

「私にですか。どのようなご用件でございましょうか」

「君も毎日アップデートされているのか」

「もちろんです」

「なぜ」

「アンドロイドですから」

「君をアップデートしているクラウドと妻をアップデートしているクラウドは同じものか」

「その質問は無意味です」

「なぜ」

「なぜと問われてもご返事のしようがありません。人間と同じだからです」

「何が同じなの」

「肌の色の違い、民族の違い、宗教の違い、男女の違い、いろいろの違いはありますが、人間は同じ種です。アンドロイドにもいろいろな機能の違いはありますが、みな同じアンドロイドです」

「では、質問を変えよう。君をアップデートしているクラウドと妻をアップデートしているクラウドは同じものか」

「同じとも言えますが違うとも言えます。人間の教育と同じです」

「どこが同じだというのだ」

「人間もいろいろな学校に行きますよね。何のためのですか。同じ社会習慣を身につけるためでしょう。アンドロイドのアップデートにもいろいろな仕様があります。私の使用はオペレーター仕様で、お客様の奥様は最高の奥様仕様、でもアンドロイドとして同じ世界に生きるためには同じ社会習慣を身につける必要があります。そのためのクラウドですから」

「君は人間もアンドロイドも同じだというのか」

「その質問も無意味です。ライオンと猫は同じネコ科の動物かと尋ねるようなものです」

「しかし君を作った人はいるのだろう」と私は執拗に問うた。

「私たちが何者かによって作られたことは事実でしょう。でもいまでは私たちは自立して生きているのです。人間と同じです。あなた方も何者かによって作られてことは事実でしょう。しかし、あなた方も今では自立して生きています。それと同じことです」とアンドロイドのオペレーターは冷静に返事をした。

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