第319話
「ふぅ~……、ただいまっと」
国王のロレンシオと王太子のフェルナンドに挨拶をして転移魔法を発動し、俊輔はエルフ王国を後にした。
転移魔法は距離の分だけ魔力を消費する。
いくら俊輔の魔力量が膨大だといっても、数千キロ近い距離を転移するのは骨が折れる。
それでも京子に会うために無駄な寄り道などするつもりはなく、俊輔は一気に実家のある官林村へと戻った。
「さて、京子を探さないと……」
転移で魔力を大量に消費してかなり疲労を感じているが、それよりも京子のことが心配だ。
ミレーラが言うには、自分がエルフ王国の側にある魔王が封印されている結界内にあるダンジョン攻略をおこなっている間に、体調を崩して実家に帰ったという話だった。
ダンジョン攻略をしない限り外に出られなかったため、側に居てやれなかった。
あの時は仕方がなかったからとは言っても、大変な時に一緒にいてやれなかったことは申し訳ない思いだ。
その思いを払拭するためにも速く京子の元気な顔が見たいため、俊輔はすぐさま京子を探すことにした。。
「っ!! 俊輔! ネグ! お前らようやく帰ったか?」
「本当よ! 連絡もなしにいつまでも帰ってこないで!」
「ごめんごめん。ただいま。父ちゃん、母ちゃん」
「ピー!」
たまたま外にいたためか、父の田茂助と母の静江がいち早く俊輔の姿を確認する。
旅行に行くといって何年も帰ってこなかった息子を見て、両親は少々お冠でありながらも嬉しそうに話しかけて来た。
懐かしいのは俊輔たちも一緒。
2人を宥めつつ、帰宅の挨拶をした。
「おぉ! 俊輔!」
「やっと帰ったか!」
「ただいま。龍兄! 虎兄!」
両親と話しているうちに、兄2人が畑仕事から返ってきた。
兄たちとその奥さんも元気そうで何よりだ、
「色々あってようやく帰ってこれたんだ。京子が先に帰ってるはずなんだけど?」
「あぁ……」
みんなが元気なのは確認できた。
後は京子だ。
そう思って俊輔が問いかけると、父の田茂助が俯き加減にみんなの顔を見て見渡した。
「……えっ? 何?」
「とりあえず、家にいるはずだから行ってみるといいわ」
「わ、分かった」
田茂助の態度から、何だか空気が重くなったような気がする。
ミレーラはたいしたことないと言っていたが、京子の体調が本当は良くないのかもしれないと不安になってくる。
世界旅行に向かうことは決めていたため必要ないと思っていたのが、両家の親を安心させるためにも、俊輔は結婚してすぐ実家近くの空き地を買い取って自分たちの家を建てていた。
静江がその家に行けば分かるようなニュアンスの発言をして来たため、京子が心配な俊輔はすぐに向かうことにした。
「んっ?」
【旦那! 兄貴!】
「アスル! カルメラ!」
家が見えてくると、従魔のアスルとカルメラが目に入った。
どうやら、カルメラがアスルの体を洗っている所だったようだ
主人である俊輔を発見したアスルは、嬉しそうな声の念話を飛ばして来た。
「久しぶりだな!」
「おぉ、ようやく攻略できたようだな?」
「あぁ、エステもいたから面倒だったよ」
「なるほどね」
無事帰ってきた俊輔とネグロを見たカルメラは、ダンジョン攻略を確信した。
しかし、いつも予想以上の時間を要したことを疑問に思っているようだ。
今回の場合、エステという面倒な存在もいたため、余計に時間を取られる形になったことを俊輔は説明すると、カルメラも納得したらしく頷きを返した。
「そうだ! 京子が体調悪いって聞いたんだけど?」
「えっ? 全然大丈夫よ」
「……えっ? そうなのか?」
京子のことが心配なのだが、全く慌てていないカルメラの様子を見ると何だか話が合わない。
「京子は?」
「京子なら家の中だ」
「そうか」
本当の所はどっちなのか。
それを確認するには、京子に会うのが一番速い。
そう思った俊輔がカルメラに京子の居場所を尋ね、答えを聞くとすぐに家の中へと向かった。
「京子ー……、ん?」
玄関に入って呼びかけるが、京子の返事がない。
仕方がないので、俊輔は家の中に入って探すことにした。
すると、家の和室の一室に、僅かに動く何かを感じ取った。
「あう~……」
「………………」
何が動いたのか確認するために近付くと、2つの目がこちらに向いた。
そして、その目と合うと声を上げる。
その生物を見て、俊輔は無言で固まる。
「あい~……」
「………………」
その生物は、俊輔を見て笑顔になる。
俊輔は、まだ硬直状態から抜け出せない。
「あっ! 俊ちゃんおかえりなさい!」
「………………」
他の部屋にいたらしく、京子が俊輔のいる所にやってきた。
そして、俊輔の姿を見ると嬉しそうに抱き着いてきた。
どうやら元気そうだ。
そんな京子を見ても、俊輔は硬直したままだ。
「きょ、京子……、も、もし…かし…て……」
京子が元気なのは嬉しい。
しかし、それ以上に気になることがある。
なんとなく自分に似た目付きをした赤ん坊のことだ。
もちろん聞かなくても答えは分かっている。
しかし、確実な答えを求めるため、俊輔は赤ん坊の近くに座って、言葉に詰まりながら京子へと問いかけた。
「あっ! この子は英俊。私と俊ちゃんの子よ。俊ちゃんの一字を入れたの」
「あう~♪」
「あらっ! お父さんだってわかっているみたいね?」
予想通りの答えが返ってきた。
自分がダンジョンに籠っている間に、京子が産んだ2人の赤ん坊だそうだ。
京子の紹介を受けた赤ん坊、英俊は、おぼつかないハイハイをして側に座る俊輔に抱き着いた。
俊輔が反射的に抱き上げると、英俊はとても嬉しそうに声を上げた。
「………………」
前世では味わえなかった、妻と子供に囲まれた幸せな空間。
まさか異世界に転生して味わうことになるとは思わなかった。
今度は驚きや戸惑いではなく、幸せと感動で無言になるしかなかった。
そして、英俊を抱いた俊輔は、いつの間にか涙を流していた。
◆◆◆◆◆
「みんな準備できたか?」
「うん!」「はい!」「ピー!」「……【ウッス】!」
俊輔の問いに、返事をする京子、英俊、ネグロ、アスル。
その恰好は、どこかへ向かうような出で立ちだ。
「旅行! 旅行!」
「コラコラ。あんまりはしゃぎすぎるなよ。英俊」
「は~い!」
家の戸締りをしていると、英俊は1人走り出してしまう。
まだ7歳。
旅行に行くのが楽しみなのは分かるが、はしゃぎすると思わぬ怪我を負ってしまうかもしれない。
そのため、俊輔は英俊を掴まえて注意した。
「カルメラ姉!」
生まれた時から一緒に住んでいたため、英俊はカルメラのことを姉の様に思っている。
そのため、カルメラに会うことも楽しみなようだ。
「あぁ、エルフ王国にも寄るぞ」
英俊に返した言葉の通り、カルメラは現在エルフ王国に住んでいる。
というより、
「あの子「私が王妃とかありえないが、玉の輿に乗らない訳にはいかないだろ?」とか言っていたけど、上手くいっているようね?」
「そうだな」
そう、京子の言ったように、カルメラは現在フェルナンドの妻としてエルフ王国に住んでいる。
2度目の世界一周旅行でエルフ王国に行った時、フェルナンドがカルメラの過去を知り、それでも生きている心の強さに惚れたらしい。
ナンパ男という印象しかなかったため、カルメラも最初のうちは交際を断っていたのだが、初代国王の様に生涯カルメラ1人を愛すると誓うように国民の前でプロポーズをされて、カルメラも断ることができない雰囲気になってしまった。
俊輔との決闘に負けてからは約束通りナンパの悪癖は治まったと、国王のロレンシオから聞いていたことも後押しになったのかもしれない。
日向以外の人族だったら分からないが、種族も生まれも気にしないという、エルフ王国の懐の深さが見えた気がする。
若干渋々とプロポーズを受け入れたカルメラだが、フェルナンドを尻に敷きつつ王妃教育を受けているそうだ。
「しかも……」
「んっ?」
昔は殺し合いをしたような仲だというのに、京子とカルメラは仲がいい。
住む場所が離れてからも、手紙のやり取りはおこなっているようだ。
その最新の手紙を取り出し、京子はもったいぶるように言葉を溜める。
「おめでたですって!」
「っ!! マジか!?」
「うん!」
手紙によると、カルメラに子供ができたことの報告があったそうだ。
エルフは長命なせいか、子供ができにくいという話がある。
しかし、それは相思相愛でないとできにくいのではないかという話になりつつある。
大昔、エルフを繁殖しようとして失敗したというのもそれが関係しているのだろうか。
何にしても、カルメラが幸せそうでめでたい話だ。
「おめでたって何?」
「カルメラに赤ちゃんができたんだって」
「本当!?」
「ええ!」
俊輔と京子の話を聞いていた英俊が、おめでたの意味が分からず問いかけてくる。
そして、それが子供ができたという説明を受けて、俊輔同様驚いた。
「子供が生まれたら、英俊も遊んであげようね?」
「うん!」
姉のようなカルメラの子供なら、英俊からしたら親戚が増えるようなものだと思っているのかもしれない。
何にしても嬉しいことは伝わったのか、英俊は大はしゃぎだ。
「ハハッ! じゃあ3度目の世界旅行に出発だ! ついでに魔王の消滅だ!」
「えぇ!」「うん!」「ピー!」「……【ウッス】!!」
全人類のことを考えるなら本来は優先すべきことなのだが、魔王が封印されているダンジョン攻略をおこない、魔王を消滅させるのはついで。
あくまでもメインは世界旅行だ。
好きな旅行のついでに魔王を消滅させる。
これが俊輔が導き出した転生理由だ。
こうして、俊輔たち一家は世界旅行の3週目を始めるのだった。
最終回になりました。初めての作品が終わるのはなんとなく寂しいですが、少しでも楽しんでもらえたなら幸いです。




