第317話
「……いないってどういうことだ?」
せっかく死ぬ思いでエステとダンジョン核の守護者を倒して脱出してきたというのに、一番会いたかった京子の姿がない。
1年という月日が経つ間に、どうしてそのようなことになったのか俊輔には分からない。
「あなたがエステを追って結界内に入ってすぐ、京子は体調を崩したの……」
「えっ! 何だって!? 京子は大丈夫なのか!?」
突然の報告に、俊輔は慌ててミレーラに詰め寄る。
まさか会いに来れないのは病床に伏せているからなのかと、嫌な予感が俊輔の頭を占領した。
「落ち着きなさい。特に問題なかったから」
「そ、そうか……」
今にも掴みかかってきそうな俊輔を、ミレーラは手を前に出して止まるように促す。
そして、次にミレーラから発せられた言葉に、俊輔は肩の力を抜いた。
「……じゃあ、どうして?」
「それは日向に帰れば分かるわ」
無事なら安心した。
しかし、そうなると京子がどうしてここにいないのか分からない。
その理由を尋ねるが、ミレーラは答えをはぐらかした。
「日向?」
「京子はアスルとカルメラと共に日向に向かったわ。時間的にもう着いているはずよ」
「カルメラと……」
どこにいるのかと思ったら、故郷の日向という話だ。
しかし、どうして故郷である日向に戻ったのだろう。
京子の体調のことが気になり過ぎたため、俊輔は申し訳ないが今更になってカルメラのことを思いだした。
どういう理由なのか分からないが、京子の体調が悪くてもアスルがいれば移動時間は短縮できるし、カルメラがいれば問題ないだろう。
「何だか分からないが、日向にいるんだな?」
「えぇ」
「それじゃあ……」
理由は分からないが、日向にいるなら会いに戻ればいい。
そう考えた俊輔は、早速転移魔法を発動させようとした。
「ちょっと待った!」
「っ!! ……何だよ?」
すぐにでも日向に帰ろうとする俊輔に、ミレーラは大きめの声で待ったをかける。
京子に会いたい思いから日向へ帰ろうとしてた俊輔は、その声に驚いて魔法を中断した。
「日向に帰る前に、キュウ様に会って欲しいの」
「……キュウ様って、初代エルフ王の従魔だった?」
「えぇ」
待ったの理由を受け、俊輔は驚きの表情へと変わる。
「他国の人間である俺が会って良いのか?」
建国者である初代エルフ王は、この国においては神格に近い存在とされている。
そのため、従魔であるキュウも神の使いとして敬われている。
最近では体調が優れず、この国の王族ですらおいそれと会うことのできないという話だ。
そんな相手に、他国の一般人の自分が会わせてもらえるなんて、そんな機会ないと俊輔は思っていた。
「あなたがダンジョン攻略を果たしたと聞いて、キュウ様自身が望まれたの……」
「…………?」
他ならぬ本人が望んでの面会。
それを断る訳にはいかない。
そんなミレーラの表情がいまいち優れないため、俊輔は何か問題があるのかと気になった。
「キュウ様はご高齢から体調が優れないの。もしかしたら……、いえ、何でもないわ」
「……分かった。会わせてもらうよ」
初代国王が崩御してから数百年。
それだけの期間この国を見守ってきた。
魔物に寿命は解明されていないため、どれだけ生きられるのか分からない。
それでも、永久という訳ではないはず。
しかも、キュウの最近の体調を考えると、長くないことは嫌でも予想させられる。
今回の俊輔との面会という願い。
それが最期の願いになるかもしれないという思いが頭に浮かんだため、ミレーラは表情が優れないようだ。
転生者の可能性が高い、エルフ王国初代国王。
その従魔がいまだに生きているというのなら、同じ転生者の自分も会ってみたい。
思ってもいなかった面会の申し出を、俊輔は受けることにした。
「キュウ様。日向の国より来訪しました俊輔殿を連れてまいりました」
【ありがとう】
王である王城の一部、王宮のすぐ近くにある建物に、俊輔は現国王のロレンシオと王太子のフェルナンドによって案内された。
日本の神社のような作りになっており、その一室に祀られるように1体の黒い毛玉が存在していた。
国王ロレンシオが話しかけると、その毛玉、キュウが動き出した。
【初めまして】
「……どうも、始めまして」
ロレンシオに紹介された俊輔は、毛玉の前に正座する。
すると、その毛玉から念話による挨拶が届き、俊輔は恐縮したように返答する。
魔物の餌と呼ばれるほど弱小の魔物であるケセランパセランという話だったが、通常は成人男性の掌大という大きさとだいぶ違う。
サッカーボールほどの大きさをしている。
『いや、大きさよりも……、なんて魔力量だ』
通常のケセランパサラン以上の大きさも気になるが、俊輔はそれ以上に気になることがある。
別に探知をしている訳ではないというのに、キュウから洩れる魔力が肌に感じる。
そのことからも、キュウの体内に内包する魔力が自分とは桁違いなのだと察することができる。
【おっと、ごめんね。最近抑えきれなくなって……】
「いえ、お気になさらず……」
この場にいる俊輔、ロレンシオ、フェルナンドの3人の表情を見て、キュウは申し訳なさそうに謝る。
自分から洩れる魔力により、3人の表情が緊張しているのを察したのだ。
これだけの魔力だと、一般なら精神が耐えきれずに発狂しているかもしれない。
しかし、俊輔とフェルナンドはもちろん、国王のロレンシオも魔力の耐性に自信がある。
そのため、ロレンシオはキュウの気遣いを無用のものとして返答した。
魔力を抑えきれないのは、恐らくミレーラが言っていたように体調が優れないのだろう。
謝ったあと、キュウは抑えようとしてくれたらしく、魔力による圧迫は少し和らいだ。
【魔王の封印されている結界内のダンジョンを全部攻略したんだってね?】
「はい。何度も死にかけましたが」
魔力を抑えたことで、3人の表情が和らぐ。
それを確認したキュウは、早速俊輔に話しかけてきた。
【ロレンシオ、フェルナンド。ここからは、少しの間彼とだけ話すね】
「ハッ!」「畏まりました」
ここまではロレンシオとフェルナンドにも聞こえるように話しかけていた。
しかし、ここからは俊輔だけと話したいと思い、キュウは2人に確認するように話す。
俊輔をここに連れてくる前から言われていたため、2人はすんなりとキュウの言葉を受け入れた。
【さて……、君にだけ話しかけるね?】
「はい……」
面会を求めたということは、何か自分に聞きたいことがあるということだろう。
何を聞かれるのか分からないが、俊輔はキュウからの発言に注視した。
【君は……転生者かな?】
「っっっ!?」
初っ端からまさかの問いに、俊輔は驚きで言葉を失った。




