第316話
「フェルナンド様!!」
「どうした!?」
執務室で書類仕事をこなしていたエルフ王国王太子のフェルナンドのもとに、兵が駆けつける。
その慌てぶりに、何か重大なことが起きたと判断したフェルナンドは、書類仕事の手を止めて椅子から立ち上がった。
「け、結界が消えました!!」
「何っ!?」
兵の説明は短い。
しかし、フェルナンドはそれだけで理解した。
そして、兵と共に王城から飛び出し、南東の海岸へと移動を開始した。
「本当だ……」
海岸にたどり着いたフェルナンドは、魔王が封印されている人工島に目を向ける。
すると、兵からの報告通り、人工島の結界が消えていた。
「どうやらダンジョンの攻略が成されたようだが……」
結界が消えたということは、ダンジョンが攻略されたということ。
それによって、封印されている魔王への魔力も遮断されたということでもあるため、攻略自体は喜ばしいことだ。
しかし、フェルナンドはまだ素直に喜べない。
何故なら、その攻略した者がどちらなのかが問題として残っているからだ。
「俊輔なら良いのだが……」
結界内部に入り、攻略する可能性のある者は2人。
日向出身の俊輔と、魔族のエステだ。
当然フェルナンドは俊輔であることを期待する。
「皆! もしもの時のことを考えて警戒を怠るな!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
攻略したのが俊輔なら問題ないが、もしもエステだとしたら大問題だ。
それがエステだとしたら、結界内で力を蓄え、追いかけてきた俊輔を返り討ちにしたということになる。
俊輔の実力を知るフェルナンドは、それ以上の力を得たエステと戦って勝てる気がしない。
しかし、エルフ王国を守るために、兵と共に警戒を高めた。
「っ!? 誰か出てきたぞ!!」
フェルナンドとエルフ軍は、警戒しつつ結界の解けた島へと渡る。
そして、島の内部を探索していると、何者かが1人ダンジョンの入り口から出てきた。
そのことに気付いたフェルナンドは、仲間と共に武器を構えて警戒する。
「ハァ、ハァ……、あぁ、疲れた……」
体中傷だらけで現れたその男は、フェルナンドたちの姿を見て小さく呟くと、ゆっくりと前のめりに倒れた。
「あっ! おいっ! 俊輔!」
倒れた人間を見たフェルナンドは、すぐに駆け寄る。
ボロボロで一目では分からなかったが、出てきたのは俊輔だ。
その様子から、力尽きたのではないかと心配になったフェルナンドは、俊輔に向かって声をかける。
「く~……」
「……寝てるだけか? んっ? こいつは……」
倒れた俊輔の様子を見ると、体中に小さな怪我を負っている。
しかし、その傷は回復薬ですぐに治せる程度のものだ。
寝息を立てているのを見ると、どうやら魔力が尽きただけのようだ。
そして、俊輔をよく見ると胸に何かを抱えていることに気付いた。
「たしか、俊輔の従魔だったか?」
俊輔が胸に抱えていたのは、丸烏のネグロだった。
こちらも気を失っているが、命に別状はない様子だ。
「彼らをすぐに病院へ!」
「了解しました!」
命に別条はないようだが、この場に放っておくわけにはいかない。
フェルナンドはすぐに部下たちに指示を出して、病院へ運ぶように指示を出した。
「他の者はまだ警戒を解くな!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
俊輔が無事なのは分かった。
しかし、彼が気を失ってしまったことにより、どのような結果になったのか分からない。
エステが死んだのか分からない状況ではまだ気が抜けないため、フェルナンドは部下に警戒を解かないように警告する。
それからフェルナンドたちは、しばらくの間警戒をしながら待機していたが、結局エステが姿を現すことはなかった。
「…………知らない天井だ」
結界が消滅した翌日。
気を失っていた俊輔は目を覚まし、お約束の言葉を呟いた。
「あっ! 目を覚ました?」
「おぉ、久しぶりだなミレーラ……」
天井の次にミレーラの姿が目に入る。
久しぶりの知り合いに、俊輔は笑みを浮かべて言葉を返す。
「1年ぶりだな。無事で何よりだ」
「だいぶ時間喰ったな……」
ミレーラが言ったように、俊輔がエステを追って結界内に入ってから1年が経っていた。
攻略までに結構な時間を必要としてしまったことに、俊輔はしみじみと呟いた。
「エステはどうなったの?」
「……倒したよ。何とかね……」
1日経ったが、エステが出現する可能性を考え、フェルナンドたちは人工島に駐留しつつ警戒している。
俊輔の体調に特に問題がないことを確認したミレーラは、まずはエステのことを尋ねた。
その質問に対し、俊輔は疲労感を漂わせながら返答する。
戦いの苦労を思いだしたようだ。
「……そう。王子に知らせて!」
「了解しました」
エステのことが分かっていないため、フェルナンドたちは四六時中警戒しっぱなしだ。
それも、いつまでも続けていられる訳もない。
警戒する必要がないのなら、すぐに知らせた方が良いだろう。
ミレーラは近くにいた兵に話しかけ、この情報をフェルナンドたちに知らせるように指示した。
「ピー!!」
「オフッ!! ネグ!! 元気になったか!?」
「ピ、ピー!」
俊輔が目を覚ましたことを知ったのか、室内にネグロが飛び込んで来た。
そして、そのまま俊輔の胸に体当たりした。
一瞬息が止まったが、その威力から完全に回復したのだと分かり、俊輔は嬉しそうにネグロを撫でまわす。
撫でられるネグロも、幸せそうにされるがままになっていた。
「……喜び合っている所悪いけど、続きを話してもらえる?」
「続き……? あぁ、エステのことね……」
地上に戻るなり倒れるなんて、相当苦労したということだろう。
なので、俊輔とネグロのこの反応も色々あってのことだと察することはできるが、今はエステの最期の話が聞きたいため、ミレーラは話の続きを催促した。
「エステの奴、体を治したらすぐにまた襲いかかってくると思っていたんだけど、結局遭遇したのは最下層のボス部屋だった。あいつ、ダンジョン内に出現した竜系の魔物従魔にしまくっていて、ボスの朱雀も相手にしないとならなくて本当面倒だったわ」
そもそも、危険なダンジョンのため慎重に進まなければならないというのに、いつどこで襲って来るか分からないエステにまで警戒の意識を向けないとならなかった。
そんな理由から俊輔たちの攻略の速度はかなり鈍く、1年経ってもなかなかエステに遭遇することができなかった。
いつまで経っても遭遇しないことから、もしかしたらエステは死んでいるのではと考えるようになりながら攻略を進め。
ダンジョン攻略後の襲撃の可能性も頭に入れつつ、俊輔たちはダンジョン攻略をおこなうために最終ボスに挑むことにした。
そして俊輔たちが入るのを待っていたかのように、エステまでボス部屋に侵入してきた。
しかも、エステは魔族特有の従魔能力でダンジョン内の竜種の魔物を従え、俊輔たちに襲い掛かってきた。
これに関しては全然予想していなかった俊輔・ネグロ組は、ダンジョンのボスに合わせ、エステと大量の従魔を相手にするという三つ巴の状態になったのだ。
「……それは大変だったわね」
ドワーフの国にあるダンジョンに何十年も閉じ込められていたミレーラからすると、ボスなんて化け物でしかない印象だが、それに加えてエステとその従魔を相手にしないとならないなんて、地獄のようにしか思えない。
そんな状況から生きて脱出してきたのだから、あらためて俊輔の異次元さを感じた。
「……というか、京子はどうした?」
ようやく結界内から脱出し、知り合いに会えるのは嬉しい。
しかし、脱出して会いたかったのは、やっぱり妻の京子だ。
目を覚まして少し経つというのに、なかなか京子がこの部屋に入って来ない。
そのことが気になり、俊輔はミレーラに尋ねることにした。
「……もうここにはいない」
「…………へっ?」
質問に対し、ミレーラからは暗い表情で返ってきた。




