第315話
「ここにもいない……」
先にダンジョン内に侵入したエステに警戒しつつ、攻略を進める俊輔とネグロ。
もうすぐボス戦となる10層に着くというのに、いつまで経ってもエステの気配が感じられない。
「あいつどれだけ深く潜ってるんだ……」
「ピー……」
どうやらエステは10層を攻略し、先へ進んだということなのだろう。
回復したらすぐに襲い掛かてくると思っていただけに、拍子抜けの感が否めない。
俊輔の呟きに、従魔のネグロも首を傾げるしかない。
「何か目的でもあるのか? だとしたら、放っておく訳にもいかないしな……」
10層ならまだ問題はないとは思うが、このまま休憩もなしにボス戦に挑んでいいものだろうか。
しかし、休憩をしているうちも、エステが何か目的があって先へと進んでいるかもしれないことを考えると、このまま攻略を進めるべきかもしれない。
「ピー! ピピピー!」
「……そうだな。ここは魔王が作ったダンジョンだ。無理せず少し休んでからいこう」
エステのことを考えてこのまま先へ進もうとする俊輔を、ネグロが止める。
東西南北にある魔王のダンジョンのうち、この南のダンジョン以外を攻略してきた経験から、油断や無理をすれば自分たちでも思わぬ大怪我を負いかねない。
もしかしたら、エステの狙いはそれなのかもしれない。
そうならないためにも、俊輔はネグロと主に少しの間休憩することにした。
「あの野郎。何考えてやがるんだ……」
経験があるだけに、攻略については自信がある。
しかし、最下層のボス以外に脅威となるのはエステだ。
あと少しまで追いつめたが、エステの有利な情状での戦闘となれば、同じように勝てるか分からない。
出来れば深い層に行くまでに勝負を決したいところだ。
エステの思考が読めず、俊輔は疑念を持ちながら呟いた。
◆◆◆◆◆
「ガアァッ!!」
「フンッ!!」
俊輔たちが休憩をとっている間、俊輔との再戦に勝利する機会を得るために、エステはダンジョンの先に進んでいた。
10層のボス戦を抜け、現在は12層を進んでいる、
魔物が進化した生物である魔族。
にもかかわらず、このダンジョン内においては敵とみなされているのか、魔物たちはエステの姿を見ると襲い掛かって来ていた。
今も、熊の魔物が集団で襲い掛かってきたところだ。
「グルアッ!!」
1体を返り討ちにしても、まだ4体の熊たちが襲い掛かってくる。
「ハーッ!!」
「ガウッ!!」
熊たちの攻撃を回避し、エステは剣で1体に反撃する。
一撃で頭を斬り飛ばされ、熊が倒れる。
「ハッ!!」「フンッ!!」
「ギャウ!!」「ギャッ!!」
1体を倒したエステは、すぐに次の標的に向かう。
一瞬で距離を詰めると、エステは2頭を斬り殺した。
「グルゥ……」
集団で襲い掛かったというのに、あっという間に自分だけになってしまった。
エステのあまりの強さに、残った1体は恐れ戦き、じりじりと後退する。
「セイッ!」
「ガゥッ!!」
強力な魔物といっても、1体ではエステの脅威ならない。
逃がして仲間と共に攻めて来られても面倒でしかないため、エステはキッチリと始末する。
「…………」
熊たちの死体を前に、エステは無言で俯く。
「……フフッ!! ハーハッハッ!!」
無言になったと思ったら、突如大声を上げて笑い出す。
「何だよここは! こんな面白い場所だったなんて知らなかったよ!」
封印された魔王が、復活のための力を蓄えるためにこのダンジョンを作りだしたと言われている。
エステやセントロの思惑は違ったが、オエステなど多くの魔族は、人間が支配する世界から魔族が支配する世界へ変えるために魔王復活を目指した。
結界内に入ると攻略するまで外に出られないと言われているため、魔王復活を目指すエステたちは当然中に入るようなことはしなかった。
あくまでも噂として、強力な魔物が出現すると聞いていたが、出てくる魔物出てくる魔物が変異種ばかり。
魔物相手ならたいしたことないと考えていたエステは、予想以上の強さの魔物たちとの戦闘に、自然と気分が高揚していた。
「魔王復活なんて面倒より、ここの攻略の方が楽しいんじゃないか?」
自分の全力が出せる存在として期待したのだが、多くの生命を送り込んでも魔王が復活する気配がない。
何十年経っても変わらない状況に、エステは飽きていた。
セントロたち幹部を養分とすれば、どれか1体は復活させることができると思っていた。
しかし、セントロに不覚を取り、体を乗っ取られた。
更に、俊輔という人間の出現は予想外だった。
まさか、自分以上の実力を有する存在に遭遇するとは思いもしなかった。
ひとまず機を見るために魔王封印の結界内に逃げ込んだが、ここに出現する魔物たちのレベルを見て考えが変わった。
「俊輔とかいう奴を仕留めるため、攻略しつつ力を蓄える……」
人間でありながらあれほどの実力を有していることが信じられないが、まともに戦っては自分でも勝てないことを理解した。
魔王復活なんて、今更興味がない。
それよりも、俊輔を倒すことに関心が向いている。
そのために自分がどうするべきかを、エステは密かに決定した。
◆◆◆◆◆
「大丈夫かしら? 俊ちゃん……」
エステを追って結界内に入って行ってしまった俊輔のことを思い、京子は心配そうに呟く。
本当は自分も結界内に入って行きたいところだが、実力的に俊輔とエステの戦闘の邪魔になってしまうかもしれない。
そうならないためにも、俊輔を追いたい気持ちを押さえつけ、エルフの国で期間を待つしかなかった。
「……きっと大丈夫よ。これまで3つの危険ダンジョンの攻略を果たしてきたのよ。今回も攻略すると共にエステを倒してくるわ」
心配そうな京子の呟きを聞き、カルメラは慰めるような言葉をかける。
カルメラからすると、俊輔は化け物だ。
しかしそんな俊輔でも、今回はいつも以上に危険な攻略になる。
ただでさえ攻略には危険が伴うというのに、そのうえエステという危険人物まで存在しているからだ。
「無事戻ってくるのを待ちましょう」
「えぇ……」
中に入ることもできないため、エステを倒してダンジョンの攻略をしてくるのを待つしかない。
カルメラのその言葉に、京子は頷くことしかできなかった。
「……うっ!!」
「っっっ!! 京子!? ミレーラ!!」
心配そうに魔王が封印されている島を見つめていた京子は、突如手で口を押える。
突然苦しみだした京子に、カルメラは慌てる。
そして、すぐに側に居たミレーラを呼び、彼女と共に京子を病院に運んで行った。




