第314話
「エステの奴、どこにいきやがった……」
逃亡を図ったエステを追って、俊輔とネグロは魔王が封印されている結界内に入った。
しかし、周囲を見渡してもその姿が見つからない。
魔力による探知をしても引っかからない所から、探知範囲外にいるか、魔力によって隠ぺいをおこなっているのかもしれない。
「どこから来るか分からないから、気を付けろよ。ネグ」
「ピー!」
俊輔の探知なら、遠く離れた場所にいる相手を探すこともできる。
しかし、距離が遠くなればなるほど精度は落ちる。
エステの相手をするのに魔力を無駄に消費するわけにはいかないため、探知の距離は周囲数m程度にしている。
その範囲内なら、魔力による隠ぺいされていても見破れる自信が俊輔にはある。
つまり、エステは探知の範囲外にいるのが有力だ。
それでも急襲される可能性はあるため、俊輔はネグロに注意を促す。
それを受けたネグロは、了解したと言うように頷いた。
「ガアァーー!!」
「チッ!」
エステのことを警戒しながら進んでいると、突然熊の魔物が襲い掛かて来た。
他のダンジョンを攻略してきた経験から、地上にいるような魔物はいくら変異種だろうと苦にならない。
しかし、今はエステの相手をしなければならないことを考えると、無駄に魔力や体力を使用したくない。
そのため、俊輔は面倒そうに舌打をした。
「ピー!!」
「ガッ!!」
熊の魔物の接近に、俊輔が相手をしようとしたところでネグロが動く。
得意魔法のレーザー光線を放ち、熊の体に風穴を開けた。
強力な魔法攻撃に成すすべなく、熊の魔物は血をまき散らしながら倒れ伏した。
「おぉ! ナイス。ネグ」
「ピー!」
魔力を温存したい状況を理解して代わりに魔物の相手をしてくれたネグロを、俊輔は感謝の言葉と共に褒める。
危険と分かっていても俊輔を追って結界内に入ってきたのは、このようにエステ以外の相手をするためだ。
俊輔の代わりに魔物を倒すのは当然のことなのだが、褒められたネグロは嬉しそうに返事をした。
「死体……」
周囲を探知をしながら進んでいると、俊輔は魔物の死体を発見した。
恐らくエステが倒したのだろう。
ここの魔物からすると、魔物から進化した魔族が相手だろうと関係ないらしく、襲い掛かったのだろう。
エステの実力ならたいしたことが無い相手だったのだろう。
縦に一刀のもと切り裂いている。
「……食った跡がある。回復したのか?」
エステは、魔物を喰らうことで怪我を治す能力を持っている。
その能力を使って、俊輔に痛めつけられた怪我を治した可能性が高い。
魔物の死体の一部に歯形が付いているのを見て、俊輔はそう判断した。
「こっちも回復薬を飲んでおくか……」
俊輔もエステとの戦闘で怪我を負っている。
エステだけ回復した状況でまた戦闘をおこなうというのは、もしかしたら不利になるかもしれない。
そっちが回復するならこちらもと、俊輔は魔法の袋から回復薬を取り出した。
「ネグ。周囲の警戒を頼む」
「ピッ!」
もしかしたら、エステが回復薬を飲んでいる隙をついてくるかもしれない。
念のためネグロに周囲を警戒をさせ、俊輔は回復薬を飲み始めた。
「よし、いこう」
「ピー!」
回復薬を飲み干すと、俊輔の傷が治っていく。
それを確認して、俊輔はエステの探索を継続することにした。
「まるで道標になってるな」
エステの気配は感じられないが、向かっている方角はなんとなくわかる。
というのも、エステが通ったであろう証拠が残されていたからだ。
それは、魔物の死体だ。
先程と同様に、魔物の死体が点在している。
探知でそれを発見した俊輔は、それを辿るようにして足を進める。
ここはダンジョン化しているため、死体は数分経つと吸収されてしまう。
それなのに死体が残っているということは、まだエステが通ってそれ程の時間が経過していないということだ。
これを道標にして進めば、そこにエステがいるはずだ。
「中に入ったか……?」
魔物の死体を頼りに進んで行くと、ダンジョンの地丘へと進む入り口にたどり着いた。
どうやら、エステは地下へと向かっているようだ。
「ハァ~、面倒だな……」
ダンジョン内は階層ごとにフィールドが変わる。
中には迷路のようになっている階層もある。
もしもエステがそういった階層で身を隠しているとしたら、不意撃ちを喰らう可能性がある。
魔物を喰えば何度でも回復するエステとは違い、俊輔の場合回復薬や回復魔法を使うしかない。
回復薬は魔法の袋のなかに結構な数入っているが、それは有限。
魔法で回復する場合も同じだ。
両方が尽きるまでに倒さないと、こっちがやられるかもしれない。
逃げ隠れる相手を追いかけて見つけて倒す戦いなんて、これまでなかった気がする。
神経使う戦いになることが間違いないため、俊輔はため息ついた。
「奇襲攻撃→身を隠す→回復を繰り返すつもりだろうな」
ダンジョン内は身を隠す場所が豊富だ。
エステはそれを利用して奇襲攻撃をしかけ、不利になると感じればまた身を隠し、怪我をしていれば回復するを繰り返すつもりなのだと俊輔は考えた。
それが、俊輔にとって一番やられたくない戦い方だからだ。
「ピー!」
「……そうだな。俺にはお前がいるんだった」
エステほどの実力を持つ者が、身を隠して襲って来ることを考えると気が重くなる。
そんな俊輔の気持ちを察したのか、ネグロがいつものように頭に乗って声をかけてきた。
自分も一緒に戦うと言っているようだ。
そんなネグロを見て、俊輔は肩の力が抜ける。
1人で相手にすると考えると気が休まることはないが、自分にはネグロが付いている。
小さい時からずっと2人(1人と1羽)でやってきたのだ。
恐れることなんてない。
「どうせここから出るには攻略もしないといけないんだ」
京子のもとに帰るためにも、攻略は必須。
ダンジョン内では何が起きるか分からない。
特にここは、封印されている魔王が作り出したと言われるダンジョンだ。
桁違いの難易度をしている。
エステを倒すのも攻略の一部と考えれば気が楽だ。
「よし! 行くぞ!」
「ピー!」
ネグロに励まされた俊輔は、入り口内部に視線を向けると気合いを入れ直す。
そして、エステへの警戒を高めたまま、ネグロと共に攻略に向けて内部へと進むことを決意した。




