第313話
「グゥッ……」
迫り来る俊輔から逃れようと、エステは何本も折られたアバラの痛みに耐えながら這いずる。
「……見苦しいな」
「……何…だと……?」
エステへと近付きながら、俊輔は小さく呟く。
その言葉に、エステは這いずる動きを止めて俊輔を睨みつける。
「遭遇した時、お前はいつもニヤケ面をしていた。今回、それが強者だからこその余裕によるものだと分かった」
幼少期やドワーフ王国で遭遇した時も、エステはいつもヘラヘラした顔と態度をしていた。
それは、常に自分が優位な立場にあるからこそできるものだ。
竜種の魔族という、生まれながらに恵まれた実力を有していただけに、常に物足りなさを感じていたのだろう。
だから魔王を復活させて、危機を味わってみたいなんて考えを起こしたかもしれない。
「しかし、その余裕がなくなれば、お前が好き勝手に葬ってきた人間と同じく必死に生にしがみついている」
エステはこれまで多くの人間を殺してきた。
それは俊輔も味わったことから分かる。
「結局、お前も人間と変わりない存在だということだ。人間の場合は当然のことと思えるが、お前の場合はバカにしていた分だけ見苦しいんだよ」
魔族なのだから人間の命を何とも思っていないのは普通なのかもしれないが、自分も同じ状況になれば同じ行動をとっている。
散々バカにして来た存在と、なんの違いもないということだ。
「人間と…同じだと……」
俊輔に指摘されたエステは、その内容に固まる。
下等と見下していた人間。
自分がそれと同じだなんて、信じがたいうえに認められない。
「……おの…れ! おのれ!!」
俊輔の言っていることは、あながち間違いではない。
今自分は這いずりながら、僅かな時間でも生き永らえようとしているのだから。
そう考えると、許しがたい。
このような状況に追い込んだ俊輔が。
そして、そうしている自分もだ。
その怒りを力に変え、エステはフラフラとしつつも立ち上がった。
「……立ったところで、その怪我じゃ何もできないだろ?」
「黙れ!!」
最後は刺し違えてもと言いたげに、俊輔を睨みつけるエステ。
しかし、そんな事はお見通しの俊輔は、両手に持つ木刀をエステへと向けた。
“ザバッ!!”
「「っっっ!?」」
止めの一撃を放つべく、一気にエステとの距離を詰める一歩を踏み出そうとした俊輔。
しかし、その一歩を踏み出す瞬間に異変が起こる。
2人が戦うすぐ側の海から、高波を起こすと共に何かが飛び出してきたのだ。
それを見て、俊輔だけでなくエステも驚く。
「ガアァーー!!」
「なっ!?」
姿を現した生物を見て、俊輔は昔のことを思い出す。
子供の時に大陸へ渡る途中、俊輔が乗った船が潰された時、エステを乗せていた海竜だ。
しかし、その海竜はあの時とは違ってボロボロの姿をしていた。、
俊輔が気付くのが遅れたくらいだ。
水竜なだけあって、水の中でのステルス能力が高いのだろう。
「生きていたのか!? リヴァイアサン!!」
リヴァイアサンの出現に驚いたのは、エステも同じ。
セントロと戦った時、強力な一撃をくらって死んだものだと思っていたからだ。
「ガアァーー!!」
「っ!? ぐっ!!」
姿を現したリヴァイアサンは、ボロボロのエステを見ると、すぐさま俊輔へと攻撃を開始する。
巨大な水弾の連撃が、俊輔へと迫る。
突然の攻撃に、俊輔は慌てて魔力障壁を張った。
「ナイスだ! リヴァイアサン!」
「なっ!? 待ちやがれ!」
リヴァイアサンの水弾攻撃を防いでいるのを見て、エステは笑みを浮かべる。
そして、リヴァイアサンに一言告げると、高速移動によりその場から移動を開始した。
エステのような危険人物を逃がすわけにはいかない。
とは言っても、リヴァイアサンの攻撃を防ぐことに手いっぱいだ。
俊輔の止める言葉を無視し、エステはドンドン離れていった。
「っ!! まさか、あいつ……」
エステの向かって行った方向を持て、俊輔は目を見開く。
魔王が封印されている島がある方角だったからだ。
何を考えているのか分からないが、どうやらエステは結界内に入り込むつもりのようだ。
「ガアァーー!!」
「このっ!! うぜえな!!」
エステを追いかけたいのは山々だが、リヴァイアサンの攻撃が治まらない。
どうやら、主人であるエステを守るために、最後の力を使っているようだ。
放っておけばすぐに力尽きるはずだが、今はそんな悠長なことをしていられない。
エステをすぐにでも追いかけるために、俊輔は魔力障壁による防御をやめて、回避することに変えた。
「ハーーッ!!」
「グラッ!!」
“ドスンッ!!”
俊輔は水弾攻撃を回避しながら接近し、木刀でリヴァイアサンを斬りつけた。
元々ボロボロの状態のため、その一撃でリヴァイアサンは崩れ落ちて地面に倒れた。
「京子! 俺は奴を追う。どうなるかわからないから、お前は中に入るな!」
「しゅ、俊ちゃん!!」
今からでは、もうエステが結界に入る前に止めることは難しい。
そうなると、結界内で勝負をつけるしかない。
結界内に入ったら、他と同様にダンジョンを攻略しない限り出てこれない。
そのため、リヴァイアサンを倒した俊輔は、離れた場所にいる京子に結界内に入らないように告げてエステを追いかけた。
「ピピッ!」
【了解っす!】
俊輔の行動を見て、ネグロが動く。
アスルに京子の側に居るように言い、自分は俊輔を追って結界内に入ることにしたようだ。
その指示に、アスルは了承する。
「あっ! ネグちゃん!」
【ダメっす!】
「ちょっ! アスルちゃん!?」
俊輔に続いて、ネグロまでも結界に向かって飛んで行く。
それを見て、京子も追いかけようとした。
しかし、指示を受けているため、アスルは京子を止める。
「俊ちゃん、ネグちゃん……」
アスルに止められているうちに、俊輔はもう結界のすぐ側まで行ってしまった。
俊輔に言われたこともあり、京子はもう追いかけるのを諦めるしかなかった。
「……チッ! 奴め、どこ行った?」
エステを追って結界内に入るが、気配が感じられない。
「ピピッ!」
「ネグ!? お前も来ちまったのか?」
エステの行方を捜していると、ネグロが結界内に入ってきた。
ネグロの姿を見て、俊輔は驚く。
「ピーッ!」
「しょうがないな……」
これまで、他の魔王ダンジョンを一緒に攻略してきた。
ネグロは、エステもここのダンジョンも一緒にクリアするという。
今更出ていくこともできないため、俊輔は受け入れざるをえなかった。
「まずはエステを殺す。そして、ダンジョン攻略だ」
「ピー!」
エステを放っておくわけにはいかない。
俊輔とネグロは、まずはエステを探すことにした。




