第309話
「ハァーーッ!!」
魔力の高まりと共にエステの体に変化が起きる。
どうやら、魔族としての本来の姿に戻ったらしい。
「……何かこれまでの魔族と違うな」
変化したエステの姿を見て、俊輔は不思議そうに呟く。
何故なら、これまで俊輔が遭遇してきた魔族は、言葉を話す魔物というべき姿に変化したというのに、エステの変化した姿はそれとは違っていたからだ。
竜を使役している所から、エステ自身も竜の姿をした本性を現すと思っていただけに予想外だ。
「半獣半人。この状態が一番魔族としての実力を発揮できる姿だ」
人間の姿を元にし、体に角や鱗が生えた姿。
エステの言うように、その姿はまさに半獣半人といった感じだ。
「たしかに……」
これまでの魔族は、本来の姿に戻ると気性が荒くなり、せっかくの魔力をコントロールしきれないでいたように思える。
しかし、今のエステは、変身前と変わらず冷静を保っている。
そのため、魔力を無駄に放出することなくコントロールしているように見える。
ただ対峙しているだけだというのに、俊輔はピリピリと嫌な気配を感じていた。
「生まれて初めてだよ。この姿を誰かに見せるのは……」
「……セントロは?」
「……痛いところを突くな。変身前に乗っ取られたんだよ」
かなりの力を有しているのは見ただけで分かる。
しかし、こんな力があるなら先程俊輔が倒したセントロなんて苦にもならなかったはずだ。
そう思った俊輔の問いに、エステは苦々しそうな表情をして返答した。
セントロと戦った時、エステは変身するまでもなく倒せると判断した。
たしかにセントロは強かったが、思った通りエステが押していた、
後は止めを刺すだけだと襲い掛かった所、老人のような肉体から飛び出したセントロの本性に体を乗っ取られたのだ。
「フンッ!!」
「しょうがないだろ! 君は人間だから対象外だったから乗っ取られなかっただけで、あいつがあんな能力を持っているなんて分からなかったんだから……」
油断せずに倒していれば、体を乗っ取られるなんてこと起こるはずがなかった。
そう思った俊輔は、エステの返答を鼻で笑った。
それに対し、俊輔の態度に若干イラッとしたエステは、言い訳を付け加えた。
古くから多くの魔族を組織してきたセントロ。
老人のような見た目ではあるが、内包する魔力を見る限り強いのは分かっていた。
エステも長い年月付き合ってきたが、結局一度も能力を知ることができないまま戦うことになってしまったのが失敗だった。
魔物を操る能力の変形ともいえる能力。
人間は対象外なだけで、もしも人間尾乗っ取れたなら俊輔でも引っかかっていたはずだ。
「全く……。セントロのせいで、せっかく魔王を復活してやることができると思ったのに、大失敗だよ」
「……お前ら魔族は魔王復活を目指していたようだが、世界の滅亡でも目論んでいるのか?」
魔族の王だから魔王と呼ばれているのだから、復活させて世界を牛耳るつもりなのだろうと勝手に解釈していた。
しかし、エステもセントロも、何となく魔王のことを敬っている様には思えないため、俊輔は魔王復活の目的を求めた。
「え? まっさか~……」
俊輔の問いに対し、エステは冗談ではないと言うかのように反応する。
「僕は単純に、魔王って奴と戦って見たかっただけだよ」
「…………それだけか? それだけの理由で魔王を復活しようとしてたのか?」
「うん!」
エルフの初代国王の日記を見る限り、まともに戦っては勝ち目がないような相手だ。
それが分かっているから、封印して長い年月をかけることで弱らせていくことを選んだのだ。
しかし、魔王も封印されて黙っている訳もなく、結界内にダンジョンを作り、そのダンジョンから復活するための力を蓄えようと考えたようだ。
ただ戦いたい。
それだけのために、魔王を復活されたら溜まったものではない。
そのため、俊輔はエステの返答に、唖然とした。
「セントロは魔王の体を乗っ取るつもりだったようだけどな」
「どっちにしろ、ふざけた理由だ」
エステもセントロも、俊輔からすれば……というより、人類からすれば迷惑な話でしかない。
くだらない理由での魔王復活に、俊輔は不機嫌そうに呟いた。
「まぁ、魔王の復活なんて、またそのうちにやればいことだ。それよりも、今は君で楽しませてもらおう!」
「ふざけた奴だと思っていたが、もしかして戦闘狂だったのか?」
俊輔と話しながら、エステは土魔法を使い剣を作り出す。
その滑らかに魔法を使用する様は、俊輔の警戒心を高めた。
そして、その作り出した剣を構えたエステに対し、俊輔も2本の木刀を抜いて、いつものように構えをとった。
「…………」「…………」
構えた2人は、お互い無言で睨み合う。
「「ハッ!!」」
僅かな間を空けた2人は、同時に地面を蹴り、相手との距離を詰めた。
「ハッ!!」
「っ!!」
先に攻撃を開始したのは俊輔。
右手の木刀で面を打ち込む。
「セイッ!!」
「くっ!」
体を右にずらして攻撃を躱すエステ。
躱すと同時に、剣による攻撃を繰り出す。
胴を狙ったエステの攻撃を、俊輔は体をくの字にして回避する。
「シッ!」
「っと!」
腰を引いて剣を躱した俊輔に、さらに踏み込んだエステは左手でアッパーを繰り出す。
顎目掛けて飛んできたアッパーを、俊輔は上半身を引いて躱す。
「ハッ!!」
攻撃を躱した俊輔は、アッパーを撃って出来た一瞬の隙を狙い、しゃがみ込むと共に脚を刈るように蹴りを打ち込む。
「フッ!!」
転ばせるように刈ってくる蹴りを後ろに跳ぶことによって回避し、エステは俊輔から一旦距離を取った。
「ハハハッ!! すごいな! この状態の僕についてきている!」
お互い攻撃を繰り出すが、どちらもギリギリのところで回避しており無傷。
互角ともいえる状況に、エステは嬉しそうだ。
それもそのはず。
この姿に変身したならば、人間なんて一瞬で決着がつくと思っていたからだ。
それが、自分と引けを取らない速度……というより、俊輔の方が僅かに速いかもしれない状況になるなんて思いもしなかった。
「やっぱり戦闘狂か……」
互角のヒリヒリするような状況を喜ぶさまを見て、俊輔は自分の考えが正しかったのだと理解した。
自分が負けるかもしれない状況でも楽しいなんて、完全に戦闘狂でしかない。
「……人のことは言えないだろ?」
戦闘狂扱いに対し、エステは俊輔にそのまま返す。
何故なら、俊輔もどことなく楽しそうな表情をしているからだ。
「そうかもな……」
エステの指摘を受けることで、俊輔もそのことを気付き、納得の声を漏らしたのだった。




