第303話
「グォッ!!」
「……何だ?」
急に苦しみだしたセントロ。
その様子は、怪我によるものとは違うように感じる。
チャンスとばかりに攻め込みたいところだが、苦しみと共にセントロの魔力が不安定に増減を繰り返すため、俊輔が接近するのを躊躇わせる。
何が起きているのか分からず、俊輔は様子が落ち着くのを待つしかなかった。
「グアァーーーッ!!」
「っっっ!?」
大きな呻き声と共に、魔力が巨大に膨れ上がる。
そして、それと同時にセントロの体から何かが飛び出た。
「ハァ、ハァ、ハハッ、ようやく追い出せた……」
何かを体から出したセントロは、息を切らしてスッキリしたように呟く。
先程までと口調が違い、何だか雰囲気が変わったように感じる。
「ハァ、ハァ……、くっ! おのれ!」
「……何だ? どうなっているんだ?」
セントロの体内から飛び出してきた何かも、息を切らせて呟く。
現状が理解できない俊輔は、セントロと飛び出してきた何かの両方に警戒をする。
「霊体……スペクターか?」
セントロの体から飛び出してきた存在。
人の形をしているが、透けているようにも見える。
アンデッド系に見られる霊体と言われる姿であることから、俊輔はそれがスペクターと呼ばれる魔物だと理解した。
「その通り。セントロの正体は進化したスペクターだ」
「……セントロの正体?」
疑問だらけだというのに、更なる疑問を投げかけてくる。
セントロが、どうしてセントロの正体を説明してくるのだろうか。
「つまり、それがセントロだってことだろ? となると……」
「僕はエステだ」
「なっ!!」
体から飛び出したスペクターの方がセントロの正体だということは、さっきまでセントロだと思っていた肉体の方が違うということになる。
頭で整理しながら話す俊輔に対し、先程までセントロだった者が説明をしてくる。
それによって、スペクターの方がセントロで、それが抜け出た肉体の方は、エステ本人に戻ったらしい。
そのことを知った俊輔は、思わず驚きの声を上げてしまった。
「君はたしか……オエステを痛めつけた日向人だろ?」
「……そのことを知っているってことは、やっぱりお前はエステか……」
驚く俊輔に対し、エステはドワーフの島で会った時のことを言ってきた。
俊輔が、セントロに乗っ取られていないエステと会った最後の時のことだ。
あの時、俊輔が仕留める寸前の所を、エステが現れてオエステを殺した。
仲間であるはずのオエステのことすら魔王の養分にしようとするエステを、助ける形になってしまったのだ。
あの時のことを覚えているということは、やはりこっちの方がエステのようだ。
「君が僕を痛めつけてくれたことでセントロも弱まり、体を取り戻すことができたよ。ありがとね」
セントロが出で取り戻したとは言っても、体はボロボロの状態のまま。
痛みで苦しそうにしながらも、エステはいつものように軽い口調で話しかけてくる。
「フンッ!! お前に礼を言われるのは腹が立つ!」
「ハハッ……酷い言いようだ」
しかし、俊輔からするとエステは昔の恨みのある相手。
感謝されても嬉しくないため、俊輔はきつい口調で返答した。
俊輔との関係なんてオエステの時に会ったくらいしか覚えていないため、エステはその言われように苦笑した。
「……まずはこっちだ」
エステはボロボロの状態。
しかも、セントロを追い出すことに魔力を消費したのか 魔力もたいして残っていない様子。
少しの間放っておいても問題ないだろう。
そうなると問題なのはセントロの方だ。
「チッ!」
俊輔の標的にされたセントロは、舌打ちをする。
エステの体から抜け出した時に、セントロの方もかなりの量の魔力を消費した。
この状態で俊輔の相手をするのは骨が折れる。
セントロは利用できるものはないか周囲へ目を向けた。
「ッ!!」
「んっ!?」
何かに思い至ったのか、セントロが動き出す。
自分とは全く違う方向へと移動し始めたセントロに、俊輔は何がしたいのか分からなかった。
「おいっ!! 追え!!」
「あっ!? 何でだよ?」
セントロの行動に首を傾げる俊輔に向かって、エステが声を上げる。
命令口調の言葉に、俊輔はイラ立たしげに返答する。
エステの命令に従うように動くなんて気に入らないからだ。
「奴は魔物の体を乗っ取ることで魔物を操るタイプ。俺の従魔の体に入って逃げる気だ!」
「何っ!! くそっ!!」
魔族は魔物を操ることができるが、その操る方法も違う。
人間のように従わせた魔物を、数多く操るタイプとその逆。
数多く操る場合魔物の質は落ち、少なければその分強力な魔物を操る。
エステは数頭の強力な竜種を操る少数精鋭タイプだ。
しかし、セントロは他の魔族と違い体を乗っ取り操るという特殊なタイプだ。
今の弱った状態で俊輔と戦うことを危険と感じたセントロが、逃走をする気なのだとエステは感じ取った。
その考えを証明するように、セントロはファイヤードレイクに向かって行っている。
それを聞いた俊輔は、慌ててセントロを追いかけていった。
「グルァッ!?」
ネグロと空中戦を繰り広げているファイヤードレイク。
その攻防はほぼ互角だった。
ネグロの魔法とファイヤードレイクの火炎ブレスが、何度もぶつかり合って相殺し合っていた。
そんな戦闘中の所に、下からセントロが向かって来る。
「ガアァーー!!」
ファイヤードレイクたち竜種は、エステの体を使用しているセントロに従っていただけで、エステの体から出たセントロのことなど何とも思っていない。
そのため、ファイヤードレイクは接近してくるセントロに対してブレスを吐いた。
「フンッ! そんなのが効くか!!」
迫り来る火炎ブレスに対し、セントロは回避することなく向かって行く。
そのままブレスを浴びることになるが、セントロは全く意に介さない。
アンデッド系は炎に弱いタイプもいるが、セントロにとって火の攻撃など全く何も感じない。
そのため、セントロは一気にファイヤードレイクへと接近した。
「ピー!!」
「っ!? くっ!!」
あと少しでファイヤードレイクという所で横やりが入る。
ファイヤードレイクとの戦いを邪魔しに来たと感じたネグロが、セントロの排除に動いたのだ。
セントロの姿を見て霊体だと察したネグロは、光魔法で攻撃を放つ。
霊体の姿をした魔物に有効な攻撃手段が、光属性による攻撃だからだ。
「このくそ烏が!!」
霊体であるがゆえに空中を移動することができる。
しかし、移動速度を考えると、このまま逃げるのは難しい。
そのために飛空速度の速いファイヤードレイクの体を乗っ取ろうとしたのだが、これではそうもいかない。
邪魔をされたセントロは、腹を立てつつネグロのことを睨みつけた。




