第287話
「始め!!」
エルフ王国の国王であるロレンシオが、試合開始の合図をおこなう。
その合図と共に、俊輔とフェルナンドは魔力を全身に纏った。
「彼女とのこれからを話し合うために、手早く済まそう」
「…………っ!!」
俊輔の纏った魔力の量を見て、フェルナンドは笑みを浮かべる。
そして、軽い口調で話すと共に、大量の魔力を体外へと放出して自身の体に纏った。
その魔力量を見て、俊輔は無言で片眉をピクリとさせた。
「……すごい。もしかして俊ちゃんよりも……」
「なっ!? なんて魔力量だ!!」
観客席に座った京子とカルメラが、それぞれフェルナンドの魔力量に驚きの声を上げる。
ずっと一緒にいる京子は、これまで俊輔より魔力量が多い人間を見たことが無かった。
しかし、フェルナンドの魔力量は、俊輔よりも上に感じていた。
エルフの魔力量は人族とはけた違いに多いと言っても、ここまでとは驚きだ。
俊輔たちに付いて旅を始めたカルメラも、それは同じだ。
昔は兄以上の者などいないと思っていたが、俊輔が現れた。
そして、俊輔以上の者などいないと思っていたところにこれだから、世界の広さを感じていた。
「ここまでなんて……、まさに初代様の生まれ変わりと言われるだけあるわね……」
自分はエルフの中でも多い方だが、同じエルフのミレーラから見ても、フェルナンドの魔力量は驚異的だ。
数十年ぶりに帰ってきて、初めて見た皇太子の実力に興味があった。
初代様の生まれ変わりではないかと言われているのを聞いてどんなものかと持っていたが、噂はあながち嘘ではなかったようだ。
「どうしたい? 表情が硬いよ。でもその気持ちも分かるよ、生憎、生まれてこの方魔力量は誰にも負けたことはないんだ」
自分の魔力量を見て無言でいる俊輔に、フェルナンドは声をかける。
その反応に見覚えがあるからだ。
というより、誰もが自分の魔力量を見て同じ顔をするのだから、いつもの反応と言ったところだ。
この魔力を見ても、あまり表情を変えていないだけでもフェルナンドからしたら評価できる。
「……確かにすげえや。口だけじゃねえのは分かったよ」
フェルナンドの言葉に、俊輔は素直な感想を述べる。
ここまでの魔力を持っているのは、人間では初めて見たかもしれない。
「じゃあ、痛い目に遭う前に降参してくれないかな?」
「冗談だろ?」
自分の魔力量を見れば、誰もが勝てないと悟る。
俊輔もそう思ったはずだ。
そのため、フェルナンドは俊輔に降参をするように進言する。
しかし、京子のことがあるのに、戦闘なんて何もしていない状況で俊輔がそんな進言受け入れるわけがない。
「ハァ~……、仕方ない」
進言しておいてなんだが、断られると分かっていた。
結局勝つのは自分なのだから、無駄な時間をかけずに済ませたかった。
ため息を吐いたフェルナンドは、ゆらりと体を動かした。
「ハッ!!」
「っ!!」
体を倒すように動いたフェルナンドは、一瞬にして俊輔との距離を詰めた。
そして、持っていた木剣で俊輔へと斬りかかった。
色々なものがかかった試合だが、殺し合いをする訳にはいかない。
そのため、俊輔とフェルナンドの持つ武器は訓練用の木剣で、違うのはフェルナンドが片手に銃を持っている所だろう。
高速で袈裟斬りに放たれたフェルナンドの攻撃を、俊輔は左手に持つ小太刀の長さに短くした木剣で受け止めた。
「おぉ! よく反応できたね?」
「………………」
攻撃を防がれたフェルナンドは、すぐさま先程の位置まで戻る。
そして、俊輔が自分の攻撃を防いだことに感心した。
大抵の場合、自分の速度に付いてこれず今の攻撃で終わるもので、この国で防げたのは10人くらいしかいない。
フェルナンドの上から目線の軽口を、俊輔は相手をしない。
ただ黙って、フェルナンドが次どう出るかを見ている。
「ハッ!!」
見ているだけの俊輔に対し、フェルナンドはまたゆらりと動く。
先程と違い、今度は左右に動き回りながら俊輔へと迫った。
「シッ!!」
「っ!!」
俊輔の左側から迫ったフェルナンドは、今度は胴を狙って木剣を振ってくる。
その攻撃を、俊輔はまたも左手の木剣で受け止めた。
先程とは違うのは俊輔も同様。
攻撃を防いだすぐ後に右手の木剣で反撃をした。
「フッ!!」
俊輔の攻撃が迫ったフェルナンドは、笑みと共にバックステップして躱す。
またも距離を取ろうとするフェルナンドを、今度は俊輔が追いかけようとした。
“スッ!!”
「っ!?」
自分を追いかけようとする俊輔に、フェルナンドは左手に持つ銃を向ける。
「ハッ!!」
“パンッ!!”
銃を向けられた俊輔は、フェルナンドを追いかけることをやめてバックステップする。
そして、先程まで俊輔の足があった場所に、銃から放たれた弾丸が着弾した。
「いい反応だけど、今度こそ分ったかい? この銃と魔力差を考えれば君に勝ち目はない」
「………………」
銃による高速弾。
当たったら、魔闘術を使用していると言ってもかなりの痛手を負うことだろう。
フェルナンドの持っている銃は、話によると殺傷能力を下げるために威力制限がされているらしい。
それを聞くと、いつも持っている銃による威力はどんなものなのか知りたくなる。
それはそれとして、現在フェルナンドの持っている銃も危険だ。
フェルナンドの言いたいことも分かる。
あの銃による攻撃とフェルナンドの魔力量があれば、攻撃し続けて弱らせ、敵を近付けることなく痛めつけることができるだろう。
それが分かっても俊輔は無言を貫き、降参する素振りを見せなかった。
「……諦めないか。仕方ない少し痛い目に遭ってもらおう」
せっかく親切で教えてあげたというのに降参しない俊輔に、フェルナンドは残念そうに呟く。
余計な血を流すのは趣味ではないのだが、勝つためには仕方ないと、俊輔を痛めつけることにした。
「ハッ!!」
“パンッ!!”“パンッ!!”
銃と言っても魔力を圧縮して弾丸としてを放出するための補助具という話だが、引き金を引くだけで威力のある攻撃をしているのも同様だ。
しかし、距離を取ればその弾丸も躱せる。
連射してきたフェルナンドの攻撃を、俊輔は跳び上がることで回避した。
「っ!!」
「もらった!!」
攻撃回避のために跳び上がった俊輔に、フェルナンドは一気に接近する。
これまでよりも速い移動速度だ。
着地する寸前の俊輔に向けて、フェルナンドは速度を生かした突きを放った。
“カッ!!”
「なっ!?」
俊輔の喉元目がけて放たれたフェルナンドの突き。
それが直撃すると思った瞬間、俊輔の左手の木剣がフェルナンドの木剣を弾いた。
この攻撃で勝負ありと思っていたため、受け流されたフェルナンドは驚きに目を見開いた。
「フンッ!!」
「がっ!!」
攻撃を受け流られて隙だらけになったフェルナンドに対し、俊輔はわざわざ木剣を持った右手でぶん殴った。
顔面を思いっきり殴られたフェルナンドは、吹き飛んで地面へと背中を打ち付けた。
「どうした? 痛い目に遭わせてくれるんだろ? 手抜きなんかしていないで本気で来いよ。蛙の王子さん」
今まで黙っていたのは、フェルナンドの油断を誘っていただけだ。
たしかに自分よりも魔闘術の魔力量は多いが、対応できるレベルの速度だ。
見事に策にハマってくれたフェルナンドに、今度は俊輔が上から目線で話しかけて挑発した。
「グッ……、……蛙だと?」
「井の中の……って事だよ」
「…………ハハッ! そうか、君は……」
エルフの国という閉鎖空間内における頂点に満足しているフェルナンドは、まさに井の中の蛙と言ったところ。
そのため、俊輔は蛙の王子と蔑んだのだ。
どういう意味で行っているのか分からなかったフェルナンドは、説明受けると衝撃を受けたような表情をした後、乾いた笑いをした。
そして、俊輔はこれまでの人間と違い、自分と同じレベルに達している存在なのだということを理解したのだ。
「お望み通り、生まれて初めて本気で行こう……」
口から流れた血を拭いつつ立ち上がったフェルナンドは、これまでの余裕の表情から一変し、真面目な顔をして俊輔へと構えを取ったのだった。




