第286話
「ただいまより、特別試合をおこなう」
「「「「「オォォーー!!」」」」」
王であるロレンシオの発言により、会場に集まった者たちの歓声が広がる。
突然決まった王太子フェルナンドの試合。
それなのにもかかわらず、多くの者たちが闘技場へと集まっていた。
一部にはナンパ王子という噂があるが、それよりも戦闘の天才という印象の強いため、王太子に挑む者が出現したことに興味があるのかもしれない。
「先程の約束は覚えているかい?」
「あぁ、もちろん」
闘技場で向かい合い、開始の合図を待つ俊輔とフェルナンド。
その間、お互い睨み合いながら言葉を交わす。
フェルナンドの言葉に、俊輔は頷く。
「そっちこそ取り消すなら今だぞ?」
「そんなことしないさ」
「それならいい」
俊輔の返す言葉に、フェルナンドは首を横に振り返答する。
その返答を聞いた俊輔は、満足そうに笑みを浮かべた。
この2人の会話がケンカじみているのには理由がある。
急遽試合をする事になり、王であるロレンシオによって俊輔はフェルナンドとの顔合わせだけしていた。
その時に一悶着あり、俊輔はフェルナンドへ敬語を使うことをやめていた。
他のエルフの者たちが不敬として俊輔を捕える素振りを見せたが、一部始終を見ていたロレンシオがそれを許可したため、お咎めなしの状態だ。
◆◆◆◆◆
「すまんな。俊輔殿」
「いいえ」
今日の午前中。
昨日できなかった顔合わせをしたいということなので、俊輔は玉座の間へと足を運んだ。
対戦する自分だけで良いと言ったのだが、京子とカルメラも王太子の顔を見ておきたいと付いてきた。
「これが我が息子のフェルナンドじゃ」
「………………」
「初めまして……?」
ロレンシオの横には立つ眉目秀麗な金髪碧眼の青年が立っている。
青年と言ってもエルフなので、見た目通りの年齢ではないだろう。
そんなことを考えながら、俊輔は紹介を受けたフェルナンドに頭を下げて挨拶をした。
しかし、紹介されたフェルナンドは、無言で突っ立っているだけで反応がないため、俊輔は思わず首を傾げた。
「君!!」
「っ!?」
突っ立っていただけのフェルナンドが突然動き出す。
一瞬とも言うべき速度で動いた先は、俊輔の背後に立っていた京子の前だった。
あまりの速さに、京子はビックリしたような目でフェルナンドを見つめた。
「………………」
「……な、なんですか?」
突然自分の前に来たフェルナンドは、ジッと京子を見たまま動かない。
そんな訳の分からない様子に、京子は若干引きつつ問いかけた。
「俺と結婚してくれ!!」
「…………えっ?」
京子の問いかけに反応するかのように、フェルナンドは片膝をつく。
そして、突然京子にプロポーズの言葉を投げかけてきた。
あまりのことに理解できず、京子は少しの間を空けずにはいられなかった。
一国の王太子が、初めて会った女性に突然プロポーズするなんて考えもしなかったことだ。
戸惑うのも当然といったところだろう。
「次期王妃として俺を支えてくれ!!」
「お断りします!」
「なっ!?」
突然のことできちんと伝わらなかったと思ったのか、フェルナンドは再度京子へプロポーズをする。
その2度目のプロポーズにより、京子はフェルナンドが真面目に口説いているのだと理解し、あっさり拒否した。
拒否されると思っていなかったのか、フェルナンドは断られtことに驚きの反応をした。
「何故だ!?」
「何故って、私は彼と結婚しているので」
京子に振られたフェルナンドは、詰め寄るように理由を問いかける。
その威圧に引きつつ、京子は前に立つ俊輔を指さした。
「何っ!? ……誰だ君は?」
「………………」
「馬鹿者!! さっき私が説明しただろうが!!」
京子の指さした方向を見て、ようやく俊輔の存在に気付いたような反応をする。
その反応を受けて、俊輔は色々な感情が混ざり合って無言の状態でいた。
俊輔はエルフのミレーラを救ってくれた恩人であり、危険魔族の接近を知らせてくれた客人でもある。
人族とは言っても日向人であるため、特別な存在と言って良い。
そんな彼の目の前で妻を口説くなんて、失礼にもほどがある。
いくらナンパ狂いな所があったとしても、ここまで狂っているとは思ってもいなかったロレンシオは、フェルナンドを叱りつけた。
「そうでしたか?」
ロレンシオに叱られても、フェルナンドはどこ吹く風と言うかのように受け流す。
「そんなことより、君! 彼女と離婚してくれ!」
「っ!! なっ!!」
俊輔へ体を向けたフェルナンドは、さっきの挨拶を無視した上に今度は離婚しろと言ってきた。
そのあまりの発言に、ロレンシオは驚きと怒りで顔を赤くした。
「…………お断りします」
俊輔は色々な感情が渦巻く中、それでも相手が王太子ということもあって冷静に努める。
冷静を装っているが、声が冷淡になっているのは仕方ない。
「僕たちの愛を邪魔するつもりか?」
「……あ゛っ?」
どうやらフェルナンドは、さっき京子に振られたのは結婚しているから振られたのだと、自分に都合よくとらえたようだ。
まるで京子を縛り付けているような物言いに、俊輔は思わず怒気が洩れてしまった。
「そうだ! たしか君と試合をするんだったな。その勝負に私が勝ったら彼女と別れてもらおう!」
「……てめえ、王太子だからって調子こいてんじゃねえぞ!!」
あまりに自己中な発言に、とうとう俊輔は我慢が限界に来た。
怒りで敬語を使うのをやめて、思いっきりケンカ口調へと変わった。
その俊輔を見て、玉座の間にいた兵たちが武器に手をやる。
しかし、それをロレンシオが手で制止する。
俊輔の怒りも仕方がないことと、流れを見ることにしたようだ。
「いいぜ。てめえの提案に乗ってやるよ!!」
「俊ちゃん!!」
怒りが抑えられなくなった俊輔は、先程のフェルナンドの提案に乗る。
いくら何でも、そんな挑発に乗ってしまった俊輔へ、京子は慌てて止めようとする。
「そうか。これで障害はなくなった」
「……随分な自信だな?」
「フッ! まあな」
誘いに乗った俊輔に、フェルナンドは笑みを浮かべる。
そして、まるで自分が勝つと確信しているような発言をした。
あまりにも余裕な態度なため俊輔が話しかけると、その通りと言わんばかりにフェルナンドは頷いた。
「……で? お前は負けたら京子に近付かないのは当然として、何をかけるんだ?」
「……何?」
「まさか何も賭けないつもりでいたのか? 馬鹿なのか?」
負けるつもりはないので、京子と離婚なんてするつもりはない。
しかし、それを了承した以上、相手にも何かをかけないと正当な勝負にならない。
そのため、フェルナンドに何をかけるのかと尋ねると、何も考えていないかのような反応が返ってきた。
その反応にイラつきながら、俊輔は問いかける。
「そうだ! お前のその武器寄越せ!」
「っ!? これは駄目だ!!」
「断る権利はない。これは決定事項だ!」
よく見たら、フェルナンドは腰に刀と銃のようなものを差している。
しかも、王族が付けているのだから相当な物に見える。
そのため、俊輔はそれをもらうことで我慢することにした。
しかし、思いのほかフェルナンドが駄々をこねたので、無視してそれをもらうことを決定した。
「お前、これが初代王妃様の刀を元に作り上げた最高傑作の業物だと分かって言っているのか?」
「そんなの知らん。しかし、京子に比べりゃそんなの糞みたいなもんだ。そんなので我慢してやるんだから感謝しろよ」
「……分かった。良いだろう」
聞いた話だと、初代王妃の刀は国宝にされているということだ。
それを真似て、この国でも懸命に刀鍛冶に力を入れてきたらしい。
そして、有名な鍛冶師の最高傑作がフェルナンドが差している刀のようだ。
この国の最高傑作だろうと、京子に比べればたいしたことはない。
というより、俊輔の中で京子の代わりになるようなものなんてない。
フェルナンドも似たようなことを思ったのか、渋々というように俊輔の提案に乗ったのだった。




