第285話
「はっ? 人族と手合わせしろですって?」
「その通りだ」
俊輔たちが去った後の王城で、エルフ王国国王ロレンシオが息子のフェルナンドを玉座の間に呼びつけていた。
そして、明日俊輔と手合わせすることが決定したことを告げた。
突然のことに、フェルナンドは思わず驚きの声を上げた。
「父上の命なら仕方ありません。承りました」
わざわざ呼びつけたのだから、嘘ということではないことは分かっている。
そのため、拒否できる訳もなく、フェルナンドは素直にその命に従った。
「話は終わりですか? でしたら町へと向かいたいのですが……」
「……、またか……」
さっきまでの真面目な態度はどこへ行ったのか、いつも通りの反応にロレンシオは呆れた。
息子のフェルナンドは、民に対しても高圧な態度を取ることはなく、基本的に王族としての仕事は問題なくおこなう。
そういった王としての素質は十分なのだが、フェルナンドには困った問題が存在していた。
「その手合わせにお前が負けた場合、今度こそそのナンパ狂いをやめてもらう」
「っ!! 何ですって!?」
フェルナンドの問題点。
それは、ロレンシオが言ったように、ナンパ狂いということだ。
「口説き落とせたらすぐに別れるというようなおかしな事ばかりして、どれだけの女性が泣いていると思っているのだ」
「そんな! 誰とも肉体関係を結んでいませんよ?」
「そんなの当たり前だ!」
フェルナンドは気にいった女性に声をかけるが、それが成功すると別れるというおかしなことをしているのだ。
王族がやたらと口説き回っているのも問題だが、成功したらすぐに分かれるなんてことをしているのも問題だ。
気にいった女性を口説き、成功するとすぐに別れるため、肉体関係にまでは発展していない。
そのため、そこまでの関係に至っていないため、振った女性たちもたいして傷ついていると思えない。
なので、ロレンシオの文句に対し、フェルナンドは反論した。
その反論に対し、ロレンシオはツッコミを入れた。
節操もなしに次から次へと手を出していたら、数年後にはフェルナンドの子を名乗る者が大量に出現しかねない。
しかも、それが王の子だとなれば、王位継承にもかかわってくる。
そうならないだけまだマシと言ったところだが、もしも多くの女性と肉体関係になっているようなら、フェルナンドを王族から排除することも考えないといけないところだ。
「女性の心をゲームでもするように弄んで、何がしたいのだ?」
「弄んでいるつもりはありません。私が口説いた女性は、私が王族と分かるとすぐに交際を受け入れるのです。それで一気に冷めてしまうのです。私が王族でなくても好いてくれる女性はいないものですかね?」
「……全く、何を言っているのだ……」
この国の人間なら、大抵王族の顔を知っている。
なので、フェルナンドが声をかければ王族と気付くのも当然だ。
フェルナンドと結婚すれば王妃になれる。
そう考えたら交際の申し込みを受け入れる気持ちも分かるし、そもそも王族からの申し出を断るなんてなかなかできない。
それなのに、受け入れたら振られるなんて、ふざけているとしか言いようがない。
我が子でありながら理解しがたい理由だ。
「別に女性を口説くなと言っているのではない。一般の女性であろうと、お前が生涯を共にすると決めた者なら誰も文句を言うことはない。お前に振られて泣いている女性がいるのだ。王としてこれ以上お前の好きにさせるつもりはない」
この国は王族は存在していても、貴族位は存在していない。
王をトップとしているが、国の内外のことは国民から選ばれた者が話し合って道筋を決めていて、最終判断をするのが王の役目になっている。
そのため、市民との垣根は低い方だと思う。
もしも、フェルナンドが本気で好きになり、相手が受け入れたのならば、ロレンシオだけでなく多くの者が反対などしないだろう。
しかし、このまま多くの女性を傷つけるようなことになれば、王族の品位を落としてしまう。
そのために俊輔にフェルナンドとの手合わせを願い出たのだ。
「分かりました。……でも、試合に勝ったら続けていいということですか?」
「……か、構わん……」
何度も止めてるというのに、まだこりていない様子。
そんなフェルナンドに、ロレンシオは本当に自分の子かと疑いたくなる。
「じゃあ、良かった……」
ロレンシオの返答に、フェルナンドは笑みを浮かべた。
どうやら、戦う前から勝てる気満々のようだ。
フェルナンドは、小さい頃から戦闘面において非凡な才能を見せてきた。
だから、その自信も分からなくはない。
「随分自信ありげだが、お前でも勝てないはずだ」
「へぇ~、どんな相手ですか?」
フェルナンドは、対戦相手を特別に入国を認めている人族という話しか聞いていない。
人族はこの国の建国時に攻め込んで来たことがあり、初代様をはじめとした者たちのお陰で撃退することに成功した。
その時のこともあって、魔人や獣人、それとドワーフ族と同様に、この国も進んで関わりを持つ様な事はして来なかった。
それなのに入国を許しているというのだから、余程の相手なのだろう。
「日向の者だ」
「っっっ!! 初代王妃様の……」
「その通りだ」
この国の初代国王の王妃は、日向の人間だ。
そのこともあって、人族とは言っても日向の人間は特別だ。
今でも初代王妃様のような黒髪女性が人気がある。
その王妃様のルーツとなる国の者が対戦相手と聞いて、フェルナンドは目を大きく見開いた。
「……それは楽しみですね!」
「…………」
日向なんてここから遠く離れた国のため、関わり合うことなどそうあり得ない。
相手が誰でも勝てると思うが、強さ以外にも興味が湧く。
その楽しみからか、フェルナンドから魔力が漏れだした。
その魔力の量を見て、ロレンシオは息を飲んだ。
漏れ出るにしても、とんでもない量の魔力だったからだ。
『彼でも大丈夫だろうか……』
フェルナンドがいくら才能があっても、魔王の封印されたダンジョンを攻略できる程ではないはずだ。
それに引きかえ、俊輔はこれまでこの国にあるダンジョン以外を攻略してきた。
いわば怪物と言ってもいい。
そんな俊輔なら、フェルナンドの伸びた鼻をへし折ってくれると思っていたが、先程の漏れた魔力を見せられると、ロレンシオはその考えも不安になってきたのだった。




