第282話
「…………エルフ王国って獣人が多いんだな」
「そうだね……」
俊輔たちの乗った船がエルフ王国あるアンヘル島の港に着いた。
港に降り立った俊輔が見たままの感想を呟くと、京子も共感したように頷いた。
こう呟いたのも、エルフ王国というのだからエルフたちが多いのかと思っていたのだが、エルフよりも獣人の方が多いように思えたからだ。
獣人と仲が良いという話は聞いていたが、さすがに多すぎる気がする。
「どういう印象だったのか知らないけれど、それは当然よ」
「えっ?」
「何で?」
俊輔と京子の呟きに反応したのは、数十年ぶりの里帰りになるミレーラだ。
エルフ王国は、魔人やドワーフ、それと獣人とは交流はあっても、人族とは交流していない。
そのため、俊輔たちはエルフの国のことを良く知らないためそう思ったのだろうと、疑問の訂正をすることにした。
「エルフ王国といっても、元はたった1人の純血種によってできた国なの」
「1人の純血種?」
ミレーラの説明に、カルメラが首を傾げる。
それが本当だとすると、もう純血が存在していないかのような言い方だ。
「そうよ。エルフ王国とは言っているけれども、もうこの世界に純血種は存在していないわ」
獣人も多いが、エルフも結構いる。
そうなると、彼らは純血ではないのだろうか。
そんなカルメラの疑問の表情を読み取ったのか、ミレーラは先読みをするように説明をした。
「でも……」
「私のようにエルフの特徴を持つ者たちは、初代様の血を濃く引き継いでいる証なのよ」
純血種がいないということは分かったが、ミレーラはエルフの特徴そのもののように思える。
そんなミレーラも、純血ではないということなのだろうか。
京子がそう聞こうとする前に、ミレーラは答える。
その表情はどこか誇らしげだ。
「もしかして、ミレーラって王族なの?」
「いいえ。血を濃く受け継いでいるけれど、私は国王陛下の4親等内の血族ではないから、王族という括りではないわ」
ミレーラの説明によると、エルフの容姿をしている者は初代の血を濃く受け継いでいる者なのだが、この国の王族は現国王の4親等内の者を示すらしい。
そのため、例えミレーラの見た目がエルフであろうとも王族という訳ではないそうだ。
「獣人も似たタイプの人たちがほとんどだな……」
「狼人族という種族よ」
エルフよりも獣人の方が多いが、その獣人たちも特徴が似ている。
そのことを俊輔が指摘すると、ミレーラが彼らの種族を教えてくれた。
「狼人族の一部がこの島に流れ着き、初代様のご家族に救われたの」
大昔に獣人大陸内で魔物のスタンピードが起き、狼人族の村に被害が起きた。
その狼人族の一部がこの島に流れ着き、共に暮らすことになったそうだ。
「初代以外に純血種がいないにもかかわらず、これだけのエルフたちがいるということは、多くの奥方がいたのかな?」
エルフの初代しか純血種がいなかったということは、ここにいるエルフの特徴を持つ者たちはみんな初代の血を引き継いでいるということ。
それだけ多くの子を設けないと不可能なように思える。
エルフは長命のため、京子は何人かの妻がいたのだろうと思った。
「いいえ。初代様は生涯1人の女性しか愛さなかったわ。そのためか、この国では一夫一妻の夫婦が多いわ」
「へぇ~……」
京子の考えを、ミレーラは否定する。
長命でありながら、初代国王は最後まで1人の妻しかもたなかった。
それだけ王妃を愛していたということだ。
このことは、美談として受け継がれている。
それもあって、他の国同様多くの妻を持つことが許されているにもかかわらず、この国では一夫一妻の夫婦が多いそうだ。
「でも、それだとここまでエルフの特徴を持った者たちがいるのはどういうことだ?」
カルメラの言うことはもっともだ。
エルフ王国ができてかなり経つが、一夫一妻でこれほどの人数にまでエルフの特徴を持つ者が増えるのは疑問に思える。
「初代様への感謝からか、我々は段々と初代様の血が濃くなるような婚姻がくまれるようになっていった。それによって私のような純血種に近い容姿の者が生まれるようになって来たのよ」
3代目国王になると、見た目はエルフの特徴がほとんどなくなっていた。
そのことが気になっていたのか、国民たちは初代の血を少しずつ濃くするような婚姻を重ねることになったそうだ。
もちろん望まぬ婚姻をさせるようなことをしていなかったが、血の濃さを計算するような婚姻が繰り返されたのだろう。
それによって、エルフの特徴を持つ者が生まれ始めたようだ。
「それにしたって、獣人の血が強いんじゃないか?」
「実は、ごくまれに先祖返りのようにエルフの容姿を持って生まれる者も生まれたりしたの。そういった者に多くの子を生してもらったわ」
俊輔が言うように、いくら血を濃くしようとしても、獣人ばかりの国ではなかなか難しいのではないだろうか。
そういったところに、先祖返りようにエルフの特徴を持つ子が生まれた。
一夫一妻が好まれているとは言っても、エルフの特徴を持った者が生まれるなんてめったにないこと。
そのため、その先祖返りの者には多くの女性と婚姻してもらい、エルフの特徴を受け継ぐ子を増やしてもらったそうだ。
「……そう言えば、京子は気を付けた方が良いわよ」
「えっ? 何で?」
いつまでも港にいても意味はない。
今日はもう日も落ち始めるため、宿屋を探しに向かわなければならない。
そのために町中へと向かおうと思ったのだが、その前にミレーラによる注意がされた。
その注意に、京子は首を傾げた。
「この国は初代様へのリスペクトは消えていないわ。そして、その奥方の特徴である黒髪黒目はこの国では美人の証のようなところがあるわ。中には髪の毛を染める女性もいるくらいよ」
「えっ? つまり?」
「つまり、京子がエルフの男性たちに求婚される可能性が高いということよ」
「……本当に?」
「本当よ」
初代の奥方である王妃は、俊輔たちと同じ日向人であることは有名だ。
そのため、王妃の特徴である黒髪黒目は人気があるらしい。
モテるために髪を染める者もいるくらいだ。
黒髪黒目が自然の京子なんて、エルフの男性たちが放って置くはずがない。
ミレーラがそのことを告げると、京子は迷惑そうな表情になった。
「気を付けなさいよ」
「……分かった」
結婚していることをきちんと主張しないと、いつまでも付き纏ってくるかもしれない。
そうならないために、ミレーラは俊輔にも注意を促しておいたのだった。




