第280話
「昨日の戦い見事であった!」
「……ありがとうございます」
ビクトリノとの試合をおこなった翌日。
俊輔たちは、ヴァーリャ王国国王であるモデストと面会した。
挨拶を交わしたあと、モデストは嬉しそうに昨日の試合の話をし始めた。
どうやらモデストは、観客と同様試合に熱中していたようで、昨日は終始ご機嫌だったようだ。
もしかして、部下であるビクトリノを自分が倒してしまったことに腹を立てているのではないかと思っていたが、どうやら違ったようで安心した。
「昨日は、上には上がいるといい勉強になった。これからも精進する」
「いや、こっちも獣人の魔闘術なんて良いもの見せてもらった」
モデストの側に立つビクトリノも、昨日負けたというのに特に恨み言を言うことなく俊輔に感謝を述べてくる。
俊輔としても、獣人との戦闘という初めての体験ができたことに感謝の言葉を返した。
「日向人が強いとは子供の頃から聞いていたが、あれほどとは思わなかった」
「いや、ビクトリノさん。俊ちゃんを基準にしちゃだめだよ」
「そうなのですかな?」
獣人大陸では、昔の印象から日向人は強いというイメージが強く残っている。
それがずっと続いていたところで俊輔の強さを見たため、余計に印象を強くしてしまったようだ。
しかし、その考えは間違っている。
俊輔が特別なのであって、ビクトリノと戦える人間なんて数えるほどしかいないだろう。
このままだと、更に日向人のイメージが大きくなってしまいそうだったため、京子はビクトリノの考えに注意を促した。
それを聞いて自信を少し取り戻したのか、ビクトリノはどことなくスッキリした表情になった気がする。
『お前もだろ?』
たしかに俊輔は日向というだけでなく、人族としても特別な実力の持ち主といえる。
しかし、ビクトリノと戦える実力というと、エルフのミレーラと京子も充分強いと思える。
そのため、京子の話を黙って聞いていたカルメラは、心の中でツッコミを入れた。
「実力を試すようなことをして申し訳なかったな」
「いいえ」
ドワーフ王国の危険ダンジョンを攻略した人間と聞いて、モデストはその強さに興味があった。
そのためにビクトリノとの試合を臨んだのだが、その強さが見られてとても気分が良さそうだ。
自分の興味のためとはいえ試合を受け入れてくれた俊輔に、モデストは感謝の言葉をかけてきた。
俊輔も先ほど言ったように獣人との戦闘ができたことが新鮮だったので、文句どころか楽しませてもらった。
モデストの感謝の言葉に、俊輔は恐縮したように返事をした。
「さて、今後のことだが……」
昨日の試合のことで嬉しそうな表情をしていたが、いつまでもその話をしている訳にもいかない。
俊輔たちの目的は、このヴァーリャ王国からカンタルボス王国へと向かい、南の危険ダンジョンがあると言われるエルフ王国へ向かうことだ。
そのことを思いだしたのか、モデストは話を変えた。
エステのことを考えると、少しでも早くエルフ王国へ向かいたい俊輔たちとしても助かった所だ。
「カンタルボス王国へと行き、エルフ王国へと向かいたいそうだが、カンタルボス王への書状は任せておけ! 昨日の試合の礼として、出来る限り厚遇するように一筆入れておいた」
「ありがとうございます」
昨日の試合を受けた甲斐があったというべきか、モデストに気にいってもらえたようだ。
大昔、獣人大陸の国々は領土を巡って争っていたらしいが、人族との戦いのために団結したこともあって、今ではどこも仲が良くなっているそうだ。
そのため、モデストからの書状を渡せば、問題なく対応してくれるらしい。
「すぐに旅立つそうだが?」
「はい。今日中にはカンタルボス王国へと向かう予定です」
本当は獣人大陸を回ってみたいところだが、今回は急いでいる。
エルフ王国にある魔王が封印されているというダンジョンで、俊輔の標的である魔族のエステが何か企んでいる様子だ。
魔王がどれほどの強さなのか分からないが、もしも復活なんてされたら面倒なことになるのは間違いない。
エステの計画を止めるためにも、すぐにカンタルボス王国へと向かいたい。
そのため、今日は準備を整えて、今日中には出発するつもりだ。
「そうか……。必要なものがあったら言ってくれ。我々が用意しよう」
「ありがとうございます。でしたら、カンタルボスまでの食料を用意いただけますか?」
「そんな事ならお安い御用だ」
今日の午後に出発するために、俊輔たちには食料が必要だった。
一応、俊輔の魔法の袋の中には、大量の魔物の肉や野草が収納してあるのだが、野菜や調味料は購入しないと手に入らない。
それを補充しておこうと思ったのだが、どうやら援助してもらえるようだ。
そのため、俊輔はその厚意を受け入れることにした。
「馬車は必要ないか?」
「従魔のアペストルースがいるので大丈夫です」
「あぁ、そうだったな」
ヴァーリャ王国からカンタルボス王国へ向かうには、馬の脚で数日かかる。
いくら急いでいると言っても、俊輔たちが走って行くには遠すぎる。
それを解消するために馬車を用意しようかとモデストが提案してきたが、俊輔にはアペストルースという種類の従馬がいる。
つまりはダチョウのアスルだ。
この国に来てから、アスルは用意してもらった城の厩舎に預けている。
アスルなら馬より早く走れるので、俊輔はモデストの提案を断った。
「あとは何か欲しいものはあるか?」
「そうですね……」
「何でもいいぞ。申してみよ」
「分かりました」
欲しいものと言われても、他には特にない。
そう言おうかと思ったが、俊輔はあることを思いつき少し躊躇った。
しかし、モデストが機嫌が良さそうなので、とりあえず言ってみることにした。
「いつかまたこの国に来れるように、許可証のような物を頂けるとありがたいです」
「なるほど……良いだろう。食料と共に許可証を発行しておこう」
「ありがとうございます」
モデストにも言ってあるが、俊輔たちはこれからエルフの危険ダンジョンに向かう。
これまで3つのダンジョンを攻略したが、同じように攻略できるとは限らない。
それに、エステが何をしてくるか分からない現状では、もしかしたら命を落としてしまうかもしれない。
次また来れると言い切れない状況だが、もしも死なずに済んだならば、今度はちゃんと獣人大陸の国々を回ってみたいと思う。
そのことを告げると、モデストは許可証の発行を受け入れてくれた。
「もう出発か……」
「また来たいね?」
「そうだな……」
数時間後、王都バルニドを少しだけ観光し身支度を整えた俊輔たちは、モデストへ出発の挨拶をするためにまた会いに向かった。
そして、挨拶を済ませて頼んでいた通り食料とカンタルボス王への書状、そしてまたこの国へと入国するための許可状を受け取ると、俊輔たちはカンタルボス王国へと向かうことにした。
アスルに馬車を引かせて出発し、ヴァーリャ王国が遠ざかっていくのを眺めながら、俊輔は少し残念そうに呟く。
観光のための旅行だったのだが、こんなに急いで移動しないといけなくなるなんて思ってもいなかった。
もう少しヴァーリャ王国の観光をしたかったのだが、それができないのが悔しそうだ。
俊輔のその感情を読み取ったからか、京子がすぐに慰めの言葉をかける。
残りのダンジョンとエステを倒せば、今度はのんびりと観光できるはずだ。
そのことを言われた俊輔は納得したように頷き、アスルが引く馬車に揺られながら、次のカンタルボス王国への道程を進んで行ったのだった。




