第272話
「何か企んでるようだが、その体で何ができる?」
笑みを浮かべた俊輔に、一瞬躊躇するオエステ。
しかし、俊輔は受けたダメージによって弱っている身。
何かをするにしても、警戒していればさっきのような奇妙な攻撃を受けることはないだろう。
そう判断したオエステは、右手に纏う魔闘術の魔力を増やした。
「死ね!! 爆滅拳!!」
右手の魔力を増やしたオエステは、そのまま地を蹴り俊輔との距離を詰める。
そして、振りかぶった右拳を打ち込んで来た。
「ハッ!!」
迫り来るオエステの拳に、「何が爆滅拳だ。ただの右ストレートじゃねえか!」とツッコミを入れたいところだが、そんな事を言っている場合じゃない。
たしかにただの右ストレートではあるが、その拳に込められた魔力の量からいって、まともに食らえば本当に爆発でもして滅してしまいそうな威力を秘めている。
しかし、それでも俊輔は焦ることはせず、地面に手を突いて魔力を流した。
「何を……」
オエステは、「何をしようというのか?」と言おうとしたのだが、それを言う前に異変が起きた。
俊輔の顔面まであと数センチという所で、自分の右拳が止まってしまったのだ。
右拳だけではない。
全身が、何かに拘束されたように動けなくなってしまった。
「どういうことだ!?」
声だけは出せるようだが、懸命に体を動かそうにも全身が固まってしまって言うことをきかない。
訳が分からず、オエステは原因を作り出したであろう俊輔へと問いかけた。
「設置型の魔法だ」
「設置型!?」
別に何をしたかなんて答える必要はないのだが、全くの無防備の状態で固まっている相手なら後は止めを刺すのみ。
種明かしくらいはしてやろうと、俊輔は簡単に説明する。
その説明に、オエステは驚き交じりの納得いかないような反応をした。
魔力を1か所に置き止め、後は発動としての魔力が流れると魔法が起動する。
それが設置魔法だ。
「嘘を言うな! お前はそんな素振りを見せていなかった」
設置魔法は、魔法が使える者ならそれほど難しくない。
オエステが驚いたのは、別に設置魔法に関してではない。
俊輔が魔法を設置する間なんて与えていなかったはずなのにもかかわらず、どうして設置魔法が発動しているのかが分からなかったのだ。
「戦いの最中にやったなんて誰が言った?」
「……何?」
オエステが驚くのも至極当然のことで、俊輔も同じようなことをされたら驚いたことだろう。
たしかに、オエステの戦闘中に俊輔が魔法を設置する間なんてなかった。
あったとしても、オエステの動きを止めるような大量の魔力を使っての設置なんてできなかった。
しかし、それもこの戦闘中はだ。
「実は、俺たちはここを拠点として戦っていたんだ……」
「何を言って……」
急に脈絡のないようなことを言う俊輔に、オエステは固まったまま問いかけようとした。
しかし、俊輔が最後まで聞けと言うかのように手を上げて制止の合図をしたので、オエステは途中で黙った。
「今は結界が消えているが、ここは元々危険領域内だ。そしてここは俺たちが拠点にしていた家があった場所。結界内の魔物は、地下でなくても危険なのが時折地上に上がってくることがあるんだ。そういった魔物が来ても安全に休息が取れるように、結界を設置していたんだ」
俊輔とオエステが戦っていた場所は、今は攻略されて一時の間機能が停止しているが、本来なら危険なダンジョンの領域内であり、攻略したので解体してしまったが、近くには半年近くを過ごした拠点となる家もあった場所だ。
地上の魔物なら俊輔たちなら負けるようなことはないが、夜中などに出現されては体を充分に休息させることができない。
交代制で番をするという手もあるが、それよりもいい手があった。
「魔力を増やすためには、体内の魔力をギリギリまで使いきってから休息した方が伸びる。ならば寝る前に、拠点に迫り来る魔物に対して、探知した瞬間に抑え込む魔法を設置して魔力を使い切ろうって思ったんだ」
俊輔は生まれてすぐから始めていたことだが、魔力量は使えば使うほど増えるものだ。
子供の時の方が魔力量の伸びしろは大きいのだが、大人になっても魔力量を増やすことはできる。
戦闘において魔力の量の差は絶対的なものではないと言えるが、多ければ多い程幅が広がる。
そのため、大人になっても俊輔は魔力消費による魔力量アップを継続していた。
しかし、魔力を使い切るのも、強力魔法の無駄撃ちに使うよりも、安全を確保するように使った方が良いに決まっている。
拠点で安心して過ごせるようにと、魔物の種類によっては食料になるため、拠点の周囲には魔物捕獲の魔法を設置しておいたのだ。
「お前の誘導は、ここに連れて来ることだったのか!?」
「その通り。上手くいって良かったよ」
戦闘開始した場所から、俊輔たちは移動している。
攻めるオエステと防ぐ俊輔。
この構図のまま動き回っていたが、実はそれも誘導のためでしかなかった。
そのことに気付いたオエステに、俊輔は笑みを浮かべつつ返答した。
「まぁ、気付いたところでもう遅いがな……」
回復薬を飲み、俊輔は怪我を回復する。
恐らく、さっきのソバットで肋骨が折れているが、我慢できるし動けるから問題ない。
回復した俊輔は、体中の魔力を両手の木刀の先へと集中させた。
「ま、待て!!」
「待つわけないだ…ろっ!!」
魔闘術は起動できているが、それ以上の拘束力によって固まって動けない。
これでは完全に無防備の状態だ。
そんな自分に対して、俊輔は二刀の剣先に尋常じゃない量の魔力を集中している。
この状態でその魔力による攻撃を受ければ、当然ただでは済まない。
そのことを察したオエステは、慌てたように俊輔へ声を上げた。
しかし、そんな言葉を無視するように、俊輔は剣先に集めた膨大な魔力をオエステへとぶっ放したのだった。
「グア――……」
強力に圧縮された膨大な魔力がオエステへと襲い掛かる。
半年近くの期間毎日魔力を補充した捕獲用設置魔法により、無防備なオエステは攻撃を避けることなどできる訳もなく直撃する。
それにより、後方にそびえる樹々と共に吹き飛んで行った。
「……オイオイ、なんて奴だよ。至近距離であの攻撃を受けて粉々にならないなんて……」
強力な魔力波の攻撃により、爆発が起こり土煙が舞い上がる。
その土煙が治まると、俊輔から離れた位置にオエステが倒れていた。
魔闘術まで封じるような魔法ではなかったとは言っても、完全に防御もできない状態での俊輔の全力攻撃だった。
粉々になっても不思議じゃないはずなのにそうならなかったため、俊輔はオエステの頑丈さに感心してしまった。
「な…舐める……なよ!!」
「うわっ!? 生きてるし……」
オエステの死を確認して仲間のもとへ帰ろうと思った俊輔だったが、オエステが声を出したことで近付くことをやめた。
粉々にならなかっただけで死んだと思っていたのに、まさか生きているとは思わなかったためだ。
「どんだけ頑丈なんだよ……」
オエステは死ぬどころか、ヨロヨロと上半身を起こした。
それを見た俊輔は、ここまで来ると驚きを通り越して感心どころか呆れてしまう。
あの爆滅拳だとかいう技同様、僅かな間だけ全身に纏う魔力量を増やして防御力を高めたのかもしれない。
「でも、もうまともに動けないだろ?」
生きていたこともそうだし、まだ戦おうとしていることも驚きだが、いくら何でももう戦うことはできないだろう。
さっきの攻撃によって、オエステの両手両足は炭化している。
上半身を起こしたところで何もできないはず。
防御に魔力を使い切った今なら、止めを刺すのみだ。
そう判断した俊輔は、止めた足を再度進めようとした。
「そうだね」
「「っっっ!?」」
オエステに対して発した俊輔の言葉に対し、代わりに返答しつつ1人の人間が登場した。
その人間を見た俊輔とオエステは、驚きで声を失ったのだった。




