第259話
それは攻略を開始して2ヵ月が経った頃の話だ。
「お~い。京子! ネグ!」
「あっ! 俊ちゃ……ん?」
「ピッ?」
いつものようにそれぞれのペースで攻略を進めており、時計で時刻が夕方になったのを確認した京子は、出口へ転移するために俊輔の従魔であるネグロと共に俊輔の迎えを待っていた。
予定時刻に来た俊輔に、京子とネグロは笑みを浮かべるが、その笑顔もすぐに真顔へと変わった。
「……誰? その子……」
京子やカルメラに自分の従魔を付けたため、俊輔は1人で攻略に向かっていたはず。
朝別れた時は1人だったのに、何故か俊輔の側には1人の女性が立っている。
サラサラの金髪ロングの碧眼、しかもかなりの美形。
妻の京子としては、色々な意味で彼女と一緒にいる理由が聞きたくなる。
「あぁ、70層手前で見つけた」
「ミレーラよ。よろしく」
「……よろしく」
京子の心理など知る由もなく、俊輔は普通に返答する。
俊輔がミレーラと遭遇したのは、69層を攻略していた時のこと。
魔物とは違う魔力を探知し、そちらへ向かっていくとミレーラが魔物と戦っていた。
何でこの危険なダンジョンにいるのとか色々と聞きたいと思い、俊輔は一緒に地上へ出ることを提案した。
その提案を受け、ミレーラは一緒に来たのだ。
何者かも分からない美人の出現に少々訝し気な表情をしつつ、京子はミレーラの挨拶に返事をしたのだった。
「……で? 何者なんだ?」
京子と合流した俊輔は、15層付近にいるカルメラとアスルを迎えに行った。
ミレーラを見たカルメラは、京子と同様に固まった。
この危険なダンジョンに、自分たち以外の人間がいるなんて思ってもみなかった。
ドワーフ王国が以前攻略のために送った人間は、たしか30年前だったはず。
つまり、ミレーラは最低でも30年はこのダンジョンで生活を送っていたということだ。
そんな長い間諦めずに攻略を目指していたなんて、とんでもない精神力の持ち主のようだ。
みんなで拠点に帰り夕食を取った後、ミレーラがどうしてこのダンジョンにいるのか疑問に思ったカルメラは、率直に問いかけた。
「先程も名乗った通り、私はミレーラ。エルフの一族よ」
「「エルフ……」」
美人な顔に目が行きがちだが、ミレーラには人族とは少し違う部分がある。
それがエルフ特有の先が尖った長い耳だ。
エルフは人族大陸で見るようなことはない。
昔は同じ大陸に住んでいたのだが、人族による迫害を受けて大陸からいなくなってしまったのだ。
エルフの国に行かない限り会えるとは思っていなかった京子とカルメラは、まじまじとミレーラの姿を見まわした。
「……私何か変?」
「いいえ、エルフなんて珍しいものだから……」
「あぁ、話に聞いた通り美人だと思ってな……」
自分を見る2人の視線に、自分にどこかおかしなところでもあるのかと不安になったミレーラは、2人に問いかける。
しかし、2人はエルフという珍しい種族に会えたので、ただ単純に眺めていただけだ。
エルフは美形。
言われていた通りの美人で、しかもスタイルも良い。
同じ女性だというのに、うっとりしてしまいそうなほどだ。
「フフッ……、美人の2人に言われると嬉しいわ」
たしかにミレーラは美人だが、京子やカルメラも美形だ。
黒髪黒目で和風美人の京子に、日焼けした姿が健康的な美人のカルメラ。
そんな2人に褒められ、ミレーラは嬉しそうに笑った。
「あなたたちの言う通りだと、私は30年前に入った攻略部隊の1人よ」
ダンジョン内にいたため、ミレーラはどれぐらいの月日が経っていたか分からない。
しかし、他の者と共に入ってから、俊輔たち人遭遇するまで後続の人間を確認していない。
なので、自分は恐らく前回ドワーフ王国が送り出した攻略部隊の者だ。
まさか30年経っているとは思ってもいなかった。
「ダンジョン攻略に入ったのだけど、ずっと攻略できずにいたの……」
ミレーラの話だとドワーフ王国は、同盟国から攻略に向かってくれる人員を募ったそうだ。
同盟関係にある獣人族・魔人族・エルフ族と、自国のドワーフ族の混合部隊を作って、ダンジョン攻略を目指した。
他の仲間が1人また1人と命を落とし、とうとうミレーラ1人になってしまったそうだ。
「攻略を始めたら先に進むしかない。だから地道に攻略を進めてきたわ」
このダンジョンが攻略できないのは、進む以外に生き残る術がないからだ。
10層を越えてから戻ろうとすれば、10層に現れる強力なエリアボスに挑まなければならない。
それを倒せてせっかく戻っても、また攻略に向かえば10層のエリアボスと戦うことになる。
行ったり来たりするたびに強敵と戦わなければならず、それ以外にも危険な魔物が襲い掛かってくる。
戻るも地獄、進むも地獄。
攻略を目指すなら戻るより進むしかないため、ミレーラは地道に進んで来たそうだ。
30年かけてようやく70層前まで来たところで、俊輔と遭遇したということらしい。
「でも、まさか後続に追いつかれて、それが転移魔法の使い手なんて思わなかったわ」
もう30年地上に出ていない。
攻略できるまで出られないと諦めていた。
しかし、久しぶりに会った人間が、まさか転移魔法の使い手だとは思わなかった。
「この部屋でも使ってくれ」
「あぁ……、お風呂に入れて、ゆっくり寝られる日が来るなんて……」
みんなで夕食を食べた後、長いことミレーラの話を聞いた。
そのあと、拠点内の風呂に入ったミレーラへ、俊輔は空き部屋を用意した。
部屋の中のベッドを見ると、ミレーラは感動したようにベッドへ倒れ込んだ。
話によるとこれまでは周囲に魔物がいないことを確認し、数分寝ることを何度もおこなうことで何とか休息をとってきた。
それが、転移魔法の使い手である俊輔によってあっさり地上に出られ、魔物に怯えることなく眠ることができる。
その嬉しさにこれまでずっと張りつめていた気が抜けたのか、ミレーラはすぐに寝息を立て始めた。
「……相当気を張っていたんだろうな」
「そうだろうね……」
ミレーラをそのままにして、俊輔は京子たちのいるリビングへと戻る。
あっさり眠ってしまったことを伝えると、京子は分かっていたように呟く。
1人で何年もの間満足に眠りに付けずにいたのだから、そうなってもおかしくない。
「私たちも俊ちゃんの転移魔法がなかったら同じ目に遭っていたんだね……」
「そうだな……」
京子とカルメラは転移の魔術が使えない。
このダンジョンの攻略するのであれば、転移魔法が使えないとミレーラと同じ方法で攻略を目指さなければならなかった。
そう考えると、自分たちは恵まれているのかもしれない。
「そうだぞ! 2人とも感謝しろよ!」
2人の言葉に反応した俊輔は、どや顔で胸を張る。
「そう言われるとなんか感謝したくなくなるわ……」
「そうだな……」
「ひでえ……」
そのどや顔が少々気に障り、京子とカルメラは冷たい目で俊輔に呟く。
そのいわれように、俊輔は納得できない表情で2人に抗議したのだった。




