第250話
「俊輔殿!」
「あぁ、ブラウリオさん」
ビダルへのプレゼントを渡し、エナグアの観光も終えた俊輔の所へ戦闘部隊の隊長のブラウリオが現れた。
男子寮に厄介になっているので、部屋には俊輔と従魔のネグロしかいない。
丸烏のネグロは、俊輔に撫でられているうちに眠くなってしまったのか、布団の上で眠っている。
毛玉が布団に乗っているようにしか見えない寝姿は、可愛らしくもありレオの癒しになっている。
「確かドワーフ王国へ向かいたいと仰ってましたよね?」
「えぇ……」
魔人大陸の南に位置するエナグア王国の南には、ドワーフ王国の島が存在している。
その南に獣人大陸があるのだが、ドワーフ王国は人族に厳しい人種で、許可がない限り入国をする事は許されない。
昔から魔人や獣人にちょっかいを出しているのと同じように、人族のある国がドワーフ王国にも手を伸ばそうとした。
自国で開発した魔道具兵器を使うことにより、攻め込んで来た人族国に手痛いしっぺ返しをしたのだが、懲りずに他の人族国が攻めてきたりした。
何度も叩き返すことでようやく攻め込んでくる国がなくなったのだが、そのしつこさに我慢ならなくなったドワーフ王国は、人族とは交渉すらしないというスタンスを取るようになった。
そんな国に向かっても門前払いが良いところなため、俊輔たちは諦めて獣人大陸に行こうと話していた。
ブラウリオには、世界中を観光して周っていると伝えていたのだが、そのことを覚えてくれていたようだ。
「まだ向う希望は有りますか?」
「えぇ、行けることなら……」
世界を見て回りたいと思って旅を続けているので、当然ドワーフ王国へも行ってみたう。
しかし、無理やり入って迷惑をかける訳にはいかない。
そのため、諦めていたのだが、行けるものなら今でも行きたい。
「俊輔殿が魔族を倒したことをドワーフ王国の軍務の人間に伝えましたところ、ぜひお会いしたいとのことになりました」
「えっ! 本当ですか? ありがとうございます!」
どうやら今回魔族を倒したということは、ドワーフ王国にも伝わったそうだ。
それによって、昔から協力関係にある魔人族を救った俊輔たちに興味が湧いたらしい。
ドワーフに危害を加えるような人間ではないとブラウリオも伝えたことで、特別に入国の許可を出してくれるようになったようだ。
若干諦めていたところもあったので、まさか行けるようになるとは思ってもいなかった。
しかし、行っていいなら当然行きたい。
「それなら獣人大陸に行くのは後に回して、ドワーフ王国へ行くことにします!」
「そうですか。ではあちらにもそう伝えておきます」
「お願いします!」
エナグアの南に港があり、そこからなら数時間で行けるらしい。
向こうの気が変わらないうちに行ってしまおうと、俊輔は即決でブラウリオにお願いしたのだった。
「へぇ~、それでドワーフ王国へ向かうってことになったんだ……」
「あぁ……」
獣人大陸に向かうはずが、急にドワーフ王国へ行き先が変更されたことに、最初京子は不思議そうにしていた。
行けると分かって嬉しかったため、俊輔は京子たちにブラウリオとのやり取りを伝えるのを忘れていたのだ。
元々、京子は俊輔と一緒ならどこへでもついて行くつもりなので、急に行き先が変わったとしても何とも思っていないようだ。
俊輔の説明を受けて、あっさりとドワーフ王国行きを受け入れた。
「ドワーフ王国……楽しみだ」
京子よりもカルメラの方が反応が強かった。
以外にもカルメラは魔道具が好きらしく、色んな魔道具開発をしているドワーフ王国に一度は行ってみたいと思っていたそうだ。
しかし、魔人でもなかなか行けないのに、人族大陸で育った自分が行けることはないと思っていた。
というより、そもそも行こうとしていなかった。
「カルメラうれしそうね?」
「あぁ、お前たちに付いてきて初めて良かったと思えてきた」
「おいおい、そりゃ酷い言い草だな……」
いつもは感情を出さないようにしているカルメラが、珍しく感情が顔に出ている。
そのため、京子が話しかけると、カルメラからは結構な返しが来た。
カルメラとはたまたま揉めて、何故か勝手に付いてきているような状況だ。
それにも慣れて、最近は特に何も思わなくなっていて、旅行仲間として普通に接している状況だ。
色々ありつつ、結構付き合いも長くなってきたというのに、良かったことがないみたいな言い方に、俊輔は思わずツッコミを入れた。
「まぁ、楽しみならいいか……」
急な変更に何か言われるよりも、楽しみにしているというのだから良しとして、俊輔たちは世話に戦闘部隊の兵たちの寮から出てエナグア王国の南へと向かうことにした。
「世話になりました!」
「いいえ! また会えるのを楽しみにしております!」
ドワーフ王国に行くとなり、最後に戦闘部隊の面々が見送ってくれることになった。
魔族を倒したことで、みんなエナグアで評判の店なんかを色々と教えてくれたりと仲良くしてくれた。
そうなると、分かれるのは少々しんみりした気持ちになってくる。
俊輔はこれまで世話になった礼を、代表のブラウリオに感謝の言葉をかけ、ブラウリオもそれに返答した。
「師匠!!」
「よっ! ビダル!」
俊輔が指導したビダルも仮とはいえ戦闘部隊に入ったため、実家から寮に住むようになった。
とは言っても、そこまで離れていないのだから寮に入らなくてもいいのではないかと思ったのだが、ビダルは少しでも魔力操作の練習をしたいとすぐに寮に入る手続きをしたのだそうだ。
俊輔によって無いと思っていた魔力があると分かり、少し無理やりぎみにビダルは魔力が使えるようになった。
武闘大会で使っていた魔闘術も、自分の魔力の特殊性を使っただけで、自分で完全にコントロールしている訳ではない。
それを、1日でも早く自由にコントロールできるようになりたいと思っているのかもしれない。
ブラウリオの息子のフェリクスの腕が治った時に、負けないようになっておきたいという思いもあるのだろう。
「また会える日を楽しみにしてるぜ!」
「はい! 俺も楽しみにしています!」
俊輔の別れの言葉に、ビダルは嬉しそうに返答した。
寮に入って、俊輔からまた指導を受けることができた。
そして、俊輔からは、自分がいなくてもこのまま魔力操作に時間をかけていけばいいとお墨付きをもらえた。
このまま訓練を続け、今度会った時に褒めてもらえるように頑張ろうとビダルは思った。
「それじゃ!!」
「えぇ!」「さようなら!」
さいごに軽く頭を下げ、俊輔たちはドワーフ王国へ向かうことにした。
南へ向かう俊輔たちに、ビダルやブラウリオたちは見えなくなるまで手を振ってくれた。
「海だ!」
「うんっ!」「あぁ!」
エナグア王国の南へと進み、海が見えてきた。
遠くにはうっすらと目的のドワーフ王国の島が見えている。
実感がわいてきた俊輔たちは、足取りも軽くなった気分だ。
「ネグとアスルも楽しみか?」
「ピー!!」「…………!!」
いつものように俊輔の頭に乗るネグロは鳴き声で、ダチョウそっくりの魔物のアスルは鳴き声を出せないため、翼をバサバサと上下させて嬉しそうな表現をした。
2羽の従魔も、ドワーフ王国のことが気になっているようだ。
「よっしゃ! 行くぜ!!」
「あっ! 待ってよ俊ちゃん!」
「ずるいぞ! お前ら!」
あと少しで港となり、俊輔はアスルに乗って走り始めた。
我先にと走り出した俊輔に、京子も後を追いかける。
そんなみんなを追うように、カルメラも走り始めたのだった。




