第246話
“バッ!!”“バッ!!”
お互い武器を構えて静かな睨み合いが少しあると、合図もないのに同時に地面を蹴る。
俊輔は右手に持つ木刀で、ブーオは仕込み杖から抜いた剣で斬りかかる。
「フッ!」「ムッ!」
お互いの武器がぶつかり合い、激しい音を響かせる。
手に伝わる振動で、相手の威力の強さが伝わってくる。
威力は互角。
2人はそのまま鍔迫り合いのような状況へと変わる。
「私の一撃を止めるとは……、なかなかやりますね……」
「……そりゃどうも」
鍔迫り合いの状態で、ブーオは俊輔の実力を褒める。
一刀のもとに斬り殺してやろうとかなりの力を込めて剣を振るったのだが、そのようなことにならなかったことが意外だったからだ。
別に魔族に褒められても嬉しくないが、俊輔は適当に言葉を返す。
そして、2人は弾かれるように後方へと距離を取った。
「ハッ!!」
距離を取った瞬間、ブーオは剣の先から魔法を発動する。
野球のボール大の魔力の塊を連射して、俊輔の反応を見る。
「…………ムンッ!」
「っと!」
俊輔は迫り来る魔力の球を躱しつつ、ブーオとの距離を詰めていく。
そして、そのまま間合いに入ると木刀を横薙ぎし、ブーオの胴を斬りかかる。
胴へと迫り来る攻撃を剣で防ぎ、ブーオはそのままもう一度後退して距離を取った。
「速度もなかなかですね……」
ブーオは経験上は戦いにおいて、相手の実力を見極めるのは重要なことだと理解している。
まずは様子見をして、そこからどういった戦法を取るのが良いかなどのプランを立てるのが習慣になっている。
そして、ここまでの俊輔の戦いを見た彼は、自身の見解を呟く。
「ブラウリオ殿と同等……、いや、やや上といったところでしょうか?」
俊輔の強さの確認が済んだのか、比較として先程のブラウリオが頭に浮かぶ。
念のために魔物を使って体力や魔力を削った状態の彼と、俊輔はいい勝負をしている。
かなりの実力者なのは理解できた。
「あながち魔族を何人も殺してきたと言うのも嘘ではないかもしれないですね……」
「嘘じゃねえっての……」
魔族の中でも強さに差がある。
逃げたのではなく魔族を殺したという俊輔の言葉も、あながち嘘ではないように思えてきた。
本当のことしか言っていないのにもかかわらず、まだ信用していない様子のブーオに、俊輔は面倒そうにツッコミを入れる。
「しかし、これまでの相手がどんなのかは知りませんが、私はそうはいきませんよ!」
口調は冷静だが表情は少しずつ変化し、獰猛な笑みを浮かべて俊輔を睨みつけてきた。
魔族は本性を現した時に沸き上がる怒りの感情が表に出るものだが、ブーオはそれを抑えこんでいる。
しかし、俊輔の実力を確認できたから冷静でいる必要はないと考えたのだろうか。
怒りを抑えるのをやめたらしい。
「へぇ~、お前は魔族でも上の方の実力者とでも言いたいのか?」
「当然だ!! ハッ!!」
口ぶりからして、ブーオは魔族の中では相当な実力の持ち主だと言っているように感じる。
それに魔力量だけ見れば、俊輔がこれまで会ってきた魔族の中で上にいる。
ただの口だけ野郎ではないのは分かる。
少し情報を引き出そうと煽るように問いかけると、ブーオはこれまで以上に体内の魔力を増大させた。
「…………」
「ハハッ!! 驚いているようだな!? 人間が恐れを抱く表情というのは、どうしてこうも楽しいものなのだろう……」
これまで体に纏っていた魔力の増大に、俊輔は無言で見つめる。
その様子を、驚いて言葉も出ないのだと理解したのか、気分良さそうに笑みを浮かべる。
魔族としての本能なのだろうか。
口調まで荒々しいものへと変わっている。
「……それが全力か?」
「いや、さっきまでは6割、今が8割と言ってところだろうか?」
「そうか……」
黙ってブーオを見ていた俊輔が口を開く。
俊輔の質問を時間稼ぎでもしたいのだと思っているらしく、ブーオは上機嫌に話す。
その答えを聞いて、俊輔はブーオに見られないように笑みを浮かべた。
「安心しろ! 味方など来ないし、来ても一緒にあの世へ送ってやる!」
俊輔の笑みに気付いていないブーオは、ゆっくりと俊輔へと歩み寄り始めた。
そして、手に持つ剣に魔力を集め始める。
一撃で俊輔を斬り伏せるつもりのようだ。
「安心した。その程度で……」
「何っ……?」
俊輔の言葉に、ブーオは顔をしかめる。
弱者である人間のくせに、その不遜な態度が気に入らない。
せめて一撃で済ませてやるかと思っていたが、段々その考えも変わってきた。
少し甚振ってやろうかとブーオが剣を振り上げると、俊輔がそれに反応した。
「っ!? ぐあっ!!」
「おぉ! ギリギリ避けたか……」
先ほどまでブーオが立っていた場所を、俊輔の木刀が横切る。
何もしなければ、ブーオはこの一撃で上下に斬り裂かれていたことだろう。
しかし、攻撃に反応したブーオは、腹を斬られて血を噴き出すだけで済み、追撃を警戒して俊輔から距離を取った。
「ぐぅ……」
「おっ? 回復魔法が使えるのか?」
避けられたとは言っても、ブーオの負った傷は浅くない。
溢れるように出てくる血を止めようと、ブーオは膝をついて回復を始める。
どうやら回復魔法が使えるようだ。
人間も魔物も、魔力を使って魔法を発動させるのだから、魔族が回復魔法を使えても不思議ではない。
しかし、本能が破壊を好んでいるような存在の魔族が、治すという破壊とは反対の行為である回復魔法を鍛えようとすると相当な苦労があったはずだ。
調子の良い化け物のくせに努力家の面が見えて、俊輔は少し感心した。
「フゥ~……どういうことでしょう? あなたは恐怖に怯えていたのでは?」
「おっ? 口調が戻った」
ブーオの口調が冷静になると、回復速度が上がったように感じた。
どうやらブーオが冷静な態度をとるようになったのは、回復魔法のためのようだ。
魔法の威力は気性にも関係してくる。
攻撃的な性格なら攻撃魔法の威力が高まり、慎重な性格なら防御や補助の魔法が威力を発揮する。
本能的に気性の荒い魔族にとって、回復魔法は訓練しようにも不得意な分野になる。
それをどうにかしようとしたのが本能を理性で制御し、冷静な態度をとるという考えに至ったのだろう。
「答えは簡単だ。お前の6割が俺の2割もいっていないだけだ」
「そ、そんな、バカな……」
最初の衝突で互角だったが、俊輔の中で纏っていた魔力は僅かものだった。
魔族で上位の者という話だったが、思っていた以上に対したことがなかった。
そのための「安心した」という呟きだったのだ。
恐怖におののいたのはブーオの方だった。
俊輔の言葉が本当だとすると、自分が全力を出したとしても、俊輔の半分の力も引き出せないということになる。
自分ほどの魔族がまるで相手にならないということが信じられず、驚愕の表情へと変わった。
「フッ!」
「……な、なんて魔力だ……」
信じられないというような表情をしているので、俊輔は少し魔闘術の魔力を増やした。
軽く息を吐くように出したその姿を見て、ブーオは回復し終わったにもかかわらず膝をついたまま立ち上がらない。
戦うどころか、逃げることすら敵わない。
そんな思いが頭に浮かび、動けなくなっているようだ。
「お前魔族の中で上位だって言ったよな?」
「……、えぇ……」
いつでも殺せる。
言葉に出さずとも、俊輔の魔力がそう言っているように理解する。
そのせいか、ブーオは俊輔の問いに素直に返答する。
「じゃあ……」
本当にブーオが魔族の中で上位なら、俊輔には聞きたいことがあった。
「お前竜を操る魔族を知らないか?」




