第241話
「魔族と分かったらこのまま放置はできないな……」
「ほう……、それでどうするおつもりですか?」
目の前に現れたピエロのメイクをした魔族の男。
それと対峙したエナグア王国の戦闘部隊の隊長のブラウリオ。
魔族が危険な存在だということは大昔からいわれている。
魔人族だけでなく、他の種族にとっても敵となる存在の出現に、ブラウリオは魔力を纏って闘気をみなぎらせる。
その様子を見ても、ピエロの魔族は笑みを浮かべたまま話しかけてきた。
「この場で貴様を殺す!」
「フフ……、面白い答えですね!」
剣を構え、いつでも飛び出せる構えを取ってもなお、ピエロは仕込み杖の剣を抜かず、ただ余裕の笑みを浮かべている。
「しかし、私の相手をしていて良いのですか?」
「……どういう意味だ?」
このまま剣を抜かせずに切ってしまおうと、ブラウリオが地を蹴ろうとした時、ピエロの魔族から思わぬ言葉が投げかけられた。
その言葉で飛び出すのを止めて、ブラウリオは真意を尋ねた。
「魔族とは魔物を使役するもの。私がこの場にいて市民の避難場所に何もしていないと思いますか?」
「っ!!」
短い説明だが、それだけでブラウリオは最悪な光景が頭に浮かんだ。
緊急時に集まった市民のいる避難所へ魔物を送り込まれ、大量虐殺されるという光景だ。
「総員! 急いで避難所へ向かえ!!」
「「「「「りょ、了解!!」」」」」
この場に残っていた戦闘部隊の者たちも、僅かに遅れてブラウリオと同じ光景が頭に浮かんだ。
そのため、ブラウリオの指示に従い避難場所の危険を回避するため、この場から去っていった。
ブラウリオ1人残していくということは、絶対的な信頼があるからかもしれない。
「君は行かなくて良いのかい?」
「貴様を逃がすわけにはいかないからな……」
部下が自分を信じてくれたように、ブラウリオも部下たちが避難場所を守ってくれると信じている。
魔族を見つけて見逃すわけにはいかない。
魔人だけでなく多種族にとっても危険になる存在をこの場で始末するため、ブラウリオはもう一度剣をピエロの魔人へと向けて構える。
「では、君だけで私とこの魔物たちの相手をするということかな?」
「っ!! 倒して見せるさ!」
部下に指示を出した時、ブラウリオは少しの間ピエロの魔族から目を離した。
恐らくその僅かな時間でおこなったのだろうが、杖によって描かれた魔法陣から魔物が出現してきた。
出てきたのは鳥系の魔物たちで、特に猛禽類の動物が変化した強力な種類がブラウリオの前に立ち塞がった。
魔人領でも危険とされている種類の大群に冷や汗を掻きつつ、ブラウリオは冷静に魔力を練り始めた。
「では見せてもらいましょう!」
“パチンッ!”
「「「「「グオォォーー!!」」」」」
出現した魔物たちによってほぼ姿が見えなくなったピエロの魔人は、フィンガースナップ(指パッチン)によって音を出し、魔物たちに戦いの合図を送った。
それにより、様々な魔物の鳴き声が合わさった音が響き、ブラウリオへ向かって一斉に攻めかかって行った。
「ハアァァーー!!」
その魔物たちに対し、ブラウリオは気合いと共に立ち向かっていったのだった。
◆◆◆◆◆
「何だありゃ?」
試合会場に来ていた観客たちとその周辺にいた人間は、近くにある大きな広場に集まっていた。
多くの人間が集まり、避難も完了したという頃にいきなり広場の周辺に魔法陣が幾つも浮き上がってきた。
「設置型魔法陣!? まさかこの避難所に魔物が……」
「俊ちゃん!!」
その魔法陣の形は昔から知っている。
故郷の官林村でホセという魔族が使った魔法陣と同じだ。
魔族が使役している魔物を呼び出すために使用する魔法陣だ。
その魔法陣が出現したことで、これから何が起こるか察知した俊輔と京子は、慌てて互いの目を合わせる。
それだけで答え合わせが済んだように、2人は武器となる腰の木刀を抜いた。
「チッ! よりによって鳥系かよ!?」
魔法陣から出現したのは鳥系の魔物。
その魔物を見て、俊輔は思わず舌打をしてしまう。
鳥系の魔物の多くは上空を飛べるため、倒すのに手間がかかるのがネックの魔物だからだ。
安全な上空から獲物を狙い、一気に下降して捕まえる。
まさにハンターと言うような戦闘スタイルは、慣れていない人間にはなかなか倒せないだろう。
避難してきた市民の中には、家族を守ろうと立ち向かおうとしている者もいるが、多くの者はまさかの魔物の出現に恐慌状態に陥っている。
「京子! 大丈夫か?」
「うん! あのダンジョンの魔物に比べれば何とかなりそう」
鳥系の魔物なら、魔の領域のダンジョンで散々相手をさせられた記憶がある。
そのため、俊輔とネグロはもちろん、京子と、ここにはいないがアスルも戦えるだろう。
念のための確認として俊輔が尋ねると、京子は力強い答えを返してきた。
「カルメラは京子の援護をしてくれ!」
「私も戦え……」
「お前じゃ危険だ!!」
京子の援護を指示されたカルメラは、自分が足手まといのように扱われたことが気に入らないのか、すぐに反論をしようとする。
しかし、その反論を言わせることなく、俊輔は遮るように強い口調で言葉を放つ。
「今は強がりを言っている時じゃない! 俺の指示に従えないなら大人しくしていろ!」
「クッ! ……分かった。援護に徹する」
「頼んだぞ!」
言い方が悪いのは理解しているが、今は避難してきた市民たちを守ることに専念しなくてはならない。
不確定な強がりは時間の無駄だし、カルメラ自身を危険に晒すことになる。
京子とは違い、戦える保証が得られない今では任せられないため、カルメラには援護としての働き以外を求めない。
自分でも絶対の自信がなかったためか、カルメラは唇を噛むようにして悔しそうにしながらも、俊輔の指示に従うことにした。
面倒なのは、攻撃を受けない上空で隙を窺っている魔物たち。
人間は飛べないものというのを理解している戦い方だ。
「上空は任せろ!!」
「えっ!?」
一言告げると、俊輔の体は上空へと舞い上がっていった。
その姿を見た者たちは、カルメラを含めてみんな唖然とした。
驚いていないのは京子とネグロくらいのものだ。
敵の魔物たちも驚いたかもしれない。
まさか人間で空を飛べるものがいるとは思っていなかったからだ。
「魔法を使えば空を飛ぶことなんて不可能じゃないんだよ!!」
俊輔が飛んでいる種明かしは風魔法。
足の裏から風魔法を放つようにして上空へと飛び、それを調整することで飛び回っているのだ。
一気に距離を縮めた俊輔は、鳥の魔物たちに対して木刀による魔力の斬撃を放ちまくった。
狙いは翼。
斬撃を食らい翼を斬り飛ばされた鳥の魔物たちは、バランスを崩して地面へと落下していった。
「……ハハ、なんて奴だ」
京子の援護をしつつ、俊輔の戦いを眺めていたカルメラは、改めて俊輔の異常な強さを知ることになった。
まさか空を飛べるなんて、誰だって思いもしないことをやってのける俊輔に、もうカルメラは呆れて笑えてきた。
「俊輔殿!」
「マルシアル!」
魔法陣からは次々と魔物が出現してきているが、一旦上空の敵を減らした俊輔はある人間を発見して地上へと戻ってきた。
戦闘部隊の隊員のマルシアルだ。
「アスルを連れて来てくれたのか?」
「えぇ……、まさか俊輔殿が、と言うか人間が空を飛べるとは思いませんでした」
男子寮に預けていた俊輔の従魔のアスルを、マルシアルは連れて来てくれた。
恐らく客人の従魔だからという理由だろうが、理由は何でも良い。
これで更に戦力となる存在が増えた。
俊輔の飛空に驚いている所悪いが、早速アスルには動いてもらう。
「アスル! 京子と共に飛べない魔物たちの相手を頼む!」
「……! 【了解っす!】」
鳴かない代わりに、アスルは片方の翼を上げるジェスチャーと共に念話で返事をしてきた。
京子と共に魔の領域で鍛えたアスルの戦闘力なら何とかなるはずだ。
「マルシアル! ここは俺たちに任せて、他の戦闘部隊の者たちを手伝ってやってくれ」
「りょ、了解した!」
空を飛ぶという常識はずれな行動と共に魔物をあっさりと殲滅する姿を見たからか、マルシアルは素直に俊輔の指示に従い、少し苦戦気味の他の戦闘部隊の隊員の所へと向かっていった。
「ネグ! 今度はお前が上空を相手にしてくれ! 俺は上下の状況を見て動く!」
「ピッ!」
「京子とアスルは下の魔物の相手を頼む!」
「分かった!」「……! 【ハイッす!】」
「カルメラは京子とアスルの援護を頼む!」
「あぁ、分かった!」
いつものメンバーが揃い、戦いやすくなった。
早口でそれぞれに指示を出し、それぞれが返事をしてきた。
「よし! 行くぞ!」
「うん!」「あぁ!」「ピッ!」「……!」
俊輔の行動開始の合図に対し、全員バラバラな返事だが、同じタイミングで返ってきた。
湧き出てくる魔物に対し、俊輔たちは再度戦いに向かっていったのだった。




