第240話
「ビダルの奴!! 危ない真似を……」
少し時間を戻す。
ヘロニモに異変に気付き、俊輔たちが動き出そうとしたところでブラウリオが動き出していた。
しかし、ブラウリオの制止も聞かずに動いたフェリクスを、ビダルが咄嗟に動いて救ったことに、俊輔は心臓に悪い思いがした。
一歩間違えれば、ビダル自身の命も落としていたかもしれないからだ。
なんとかそのままフェリクスと避難を開始ししたので安心したが、無鉄砲な弟子に後で文句を言いたいところだ。
「始まっちゃったよ! どうする俊ちゃん!」
異変が起きたため、大会を見に来ていた客たちはパニックになりかけた。
しかし、戦闘部隊の面々が動き出したことによりすぐに鎮静化され、素直に避難を開始し始めた。
その間にもヘロニモの異変は加速していき、ブラウリオたちが戦い始めてしまった。
この状況に、京子は俊輔に自分たちはどう動くべきかを尋ねた。
「ここはブラウリオたちに任せ、俺たちはマルシアルに協力して市民の避難を優先させよう!」
「そうだね!」「分かった!」
特別に認められているだけの自分たちが、あまり出しゃばるのもどうかと俊輔は思った。
それに、確かに魔力が溢れ上がっているが、ブラウリオほどの男なら対応可能だろう。
そのため、ヘロニモの相手はブラウリオたち戦闘部隊の者たちに任せ、俊輔たちは戦闘部隊の一員のマルシアルと共に、観客の避難誘導を手伝うことにした。
「フフフ……俺は…優勝して……」
「……何だ? 何かに精神が呑み込まれているのか?」
時間は進み、強力な魔力弾で闘技場の壁と客席を吹き飛ばしたヘロニモは、様子がおかしくなっていた。
試合を止めた時から大会に固執するような発言をしていたが、目の焦点が合っていないような状態でいまだに大会のことを呟いている。
その様子を見て、ブラウリオはヘロニモの精神に何かおかしな影響が起きたのだと判断した。
「隊長!」
「分かっている!」
焦点の合わない目は血走り、黒い魔力が包むようにヘロニモの全身を包み込んで行った。
黒い魔力の魔闘術といったところだろうか。
それを見た戦闘部隊の1人が後方から声をかけてくる。
彼が何が言いたいのかはブラウリオも分かっていたため、続きを言わせることなく同意の言葉を放った。
「生かして捕えるのは無理そうだな。すまんが仕留めさせてもらう」
「なん……だ?」
ヘロニモの言動などもおかしくなっている。
纏っている魔力量とその質を見て、まともな人間の放っているものではないと分かる。
さっきの魔力弾の威力から考えると、この場で仕留めないと戦闘部隊の者たちだけでなく市民にまで被害が及ぶ。
そう判断し、ブラウリオは捕縛を諦め、この場で仕留めることに決めて上段の構えを取った。
その構えを見て何かを感じ取ったのか、ヘロニモの額からは一筋の汗がつたった。
「爆風!」
「っ!!」
言葉がヘロニモの耳に届いた時には、ブラウリオはもう目の前にいた。
その言葉の通り、風魔法による爆風によって超加速移動をおこなったのだ。
あまりの速度に驚いているが、その時に反応していればもう少しだけ長く戦えたことだろう。
「風刃唐竹!!」
「…かっ……!」
上段の構えから振り下ろされたブラウリオの剣は、風の刃を纏って強力な斬れ味を発揮した。
唐竹の斬撃は、その名の通り竹を割るかのようにヘロニモを縦へと斬り裂いた。
斬り裂かれたヘロニモは、小さな声を漏らして真っ二つへと体が分かれることになった。
「……すまんな。もっと早くに止めればよかったかもな……」
大量の血を巻き散らし、黒い魔力を霧散させたヘロニモは動かなくなった。
狂ったような表情はただの普通の少年に戻り、それがブラウリオの気持ちを沈ませた。
未来ある若者の命を奪うしかなかったことに心が痛んだのだ。
“パチパチパチ……!!”
「「「「「っ!!」」」」」
ブラウリオと戦闘部隊の者たちがヘロニモの遺体を見て気落ちしていると、いきなり闘技場への出入り口から拍手が響いた。
この場の全員が驚きつつ音がした方に目を向けると、モーニングのスーツを着てステッキを持ち、シルクハットを被ったピエロのメイクをした者が闘技場へと入って来た。
「…………」
他の戦闘部隊の者とは違い、ブラウリオは慌てる事無くそのピエロを睨みつける。
そして、足運びなどから、少しでも実力を導き出そうと冷静に分析を始めた。
「お見事と言いたいところだが、魔人族の中でも最強と名高い戦闘部隊の面々が、子供一人に苦戦するとはね……」
「何っ!? 貴様何者だ!? 何しに来た!?」
手に持つステッキを遊ぶように振り回しながら、ピエロは先程の戦闘の評価をしてきた。
褒めるのかと思えば貶すような発言に、ブラウリオ以外の戦闘部隊の者たちは腹を立てる。
そして、その中の一人が矢継ぎ早に幾つか質問をした。
「聞かれて答えるようなつもりはないですが、敵だとでも言っておきましょうか……」
「何だと……?」
まるで人をバカにしたような笑みを浮かべつつ、ピエロの男は返答をしてくる。
その挑発に、戦闘部隊の者たちは怒気から殺気へと変わっていった。
「敵ならば、排除するまで!!」
「待て!!」
若い隊員の1人が、ピエロの口車に乗ってしまった。
まだ相手がどのような実力かも分からないのに、攻めかかるなんて先走り過ぎだ。
ブラウリオが止めるのも間に合わず、ピエロの胴目がけて剣を横薙ぎしようとした。
「フフ……」
「っ!!」
ピエロが笑みを浮かべて腰を落とすと、ステッキを両手で持ち、その手を左右別方向へと動かした。
僅かに見えるほどの速度でステッキを動かすと、襲い掛かった隊員は剣を振ることなく動かなくなった。
「「「「「……?」」」」」
目の前に立っているのに動かないでいるため、仲間たちは隊員に違和感を感じる。
多くの隊員たちは、何か捕縛の魔法でも受けたのかと訝しんだ。
「小間斬り!」
「「「「「っ!! なっ!?」」」」」
ピエロが小さく呟いて、ステッキで動かないでいる隊員の頭を軽く小突く。
すると、その言葉通り若い隊員は細かく切り分けられた肉片と化し、血を巻き散らしながらバラバラと崩れ落ちて行った。
多くの隊員は何をされたのか分からず、
「仕込み杖だ……」
「ご名答!」
隊員の多くが驚いているなか、ブラウリオは冷静に何が起きたのかを見極めていた。
そして呟いたのが仕込み杖。
正解を導き出したブラウリオに対し、ピエロはステッキを左右にずらし、この場にいる者たちへと見せてきた。
ただのステッキかと思ったら、中には細い片刃の直剣が隠されていたのだ。
細い分軽量で斬撃スピードがとんでもなく速い。
そのため、隊員たちの多くが視認できなかったのだろう。
「その強さと魔力の流れ……、もしや貴様魔族か!?」
「「「「「なっ!?」」」」」
隊員が殺られたことに怒りが湧くが、無闇に攻めかかれば同じことになったかもしれない。
しかし、武器とその剣術を見て、ある程度分析ができた。
そして、姿を鑑定分析していてピエロから違和感を感じた。
人の魔力とは違うように感じたため、試すようにピエロへ問いかけた。
その質問に、部下たちは驚いてブラウリオとピエロに視線を交互した。
「フフ……、またまたご名答! さすが戦闘部隊の隊長さんだ」
「……やはりそうか」
質問に対し、ピエロはまたも拍手をしてブラウリオを褒めた。
山を張ったに過ぎなかったのだが、その可能性はあると思っていた。
そのため、ブラウリオは表情を変えることなく、納得の言葉を呟いたのだった。




