第239話
「貴様は決勝の相手だったな……」
「……だったら何だ!?」
ヘロニモの前に現れたビダル。
フェリクスを殺そうとしていたヘロニモは、ビダルの顔を見て笑みを浮かべる。
その目には、どす黒い何かを感じる。
問いかけるヘロニモを睨みつけながら、ビダルは返事をする。
「では、この場で決勝を始めようか……」
「何を言って……」
瞳孔が開いているような目をして、ビガルに持っている棒を向けるヘロニモ。
殺人未遂をしていて、まだ大会を続けるつもりでいるようだ。
しかも、纏っている魔力はどんどん膨れ上がているように思える。
とてもではないが、ビダルが相手になるような状況ではなくなっていた。
「待ちたまえ!」
「……ん? どうしたのですか? ブラウリオ様」
先程試合を止めに入ったというのに、ヘロニモにはブラウリオのことが頭から抜け落ちているようだ。
おかしくなっても、この大会の優勝に執着しているようで、ビダルにしか目が行っていなかったヘロニモは、何故ブラウリオがいるのか分からなくなっている。
「君は何かおかしい。その魔力は君の物ではないはずだ……」
「何を言っているのですか? これは僕の力ですよ」
自分の制止を無視した息子のフェリクスの容態が気になるが、今はヘロニモを止めるのが先だ。
ヘロニモの魔力がおかしいと感じてから、段々とその魔力が上がってきている。
とても子供の発する魔力ではなくなっていて、しかもその質がおかしい。
ここで止めないと観客が危険が及ぶかもしれない。
しかし、ヘロニモにはその言葉が不快に感じたのか、ブラウリオのことを睨みつけた。
「ブラウリオ様!」
「ビダル君だったね? フェリクスを救ってくれてありがとう。ここからは私に任せて下がってくれ」
「は、はい!」
ビダルの前に立ち背を向けつつ、ブラウリオは下がることを指示する。
ここからはもう子供が出る幕ではない。
その指示に素直に従い、ビダルはフェリクスを背負ってこの場から離れ始めた。
「あっ! おい!」
「待ちたまえ! 大会はここで中止だ!」
去っていくビダルに対し、ヘロニモは呼び止めるように手を伸ばす。
しかし、ビダルの姿を隠すように、ブラウリオはヘロニモの視界へと入り、大会の終了を告げた。
「……何だと?」
「っ!!」
まだ決勝が残っているというのに急に中止をさせられるということになり、ヘロニモは更に眉間にしわを寄せた。
その怒りに反応するように、どす黒い魔力が一気に膨れ上がった。
あまりの大きさの魔力に、ブラウリオの背中には冷や汗が流れた。
ここまで闇の魔力に染まったら、人と呼んでいいのか疑問に思えてくる。
「……君のためにも止めないとな」
「っ!?」
危険だと判断したブラウリオは、手を上げて合図を送る。
それにより、戦闘部隊の面々が競技場内へと降り立ってきた。
「落ち着いて我々に捕まってくれ」
観客は何が起きたか分からないが、戦闘部隊の隊員に指示されたために避難を開始し始めた。
競技場内に入った隊員たちは、ヘロニモへ向けて武器を構えた。
しかも、最初から魔闘術を発動している。
「……ふざけるな!」
「「「「「っ!!」」」」」
エリートの集まりである戦闘部隊。
それに対し、ヘロニモは大会用の棒だけで攻めかかって行った。
怒りに反応しているのか、ヘロニモの黒い魔力が更に膨れ上がる。
その魔力に戦闘部隊の者たちが驚いていると、数人が吹き飛ばされた。
「俺の邪魔をするな!!」
「速い……」
ヘロニモの棒によって、一瞬で数人が怪我を負った。
その速度を見て、戦闘部隊の1人が思わず呟く。
「気を付けろ!! 体の中の何かが魔力を増幅している!!」
「「「「「は、はい!!」」」」」
すぐさま怪我した仲間を避難させ、ブラウリオも加わった戦闘部隊はヘロニモを包囲する。
ブラウリオの言葉に、隊員は全員返事をした。
「ぐうぅ……」
「っ!! 隙あり!!」
包囲されたことを不快に思ったのか、またもヘロニモの腹の中の何かが反応する。
またも黒い魔力が膨らむが、これまでと違いヘロニモが苦しみだした。
その隙を逃さず、一番近くにいた戦闘部隊の隊員が槍による突きを放った。
「ガアァ!!」
「なっ!? ぐあっ!!」
放たれた突きを、ヘロニモは叫びながら躱して柄の部分を掴むと、突きを放ってきた隊員の顔面に拳を叩きこんだ。
その攻撃によって、隊員の男は競技場の壁に打ち付けられるように吹き飛ぶ、ヘロニモへ槍を提供する形になってしまった。
「やはり、棒なんかよりこれの方が良い」
「……何だ!? 魔力が……」
槍を手に入れたヘロニモは、数回振り回すと気分よさげに呟いた。
そして、ヘロニモの変化にブラウリオを含めた戦闘部隊の者たちが驚きの表情へと変わった。
「ハハハ……、戦闘部隊ともあろう者たちが、全く脅威に感じないとはな……」
ヘロニモに起きた変化とは、黒い魔力が槍を含めた全身を覆ったのだ。
いつもの魔闘術のように思うかもしれないが、それは違う。
まるでフルプレートの鎧を纏うような姿へと変わったのだ。
顔面も兜によって完全に隠れたが、笑みを浮かべているのが言葉で分かる。
夢にまで見た憧れの戦闘部隊の隊員たち。
何故自分の邪魔をしているのか分からないが、少しのやり取りで自分の相手ではないと感じ取った。
そのため、自分の強さに酔いしれているのかもしれない。
「皆下がれ! これは私しか止められそうにない!」
「「「「「は、はい!!」」」」」
さっきまでの動きだけでも脅威だったが、魔力の鎧をまとったヘロニモはとんでもなく強い。
ここからは隊員たちの中にも死人が出るかもしれない。
そう思ったブラウリオは、自分が止めるしかないと思い隊員たちを下がらせる。
足手まといになると分かったのか、隊員たちは素直にその指示に従いジリジリと後退した。
「ブラウリオ隊長自ら決勝の相手をしてくれるのですか?」
「まだそのようなことを……」
奪い取った槍を両手で持ち、ヘロニモが呟く。
剣を構えたブラウリオは、変わらず大会にこだわるようなその口ぶりに、意識が混濁しているのだと思うように至った。
「はぁ!!」
「クッ!!」
先手を取ったのはブラウリオ。
魔闘術によって強化された脚力により、一瞬でヘロニモの懐に入る。
そしてそのまま胴を斬りつけようと、横薙ぎに剣を振り抜いてきた。
その攻撃に反応したヘロニモは、槍で受け止め難を逃れる。
「速さは私の方が上のようだな……」
「フッ! だったら力で押し切る!!」
「ムッ!!」
攻撃を止めて後退したヘロニモを、ブラウリオはすぐさま追いかける。
ブラウリオの言うように、距離を開けたにもかかわらずまたも懐に入られた。
そのまま左斬り上げを放つブラウリオの攻撃を、ヘロニモはまたも受け止めることに成功する。
ブラウリオの攻撃を止めたら、そのまま鍔迫り合いのような状態になった。
力比べをおこなうと、言葉を証明するようにジワジワとヘロニモが押し返していく。
このままでは押し切られると判断したブラウリオは、押し返す力を利用してそのまま後方へ飛び退いて距離を取った。
「くらえ!!」
「まずい!! みんな跳べ!!」
“ズドンッ!!”
距離ができてこれ幸いと、ヘロニモは左手で魔法を放つ。
ただの魔力弾のようだが、黒い魔力をしている。
それを見たブラウリオは、圧縮されて強力な威力を秘めていると感じ取った。
受け止めるのは悪手。
そのため、ブラウリオは隊員たちへその場から飛び退くことを命令する。
そして、ブラウリオに躱された魔力弾はそのまま直進し、壁にぶつかった瞬間大爆発を起こした。
「……何て威力だ!?」
ブラウリオの指示に従ったことが幸いしたのか、隊員は誰も怪我を負わずに済んだ。
しかし、当たった壁と客席の最前席が大きく抉れるように吹き飛んでいた。
直撃した時の事を考えると、ブラウリオは寒気しかしなかった。




