第238話
「どうした? 俺に勝つんじゃなかったのか?」
「くっ!」
ヘロニモの棒術による攻撃が、フェリクスへと迫る。
その攻撃を、フェリクスは手に持つ木剣で何とか弾く。
少し前までの余裕の表情が、一気に吹き飛んでいた。
試合は、フェリクスが競技場内を懸命に逃げ回り、それをヘロニモが追いかけるという図式になっていた。
「ヘロニモとか言う奴、何かおかしいぞ!」
「何っ? どういうことだ」
昨日からは考えられないような試合展開になっており、会場中の客の熱気でヒートアップしている。
そんな中、俊輔だけはヘロニモの様子が違うことを気にしていた。
その呟きの意味が分からず、カルメラは俊輔へその意味を問いかけた。
「確かに……、昨日よりも魔力が増えている」
「……昨日まで抑えていたということではないのか?」
俊輔と同様にヘロニモの違和感を感じ取った京子も、同じく呟いた。
それに対し、カルメラは単純に実力を隠していたのではないかと思っていた。
そのため、2人が疑問に思っていることの方が不思議に思えた。
「あの戦闘部隊の連中や、ブラウリオって隊長は気付いてんのか?」
大会の上位者が目指しているのは、エナグア王国を魔物から守るために戦う戦闘部隊に入ることだ。
この大陸の魔物と戦うために危険ではあるが、当然他の職業よりも栄誉と給金はかなり高い。
栄誉だろうが給金だろうが、狙いは何であれ実力主義の部隊らしい。
その隊長のブラウリオは、俊輔から見てもかなりの実力者だということが分かる。
戦闘部隊の何人か、もしくはブラウリオなら、ヘロニモの違和感に気付いていてもおかしくない。
彼らが陣取っている客席の方に目を向けるが、動く気配がないことに俊輔は疑問に思えた。
「流石に危険な何かだと判断したら止めるんじゃないかな?」
「私もそう思うぞ」
客人として認められているとは言っても、人族の自分たちが大会を壊すようなことをして揉め事になっては迷惑なことになる。
それに、何やら小声で話し合っている所を見ると、ブラウリオたちは気付いているんではないかと思えるため、京子とカルメラはひとまず静観をするのが良いのではないかと考えた。
「……そうだな。とりあえずもう少し様子を見よう……」
たしかに京子たちの言うように、ブラウリオたちならヘロニモのことを止められるだろう。
そのため、俊輔も俊輔もこのまま様子を見ることにした。
「がっ!?」
「ハハッ! 昨日までの優勝候補も形無しだな?」
ずっと攻撃を防いでいたフェリクスだったが、ジワジワと攻撃が掠るようになり、とうとう浅いながらも当たるようになってしまっていた。
時間の経過と共に疲労により魔力が減っていくフェリクスに対し、ヘロニモは変わらないどころか更に魔力が増えているように思える。
しかも、魔力が増えると共に、表情も変化して行っているように思える。
攻撃が浅くしか当たらないことが逆に好都合とでも言いたいような、嗜虐的な笑みを浮かべている。
「くそ! 僕が負けるわけがない! 子供の頃から戦闘部隊の父上に指導を受けてきたんだ……」
「……なるほど、似てると思ったら、お前ブラウリオ様の息子か?」
「そうだ!!」
ジワジワと痛めつけられている自分とは違い、ヘロニモは全く攻撃が通じない。
昨日見ていたよりも纏っている魔力量が違い過ぎる。
父のブラウリオから、世の中には上には上がいると耳にタコができるくらい言われて来た。
それはそうだと思うが、自分の剣が全く通用しないようなことになるとは思ってもいなかった。
しかも、それが自分と同年代の人間だなんて、これまで挫折を感じたことのなかったフェリクスは、この現実を受け入れられないでいた。
「恵まれた環境で英才教育を受けてきたってわけか?」
子供の頃からブラウリオの指導というこの国において最高の師を持つという、フェリクスが高環境の中で育った事を知ったヘロニモは、眉間にしわを寄せた。
「ふざけやがって!! 俺は小さな村でガキの頃から自力で強くなってきたって言うのに……」
ヘロニモは、エナグア内の小さな村の小さな道場出身だ。
その道場で指導を受けようにも、家が貧しかったために月謝が払えず、独学で剣を振るしかなかった。
道場に通えるようになったのは、体が成長して働けるようになり、少ないながらも資金を得られるようになったからだ。
どこかの道場に所属していないとこの大会に参加することすらできなかったが、自分の力で大会に参加できるようになり、自分の力でトーナメントを勝ち上がってきた。
それに引きかえ、フェリクスの環境を考えると、怒りが沸き上がってきた。
それと同時に、更なる魔力がヘロニモからあふれ出してきた。
「京子! 見えたか?」
「うん! 彼から魔力が膨れるのが感じられた!」
「私にも見えた! 何だか嫌な感じのする魔力だ!」
ヘロニモの魔力が膨れ上がったのを、俊輔たちは探知できた。
俊輔と京子だけでなく、これまで特に不思議に感じていなかったカルメラも探知できたようだ。
そのカルメラが言うように、何やら嫌な気配を感じる魔力だ。
「腹……何か体内に入れているのか?」
「……そうかもしれない! 何だかそれが魔力を増幅しているようだよ!」
「止めた方が良い。マルシアルに言って止めさせよう!」
深く探ってみると、その魔力の発生源らしきものは、ヘロニモの腹の部分から感じる。
表面というより内部、つまりは体内からだ。
何か魔力を増幅させる物を飲み込んだのだと考えられる。
その飲み込んだ物が何かは分からないが、ともかく良くないものだと分かる。
確証はないが、このままでは戦っているフェリクスだけでなく、ヘロニモ自身の体にも影響が出てくるはず。
俊輔たちは、先日町を案内してくれた戦闘部隊のマルシアルにでも言って、止めさせようと動き出した。
「待て!!」
「……何ですか? まだ決着はついていませんが?」
「そうです!! 父上私はまだ戦えます!!」
俊輔たちが動きだしてすぐ、魔力が膨れ上がったヘロニモが、ゆっくりとフェリクスに迫ると、試合を止めに入る者が現れた。
フェリクスの言葉通り、父で戦闘部隊の隊長であるブラウリオだ。
試合を止められたことで、両者ともに納得いかない表情をブラウリオへと向けた。
「いや、ここで終了だ。お前では勝てない……」
ヘロニモが何をしたのか分からないが、今のフェリクスとは魔力量が違い過ぎる。
何にしても、このままではフェリクスが負けるのは明白だ。
そのため、ブラウリオはフェリクスの横に立ち、慰めるようにポンポンと肩を叩いた。
「…………ない……!!」
「……? フェリクス?」
自分が勝てないことは、フェリクスにも分かっている。
そう思っていたブラウリオだが、フェリクスの様子がおかしいことに気付くのが遅かった。
「僕が負けるはずがない!!」
「っ!! やめ……!!」
ブラウリオが試合を止めたのにもかかわらず、フェリクスはヘロニモへと襲い掛かっていった。
距離が近かったため、ブラウリオが捕まえるよりも早く、フェリクスがヘロニモへ木剣を振り下ろしていた。
「フッ!!」
「っ!!」
「くたばれ!!」
“ボウッ!!”
フェリクスの攻撃を、ヘロニモは笑みを浮かべつつギリギリで躱すと、膨れ上がった魔力を集めた右手から強力な魔法が発射された。
強力な光線が顔面に放たれ、直撃する寸前でフェリクスの体がズレた。
それにより直撃は回避したが、光線が当たったフェリクスの右腕は、持っていた木剣ごと一瞬にして焼失した。
「ギャアーーー!!」
焼失したことによる右腕の痛みで、フェリクスは大きな声をあげて悲鳴を上げた。
右腕がなくなったことのショックと痛みでのたうち回るフェリクスだが、幸か不幸か焼失したことで傷口も焼き塞がれ、出血はしないで済んだ。
「貴様は……」
「てめえ!! 何してやがんだ!?」
フェリクスをすんでの所で救ったのは、俊輔の弟子であるビダルだった。




