第237話
「短刀なんていつの間に……」
「……ズボンの下に隠していた」
準決勝の1つがビダルの勝利に終わった。
しかし、負けたディオニシオは、自分が負けたことに納得いっていないようだ。
勝ったと思ったところからの逆転負けが、どこから出したかも分からない短刀1本に負けたも同義だからだ。
ディオニシオの呟きに対し、ビダルは左足のズボンの裾を持ち上げて、木の短刀を隠していた場所を説明した。
その説明通り、ズボンの中の左足には、短刀を装着するためにベルトが巻かれていた。
「予選では2刀流の者もいたように、申請すれば武器は何本も使っていいことになっていたからな……」
大会規定としては、武器は木製なら何でもいいということになっていた。
なので、申請さえすれば短刀も当然使用可能だ。
ビダルも、本選が開催される前に申請していたので、使うのも使い方も自由だ。
「もしかして、あの時膝をついたのは……」
「短刀を出す所を見られないようにするため」
さっきの居合で、腹に蹴りを食らって膝をついたような状態になったのは、腹の痛みを抑えるような仕草をしているように見せて、ワザと隙を作って誘い込むための物だ。
そして、上手く策に引っかかったディオニシオの攻撃を、隠していた短刀で防ぐ事に成功したのだ。
「クッ! 策に負けたってことか……」
最後の流れが、完全にビダルの思惑通りに運ばれたということになる。
策だと気付かず、それに引っかかったことが自分の敗北に繋がったのだと認めざるを得なかった。
「まぁ、決勝がんばってくれ……」
「あぁ、ありがとう」
悔しいが、勝つための策をギリギリまで隠していたビダルの方が上手だった。
負けた以上、自分の分もビダルに頑張ってもらうしかない。
そのため、ディオニシオはビダルの健闘を祈ってこの場から去ることにした。
言われたビダルは、去っていくディオニシオの背中に向かって返事をしたのだった。
「まさか、決勝まで来るなんてな……」
自分が指導したビダルが、思っていた以上に戦いのセンスがあったことに、俊輔は改めて感心していた。
ルールを利用した短刀の仕込みは俊輔が用意していた策ではあるが、それを使うための仕込みなんかは完全にビダル自身によるものだ。
敵に気付かれずに上手くそれを使いこなしたこの勝利は、上手かったと褒めてあげたいところだ。
「最後の誘いは上手かったね!」
「そうだな!」
俊輔と共に見ていた京子とカルメラも、ビダルの策へと誘い込んだ流れに感心していた。
自分がビダルと同じ年だったなら、もしかしたらディオニシオと同じように引っかかっていたかもしれない。
「決勝はあのフェリクスって子だろうけど、勝てるかな?」
「無理かもな……」
もう1つの準決勝が始まる前から、京子はビダルの決勝の相手が決まっているかのような発言をする。
俊輔も気が早いというつもりはない。
昨日の戦いを見る限り、フェリクスが決勝に行くことは誰もが分かっていることだ。
それほどまでに、フェリクスは余裕を持って戦っていた。
全力なんて出していなかったようだが、ディオニシオの少し上といったくらいの強さだろう。
ディオニシオに辛勝したビダルでは、勝つのはかなり厳しいことだろう。
「あの隠し短刀はフェリクス戦に残しておきたかった。戦いに絶対は無いといっても、策がバレている状態で勝つのはちょっとな……」
もしもの時のために隠し持っていた短刀。
使いどころがないまま負けるという可能性があったが、ビダルは上手く使った。
しかし、使ってしまたからこそ、決勝で勝利を収める可能性が下がってしまったと言って良い。
「フェリクスが準決勝を取りこぼすとは思えないからな……」
「あぁ……」
俊輔の分析に、カルメラも納得する。
もしも、ビダルが優勝する可能性があるとすれば、フェリクスが準決勝で何らかの方法で負けた場合ではないだろうか。
しかし、それはそれで話が変わる。
ヘロニモという槍使いがフェリクスに勝てるほど実力を隠していたかというと、それはない気がする。
勝てるとしたら、ビダル同様勝利するための策が無いと無理だろう。
そんな方法があるのかは分からないが、フェリクスはそれすら対応してしまうように思える。
どう考えても、ビダルが勝つのは難しいだろう。
「あっ! 始まる」
フェリクスとヘロニモが入場してきた。
もう1つの準決勝が開始されるようだ。
『んっ? 昨日と微妙に違うような……』
これまで同様にフェリクスは木剣、ヘロニモは槍代わりの棒を持ってきている。
2人を見た時、俊輔はヘロニモに違和感を感じた。
京子とカルメラも、何か変だと気付いているような反応だ。
昨日の戦いを見る限り、ヘロニモの技術はかなりのものだった。
地道に訓練してきたのが分かる戦い方だった。
しかし、準決勝に残った者たちの中で1番魔力が少ないというのが欠点に感じる。
フェリクスからすれば、時間をかけて戦いさえすれば魔力切れで勝利を得られると思っているかもしれない。
俊輔の違和感はその欠点ともいえる魔力が、昨日よりかなり増えているように感じた。
玄人好みの戦いに、俊輔はヘロニモへ意識をそれほど向けていなかった。
なので、どれだけ変わったかと断定するのは難しいが、一角に固まって観戦している戦闘部隊の面々なら気付いている人間は多いはずだ。
審判が出てきたところを見ると、何の問題も無いということなのだろうか。
「始め!!」
違和感が解消されない中、そのまま試合は開始された。
「ハッ!!」
「フッ!!」
開始早々、お互い交互に武器による攻防をおこなう。
フェリクスの振り下ろしを防ぐと、ヘロニモがそのまま棒で反撃する。
それをバックステップをしてフェリクスは回避した。
「なかなかの技術だ。ここまで残るだけあるね」
「……そいつはどうも」
攻防を終えたフェリクスは、ヘロニモに対して完全に上から目線の物言いをする。
それに対し、ヘロニモは腹を立てるでもなく冷静に返事をする。
「しかし、昨日の戦いを見る限り、君は俺には勝てない」
「っ!!」
強気の理由を説明するかのように、フェリクスは体に纏う魔力を増大させた。
その魔力の量に、ヘロニモは目を見開いた。
それはヘロニモだけでなく、会場で見ている観客も同じだった。
使っている魔力量からいって、戦闘部隊の新人と同等といっても良いくらいだ。
まだ入隊前でそこまで出来るということは、それだけ才能があるということだ。
戦闘部隊の面々は、仮入隊どころかこのまま入隊させてしまっても良いのではないかと思えてきた。
「君には悪いが勝たせてもらうよ! ハッ!!」
自信満々に話したフェリクスは、自分の魔力に驚いて動けないでいる様子のヘロニモに向かって地を蹴り、一気に距離を縮めて木剣を振りかぶった。
「フッ!!」
「っ!?」
距離を縮めると、フェリクスはそのままヘロニモの胴へ横薙ぎに振る。
しかし、その剣が届く前に、笑みを浮かべたヘロニモが姿を消した。
あまりの速さに、目の端に捕えるのがやっとだった。
「昨日までの魔力は偽装だったのか?」
「さあな……」
少し離れた位置に留まったヘロニモに対し、フェリクスは冷や汗を掻きつつ尋ねた。
その質問に、ヘロニモは答えるつもりがないように言葉を返す。
フェリクスが焦るのも無理はない。
自分より魔力が少ないと思っていた人間が、自分以上の魔力を纏って対峙しているのだから。
会場の観客も、昨日とは違うヘロニモの魔力の多さに驚き、期待する視線をフェリクスから変更したのだった。




