第236話
「相手は剣術使いか……」
剣術大会の準決勝になり、ビダルと対戦相手のディオニシオという少年が向かい合う。
両者ともに剣を主体とする戦闘タイプ。
同じ剣といっても、ビダルの方は俊輔から貰った木刀を持っている。
「相手もカウンタータイプの使い手だったか……」
カルメラの言うように、相手もビダル同様相手の攻撃を受け流してのカウンターでここまで上がってきた相手だ。
同じタイプの剣術使いが相手に、ビダルが対応できるのか気になって問いかけてきた。
「大丈夫だろ? あいつは剣の相手方が得意だろうから……」
戦闘部隊の隊員であるマルシアルに案内されて見に行った道場では、剣術を重点的に教えていた。
それもあって、俊輔は剣術はそんなに指導せず、他の武器による攻撃に対する防御を教えるようにしていた。
刀での戦いばかりしてきたが、俊輔は訓練の一環として色々な武器で魔物と戦った経験がある。
所詮独学でしかないが、この大会に出ている子供たちが相手なら、どんな武器でも余裕で勝てるぐらいには使えると思う。
そのお陰で対人戦での防御力は上がったと思うが、道場で指導を受けていたのだから、一番慣れているのはやはり剣術相手だろう。
だから、同じような戦い方をするからといっても、ビダルが戸惑うようなことはないだろう。
「俊ちゃんが指導したから?」
「たいした期間じゃないから、そこまで俺の成果というつもりはないさ」
剣を使っての訓練も少しはしておいたので、そう簡単に負けるとは思えない。
京子の言うように指導はしたが、若干魔力を使えるようにしたのと防御力を上げることくらいしかしていないため、俊輔はここまで来れたのが自分のお陰だというつもりはない。
むしろ、ここからはビダル自身が勝利を掴むために考えて動かなくてはならないだろう。
俊輔にも勝敗がどうなるかは分からないため、ビダルがどう戦うか楽しみにしつつ、試合が始まるのを待ったのだった。
「始め!!」
俊輔たちが話しを終えて少しして、審判から始まりの合図がされる。
それと同時にお互いが魔力を体に纏った。
「カウンター狙いだけでここまで来たのはすごいが、それもここまでだ」
「あっ、そう……」
初戦のセサル、準々決勝のエリオドロ相手に速度自慢と戦うことになったが、ディオニシオのこれまでの戦い方を見るに、2人よりかは速度がないことは分かっている。
しかし、自分と同様に、相手の攻撃を防ぐのが上手いことは分かっている。
その防ぎ方も流れるような防ぎ方で、余裕を持って戦っているようだった。
自分と同じタイプとは言っても、自分の方が防御が上手いと思っているのか、ディオニシオは笑みを浮かべながら話しかけてきた。
そんな相手の言葉に対し、ビダルは冷静を保つために受け流す。
「フッ!」
「っ!!」
お互いゆっくりと接近しあい、あと数歩で間合いに入るという所で、ディオニシオが姿を消した。
正確に言うと、姿を消したかのように一瞬で間合いを詰めて突きを放って来たのだ。
その突きに対し、ビダルは木刀で直撃をするのを防いだ。
「くそっ!! 昨日のは本気出していなかったのか!?」
間合いを詰める速度と剣を突き出す速度は、セサルとエリオドロと同等の速度をしていた。
昨日見ていた時よりも断然速いところを見ると、ビダルはディオニシオが実力を隠していたのだと理解した。
防御してのカウンターも、もしかしたら同じ理由でわざとやっていたのかもしれない。
「昨日までは全力を出す必要がなかった。お前なら8、9割の力といったところだな……」
「今のが全力じゃない……?」
どうやらディオニシオは本気で戦うつもりはないらしい。
フェリクス相手の決勝を考えての温存策なのだろうが、さっきの攻撃が本気ではないとなるとビダルからするとかなり厄介だ。
対応しきれるか不安になって来る。
「ハッ!! タァッ!!」
「くっ!! わっ!!」
ディオニシオが言っていたことが本当なら、一歩手前の本気はここまで戦ってきた2人以上に速くなっている。
繰り出される攻撃をギリギリで防げているのが自分でも不思議だ。
しかし、本気を出したらさらに速度が上がるのかと考えるとかなりまずい。
かと言って、本気を出す前に勝つためにカウンターを打とうにも、相手もそれにカウンターを合わせてくるかもしれない。
そんなことを考えたら、いつまで経っても防御に専念するしかない。
攻撃を躱しながら、ビダルはどうするべきか考え続けていた。
「セイッ!!」
「危なっ!!」
顔面に飛んできた突きを、ビダルは木刀を使ってスレスレで躱した。
耳の数ミリ横を通り過ぎる風切り音が、当たったら危険だと威力を物語る。
カウンターを考えることもいつの間にか忘れ、ビダルは防御だけに集中するしかなかった。
「随分避けるのが上手いが、いつまで続くかな……」
「いつまでもだ!」
ここまでの実力となると、恐らく決勝で当たるフェリクスと同等レベルなのではないだろうか。
そう考えたら、ビダルは決勝だと思って戦うしかないと思うようになっていた。
フェリクスを相手にした時の戦法を、ディオニシオにも使うことにした。
「ハァ、ハァ……、くそっ! しつこい奴だな!」
「ハァ、ハァ……、しつこいのが自慢なんでな!」
戦いが始まって、ずっとディオニシオが攻撃をしてビダルが防ぐということが続いていた。
防御に専念しギリギリ防ぎ続けてきたビダルに、いい加減ディオニシオも疲れて来た。
両者ともに疲労し、息切れをしつつ会話をする。
「はぁ~、仕方ない。決勝に残しておいたのだが、全力で行くしかないようだな……」
「マジか……」
防御に専念して何とか防げている状況だというのに、これ以上速度を上げられたら防御が間に合わないかもしれない。
もしかしたら、本気じゃないというのはハッタリではないかという期待を持っていたのだが、どうやらハッタリではないようだ。
敗北濃厚の雰囲気に、ビダルは嫌な汗が額に浮かんできた。
「行くぞ!!」
「ぐっ!!」
全力というのは本当らしく、ディオニシオの速度がさらに上がった。
ディオニシオの接近しての振り下ろしに対し、ビダルは何とかバックステップをして躱せたが、完全には躱しきれなかった。
頬に掠っており、僅かに切れて血が流れ始めた。
「俺の本気を完全とは言えなくても躱すとはな。敵ながら褒めてやるよ!」
「ハハ……、そ、そりゃどうも……」
頬を伝う血に、さっきの嫌な汗が全身から噴き出てくるかのような感覚に陥る。
上から目線で話してくるディオニシオに対し、ビダルは乾いた笑いしか出てこない。
「ハッ!!」
「ぐっ!! がっ!!」
単発なら掠る程度だったが、連撃になると防御が少しずつ間に合わない。
どの攻撃も掠ったり、浅く当たったりしてビダルは追い込まれて行く。
これでは、ビダルが唯一勝てるであろう大きな隙を作ってのカウンターなんて望める訳もなく、観客はビダルが痛めつけられて敗北するという結果しか思いつかないでいた。
「うっ!!」
攻撃は木剣によるものだけではない。
何とか防いだと思ったら、ディオニシオの蹴りがビダルの腹へと当たり、吹き飛んだビダルが何とか着地をして止まる。
「もらった!!」
着地をしたといっても、蹴られた腹の痛みで腹を抑えて膝をついた状態だ。
そんな状態なら攻撃を躱せないであろうと、ディオニシオは一気に勝負にけりをつけに動いた。
防御されないために、武器を持っていない左手側からの切り下ろし。
勝機を逃さず冷静な攻撃に、観客の誰もがビダルの負けを確信した。
「何っ!?」
自分の攻撃に対して、ビダルが防御のために右手に持つ木刀を動かし始めたのは確認していた。
しかし、完全に間に合っていない。
そのため、ディオニシオは勝利を確信していたのだが、木剣が人に当たったのとは違う感触を受けた。
「がっ!! ……た、短…刀……?」
自分の剣が止められたことに驚いて見てみると、ビダルはいつの間にか短刀型の木刀を左手に持っていた。
それで防がれたと思った時には、ビダルが右手に持つ木刀がディオニシオの脇腹に直撃していた。
予想外の短刀に、大きな隙を作ってしまったのがディオニシオの失敗だった。
横っ腹への直撃でアバラが数本折れたのか、蹲ったディオニシオの首筋に木刀を振って寸止めする。
これにより、試合はビダルの逆転勝利に終わったのだった。




