第235話
「ビダル! お疲れさん!」
本選初日が終わり、残りの準決勝と決勝は明日になる。
ベスト4に入ったビダルに、指導した身として一言かけておこうと、俊輔は会場から出てきたところで話しかけた。
「あっ! 師匠!」
「いや、師匠呼びはちょっと恥ずいわ……」
魔力を使えるようにしたことで尊敬対象になったのか、急にビダルは俊輔のことを師匠呼びしてくるようになった。
しかし、俊輔からすると、そう呼ばれるのは慣れないため、なんとなく照れてしまう。
「ここまで来たら、戦闘部隊に参加することも出来るんだろ?」
「多分、大丈夫かと……」
毎年エナグアの戦闘部隊に仮入隊するのは、ベスト4に入った者たちが選ばれる。
かと言って、毎年4人選ばれるという訳でもなく、成長の見込める者ほど選ばれると言われている。
そのため、ビダルもベスト4に入れば一応大丈夫だと思っていた。
「あのフェリクスってのが飛びぬけてるから、微妙かもしれないです……」
大会で勝ち進んでいる者の戦いは、ビダルも当然見ている。
自分と当たるかもしれないので、ある程度戦い方が分かっていた方が戦えると思ったからだ。
しかし、決勝まで当たらないとは言っても見ておいたフェリクスの戦いは、隙らしいものが見えなかった。
とても勝てると言い切れるような相手ではないので、ビダルはどうしたものかと悩んでいる。
参加する前は本選に出場。
本選に出場出来たら、優勝を狙いたくなるのは仕方がないことだ。
まだ参加できる以上可能性がゼロではないのだから、欲張ってもいいと思う。
「フェリクスのせいでお前の戦い印象薄くなっちまうもんな……」
「そうなんですよ……」
現在の状況だと、ビダルはまだ完全に魔力を扱いきれていない。
俊輔の見立てでは、これから大人になるにつれ、少しずつ他の人間のように使いこなせるようになると思っている。
それまではカウンター重視の戦闘方法で戦っているしかない。
この大会でもなんとかベスト4に入ったが、はっきり言って4人の中でビダルの戦いは印象が薄い。
カウンターで戦うために地味になりがちで、他の者たちのようにガンガンぶつかり合うような派手さがない。
それにビダルは毎回最初に戦うため、最後に戦うフェリクスが観客の印象をすべて持っていってしまうので尚更印象が薄くなってしまっている。
「もしかしたら、フェリクスって奴だけ仮入隊になるかもしれないです……」
準々決勝でのフェリクスは、初戦と同様に客たちの注目を集めた。
敵の攻撃をヒラヒラ舞うように躱し、相手が攻め疲れた一瞬のスキをついての一撃。
自分の実力をアピールしつつ戦える余裕を見せての勝利。
ビダルを含めた他の選手がレベルが低いわけでもないのに、なんとなく一段下にいるように思われても仕方がないかもしれない。
そうなってくると、ビダルの言うようにフェリクスだけが隊に選ばれるということもあり得るかもしれない。
「……まぁ、そうなっても仕方ないだろ?」
「そんな……」
師匠でありながら、弟子が入隊できなくても構わないというような反応をされると、ビダルとしては残念に感じてしまう。
どうせなら励ますような言葉をかけてもらいたいものだ。
「元々魔力が無いって言われていたお前がここまで来れただけでも十分すごいじゃねえか」
「えぇ、そうなんですけど……」
俊輔にいわれ、ビダルはなんとなく納得してしまう。
1ヵ月前は魔力が無いと言われていたのだから、そんなのがここまで来れただけでも満足しないと罰が当たるのではないかと感じてしまう。
「何とか決勝に行って、フェリクスの奴と互角に戦えば印象に残るかもな?」
冷たくあしらっているようにも思えるが、実は俊輔はまだビダルにも仮入隊の可能性は残っていると思っている。
あのフェリクスと戦って勝てるかは怪しいが、せめて手こずらせれば大きく印象付けることができるはずだ。
そのためにも決勝へ向かわなければならない。
俊輔としては遠回しのエールのつもりなのかもしれない。
「でもどうすれば……」
「その時は何とか逃げ回って勝機を待つしかないだろう」
俊輔が応援してくれているということはビダルにも伝わっている。
しかし、戦うにしても、待ち一辺倒でどうにかなる相手ではないように思うビダルに、俊輔は投げやりなアドバイスしかできなかった。
◆◆◆◆◆
「くそっ! 何なんだよフェリクスとかいう奴は……」
俊輔がビダルと話している時、明日の準決勝でフェリクスと戦うことになっている槍使いのヘロニモという名の少年が、大会中に宿泊する宿へと向かっていた。
彼もビダルと同様の不安を持っていた。
フェリクスだけが仮入隊に選ばれるのではないかという不安だ。
そう考えると、いら立ちが募ってくる。
「勝てる方法を教えてやろうか?」
「っ!! 何だあんたは!?」
もう少しで宿に付くという所で、路地を通っていたヘロニモの前に一人の男が声をかけてきた。
黒いフードを被り、明らかに不審者のような印象を受ける。
「私は魔道具開発を生業としている者でイノセンシオという」
「……そんな人間が俺に何の用だ?」
背負っている武器の棒に手をかけ警戒しながら、ヘロニモはイノセンシオと名乗った男に問いかける。
「簡単な話だ。実は君の優勝に大金を賭けていてな……」
「それは悪かったな。準決であんなのと当たることになっちまって……」
イノセンシオは距離を取ったまま近付くような素振りを見せない。
そのため、僅かに警戒を説いたヘロニモだったが、イノセンシオが話しかけてきた理由を聞いて自虐的に笑みを浮かべる。
ヘロニモとしても、フェリクスなんて一歩上行く実力の持ち主がいなければこんなにイラついた思いをしていなかっただろう。
「そう悲観することはない。これを使えば、先程も言ったように勝てるはずだ……」
そう言って、イノセンシオは小瓶をヘロニモへと放り投げた。
「……何の薬だ?」
「魔力増幅薬だ」
投げ渡された小瓶に入っている錠剤のような物を見て、ヘロニモは訝しむ。
何の薬かと思い問いかけると、聞いたこともない薬の名前だった。
「流石に食べたものまで調べられないだろ?」
「なるほど……」
魔力を増幅させる薬なんて聞いたことがない。
もしもそんなものがあるとするなら、大会規定で止められていたはずだ。
何か身につけて強くなるようなことがあってはならないため、武器や装備品のチェックは毎回される。
しかし、何を食べたかまではチェックのしようが無い。
そのことを考えると、この薬を使っても違反とされることはないだろう。
「値段は?」
「もちろん無料で良い。君が勝てばそれを作る金なんていくらでも手に入る」
この薬を使えばもしかしたら天才フェリクスに勝てるかもしれないと思うようになっていたヘロニモは、完全に使う気になっていた。
しかし、そうなると値段が気になる。
いくら出せばいいのか問いかけると、イノセンシオはタダだと言ってヘロニモに背を向けた。
「へぇ~、そいつはありがたい。遠慮なくもらっとくぜ」
「私のためにも頑張ってくれ!」
この薬を渡すことが目的だったらしく、イノセンシオはそのままヘロニモから去っていった。
ただほど怖いものは無いと言うが、イノセンシオは賭けによる報酬が出るのなら気にすることはないだろう。
王都から離れた村の出身であるヘロニモは、何としても仮入隊をして家族を楽させたい。
それだけ戦闘部隊の給料は高いのだ。
「これくらい構わないだろ……」
貧乏から抜け出せる可能性が、手の届きそうな位置にあるのだ。
大会規定にも書かれていないのだから、この薬を使っても問題になることはないだろう。
そう考えたヘロニモは、明日フェリクスを倒して観客から喝さいを浴びる自分を想像し、足取り軽く宿へと向かって行ったのだった。




