第234話
「おぉ! この子はすごいね……」
「こいつは……」
本選に残るだけあり、誰もがなかなか高いレベルの戦闘技術を持っている。
そのため、ビダル以外の試合も面白い。
そんな中、1回戦の最終試合を見ていた京子とカルメラは、感心したように声をあげた。
両手に木の短剣を持った少年が、木剣を持っている少年に襲い掛かっている。
しかし、短剣の少年の攻撃は木剣の少年に当たらず、空を斬るばかりだ。
決して短剣の少年が弱いのではなく、単純に木剣を持った少年の方が強いのだ。
小回りの利く武器で、高速回転するかのような攻撃が繰り出されているが、木剣の少年は見切っているかのようにギリギリで躱している。
「やるな……」
俊輔からしても、この戦いは面白い。
両者ともに魔闘術を使っているが、短剣使いの子の方はまだまだ魔力の圧縮が上手くない。
しかし、15歳前後でこれくらいなら、十分才能があると言って良いだろうが、相手が悪かった。
木剣を持つ少年は、魔闘術をちゃんと使いこなしていると言って良い。
自分の本気の速度から考えると、相手の攻撃が遅く感じているのだろう。
余裕で躱しているのは見に来ている戦闘部隊の面々へのアピールと言ったところかもしれない。
「面白がっていて良いのか?」
「何でだ?」
木剣の少年の戦いを楽しんでいた俊輔に、カルメラが問いかけてきた。
しかし、その質問の意味が分からず、俊輔は質問で返すしかなかった。
「あの少年と当たったら、お前の弟子は負けてしまうかもしれないぞ?」
「何だ……そんなことか、別に俺はあいつを優勝させたいなんて思っていないぞ」
「……そうなのか?」
てっきりカルメラは、俊輔は才能のある少年を鍛えて優勝させたいのだと思っていた。
しかし、真面目な顔をして返してくるところを見ると、それはどうやら違ったようだ。
「魔力無しと言われた少年がいきなり強くなったらみんな驚くだろ?」
「……それがしたかっただけか?」
「あぁ!」
以前見学させてもらった時、ビダルを魔力無しと思っている道場の人間たちが気に入らなかった。
たしかに魔力の動きが遅すぎて感じられないのは分かるが、ちゃんと面倒を見れば分かったはずだ。
もっと早くに気付いていれば、あの木剣の少年同様優勝候補になっていたはずだ。
恐らくあの道場にいた者たちは、みんなビダルの変貌に驚いていることだろう。
それを思うと、俊輔からすれば今の結果でもう満足している。
「面白い成長したから気に入ってはいるがな……」
「気に入っているんじゃん!」
魔力が使えるようになれば、ビダルは剣術の能力を見る限り本選に出場できるかもしれないとは思っていた。
時間がなくてちょっと無理やりになってしまったが、結果としては正解だったと言えるかもしれない。
ただ、副産物として魔闘術を使えるようになるとは思っていなかったので、いい意味で期待を裏切られた思いがした。
それも完全に使いこなしている訳ではないので、優勝は少し難しいかもしれないが、どこまで行けるかを楽しみたいところだ。
表情からして、カルメラに言っていることはあながち間違っていないように思える。
そんな俊輔に、話を聞いていた京子はツッコミを入れたのだった。
「おっ! 終わったか……」
京子のツッコミを無視するように俊輔は呟く。
ちょうど木剣持ちの少年が相手の武器を弾き飛ばし、審判に勝利宣告をされたところだった。
「フェリクスか……」
魔闘術の使い方を見ていた感じだと、恐らくこの木剣持ちの少年が優勝する可能性が高い。
そのため、俊輔は勝利した少年、フェリクスの名前を覚えておくことにした。
「準々決勝か……」
ビダルへの指導を開始する時、本選に出場できる程度になれば良いと思っていた。
それが、ベスト8にまで来れるとは思ってもいなかった。
あと1回勝てば戦闘部隊への仮入隊も考えてもらえるかもしれない。
そう思うと、指導した甲斐があったと感慨深いものがある。
折角ならビダルには勝ってほしい。
「相手はたしか棒使いの子だね」
京子の言う通り、ビダルの次の相手が手にしている武器は長い棒だ。
1回戦を見ていた感じだと、恐らく本来は槍を使った戦い方をしているのだと思う。
特に突きの攻撃はかなり高い威力をしていたため、直撃したら骨が折れてもおかしくないだろう。
「始め!!」
「ハッ!!」
「っ!!」
開始早々、棒使いの少年ことエリオドロがビダルへと攻撃を放つ。
その攻撃に対し、ビダルは木刀を使ってギリギリの所で躱すことに成功する。
エリオドロの突きの速さに面食らいつつ躱したため、完全に躱せたわけではなく、カスった洋服が少し破けた。
「まずはあの速い突きを防ぎきれるかが、ビダルが勝てるかどうかの境目だな……」
エリオドロの突きは、同年代の者からしたらトップクラスの速度だろう。
1回戦の時もあっさりと相手に勝ったところから考えると、かなりの訓練をしてきたのが窺える。
あれにカウンターを当てることは難しいかもしれない。
「これにカウンターができるならやってみろ!!」
「クッ!!」
1回戦を見られている可能性が考えられたが、案の定ビダルの戦法がバレているようだ。
さっきの突きも、辛うじて見えているというくらいで、とてもカウンターを合わせることなんて出来そうにない。
『まずは防ぐ事に専念して、何とか慣れるしかないな……』
カウンターを合わせる方法でしか勝機がないビダルは、相手の攻撃を見極めることが重要になる。
俊輔の指導で動体視力に自信が付いた。
しかし、エリオドロの突きはかなり速く、はっきりとは見えなかったことから、集中していないとあっという間に負ける未来しか想像できない。
なんとか勝つために、まずはエリオドロの突きに慣れるしかないと判断した。
「どうした!? 防ぐだけで手いっぱいか!?」
「うるせえ!」
強がりを言ってみるが、はっきり言ってエリオドロの言う通りだ。
何とか木刀を使って防ぐ事しかできないというのが現状だ。
とてもカウンターに行くタイミングが掴めない。
『こいつ僅かに速くなっていってないか……?』
エリオドロの攻撃を何とか防いで慣れようとしているのだが、ビダルの慣れる速度に合わせるかのようにエリオドロの攻撃も速度を増しているかのように思える。
これではいつまで経っても勝つことなんて出来そうにない。
「くらえ!!」
「ここだ!!」
ビダルがエリオドロの突きの軌道に集中していると、癖のようなものを感じ取った。
狙う場所によって、棒の先が僅かに動くように思えた。
それが分かったビダルは、腹へ向かっての突きが来ると判断してカウンターを合わせることに出た。
「っ!!」
「癖はわざとだ!!」
腹への突きを木刀で弾きながら、エリオドロの懐へと入り込む。
ビダルがそのまま木刀で攻撃をしようとしたら、目の前にはエリオドロの拳が顔面に近付いて来ていた。
言葉の通り、ビダルが思った以上に粘るので、わざと癖があるように思わせてカウンターを狙わせ、そのカウンターに合わせるように拳を放って来たのだ。
“パシッ!!”
「なっ!!」
「知ってた!」
ビダルの顔面へと迫り来る拳に小さな魔力の球が当たる。
それによって、エリオドロの拳はビダルの顔面から外れた。
「ハッ!!」
「あっ……」
拳が外れて前のめりになっているエリオドロの首に、ビダルの木刀が添えられる。
これによってビダルの勝利が確定した。
俊輔との訓練で魔法を飛ばす攻撃は、全く駄目だと分かっていた。
粘着質のように感じるほどに、体内から体外へ魔力が出て行こうとしないため、魔力を飛ばせても数センチといったところだが、どんなことでも使いようだ。
今回はエリオドロの罠に嵌った振りをして、カウンターを狙うことにした。
威力のない魔力でも、飛んできた拳に当てれば軌道をずらすことくらいはできる。
予選から魔法は使っていなかったので、エリオドロはビダルが魔法を使えないと思っていたことだろうが、それが命取りだった。
「上手いことやったな……」
頭を使ったことによるビダルの勝利に俊輔も感心し、弟子の勝利に拍手を送ったのだった。




