第233話
「んっ?」
「何だ?」
開始合図があっても動かない2人に、観客たちは不思議そうにざわつき始める。
そう思うのも仕方がない。
ただ見つめ合っているだけにしか見えないのだから。
「どうした? かかって来ないのか?」
「そっちこそ!」
闘技場に立つ2人は、別に何もしていない訳ではない。
ビダルはずっと敵の攻撃に対応できるように、イメージトレーニングを繰り返していた。
しかし、セサルという名の相手が何もして来ないのにはビダルも不思議に思っている。
攻めて来てもらわないと、ビダルとしてはどうしようもないからだ。
「予選を見ていたので知っているぞ。お前はカウンター攻撃が得意なのだろ?」
「何だよ。見てたのか……」
大会の予選では8つのブロックに分かれて進行されていた。
当然ブロックごとに進展速度も変わる。
ビダルのいたブロックは終わるのが後の方になっていたので、先に本選行きが決定していた者は観戦することも出来たのだろう。
セサルが自分の試合を見ていたとなると、攻めてこない理由が分かった。
ビダルは、予選では攻めかかってきた相手をカウンターで倒すという戦法で勝利を収めてきた。
それを見ていたとなると、セサルはカウンターを警戒して攻め込まないという選択をしているのだろう。
「仕方ない……」
「んっ?」
予選の戦法を見られていたのなら、無闇に攻め込むようなことをしないだろう。
そうなると、いつまで経っても勝負がつかないことになってしまう。
なので、ビダルは自分から動くことにした。
「おっ! やっと動き出した」
「しかし、あんなゆっくり動いて舐めているのか?」
観客たちもただの見つめ合いから、ようやく戦いが始まるような雰囲気に違う内容でざわつき始める。
だが、ビダルの動きに不可解な思いをする者が大半だ。
ビダルがセサルへ向かっている速度はただの徒歩。
歩いて近付いて、どうやって相手を追い詰めるのか想像できない。
むしろ、戦う気があるのかと疑いたくなってしまう。
「なるほど、何としても攻撃をさせようって考えか……」
ただ見ているだけの者たちからすると、ビダルがセサルを舐めているのだと思えるだろう。
しかし、セサルは本選に残れるほどの手練れ、別にビダルが舐めているとは思っていない。
むしろ、観客を煽って自分に攻撃をさせようとしているのだと見抜く。
「なら……」
「っ!!」
どうやらビダルかは徹底的にカウンターを狙っているようだ。
そう判断したセサルは、ビダルの思惑に乗ることを選択した。
爆発的な瞬発力によって一気にビダルへ接近したと思ったら、すぐに横へ飛んでビダルを中心に走り回った。
どうやらかなりの速度自慢のようで、一瞬でも見逃したらすぐに姿を見失ってしまいそうだ。
「おぉ! 速いな……」
セサルの移動速度を見て、観戦している俊輔は感心したように呟く。
あれだけの速度を出すには結構な訓練が必要だし、さらにそれを制御するのもかなり難しい。
少し速さの制御が甘いように思えるが、かなりの実力を持っていると言って良い。
「私に似た戦闘型だ!」
「そうね……」
セサルの動きを見て、京子はすぐに自分の戦い方に似ていると思い呟いた。
その呟きにカルメラも同意する。
一度は京子と剣を交えたからこそ、そう思えるのだろう。
「京子よりも下手だけどな……」
京子とカルメラの会話に俊輔も内心では賛成するが、少し修正したい。
たしかに速度を重視する戦い方は似ているが、身内の贔屓目をしなくしても同じ年齢の時の京子の方が速度の操作が上手かった。
まあ、今の京子と比べるとなると、全く勝負にならないだろうが。
「ハッ!!」
「っ!!」
僅かにビダルの目がセサルの姿を見失った瞬間、セサルは死角から襲い掛かった。
ビダルもそれに反応し、木刀を使ってセサルの木剣を防ごうとする。
しかし、ビダルの木刀に当たる直前に、セサルは木剣を止めて面打ちから胴打ちへと変化させた。
「上手い!」
その攻撃を、俊輔だけでなく玄人なら誰もが同じように思ったことだろう。
振り下ろしている剣をいきなり変化させるなんて、相当な剣技の持ち主でなくては不可能な技だ。
10代の若さで出来るのはかなりの才能だ。
しかし、セサルの場合は純粋な剣技による技ではない。
魔力で無理やり振り下ろす腕を変化させたに過ぎない。
しかし、結果が同じなら効果としては有効だ。
「ぐっ!!」
「なっ!?」
魔力を使っての技に対し、ビダルは必死に反応する。
胴へと飛んできたセサルの木剣を、柄で止めることに成功した。
まさか止められると思わなかったセサルは、驚きで目を見開いた。
「ムンッ!!」
「がっ!!」
敵の攻撃を止めたら反撃を意識する。
それが俊輔に頻繁に言われたことだ。
その教え通り、ビダルはセサルに反撃をする。
しかし、ビダルもセサルも武器をぶつけ合ったことで塞がった状態だ。
この状態で出せるのは足だけだ。
ビダルは右足を振り上げ、セサルの腹へ膝を打ち込んだ。
「ぐえっ……!」
「ハッ!」
「っ!!」
腹に膝が直撃し、セサルは腹を抑えてよろめく。
その状態のセサルの首筋へ、ビダルは木刀を振る。
攻撃が首に当たる直前で、ビダルは木刀を止める。
これが真剣であればビダルの勝利が確定したも同然だ。
「勝負あり!! 勝者ビダル!!」
ビダルの勝利が確定し、審判が会場に響かせるように宣言した。
結構ギリギリの状況ではあったが、何とかビダルは2回戦へと進むことができた。
「へぇ~、交差法による攻撃か……」
自分と同じタイプの戦闘スタイルが故に、京子はいつの間にかセサルを目で追っていた。
それが、攻撃を止められての交差法。
京子も同じようにやられたら嫌な思いになるだろう。
いくら速度が速くても、刀による攻撃を止められた瞬間は目の前にいることになる。
動きが止まった所へ攻撃されれば、反応しきれず攻撃を受ける。
速度自慢への対応で一番有効な方法に思える。
「俊ちゃん! あの子魔闘術使ってるよね? どうやって1ヶ月で教えたの!?」
たしかに京子の言う通り、さっきの戦いで両者とも魔闘術を使っていた。
普通に魔力を纏っただけの、魔闘術とは言っても半人前と言った感じだ。
完全な魔闘術は、圧縮した魔力を纏うことで強力な力を発揮することができる。
セサルの場合は圧縮不足の魔闘術と言ってもいい。
しかし、ビダルの方はキチンと圧縮された魔闘術だったように思える。
魔力があることにすら気付いていなかった少年が、たった1ヵ月で使えるようになるなんて常識外れも良いところだ。
「あれは完全に副産物だ。魔力が外に出て行こうとしないのを無理やり出してる状態だ」
俊輔が無理やり魔力を動かしてやったことにより、ビダルは魔力が動かせるようになった。
しかし、魔力を飛ばしたりするところまではできなかった。
それでも、使えなかったことに比べればかなりの上達と言って良いのだが、ビダルが無理やり魔力を外へ出そうとするのを見ていてふと思った。
ビダルが魔力を体外へ出そうとすると、魔力が体内に戻ろうとする力が働く。
その両方の力が均衡すると、魔闘術が発動されている状況と同じ反応が起きていた。
俊輔も意図していなかった反応だが、これを使えばビダルは戦えるようになる。
「ただ、その状態維持には本人の集中が必要になる。そうなると、跳んだり跳ねたりが好き勝手にできないことが分かった」
ようやく魔力が使えるようになったため、体外へ出そうとするのに集中しないとすぐに疑似魔闘術の状態が解けてしまう。
これでは敵へ攻めかかるには使えない。
「だから交差法戦闘に特化した練習をするようにした」
「なるほど……」
少しの間なら速く動けるが、それだと敵へ攻撃を当てるには一撃で当てないといけなくなる。
しかも動き回ることなくというおまけつき。
なら自分から動かず、敵に攻めてもらって攻撃を当てればいい。
残されていた戦法がそれしかなかったというだけだ。
俊輔の説明に、カルメラは納得する。
「あれでどこまで行けるか楽しみだ」
たった一つの戦法しかできないビダルだが、俊輔の指導に懸命に付いて行った。
しかし、欠陥だらけなのはいまだ変わらない。
むしろ、そういった者がエリートに勝つ方が面白い。
1回戦が終わったばかりだというのに、ビダルの2回戦が楽しみな俊輔だった。




