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第230話

「おはよう! 少年!」


「おはよう……です」


 早朝、俊輔の約束した広場へ昨日の少年が姿を現した。

 人族で招待証を持っているということは一応偉い人なのだろうと、昨日と違って少年は遠慮がちに俊輔の挨拶に対して敬語で答える。


「いや~……、勝手に言っておいて来なかったらどうしようかと思ったよ」


「……本当は来るのやめようかと思ってました」


「正直で良いね……」


 約束はしたものの、一方的なものであったために少年が来ないという可能性もあった。

 そうなったら、京子たちに黙って出てきた意味が無くなってしまう所だった。

 その心配があったが、ちゃんと来てくれたことに安堵した。

 そんな俊輔に対し少年は本音を吐露する。

 ちゃんとした約束ではないので無視しても良かったのだが、招待証を付けているのだから失礼になるかもしれないと思って来ることにしたのだ。


「俺は俊輔と言う。少年! 君の名前は?」


「ビダル……です」


 たまたま目を付けただけだったため、俊輔は少年の名前を聞いていなかったことに気付く。

 そのため、自分の名前を言った後に少年に問いかけると、少年ことビダルは名前を教えてくれた。


「それよりも、呼んだ理由はなんですか?」


 挨拶も済んだことだし、ビダルは早々に本題に入ることにした。

 朝も早くに来るように言われていたが、何か用でもあるのだろうか。


「今度武道大会があるんだって?」


「……えぇ、まぁ……」


「そこで君を鍛えてあげようと思ってね」


「昨日もそんなことを言っていましたね。……ありがたいですが、結構です」


 無理やりの約束だったが、俊輔がビダルに来るように言ったのは、彼を指導するためだ。

 約1か月後に武道大会が開かれると聞いているし、昨日ビダルを見た時から気になっていることがあったというのも本音だ。

 しかし、指導するという俊輔の申し出に、ビダルは断りの言葉を発してきた。


「……それは魔力が使えないからかな?」


「……そうです。身体強化もできないようじゃ、大会なんて出てもすぐにやられるだけだ……」


 断る理由には心当たりがある。

 彼は昨日道場の訓練の時に魔力を使うことができなかった。

 それが原因で同じ道場の者たちにいじめられていたのだろう。

 魔力が使えないことを尋ねると、ビダルは頷いて俯いてしまった。


「う~ん……たしかに君は自分の魔力を使えていないね……」


「僕は自分の魔力が全く感じられない。だから……」


 生まれつき魔力のない人間は存在する。

 無いと言っても完全に無いという訳ではなく、極微量しかないということだ。

 完全にない場合、どんな生物も数日も生きられない。

 恐らく、ビダルは自分もその魔力のない人間なのだと思っているのだろう。

 だから、心が折れて諦め始めているのかもしれない。


「その体格にしては多すぎて魔力が動かせないのかな……」


「……えっ?」


 諦めの言葉を続けようとしていたビダルだが、割り込むように呟いた俊輔の言葉を聞いて一瞬思考が停止した。 

 自分には魔力が無いと思っていたのだが、俊輔の言いようだと、無いのではなくて使えていないだけと言っているように聞こえる。


「……その反応を見る所、君は自分に魔力が無いのだと思っていたのだろう?」


「だって……」


 いくら道場の指導者の言う通りに自分の中を流れる魔力を感じ取れと言われても、これまで全く感じ取ることができなかった。

 だからビダルは魔力が無いのだと思っていた。


「それは間違いだ。君は普通の魔人族よりも魔力量が多い。生まれながらにその量は異常ともいえるが、使えるようになれば同年代に並ぶ者はいないのではないかな?」


 魔力が無いと思っていたのに、ビダルがこれまで訓練を続けていたことを俊輔は感心する。

 希望もないのに続ける根性は、むしろ好ましいところだ。


「…………僕に魔力があるの?」


「あぁ、あるよ!」


 道場の指導者も無いと言っていたし、自分には魔力があると信じることはもう諦めていた。

 突如現れた人族に言われても信じられず、頭が真っ白になる。

 そのため、ビダルは俊輔にすがるような目をして問いかけてきた。

 俊輔も、嘘ではないことを信じてもらうように、真面目な表情をして返事をした。


「…………うっ、うぅ……」


「……あららっ!」


 魔力があると分かって相当嬉しかったのか、ビダルは大粒の涙を流して泣き出した。

 さすがに泣くとは思っていなかったため、俊輔もどうしていいか分からず困ってしまった。






「さて、泣き止んだところで問題が一つ」


「……はい」


 少しの間ビダルが泣き止むのを待ち、落ち着いたところで話を再開することにした。

 男のくせに大泣きしてしまったことに、ビダルも少し恥ずかしそうだ。


「君が自分の魔力を大会までに使いこなせるようになるかだ」


「……無理でしょうか?」


 俊輔がビダルを見た時に気になっていたこと。

 それこそが、ビダルの問題点。

 魔力があるのに使いこなせていないということだ。

 何か原因があるのだろうが、何年も使えていないのに1ヵ月で使えるようになるか。

 それが可能になるのか、ビダルも不安そうな表情をする。


「かなり難しいな……」


「そ、そうです……よね」


 魔力を使えるようになるか不安になるビダルの問いに、俊輔も悩まし気に答えを返す。

 本人が使えないでいるのに、他人である俊輔が教えて使えるようになるのかは分からない。


「とりあえず、大会までに使えるように頑張ろう」


「は、はい!」


 魔力があると分かったのは嬉しいが、あるだけで使えないのではこれまでと何も変わらない。

 道場の指導者でも気付かなかったことを教えてくれた俊輔を信じることにしたのか、ビダルは真剣な表情で俊輔へ返事をした。


「まずは魔力を探知する所だな」


「しかし、それはこれまでもしてきたのですが……」


 魔力を使いこなすには、まずは自分で体内の魔力を感じることから始まる。

 道場でも、まずはそれを教えられる。

 しかし、それができなかったからビダルは今に至っているのだ。 


「君がじゃなくて、俺がだ!」


「…………?」


 俊輔が言っていることの意味が分からず、ビダルは首を傾げる。

 自分で探知できないのに、俊輔に探知してもらって何か意味があるのだろうか。


「……う~ん」


「………………」


 疑問を無視するように、俊輔はジッとビダルの全身を眺め始めた。

 何か分かるのかと思い、ビダルは少しの間黙って立っていた。

 しかし、俊輔の口から出るのは芳しくない唸り声のみ。

 ビダルはさっきまでの喜びが、段々と萎んできていた。


「やっぱり、無理でしょうか?」


「……あぁ、すまんすまん!」


 やはり自分が魔力を使うことができないのではないのかとビダルは思い始め、俊輔の答えを待っていると、俊輔は不安にさせたことを誤った。

 それだけ、どうしたらいいのか考えさせられる結果だったからだ。


「言った通り、君には魔力がある。しかし、それが本人にも使えていない。っで、君の魔力の流れを見ていたんだが……」


「ハイ……」


 俊輔が眉を寄せて考え込むような表情をしたまま話し始めると、ビダルはただ聞き入る。

 魔力を使えるようになるかどうか、その答えが告げられようとしているのだから。


「流れていない」


「……えっ?」


 基本魔力は血液のように体中を巡っているものなのだが、ビダルの魔力は止まっていて流れていない。

 そのことが分かり端的に告げたのだが、ビダルにはピンと来ていないようだ。


「正確には極めて流れが遅い。根気よく見ていないと気付かないほどだ」


「はぁ……?」


 流れを探ることで魔力を探知するのだが、それが遅すぎて探知できないでいるのだろうと俊輔は判断した。

 遅いと言われても他の人間の魔力も分からないので、ビダルには判断できない。


「……だから、遅いものだと思って探ってみてくれ」


「は、はぁ~……」


 結局のところ、自分で探知できるようにならないと意味がない。

 しかし、これまでは血液のような流れを想像して探知していた。

 それだから感じられることがなかったのだろう。

 流れが遅いと思って根気よく探れば、もしかしたら気付けるかもしれない。

 魔力探知をできなければ先に進むことはできない。

 まずはそこを意識して、ビダルの探知の訓練を始めることにした。



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