第228話
「もうすぐ着くぞ! あれがエナグア王国だ!」
「……やっぱでかいな」
アルボリソから情報が届いていなかったことにより、勘違いされた俊輔たちはエナグアに連れて来られた。
サムティの村で見つけた温泉施設を楽しんでいたら、エナグアの戦闘部隊の隊員と言う者たち数人が村に訪れた。
その隊員たちに周囲を囲まれた状態だが、気にしなければ護衛付きでエナグアに来れたというだけだ。
先頭を歩く隊員は、遠くに見える防壁を指差し俊輔たちにエナグアへ到着することを伝えた。
その指さした方向を見て、俊輔は防壁の高さと厚さに感心する。
「魔物への対策が万全といった感じだな……」
魔人大陸の魔物は、他の大陸よりも強力で有名だ。
そのため、この大陸に住む魔人たちは常に危険がつきまとっている。
それを少しでも減らそうと、エナグアは強固な防壁を造ったのだろう。
これまで通ってきた村なんかとは比べ物にならないくらいほどの防壁だ。
「大砲まであるよ!」
「本当だ!」
京子が言うように防壁の上へ視線を向けると、そこには多くの大砲が置かれており、守るだけでなく攻めることも考えられた装備がされているようだ。
これなら多少の魔物に攻められても返り討ちにできることは間違いないだろう。
「あれはドワーフ製の大砲で、昔に人族が攻め込んで来た時役に立った物だ」
「……そうなんだ」
京子と俊輔が話していると、先程指さした隊員が説明してくれた。
しかし、その内容が内容なだけに、俊輔は何と言って良いか分からず曖昧に返事をした。
まさか人族対策に付けられた大砲だとは思ってもいなかった。
何台も付けられている所を見ると、かなりの数の人族に攻め込まれたのだろうと想像できる。
俊輔でもあれだけの数に狙われては、中へ侵入するのは苦労することだろう。
「ちなみに……その時の人族の国は?」
「大砲の集中砲火で返り討ちにしたって話だ」
「……だろうね」
強固な防壁に多数の大砲。
あれを相手に攻め込むとなると、相当な数でないと近付く前に全滅させられること間違いないだろう。
隊員の返答に、俊輔は納得して頷いた。
「おぉ! 魔人大陸最大の国って話は本当なんだな……」
防壁の中に入って、俊輔は更に感心した。
道は綺麗に整備されており、多くの魔人たちが行き来しているのが目に入った。
大人も子供も笑みを浮かべており、外の魔物に怯えている様子は感じられない。
他よりも安全なため、着々と人口が増えているのだろう。
「我々はどこに連れていかれるんだ?」
「王城だ」
「えっ? 牢獄行きは勘弁してほしいんだけど?」
エナグアの市民に見られながら居心地の悪い思いで大通りを進んでいると、その気分を紛らわそうと思ったカルメラは、隊員の男性にどこへ向かっているのか尋ねた。
そして、男性から返ってきた答えに、俊輔は顔を青くした。
人族大陸に送り返されるのも面倒だが、牢獄に入れられるとなるともっと面倒な話だ。
ハッキリ言って、何もしていないのにそんなことになるのなら、人族の印象がこれ以上悪くなるのも厭わず大暴れするしかなくなる。
「戦闘部隊の隊長に会ってもらうつもりだ。どうなるかはその時に決まるんじゃないか?」
「そうか……」
サムティに俊輔たちを迎えにきた時、周囲を囲んでいる隊員たちは戦闘に長けた者たちを集めた部隊だと自慢していた。
しかも、それが口だけでないのは、探知によって俊輔たちも分かっている。
そんな彼らを束ねている者となると、更に上の実力の持ち主なのだろう。
もしも牢獄行きになるとして、自分は逃げられても京子たちを逃がすことができるだろうか。
『暴れるかはその時に考えるか……』
かなりの実力の持ち主たちを相手に無傷で済むか分からないが、その時は全力で行くしかないだろう。
それをするにしても、その隊長と呼ばれている者との話次第。
王城へと連れていかれる中、俊輔は内心そうなるかもしれないことに覚悟を決めていた。
「いらっしゃい!」
「……どうも」
王城の一角にある戦闘部隊の鍛錬場に連れて来られた俊輔たち。
そこには、1人別格と思われる実力を有している男性が待ち受けていた。
その男性は連れて来られた俊輔たちを見て、軽い感じで挨拶をしてきた。
その感じに拍子抜けした気になったが、俊輔は軽く頭を下げて挨拶を返した。
「………………」
「……何か?」
俊輔たちのこれからのことを話すのかと思っていたが、その男性はじっと見つめるだけで何も発してこない。
その沈黙が何を意味するのか分からないでいた俊輔は、思わず問いかけずにはいられなかった。
「あなたたちは日向の国の方ですか?」
「……はい。そうですが……」
人族の大陸なら服装や見た目を見れば日向の人間だと気付くだろうが、魔人からすると人族は人族でしかない。
これまででもそのように扱われて来たので、エナグアでもそうなのかと思っていた。
しかし、この隊長の男性は日向のことを知っているかのようだ。
ただ、そうだったとしても何か変わるのだろうか。
「あの日向だとなんかあるんですか?」
「昔、我々が助けていただいた方の奥方が日向の方だったもので……」
「そうなんですか……」
不思議に思って京子が尋ねると、彼からは日向と間接的にかかわりがあるような答えが返ってきた。
話によると、入国前に話をしていた人族の国からの襲撃の時のことに遡るらしい。
「その方への恩義から、人族の中でも日向の者には冷静に判断するようにと隊長を引き継ぐときに伝えられています」
「へぇ~……。そいつはありがたいや」
どうやら日向に関わりのある人間が、昔にエナグアで大きな借りを作ってくれていたらしい。
はっきり言ってその人間と俊輔たちはほとんど関わりないだろうが、それでも今回のことで不当な扱いを受けることがないのであれば、その人間には感謝しかない。
「今、アルボリソに確認の連絡を取っている。それまで君たちには監視を付けさせてもらうけど我慢してもらうよ?」
「……はい」
もしかしたら不問にしてもらえるのかという淡い期待を持っていたが、結局はサムティの時と同様に監視付きでおとなしくしていなければならないようだ。
しかし、アルボリソに連絡を取っているというのであれば、その内俊輔たちが何もしていないことが分かってもらえるはずだ。
村を救ったということを分かってもらえれば、待遇もよくなるはず。
それまでは、言われた通りに大人しくしているのが1番だろう。
「では、彼に案内をさせるので、付いて行ってもらえるかな?」
「……分かりました」
俊輔たちが監視が付くのを了承すると、宿泊する場所へと案内してくれることになった。
紹介された人間は、サムティから俊輔たちを送ってきた人間だったので顔は覚えていた。
その彼の案内に従って、俊輔たちは付いて行くことにした。
「あぁ……」
「んっ?」
案内に付いて行こうと足を進めようとした時、俊輔はふと気になることが頭に浮かんだ。
それを聞こうと、足を止めて隊長の男性に振り返った。
俊輔のその反応に何か気になることがあるのかと、隊長の男性は首を傾げた。
「その日向の奥さんを持つという人は、どんな人ですか?」
昔のことではあるらしいが、日向に関係があるということを聞いてなんとなく気になった。
聞いたところで、もうその人間に礼を言えることは無いだろうが、とりあえず知っておいて損はない。
その人間のお陰で不当な扱いを受けずに済みそうなため、一応その者のことを聞いておきたいと思ったのだ。
「エルフ王国の初代国王だよ」
俊輔の問いに対し、思いもしない答えが返ってきたのだった。




