第222話
「おぉ……、こっちはすごいな……」
アドリアンと戦い勝利を治めたバスコは、他の場所で戦っている仲間の所へと向かって行った。
自分の家に匿った村人のことを考えると、隠し通路を使われるのが恐ろしい。
そのため、バスコがまず向かったのは通路を守る京子とカルメラの所だ。
女性2人で大丈夫かという思いがあったバスコだったが、着いた早々それが杞憂だったと思うことになった。
通路へと続く入り口付近を守る京子たちの足下には、多くの者たちの遺体が転がっている。
敵の中でもかなりの実力者を相手にしたとは言っても、たった1人しか倒していないことを考えると、京子たちの方が村を守るために頑張ってくれているようにも思えてくる。
「バスコさん……大丈夫でしたか?」
「あぁ……」
バスコが敵の中でもかなりの実力者と戦い始めたのは、京子たちも分かっていた。
しかし、援護に向かおうにも思っていた以上にこちらに向かって来る者たちが多かった。
ここを抜けられると、村の人たちに危害が及ぶかもしれないため、離れる訳にはいかない。
敵は強そうだがバスコなら大丈夫だろうと半ば放置した京子たちだったが、どうやら思った通り無事倒せたようだ。
放置されたことは別に何とも思わないが、バスコとしては京子たちの強さに若干引く。
「こっちはもう大丈夫です。後は俊ちゃんだけかな?」
京子の言う通り、こちらに向かって来ていた最後の敵を、今カルメラが斬り伏せた。
敵がこちらに来ないということは、後は俊輔が相手をしているということになる。
自分たちの役割を終えた京子たちは、武器に着いた血を拭いながら俊輔が戦っているであろう方角に目を向けた。
「数が数だ。助けに行ってやんねえと……」
俊輔の化け物染みた魔力量などを考えると、負けることは無いとバスコも思う。
しかし、いくら強くても数が多ければ魔力が持つか分からない。
そう思ったバスコは、少しでも役に立とうと俊輔の所へ向かおうとする。
「俊ちゃんなら大丈夫だよ!」
心配するバスコとは違い、妻の京子は全く心配素振りを見せない。
バスコ以上に放置している状況だ。
「あっ!」
「えっ?」「んっ?」
京子とバスコがやり取りをしている所で、カルメラがあることに気付き反応する。
その一言に2人も反応して、カルメラが向けている視線の方へ顔を向ける。
「おぉ、みんなも終わったか?」
「俊輔!!」
「俊ちゃん!!」
3人が向けた視線の先から、いつもと変わらない様子の俊輔が歩いてきた。
多くの敵を相手にしてきたはずなのに、返り血を全く受けていないことに違和感を覚えつつも、3人は俊輔へと近付いて行った。
「ボリバルの奴は?」
「ちゃんと仕留めたよ」
あまりにも俊輔がいつも通り過ぎるので、敵がどうなったのか疑問に思えてくる。
そのため、敵のボスのことを知っているカルメラが問いかけると、俊輔はなんてことないように答えを返してきた。
「何なんだ!? てめえは何で魔人なんかに手かしてんだよ!!」
バスコがまだアドリアンと戦っている頃、魔力を使って結界を張った俊輔は、敵の殲滅にかかった。
これまでは村の建物などが壊れてしまうことを危惧して自分から動くことをしていなかったが、結界を張って強化したことで心配する必要もなくなった。
そのため、俊輔は迷いなく魔法や剣技を放ち、ガンガン敵の数を減らしていった。
これまでは受け身でいた俊輔が、攻撃に転じたことで更なる恐怖が広がっていき、敵たちは顔を歪めて後退りしている。
「魔人なんて魔物の一種だろうが!!」
敵の者たちが魔人と何があったのかは分からないが、彼らがやっていることは間違っている。
そのため、俊輔は彼らを潰しているのだが、敵たちは何故同じ人族の俊輔が魔人側についているのかが真剣に分からないようだ。
その大きな原因が、今言ったように魔人が魔物から進化したということを信じていることだろう。
その言葉を聞いた俊輔は、若干イラっときてしまった。
「バカか? 魔人と人族は同じ祖先をもつ人間だ。それは多くの学者が言っていることじゃないか」
極東の島国の田舎中の田舎で生まれ育った俊輔でも、魔人は人族と同じ猿から進化したと理解している。
そもそも、それを発表したのは人族大陸の研究者で、今では多くの人間がその説を信用している。
なのに、貴族などの権力者などの一部に何故かそれを納得しない者がまだいる。
恐らく、奴隷にするための理由がなくなってしまうことが気に入らないのかもしれない。
彼らはそんな権力者たちを顧客として金儲けをしてきた集団だ。
だから俊輔が言うことを絶対に受け入れたくないのだろう。
「そんなこと知るかよ! じゃあ、何で人族より魔力が多いんだよ!」
「こんな危険な大陸に住まなければならないんだ。そりゃ身を守るために進化なりするだろ?」
そのことも同じく研究者たちによって解明されている。
そもそも、人族大陸から危険な魔人大陸へ放り出された魔人たちが、生き残るためには強くならなければならない。
強くなるために魔力がものを言うこの世界だからこそ、人族よりも魔力を持って生まれてくるようになってきたのだろう。
つまりは、環境に適応するために進化していっているということに他ならない。
「まぁ、学ぼうとしないお前らに無駄話をしていても時間の無駄だ」
例え魔人が魔物から進化したというのだとしても、魔人側から何かしてきたと言うことは今までの歴史上起きていない。
むしろ、色々とちょっかいをかけているのは人族側が起こしていることだ。
彼らが反撃してこないのをいいことに好き勝手しているが、反撃されたら文句を言うなんて幼児の考える理論だ。
そんな幼児相手にいちいち教えてあげるほど俊輔は心は広くない。
「くたばれ!」
面倒くさいので、俊輔はさっさと敵を全滅させることにした。
「ぐあっ!!」「ふげっ!!」「がっ!!」
これまでよりも多めの魔力を纏った俊輔は、容赦なしに敵を斬り倒していく。
一振りするごとに数人の敵たちが絶命していき、どんどんと数が減っていった。
「さてと、残りはお前だけか?」
ほとんどの敵を仕留めた俊輔は、後ろの方で控えていたボリバルへ右手の木刀を向ける。
「待ってくれ!」
「……んっ? 何だ?」
周りの部下が全滅させられたことで、ボリバルは俊輔の強さを理解したのか、両手を前に出して敵意がないことを示してくる。
武器も持っていない状況に、俊輔も拍子抜けしたのか攻撃する気が失せる。
「魔人にちょっかいかけるのはもうやめる! だから命ばかりは勘弁してくれ!」
「命乞いかよ……」
そのまま膝をついて土下座してきたボリバルに、俊輔もドン引きする。
部下たちには攻撃しろとけしかけておいて、自分が勝てないと分かれば手の平を返すなんて、本当に組織のトップなのかと疑いたくなる。
「……殺す気も萎えるわ。さっさと失せろ!」
「ハイ!」
おでこを地面にこすりつけるように懇願してくる人間を殺すのはさすがに躊躇われ、俊輔は武器の木刀を腰に戻してボリバルへ背中を向けた。
そして、そのまま見逃すように京子たちのいる方向へ歩き出したのだった。
「……っ!!」
完全に背中を見せている俊輔に対し、魔法の袋から剣を取り出したボリバルは無言で襲い掛かった。
まともに戦って俊輔に勝つことは不可能と判断したのは確かだが、隙を付けば殺せると判断したのかもしれない。
この作戦がやり慣れているのか、淀みない動きで俊輔の背中にボリバルの剣が急接近した。
「ごはっ!!」
しかし、ボリバルの剣が俊輔の体を貫くことは無く、反対にボリバルの腹へ俊輔の肘がめり込んだ。
僅かでも反応していなかった俊輔が、剣が刺さる瞬間に剣を躱して攻撃してきたことで、腹を抑えたボリバルは信じられない表情をして蹲った。
「お前みたいなのが、そんな簡単に負けを認めるわけない事ぐらい分かるっての!」
たしかに淀みない奇襲攻撃だったが、してくると予想していた俊輔からしたら奇襲でもなんでもない。
というより、武器を取り出す時、ほん僅かでも魔力を使っただけで分かり切った事だ。
「お前ごときがシモンのことを言うなんておこがましいな……」
「や、やめ……」
蹲ったボリバルへ近付くと、俊輔は右手の平を顔の前に突き出す。
その手に魔力が集まり出したことを察知したボリバルは、今度こそ本気で命乞いをしようとする。
「がっ!!」
“ボンッ!!”
2度目の命乞いなんて受け入れる気のない俊輔は、そのまま集めた魔力で魔法をブッ放つ。
超至近距離から爆発の魔法を受けたボリバルは、体だけ残して頭部が四散した。
「ふぅ~……、お疲れちゃんっと……」
敵の全滅を確認した俊輔は、村の建物に張っていた障壁を解除する。
「さてと……」
そして、そこら中に転がった敵たちを一か所に集めて、京子たちの所へと向かって行ったのだった。




