第216話
「どうなっているんだ!?」
「伯父ちゃん!」
サウロとアイラが母と共に村役場に到着すると、今夜は南の監視をするために出ていた伯父が、北の監視をしていた男性に詰め寄っていた。
それを見る限り、どうやら北側で何かが起きたのかもしれない。
「おぉ、お前たちも来たか……」
妹とその子供たちを見て少し冷静さを取り戻したのか、サウロの伯父は北の監視員に詰め寄るのをやめた。
そして、役場に集まった他の者たちと共に、緊急事態の鐘を鳴らした北の監視員の説明を待った。
「多くの松明を持った人族の大群がこちらへ向かって来ているのが見えた! 進行方向からいって、ここに向かっているのは明らかだ!」
少しして、役場には村の住人がほとんど集まったため、北の監視員は緊急事態の内容を説明し始めた。
そして、内容を聞いた村人たちは、慌てたようにざわめき始めた。
「距離から考えると、恐らく奴らは30分もしないうちにここに到着する! 女性や子供は逃げた方が良い!」
「逃げるってどこへ?」
逃げるにしても現在は夜中。
夜中の方が魔物たちは活発に活動している上に、強い個体が多い。
そんな中を、どこへ向かうとも決まらない状態で女性や子供たちだけで移動するのは、人族を相手にするより危険かもしれない。
それが分かっているからか、村人たちはみんなどうしたらいいか黙り込んでしまった。
「バスコのおっちゃんの所へ逃げればいい!!」
「……お兄ちゃん?」
村人がみんな黙ってしまっていたのを見ていたサウロは、逃げると聞いた時からずっと考えていたことを口に出していた。
その発言を聞いた村のみんなは、呆けたような表情でサウロを見つめた。
アイラは兄のその発言に、もしかしたら秘密と言われていたことを言ってしまうのではないかとハラハラしたようにサウロを見つめた。
「確かにバスコの所なら大丈夫そうか……?」
「だが、女性と子供だけで向かうのは危険だ!」
「魔除けの樹があるとは言っても、魔物は侵入してくるからな……」
サウロの発言を聞いて、村人たちは集まって話し出す。
バスコの所は、魔除けの樹の効力のある範囲内にある。
そのため、強力な魔物が入ってくることはあり得ないだろう。
村人たちが逃げるには適しているように思える。
しかし、村から出てバスコの所に避難するにしても、魔除けの樹の効力が通用しない魔物も存在する。
魔除けの樹は強力な魔物にしか通用しないため、そこまで強くない魔物は村の近くまで来る事がある。
女性や子供たちだけでは、バスコの所へ着くまでにそう言った魔物に遭遇する可能性がある。
そのため、やはり危険ではないかと村人たちは悩みだした。
「大丈夫!! 地下通路がある!!」
このままでは人族に殺されるか、魔物に殺されるかの違いでしかなく、どちらを選ぶかで時間が経過するだけだ。
女性や子供だけでなく老人たちのことも考えれば、もう迷っている時間なんて無い。
そう思ったアイラは、俊輔とした約束を破ることを決意した。
「何っ!?」
「そんなのがどうして……?」
「ってことは、お前たち……」
地下通路の存在を聞いた村人たちは、アイラのことを睨みつけた。
そんなのがあるということは、サウロとアイラは村から出ることを禁止したのにバスコの所へ行っている可能性があるからだ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
「……………………」
アイラが村人たちのことを考えて秘密を打ち明かしたというのに、勝手にバスコの所に行くなと言う約束のことにこだわってきたため、サウロはアイラを庇うように立ちはだかり、村人たちを睨み返した。
サウロのいうことも尤ものため、文句を言っていた者たちは押し黙った。
「それは本当にバスコの所まで続いているのか?」
「うん!」
アイラは、地下通路のことは母とサウロにしか教えていない。
伯父に地下通路のことを伝えたら、もしかしたら他の村人と同じようにバスコの所へ行くことを止めるかもしれないと思っていたからだ。
別に伯父のことは嫌いではない。
甥と姪である自分たち兄妹のことを、自分の子のように育ててくれているので感謝もしている。
しかし、どうしてもバスコに会いに行きたくなるのだ。
バスコと一緒にいると、自分たち兄妹は父との思い出が浮かんできて嬉しくなるのだ。
父を思い出すために行っているという側面もあるのだ。
それを止められると、伯父のことまで嫌いになってしまいそうなので、伯父には地下通路のことを教えていなかったのだ。
その地下通路のことを聞いた伯父は、秘密にされていたことを攻めることなく、サウロにその通路の詳細を問いかけてきた。
「……よし! 戦わない者は地下通路を使って避難じゃ!」
「「「「「わ、分かった!」」」」」
村の者たちも、もう助かる術はその地下通路しかない。
そのことが分かったのか、最後に村長が言った言葉にみんな頷きを返したのだった。
「っ!?」
サウロとアイラの案内によって、村人たちが地下通路からの脱出を開始した頃、バスコの家に世話になっている俊輔たちは眠りについていた。
しかし、地下から何か来ることを察知した俊輔は、眠りから目を覚まして布団から飛び出した。
「起きろ!! おっさん!!」
「んぁっ!? 何だ? どうした俊輔……」
寝ている時の危機察知は俊輔ほど範囲が広くないらしく、バスコは急に起こされて、寝ぼけているように俊輔に問いかけた。
「地下通路から何か向かって来ている!」
「何っ!?」
俊輔の言葉に、バスコは驚いて布団から飛び出した。
こんな夜中にサウロたちが通路を使うとは思えない。
もしかしたら、村人に通路のことが見つかってしまったのではないかと、バスコは不安がよぎった。
「俊ちゃん!!」
「京子、お前も探知したか……」
どうやら他の部屋で寝ていた京子も地下からの反応に気付いたらしく、俊輔がいるバスコの寝室に入って来た。
寝巻からいつもの服装に変わっている所を見ると、俊輔と同じくらいのタイミングで気付いたのかもしれない。
「カルメラも起きてるよ。それより、何が来てるの?」
「ちょっと待ってくれ。今探知する」
京子と同様に、俊輔も何が迫ってきているのか気になる。
そのため、すぐさま地下通路に魔力探知を張り巡らせた。
「……村人たちか!? サウロとアイラもいる」
「何っ!? 村に何かあったということか!?」
「そうみたいだ。なんか慌てているような感じだ」
地下から向かって来ているのは、サウロやアイラたちと共に大人の魔人たちだ。
それを考えると、地下通路がバレたという感じではない。
そうなると、村で何かあったのかもしれないというバスコの不安が当たっているのかもしれない。
「とりあえず、サウロたちを迎える準備をしよう」
「あ、あぁ……」
何があったかは、もうすぐ着くサウロたちに聞けば分かるだろう。
そう考えた俊輔たちは、バスコと共に地下通路入り口のある部屋へと向かったのだった。




