第206話
「確かに、お前が言うようにサウロはアイラの兄貴だ。兄が妹を守るためなら強くなった方が良い」
俊輔の提案に、バスコは賛成しつつも難色を示す。
何か言いたい事があるようだ。
「しかし、あいつはまだ小さい。訓練をするのは早い気が……」
バスコの言う通り、サウロはまだ子供だ。
体ができていないうちに教えて、体に負担かかってしまうのがどうかという思いもあるだろう。
それに、訓練するにしても、教えるバスコの方が加減が分からない。
その不安からためらっているのもあるのかもしれない。
「そうやって、躊躇しているうちに魔物に襲われたらどうするんだ?」
「…………」
俊輔に言われたことに対して、バスコは何も言い返せないでいた。
これまでに、今言われたことと同じようなことを、バスコ自身も考えたことがあるのかもしれない。
それを改めて考えさせられて、答えを出さなければならない時期なのだと思っているようだ。
ここから村までの道のりには、そう滅多に強い魔物が出ないと言っても、何の対抗策を取っていない状態なら、サウロ自身が強くならなければ妹の身も守ることはできない。
「子供って言っても8か9歳だろ? その頃には俺は魔物のいる山の中を走り回っていたぞ?」
俊輔がサウロくらいの時には、両親に止められているのも聞かずに山の中へ入って好き勝手に走り回っていたものだ。
魔力を使って何ができるのかというのを色々と試すのに、人目に付かない所を見つけていたら森の中が一番手っ取り早かっただけでもあったが、大きな問題が起きたことはないようにも思えた。
「……あんたみたいなおかしな人間を基本にするのは間違いよ」
「ひ、ひでぇな……」
これまで黙って聞いていたが、俊輔の非常識な発言にカルメラがツッコミを入れる。
どんな子供でも、普通魔物が出るような森の中に入って行くなんて馬鹿げた行為だ。
ある程度の年齢にならないうちに一人で入るなんて、自殺行為と言っても良いくらいだ。
それは種族の違いに関係なく、世界中どこでも当たり前のことだ。
その常識を平然と破る所が、俊輔のおかしな強さの源なのかもとカルメラは密かに思った。
言われた俊輔の方はというと、カルメラのきつい言い方にショックを受けたような反応をする。
「……たしかにお前の言う通りかもな」
俊輔とカルメラのやり取りがおこなわれている間も、バスコは黙って思案していた。
そして、俊輔の発言を肯定した。
「いつあいつらが襲われるか分からない。せめて逃げられるくらいの方法を教えておいた方が良いかもしれないな」
バスコ自身も、教えたからと言ってすぐに強くなれるとは思ってはいない。
ただ、何もしていない人間と比べれば、魔物と遭遇した時の生存率は格段に変わるだろう。
最悪、妹のアイラを守るくらいはできるかもしれない。
「バスコさんがいつも見送るなり迎えに行けるならともかく、それが無理なら鍛えておいて損はないんじゃないか?」
「そうだな」
一人で生きていけるとは言っても、バスコはサウロたちのことは可愛い。
多少の寂しさを紛らわせてくれるため来てくれるのはありがたい。
しかし、バスコ自身、食料確保のために魔物や動物を狩りに行ったりしなければならないため、四六時中注意している訳にはいかない。
そのため、急に来るサウロたちがかなり心配だ。
「まぁ、最後に決めるのはあのガキンチョだけどな」
「それもそうだな。聞いてみるか……」
俊輔たちの意見は一致したが、所詮訓練するのはサウロだ。
彼自身がやる気でないのに訓練させた所で、たいして身に付くとも思えない。
バスコは庭で遊んでいるサウロに、訓練をしてみる気があるか聞いてみることにした。
「やる!! おっちゃん、俺強くなりたい!!」
「そ、そうか……」
外に出て聞いてみると、サウロは食い気味に返事をしてきた。
強くなれると聞いて、とても嬉しそうだ。
「訓練は厳しいぞ? 耐えられるか?」
「うん! 俺やるよ!」
あまりにも返事が早かったからか、バスコは再度サウロに確認する。
俊輔からすると、かなり過保護のように思える。
友人の子供ではあっても、自分の子供のようにも思っている部分があるのかもしれない。
バスコのそんな気持ちを知らず、サウロはやる気に満ち溢れているようだ。
「………………」
「……お兄ちゃんが心配?」
早速バスコから木剣を渡され、嬉しそうに基本の型を教わり始めたサウロを、ネグロを抱いたままのアイラがじっと黙って見つめていた。
そんなアイラに、カルメラが話しかけてきた。
「っ!?」
「図星?」
その言葉に、アイラは驚いたように顔をカルメラに向ける。
カルメラが言ったように、兄が怪我しないか心配だったようだ。
それを、声に出してもいないのにあっさりと見透かされたことに驚いたようだ。
「じゃあ、あなたも頑張ってみたら?」
「…………うん!」
カルメラの提案に、アイラは力強く頷いた。
怪我をするかもしれないという不安がよぎるが、兄が頑張る姿は自分も勇気づけられる。
守られてばかりでは兄に申し訳ないと、小さいながらに思っていたのだろう。
「じゃあ、あなたは魔法の練習をしましょうか?」
「うん!」
少ない時間だが、アイラを見ていた限り武術が得意な部類には思えなかった。
なので、離れた距離から戦うスタイルを目指す方が良いだろう。
カルメラは、アイラに魔法を教えるために、基本である体内の魔力を探知する訓練から始めた。
「………………」
「……何!?」
アイラに優しく基本から教えているカルメラ、俊輔は若干にやけたような笑みで見つめていた。
その顔が不愉快に思ったカルメラは、少し眉間にシワを寄せながら問いかけた。
「子供には優しんだな?」
自分にはしょっちゅうきついツッコミを入れて来るのに、アイラに関してはめちゃめちゃ柔らかい口調で教えている。
カルメラの子供好きという意外な一面を見て、俊輔は若干からかってみたくなったのだ。
「別に……」
「そう照れんなって」
からかってきている俊輔の態度に対し、カルメラは少し顔を赤らめてそっぽを向く。
自分の一面を見られたことが、何だか恥ずかしくなったのかもしれない。
「……違うわよ。この兄妹を見てたら、自分たちの昔のことを思い出しただけよ」
「……あっそ」
カルメラにもシモンという兄がいた。
その兄との幼少期のことが、この兄妹と重なって思い出されたのだろう。
特に、妹という同じ立場にあるアイラの気持ちはよく分かる。
強くなろうとする兄は誇らしいが、それが自分のためだということが申し訳なく思える部分もある。
だから自分も強くなろうと、カルメラも懸命に訓練を重ねたものだ。
結果的には自分が殺すことになってしまったシモンのことを思いだして、俊輔もからかう気持ちが一気に失せた。
そのため、何も言うことができなくなった俊輔は、バスコとサウロの訓練の方を見に向かうことにしたのだった。




