第205話
「2人を救ってくれたそうだな? 感謝するよ」
「たまたまだっただけだよ」
少し経つと、俊輔たちが人攫いではないと分かったのか、サウロとアイラの兄妹は気にしなくなっていた。
2人は俊輔の従魔に興味を持ったらしく、外でネグロたちと遊んでいる。
念のため、京子は2人の面倒を見るため一緒に出て行った。
単純に子供が好きな京子は、2人が楽しんでいるのを見ていたいだけなのかもしれない。
この大陸のことなど色々知りたい俊輔は、バスコと共に部屋の中で話をすることにした。
「あの2人とはどういう知り合いなんだ?」
バスコが村の住人と上手くいかず、少し離れたこの場所で暮らしているのは少し前に聞いた。
しかし、外にいる兄妹は、別にバスコのことを何とも思っていないように見える。
何か理由があるのだろうと、俊輔はバスコに尋ねた。
「あの2人の父親とは幼馴染でな、2人を連れてここにも頻繁に来てくれていたんだが、そいつが亡くなってからも2人は来てくれている」
「友人の子か……」
話しによると、バスコが人族と共に人攫いをしているという噂が流れた時、2人の父だけが庇ってくれたそうだ。
その彼も、魔物と戦って深手を負い、命を落としてしまったらしい。
現在、兄妹は母とその兄、つまりは伯父と共に暮らしているそうだ。
普段は家の仕事を手伝ったりしているが、時間ができると兄妹はここに来て、バスコの話し相手になってくれているそうだ。
「ここまで来るのは危なくないか?」
ここに来るということは、途中で魔物に遭遇してしまう可能性もある。
それを考えると、ここに来るのはやめるように言うべきではないかと、俊輔は心配になった。
「ここは村と同様に魔物が近寄らない樹が生えているとは言っても、時折はぐれた魔物が出る事がある。だから俺も何度か注意したんだが、それでも来てくれるんだ」
たしかに、俊輔が探知をしながらここへ向かって移動していた時、なんとなく魔物の気配が少なくなっているのは気になっていた。
村人たちに襲われた場所も、その傾向にあり、何か理由があるのかと思っていたところだ。
人族から不当な理由で忌み嫌われ、この大陸に放り出された魔人族。
ただ肌の色が違うというだけで、この過酷な大陸で彼らが生き抜いてこられたのは、この樹が関係しているのかもしれない。
この大陸は、魔物のレベルが人族大陸とは一段違い、それがこの地を過酷と言わせる要因になっている。
その中に放り出された者は、戦うよりも安全な場所を求めて逃げ惑うはずだ。
魔物が近寄らない樹。
そんな彼らにとっては、これほどありがたい物はなかっただろう。
魔物が避ける樹があるとは言っても、魔物は出る時は出る。
そのため、村から少し離れたここに、2人が来てくることは、バスコ自身もあまりしてほしくないと思っているようだ。
ただ、たまにでも2人が来てくれることが嬉しいのか、バスコ自身も強く言えないのかもしれない。
「……それにしても、魔物が避ける樹か……」
バスコと兄弟の関係は分かった。
それはそれとして、俊輔は途中で出てきた樹のことが気になってきた。
そんな樹があるなら、もっと他の所にも植えるべきなのではないかと思えてくる。
そうすれば、どこの国も魔物を恐れて暮らすこともなくなるかもしれない。
「特殊な樹でな……。植樹してもなかなか生えないうえに、成長も遅いから困っているんだ」
俊輔の考えていたことが筒抜けだったのか、バスコは樹の難点を言ってきた。
「残念だな……。もし増やせるなら苗だけでも貰って行こうと思ったのに……」
なかなか生えず、成長も遅いとなると、魔人の者たちからしたら一本だってぞんざいに扱う訳にはいかない。
他人、しかも人族の俊輔になんて譲ってくれるわけがないだろう。
手に入ったら色々と試してみたいと思っていたが、どうやら無理そうだ。
「……んっ? ネグロとアスルはどうなんだ?」
俊輔の従魔であるネグロとアスルも、当然魔物の一種。
家の外で、アスルはサウロを乗せて走り回り、ネグロはアイラの腕に抱かれてゆったりしている。
魔物が避ける樹が生えているというのに、いつもと変わらないような様子に見える。
「はぐれの魔物が入る時があると言っただろ?」
「あぁ……」
近寄らせないとは言っても、絶対にという訳ではないのはさっきの話で分かっている。
迷い込んでたまたまということもあるのだろう程度に思っていたが、何か迷い込む魔物の特徴があるようだ。
「それは、この大陸にしては比較的弱い魔物が紛れ込むっていうことだ。お前の従魔は言っちゃなんだが、種族的には弱い魔物だろ?」
「なるほど……」
ネグロは丸烏といわれる種族で、アスルはアヴェストゥルスと呼ばれる種族。
丸烏は愛玩用、アヴェストゥルスは荷運び用の足として人に使われることが多い。
つまり、ネグロとアスルが特殊なだけで、お世辞にも強い種族とは言えない。
そう言った魔物には、樹の防御は役に立たないのか、普通に抜けて入ってくるようだ。
「弱いと言っても、子供が相手にするには危険な魔物ばかりだ。せめてこの子たちが来るときだけはそんな魔物が出ないことを願うしかない」
「それは悠長だな……」
可能性があるのに先送りにしているなんて、あまりいいことではない。
「もしも」というのは、起きた時に後悔を残す要因になる。
詰める「もしもは」、詰める時に積んでおくべきだ。
「どうしろって言うんだよ?」
「サウロを鍛えてやればいい」
俊輔の若干責めるようなもの言いに、少しイラッとしたバスコが問いかけると、俊輔はあっさりと答えを返したのだった。




