第204話
「おっちゃ~ん!」
「お兄ちゃん、返事してからじゃないと……」
魔人たちの村から少し離れた場所にある、バスコという男性が住んでいる家に招かれた俊輔たち。
家に招かれて話をしているとノックがして、家の主であるバスコが返事をする前に、1人の少年が扉を開けて中に入って来た。
勢いよく入室してきた少年の背後には、少年よりも背の低いおとなしそうな少女が注意をしていた。
その内容から察するに、この2人は兄妹のようだ。
小学1年生の兄と幼稚園年長の妹といった感じだろうか。
「お前もおっちゃん言うなっての!」
「へへ……」
今日に限っておっちゃん呼ばわりを何度もされて、自分の老け顔を改めて認識して若干落ち込むバスコ。
入って来た少年は良くここに来るのか、真っすぐにバスコがいる所に向かってきた。
そしてそのままバスコの足に抱き着き、バスコに雑に頭を撫でられる。
それが嬉しいのか、少年はニコニコと微笑んでいる。
兄である少年から少し遅れて、少女の方もバスコの側へとやってくる。
少年の時とは違い、バスコは少女の頭を優しく撫でる。
その光景を見ると、彼らの関係はかなり深いように感じられる。
「んっ?」
「っ!!」
バスコに撫でられた後、子供たちは家に誰かいることに気付き、慌ててバスコの足の後ろに隠れた。
「…………あっ!? 少し前に会った人族の奴だ!!」
「よっ! ガキンチョ!」
俊輔たちの顔を見て、少年の方が大きな声をあげる。
それに対し、俊輔は手を上げて軽い返事をする。
少年が言うように、俊輔たちはこの少年たちと会っていた。
俊輔たちがこの大陸に入って、最初に遭った魔人族の子だから忘れるはずもない。
魔物に襲われていたところを助けたのに、人攫い呼ばわりされたことが印象的だったのもあるかもしれない。
「お前たち! 何でここにいるんだ!? おっちゃんを攫うつもりか!?」
バスコの足に隠れながら、少年の方は俊輔たちのことを睨みつつ大きな声で問いかけてきた。
別に連れ去るようなことなどしていないはずなのに、いまだに少年たちは俊輔たちのことを人攫いだと思っているような質問だ。
それにより、俊輔たちが思っている以上に人族=人攫いという考えが、魔人たちの間ではかなり根深いのかもしれない。
「んな、キモい趣味ねえよ」
「おいっ! キモい言うな!」
こんな老けたおっさんなんて、こっちから願い下げだ。
そう思った俊輔だが、流石に声には出さない。
しかし、思っていたことが少し漏れてしまったようで、思わずバスコのことをディスってしまった。
言われた方のバスコは、それに対して少しイラっとしてツッコミを入れてきた。
「じゃあ、何でここにいるんだ!?」
「お前に関係ないだろ? やかましいボウズだな……」
いつまで経ってもバスコとの会話ができず、何だか生意気なガキンチョに思えてきた俊輔は、少年を相手にするのが面倒くさくなってきた。
「ボウズじゃねえ! サウロだ!」
「そうか……俺は俊輔だ。俺はバスコさんに聞きたい事があるから、ボウズはちょっと静かにしていてくれ」
少年はボウズ呼ばわりが気に入らないらしく、食って掛かったように俊輔に詰め寄る。
人族を相手にしているということを忘れてしまっているかのようだ。
前世の記憶を合わせたら、かなりの年齢に達しているのだが、肉体が若いからか、俊輔の中身も結構子供だ。
サウロをおちょくるように、ワザとボウズ呼ばわりする。
「だからサウロだ!!」
「ハイ、ハイ……」
「ムキ~!!」
俊輔があしらうように相手していると、サウロは子供らしく怒りをあらわにする。
見ていると何だかサルのように思えてきて、俊輔も何だか面白くなってきた。
「……お兄ちゃん」
兄が面白おかしく相手されていると気付いているのか、妹の方は兄を止めようとオロオロとしだした。
「っ!!」
そのオロオロしている妹の所に、京子はいつの間にか近寄っていた。
京子が近くにいたことに慌てた少女は、またもバスコの足に隠れた。
「お姉ちゃん京子って言うの。あなたのお名前は?」
「…………アイラ」
「アイラちゃんか~! 可愛いね~!」
小さい子が好きな京子は、自分の名前を教え、アイラのことをニコニコと見ながら話しかける。
京子が襲い掛かってくる気配がないと気付いたのか、アイラの方も少しして名前を告げる。
すると、京子は耐えられなくなったのか、アイラの頭を優しく撫で始めた。
一瞬で間合いを詰められたことで、全く反応できなかったアイラは、そのまま京子に抱き着かれてしまった。
しかし、痛い訳でもなく、優しく包まれるような京子の抱擁に、アイラはどうしていいか分からないと言ったように戸惑っている。
「あっ!! やめろよ! おばさん!!」
「っ!!」
俊輔と言い合いをしていたサウロだったが、妹が困っていることに気が付いたのか、京子へ向かって声をあげる。
しかし、最後に言ってはならない言葉を言い放ってしまった。
そのことに他の人間は気付いていないらしく、俊輔だけが一瞬で顔を青くしていた。
「…………………………」
「うっ! ボウズ! 謝れ! 殺されるぞ!」
俊輔が京子のことを見ると、背中から何か般若の面のようなオーラが立ち上がっているように錯覚する。
そのため、冷たい汗が背中に流れるのを感じた俊輔は、サウロに謝るように強めにいう。
「ボウズじゃねえ! サウロだ!」
「サウロだか何だかわかんねえが、とにかくあやまれ!」
この非常時に、くだらないことにこだわる会話は無意味。
子供だからその事が分からないらしく、サウロはまたもボウズと言われたことにツッコミを入れてくる。
しかし、俊輔からしたらそのツッコミも無意味。
こういった空気を纏った時の京子には、早々に謝るのが最善の一手だ。
怒りがこちらに向く前に、俊輔は再度サウロに謝るように告げる。
“キッ!!”
「「ヒッ!!」」
アイラを抱きしめたまま顔だけこちらへ向けた京子の目を見て、自分が不適切な発言をしたということをようやく察知したのか、俊輔だけでなくサウロも悲鳴めいた声をあげる。
“クイッ! クイッ!”
「……?」
俊輔たちのことを、まるで睨み殺そうとするように見つめる京子の袖が軽く引っ張られる。
「お兄ちゃんがごめんなさい……」
それができるのは、抱きしめているアイラだけしかいないと京子が見つめると、小さい声で申し訳なさそうに謝って来た。
「あうっ!」
その可愛らしさに心を撃ち抜かれたのか、京子は小さく呻き声を上げて、アイラをぎゅっと抱きしめてデレデレした表情へと変わった。
「「……フゥ~、助かった!」」
京子の機嫌が直ったことに安堵した俊輔とサウロは、そろったように声を漏らして座り込んでしまったのだった。




