第192話
「アスル、ストップ!」
「っ!?」
エルスール王国の王都クルポンを出発し、目的を特に決めない旅に出た俊輔たち。
取りあえず西へ向かって見ようと、俊輔の従魔であるアスルが引く幌に乗って走っていたのだが、草原が広がる街道を走っている時、俊輔は急にアスルに止まるように指示を出した。
その指示を受けたアスルは、足を止めて幌を引くのを止める。
「俊ちゃん!」「ピー!!」
御者をしていた俊輔が幌を止めた理由は、幌の中で休んでいた京子とネグロも理解しており、止まると同時に外へ出ると、すぐさま警戒態勢を敷いた。
「おいっ! 出てこいよ!」
“ザッ!!”
俊輔は幌の後側に立ち、誰もいない街道に向かって声をかける。
別に幽霊に話しかけている訳ではない。
俊輔の声に反応し、1人の人間が草原の中から姿を現した。
「お前は……」「あなたは……」
姿を現した人間を見て、俊輔と京子は目を見開く。
何故なら現れたのが知っている顔だったからだ。
「たしか、カルメラだったか?」
「何のよう?」
現れたのは、ベンガンサと呼ばれる魔人の先祖を持ち、闇の仕事を請け負う集団のトップだったシモンの妹のカルメラだった。
俊輔たちが事件に巻き込まれ、ベンガンサと戦うことになった。
相手をしたのは京子だったが、ある程度の実力の持ち主だというのは分かっている。
色々あってシモンは死んでしまったが、別に恨まれるようなことでもないし、カルメラの実力では俊輔たちに害を与えることも難しいことが分かっているはず。
なので、俊輔たちの幌を追いかけてくる理由が分からない。
そのため、京子はついてくる理由を尋ねた。
「……私をお前たちの仲間に加えろ!」
「……はっ?」
「何を言ってるの?」
一時は敵となっていた者に仲間に加えろと言われても、いつ寝首を書かれるか分からない。
そんなことくらい分かっているはずなのに、言ってきたカルメラに対して、俊輔たちは首を傾げる。
「私をお前たちの仲間に加えろ!」
「いや、聞こえてるし、意味は分かってるよ!」
俊輔たちの反応を見て、言葉の意味が通じていないのかと思ったのだろうか、カルメラは同じことをもう一度言ってきた。
そう意味で首を傾げていたのではない俊輔は、カルメラに対してツッコミを入れる。
「では、頼む!」
「…………嫌だ!」
真面目な顔して頼んで来たカルメラに対し、俊輔は一言NOを告げ、アスルが引く幌を発車させた。
カルメラをそのまま置き去りにし、俊輔たちはまた西へ向かい始めた。
「……お前なんでついてくるんだ?」
カルメラの出現から数時間後、幌の中にはカルメラが乗っていた。
断って、あのまま置き去りにしてきたのだが、カルメラはずっとこの幌を追いかけて来ていた。
最初のうちはそれでも無視して走っていたのだが、段々とついてくるのが苦しくなっていっているような表情に変わっていくのを見ていたら、何だか可哀想な感じがしてきたので、とりあえず次の町までは連れて行くことにしたのだった。
しばらく息切れをして話せなかったカルメラだったが、しばらくして息が整ったところを見て、俊輔は聞きたかったことを尋ねることにした。
「兄者に好きに生きろと言われたが、私は何がしたいかわからない」
「それで?」
シモンが息を引き取る時、俊輔も側にいたのでそう言ったことは覚えている。
だからと言って、どうして俊輔たちについてくるという発想になるのか分からない。
敵として戦った相手なのだから、仲が良いという訳でもない。
俊輔とシモンは一時的に仲良くはあったが、カルメラに関しては、はっきり言って何の関心もない。
ただ、ベンガンサという集団内にずっといたのだから、戦う以外のことは何も知らないのかもしれない。
それ自体も俊輔には関係ないことだ。
「お前たちは何となく好き勝手に生きていると思える」
「なんて言い方だよ」
カルメラの台詞に、俊輔は軽くカチンときた。
はっきり言って失礼だ。
ただ、あながち間違いでもないので、強くは言い返せない。
「だからついていけば何か分かると思った……」
「……………………」
やりたいことを探しに行くなんて、大学生でも最近聞かないようなことを言うカルメラに、俊輔はどうしたらいいのか分からないという表情で無言になる。
「……でついていきたいと?」
「あぁ……」
何だか、連れて行っても面倒臭そうなことになりそうな気がする。
しかし、カルメラは大真面目に言っている。
何とか諦めてくれるような理由はないものかと、俊輔は思考を巡らせる。
「こっちの都合は気にしないのか?」
「何かあるのか?」
断る理由としては弱いが、一つだけ思いついた俊輔は、それをぶつけてみることにした。
「こっちは新婚旅行も入ってるんだ。関係のないお前がついてこられるのは迷惑だ」
いくら闇の組織の中にいたからと言って、多少の常識くらいはあるはずだ。
新婚旅行と聞いたら、2人水入らずにするのが他の人の優しさだ。
カルメラも、もしかしたら諦めてくれるのではないかと俊輔は期待した。
「……なるほど、夜の邪魔だと?」
「ブッ!!」
カルメラがストレートにそっちの心配をしてきたことに、俊輔は思わず息を詰まらせる。
「安心しろ私は別の部屋で寝るようにする」
「いや、そんなこといってるんじゃなくて……」
言われたらそっちの方も心配にはなるが、それが問題だという訳ではない。
新婚の2人の間に、関係ないお前が入ってくるなと言いたいのだが、どうやらそれも通用しそうにないようだ。
「……どうする?」
「とりあえず連れて行けば? 少ししたら飽きるでしょ……」
俊輔は、京子に助けを求める形で問いかける。
すると、俊輔と2人旅が良いはずの京子の方が寛大で、カルメラの同行を許可したのだった。
「京子が良いなら、いいか……」
「そうか! よろしく頼む!」
京子が良いのなら、俊輔もいつまでもグダグダ言うつもりはない。
2人の了承を得、カルメラはいつも通りの表情は変えず、2人に握手をしてきたのだった。




