第189話
「ま、待て! 俺を殺せば、こいつも死ぬぞ?」
「……っで?」
何を期待したのか分からないが、リベラシオンが俊輔に対してシモンを人質にしているようなことを言ってきた。
もしかしたらシモンの記憶でも読み取ったのだろうか。
たしかに最初は馬の合う相手ではあったが、今ではただの敵だ。
そんな人間の命乞いをされても、救う方法なんて知らないし、興味がない。
なので、俊輔にそんなことは全く響かなかった。
「っ!?」
「止めてくれ!! 兄じゃを殺さないでくれ!」
たしかに俊輔には響かなかったが、シモンの妹のカルメラには響いた。
リベラシオンを仕留めようと迫った俊輔のことを、カルメラが抱き着いて止めようとしてきた。
「馬鹿っ!! 放せっ!!」
思わぬ邪魔が入り、俊輔は慌てた。
リベラシオンに乗っ取られ、もう意識のない兄が、まだ元に戻るとでも思っていたのだろうか。
そんな個人的な小さな望みのためだけに、この魔剣を野放しにする訳にはいかない。
俊輔は体を左右に振り、しがみつくカルメラを振りほどこうとした。
「シャァー!!」
こんなチャンスを見逃す訳もなく、リベライオンはカルメラに捕まれた俊輔へと槍を放った。
一撃で仕留めるつもりで放たれた槍は、心臓目掛けて迫る。
「がっ!?」「うっ!?」
俊輔はその槍を躱そうとするが、カルメラが邪魔で上手く躱すことができない。
それでも懸命に体を動かし、何とか心臓には当たらないように避けた。
しかし、躱しきれず、背中に張り付いたカルメラもろとも左下の腹を貫かれた。
「ぐはっ!!」「ごはっ!!」
刺さった槍が引き抜かれると、腹から大量の出血をするとともに俊輔とカルメラは口から血を吐いた。
そうなり、ようやく俊輔はカルメラのしがみつきから解放されたのだが、痛みで倒れ込んだ。
「ガハハハハ……よくやったぞ小娘!!」
形勢逆転し、倒れる2人を見下ろしたリベラシオンは、高らかに笑い声をあげる。
「…………兄………者……」
その笑い方は、とてもではないがシモンとは似つかない。
薄れゆく意識の中で、ようやくその事に気が付いた。
もうこれは兄ではないのだと。
「羽虫でも役にはたつのだな……」
「て、てめえ……」
俊輔へ攻撃を加える機会を与えてくれたことに感謝しつつも、リベラシオンは笑みを浮かべながらカルメラの顔を踏みつける。
兄を思っての行動とは言っても、今はそんなこと言っている場合じゃない。
カルメラに対しての怒りが沸くが、それ以上にリベラシオンのことが気に喰わない。
親しきものを好き勝手に操られる様は、俊輔が同じ立場であったとしたら許せるところではない。
怒りをエネルギーにし、腹に穴が開いたままの俊輔が立ち上がる。
「チッ! 急所から外れてたか?」
立ち上がった俊輔に対してリベラシオンは不快な声を漏らす。
しかし、さっきまで追い込まれていた時とは違い、余裕がありそうな口調だ。
それもそのはず、立ち上がったとはいっても、俊輔の足はおぼつかず、プルプルと震えている。
とてもまともに戦える状況に見えない。
これまで何度も追い込まれた恨みを晴らしておきたいところだが、無駄に時間をかけてまた追い込まれるようなことにはなりたくない。
カルメラの顔に乗せた足を下ろし、リベラシオンは俊輔へ体を向けた。
「っ!?」
そして、俊輔へ止めを刺しに近付こうとしたリベラシオンだったが、すぐに足が止まる。
というより、足に何かが引っかかり、引っ張られたのだ。
「兄……者を………返せ……」
その原因はカルメラだった。
倒れたままのカルメラが、リベラシオンの足を掴んでいたのだ。
「くっ! この羽虫が……」
俊輔を捕まえてくれたことは助かったが、リベラシオンからしたらこれ以上カルメラに用はない。
生かしておくと、しつこくせがんできそうなので、リベラシオンはカルメラを始末することにした。
槍を上へ持ち上げ、カルメラの顔目掛けて振り下ろした。
「っ!?」
カルメラの頭に槍が突き刺さる寸前、何故かそれが止まった。
「……なっ!? 何だっ!?」
何度も力を込めて槍を下ろそうとしても、手が動かない。
原因が分からないリベラシオンは、焦ったような声をあげながらなんとか手を動かそうと試みる。
「おの……れ! まさか…こいつ……まだ意識を……」
「兄……者……?」
リベラシオンの言葉と反応からするに、妹に止めを刺そうとするのを、リベラシオンの中のシモンが抵抗しているようだ。
俊輔としたら、だったらもっと早く止めろよと言いたいところだが、この兄妹愛に免じて許そう。
「ぐぅっ! 無駄な抵抗を……」
「無駄じゃねえよ!」
俊輔の言う通り、その時間は無駄ではなかった。
風穴が空いたままでとんでもなくい痛いままだが、回復魔法をかけて少しだけ腹の痛みが和らいだ。
「っ!?」
「くたばれ! バカ!」
カルメラに気が向いている間に、俊輔の雰囲気がまたも変わった。
そのことに気付いたリベラシオンは、カルメラを手を振りほどき、俊輔へと槍を向けた。
やはり、妹への止めをシモンの意識が阻止していたらしく、俊輔に対して殺意を向けた時には何の抵抗も感じない。
「くっ!? おのれ!」
これまで通りに動けるようになったリベラシオンは、さっさと始末をしようと、俊輔へと襲い掛かった。
「馬鹿が!」
俊輔としては、自分から向かって来てくれることがありがたかった。
何とか1発攻撃するだけの力はあるが、一歩でも動いたら出血がまたひどくなりそうだったためだ。
そのことは冷静に判断すれば分かることなのに、迫り来るリベラシオンは余裕がないようだ。
「回転撃!!」
「がっ!?」
俊輔が我流で生み出した剣術がさく裂した。
左手に持つ小太刀の木刀を円を描くように回転させ、敵の攻撃を弾く。
そして、右手の木刀をその逆回転で円を描くようにして、小太刀が敵の攻撃を防いだのとほぼ同時に、敵へ突きを放つ。
攻防一帯の返し技で、一応俊輔の必殺技だ。
その突きを受けたリベラシオンの右腕は、肩から先が千切れとんだ。
その手に持たれていたリベラシオン本体も、そのまま空中をクルクルと飛んで行く。
そして、数メートル飛んだところの床へ、黒いオーラの解けたリベラシオンの剣が突き刺さった。
「……ハハ、これでもう動けねえだろ?」
「……!?」
魔剣と言っても、操る肉体が離れているため剣だけでは動けない。
俊輔の言ったように、リベラシオンは床に刺さって動けなくなった。
「…………!!」
「くたばれ…………よっ!!」
動けないなら後はやりたい放題。
俊輔は重く感じる足に鞭を打ち、リベラシオンへと迫る。
そして、一思いに木刀を振り抜くと、魔剣リベラシオンを叩き折った。
すると、折れたリベラシオンは砂のように崩れていき、その砂は風に飛ばされ散っていった。
そして最後に残ったのは装飾としての柄だけだった。




