第187話
「波長? お前はどんな人間も乗っ取れるという訳ではないのか?」
シモンの体を乗っ取ったリベラシオンに、俊輔は問いかける。
公爵家が受け継いできたということだが、この魔剣のことはまだよく分からない。
人の心の闇がどうとか言っていたが、闇を持たない人間なんている訳がない。
そうなると、俊輔ですらその対象になるかもしれないということだ。
「まぁ、多少の条件があるが、お前に教える必要はないな」
「あっそ……」
聞いておいてなんだが、予想通り答えは返って来なかった。
しかし、俊輔を乗っ取れるとすれば、乗っ取る機会はあったと思う。
そう考えると、奴の言う波長は、俊輔には遭わないのかもしれない。
「シモンの体を使ってどうするって言うんだ? 国を乗っ取るんじゃなかったのか?」
元々、それを成すために俊輔たちを利用してきたはずなのに、そのためのイバンはもう死んでいる。
これでは奴自身がしていた、この後の騒動沈着の付け方ができないではないか。
「確かにイバンが使えなくなり予定は狂ったが、この国を乗っ取るならいくらでも方法はある」
「……何?」
「この体を使って眷属を増やす手もあるな」
「数を増やして力尽くって言いたいのか?」
「その通り!」
剣を持っていなかったイバンを操っていたのだから、奴なら他に何人も同じように操れる可能性はある。
それも奴の言う波長の合う人間と言ったところだろうが、どれほどの人間が対象になるか分からない。
簡単に見つかるかもしれなければ、なかなか見つからないといった場合の可能性もある。
どちらにしても何年かかるか分からない話だ。
「気が長い話だな…………そうか、剣だから寿命がないのか?」
「正解だ!」
気長にやれる理由はすぐに思いついた。
ただの剣なら、手入れされなければそのうち錆びて朽ち果てるだろうが、意志を持つあの剣あそんなことになるとは思えない。
そう思って口にすると、本人の方から答えが返って来た。
「さて……」
問答も飽きたのか、リベラリオンは俊輔の方を向いて構えを取った。
「お前の相手もそろそろ終わりにするか……」
「っ!?『速っ!?』」
リベラシオンが床を蹴ったと思ったら、先程までとは比べられないほどの速度で移動してきて、そのまま突きを放ってきた。
側にはシモンの妹のカルメラがいる。
俊輔は慌ててカルメラを掴んで移動する。
中の人間が変わるだけでこうも変わってしまうのかと、俊輔は内心驚いていた。
「兄者!! 目を覚ましてくれ!!」
襟を掴まれ、俊輔に持ち運ばれているカルメラは、まだシモンがリベラシオンに意識を飲み込まれていないと信じているのか、懸命に兄のことを呼び掛けている。
「バカな小娘だな。お前の兄などもう私の支配下に過ぎない。叫ぼうが喚こうが何の意味もないわ」
その声が耳障りだったのか、リベラシオンに操られたシモンのは、まるで妹のことを他人のように扱っている。
表情も、まるで飛び交う虫を見るような目をしている。
「そんな……」
これまで一度としてそのような目を兄から向けられたことはない。
自分には優しい兄が、そのような目を向けてくるはずがない。
リベラシオンの言うように、兄は完全に乗っ取られてしまったと思わざるを得なかった。
「絶望してるとこ悪いが、ここから動くなよ!」
「…………、何を……!?」
兄を奪われて落ち込んでいるカルメラには申し訳ないが、俊輔からしたら今はちょっと邪魔。
巻き込まれて死なれたら、ちょっと気分が悪い。
一番いいのはここから動かないでもらえる事だ。
カルメラからすれば俊輔も敵だ。
それがまるで邪魔だと言っているようでカチンとくる。
しかし、俊輔がシモンを見る目を見て言葉が詰まった。
その目には殺意というより、怒りの方が強く感じる。
それはまるで、兄のシモンを操られていることが気に入らないといっているように何故か感じる。
「ハッ!!」
違和感を感じているカルメラをよそに、俊輔はリベラシオンへと迫り、木刀で斬りかかった。
しかし、それは空を斬る。
リベラシオンが先程までいた場所から逃れたからだ。
「ハハ……、良いなこの体は……反応が素早い」
その反応の良さに、リベラシオンは笑みを浮かべる。
「人間は個体によってこうも違うのか……」
人間なんてものは、数が多いだけで差なんてものは性別くらいしかないものだとリベラシオンは判断していた。
しかし、中にはこのように自分の力を底上げできるようなものもいる。
面白い新たな発見に、思わず声が漏れた。
「ブツブツ言ってないで、その体を返しやがれ!!」
「っと!?」
攻撃を躱したリベラシオンを、俊輔はすぐに追いかける。
そして木刀を振ると、体を反らしたリベラシオンの顔ギリギリを横切る。
攻撃を躱し、リベラシオンはそのままバックステップをする。
「救えるものなら救って見ればいい。だが……」
「……っ!?」
言葉を切ると、リベラシオンに異変が起きたイバンの時のように黒い鎧を纏い出したのだ。
「この状態の俺に勝てればな……」
しかし、イバンの時とは少し形が違った。
鎧自体は同じなのだが、リベラシオン自体にも黒いオーラを纏い、ランスの形へと変わったのだった。
「こいつにはこちらがあっている様だったのでな……」
「なるほど……」
シモンの記憶でも読み取ったのだろうか。
王城で戦った時のシモンがまた現れたかのようだ。
「行くぞ!」
そう言ってランスを構えた姿までもがシモンそのもの。
しかし、猿真似などではなく、醸し出す雰囲気までもが同じなことに、俊輔も警戒心を強めたのだった。




